Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

039-権力の構造

2012-10-27 21:39:32 | 伝承軌道上の恋の歌

「どういうことですか?」
 それはアノンにとって唐突な話だった。『委員会』の事務所じゃなくて、わざわざ小さな喫茶店の隅っこに連れてこられた理由が今は分かる。ここなら派手な口論もできないし、話を早く済ませられると思ったんだ。
「マキーナはもう僕達の手の届かない存在になったんだ。こんなにみんなに受け入れられてね。ひとつのアイコンになった。それでね、私はもっとみんなにマキーナを感じてほしい。こう、凝り固まって、スフィアのようなある集団でしか受け入れられないようなマキーナじゃ駄目だ」
 代理人(デリゲイター)。この無精髭と私達は彼のことをそう呼んでた。マキーナがこんなに大きな現象になった仕掛け人だとみんなは思ってるけど、実際のところ誰がどうしてそうなったのかはスフィアの誰も知らないのだ。古参のスフィアのアソシエイトだって話も聞くけど、それも本人ははぐらかしてばっかりで分からない。
「マキーナが生まれたのはスフィアからだよ?」
「そう。まさにそこなんだ。マキーナを生み育ててきた場所が、今は足かせになってる。一部の人が特権的にファンでいるって言うのは残念なことなんだ。もっと多くの人に愛されるキャラクターであるべきだ」
「それってもっとコマーシャルに使えるようにしたいってことでしょ?」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、アノン。考えてもみなよ。これから何十年もマキーナがアイコンで有り続けるためにはイメージを維持していく管理する組織も必要だ。そうしないと大勢の人にイメージを消費されつくして終わってしまう。これを避けなければいけない。みんなが自由に絵を書いたり、歌を作ったり…これも『消費』だ。このままでは危ない。いずれ廃れて忘れ去られてしまう。誰かが責任をもって品質管理することが必要だ。さらに、マキーナのイメージが新鮮で誰にでも受け入れられ続けられるためには、マキーナはもっと抽象的で透明なものであるべきなんだ」
「…私はマキーナにとって邪魔なんだ」
「いや、そうは言ってない。ただ、アノンはもうアノンというイメージをみんなに伝えられてるじゃないか?もっとそれに自信を持ってほしいんだ」
「私じゃダメなんだ?」
「よく聞くんだ、アノン。そうは言ってない。曲も幾つかゲラであるんだ」
 代理人はポスターを出して
「今回の『管理-kanri-』はすごいよ。過去最高にして最大のマキーナ端末化プロジェクト!みんなでマキーナになって。一週間街を占拠するんだ。協力してくれるクラブを結んでスタンプラリーして、マキーナたちの足跡を追うんだ。マキーナになってればクラブのエントランスは全てフリー。これの旗振り役の一人となってしいんだ。どうだい?」
「いい。嫌だ。私そんなの望んでない。ううん、スフィアのみんなはそんなの望んでなかった!イナギもヨミもシルシだって…ひどいよ」
 すると代理人は芝居がかった様子で眉をひそませて、アノンをまっすぐに見つめる。
「…このままではマキーナは間違った方向にいってしまう。アノン、お前は頭のいい子だ。分かってるだろう?マキーナが侵されてるんだ。今すぐやめさせなければ」
「…」
「ほら、君達の仲間もみんな賛同してくれてるんだ、ほら…」
 代理人がテーブルの上にそっとおいたのは、今回のイベントの告知のゲラだ。そこには知られた仲間が数人、中でもマキーナ姿のアカが中央に陣取って映っていた。
「…アカ、それにみんな…どうして…」
「なあ、アノン、分かっただろう?君は何も失いたくない。そうだろう?仲間も、歌も、マキーナも…だから…」
「ちがう、違うんだ。広めれば広まるほど、それはオリジナルの自己相似形に…そうやって初めて私はオリジナルに近づけるのに!」
「もう決まったことなんだ、アノン。今までだって自分がどれだけ多くの人に支えられてきたか知らない訳じゃないだろう?マキーナだって同じことなんだ。これまでもこれからもみんなで支えていくだけだ」
「…ひどい。もうマキーナはオリジナルの顔をしなくなるよ。ヨミの願いも消えてなくなっちゃうよ…」
 すると彼はもったいぶって眉をしかめて溜息を吐いた。
「私にだって辛い決断だ。でもこれしか方法はないんだ」
「綺麗事言って…こんなこと絶対ヨミは許さないよ」
「思ったことは全部吐き出すといい。今夜はとことん話しあって君に分かってつもりだ」
 ガラスのケトルに入っているお茶の残りを溢れんばかりに私のカップに注いだ。
「…帰る」
 アノンは背の高い椅子から飛び降りるようにして立ち上がった。
「…そうか」
 やっぱり彼は止めない。もう全部が茶番だ。
「…それじゃ」
「アノン、君はもう多くのファンがいる。才能には義務も伴うものだと君は知っている。そうだな?」
 背中を通り過ぎるアノンに向かって彼は最後にそう言った。

…つづき

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