Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

悩みの種

2012-12-31 19:17:40 | コラム

今日は大晦日です。
神道的には半年の穢れを払う年越しの大祓の日でもあります。
しかしこの『穢れ』とは何なのでしょうか?

人は生きていると何かと苦しみます。
古今東西様々な文化がその苦しみを説明しようと試みています。
仏教は『執着」キリスト教は『原罪』、そして神道は『穢れ』です。
穢れとは『気枯れ』とも読めます。
つまり、人が悩むのは元気が無いからというわけです。
たしかに元気があって心が満ち足りていれば前向きになれるし人を羨むことも憎むこともなくなり、かえって何かをしてあげたい気持ちにすらなります。

悩みを道徳でなく単に元気の有り無しに捉える神道の素朴さが僕はとても気に入っています。

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音楽のセンス

2012-12-30 21:29:25 | コラム

個人のセンスに価値の上下はないと言われます。
モノの価値観は人それぞれ、というわけです。
確かにその通りですが死ぬ間際に一度つぶやけばいいセリフと僕は思っています。

音楽のセンスというか審美眼(?)にはある程度客観的に測れる部分があると思っています。
一つ挙げれば2つのコードがあったとしてそのつながりをどう感じることができるかという基準です。
和音の響きのどこを感じるかによってコードの同士の結びつきが大分違って感じられるからです。
その結びつきがドミナント・モーションという感じやすいものもあれば、感じにくいものもあります。
転調などはなおさら個人差が際立ちます。

青カビチーズと同じで大抵は慣れると良さがわかってきます。
ただ、そういったコード進行が好きか嫌いかはまた別の話。
その好き嫌いこそがセンスなのだと言われればそんな気もしてきます…

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あとがき

2012-12-29 22:36:16 | 伝恋‐あらすじ

 ここまで読んでくださった方いましたら本当にありがとうございました。約3ヶ月、記事数100を超える大長編をブログで読んでもらおうというのはなかなかに無謀だろうと思います。それもずぶの素人の作品であれば尚更です。にもかかわらず貴重な時間をさいて読んで下さった方には感謝してもしきれません。お疲れ様でした。感想などは直接メールあるいは登録サイトに載せてもらっても構いませんので是非。
 リアルタイムで見られている方はいないと思うのですが、今後の予定としては随想および作品のメンテナンスを中心になるべく更新していきたいと思います。具体的には挿絵を出来るだけ増やし劇中歌も歌詞のついたものをアップロードしていくつもりです。また、kindleや青空文庫に対応したファイル形式に変換してより読みやすい方式を探ってみたいと思っています。他にも作品はあるのですが今作を上回る長編でして、今のところどういう形で発表できるか考え中です。

 ちょうど作中のヤエコとマキの神話のようにご縁のあるわずかな方達の目に触れるだけのささやかな物語ですが、読んでいただいた方の心のなかに何かしらの『ゆらぎ』が残せればと祈念しております。返す返すありがとうございました。

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066-エピローグ

2012-12-28 21:37:20 | 伝承軌道上の恋の歌

 とある動画サイトでの動画が話題に上った。解像度は粗く、古い携帯電話のビデオで撮影したもののようで、時間は一分にも満たない。再生数はわずかに二桁。映っているのはまだあどけなさの残る十代は前半の女の子。カメラが回ると、おもむろに髪を手でとかして、小声で咳払いを二回だけ。それからゆっくりとまぶたを閉じて、少しだけハスキーがかった透き通る声がメロディを奏でた。メロディを二度リフレインして彼女の歌は終わる。しばらくの静寂の後、女の子は顔を緩ませってほっと胸をなでおろすと、ビデオを消すために画面いっぱいに移って消えた。が、『管理-kanri-』のラストステージの大トリでアノン歌い、今や伝説となったマキーナの曲『名のない少女に名づける歌』と似てるという人がいた。また似てないという人もいた。とにかく、ただの噂だった。

…あとがきへつづく

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イナギ11‐最期に

2012-12-27 21:49:06 | 伝承軌道上の恋の歌

 温室の地下、様々な配管が根を生やしたそのすべてが辿り着く先でヨミは今眠っている。その表情は静かでも、ポリリズムに響くポンプの騒がしさこそが彼女の命を紡ぐ鼓動だった。病衣姿の男が傍らに立つ。彼は包帯の先からわずかに覗いた指先だけが感じられる触覚でヨミの眠るカプセルに触れる。ヨミがこうなる前も彼女には一度も触れたことがない。今ここにある自分とヨミを考えると、一方的な感情をただヨミにぶつけるだけだったあの頃を象徴的に表しているようにも思えた。
  と、後ろで空圧が抜ける音がして重い扉がゆっくりと開いた。
「…うまくいったな、イナギ」
 ウケイの声がした。
「そうなんでしょうか…」
 イナギの深い眼差しはただ死んだように横たわっているヨミの顔に向けられている。
「これでアノンもシルシも救うことができる」
「どのくらいかかるんでしょう?」
「分からない。が、それまでは私の命も長らえていられるわけさ」
 それから長い沈黙があった。ヨミがここ以外で命を長らえる術を持たないという絶望をイナギは改めて思う。一体いつまでヨミは運命に抗っていられるのだろう?大人達のせいでヨミがここの闇に触れてしまったばかりに『地上』で治す術すら失ってしまったんだ。
「…先生、どうか僕の身体をヨミに」
 イナギがまるで罪を告白する時みたいに言うと
「駄目だ。ヨミの目が覚める時までは君には生きてもらう」とウケイは言下に拒んだ。
分厚いガラスを隔てたお互いの距離は多分ヨミがこうなる前の方ががずっと遠かったようにイナギは感じた。ふとウケイが腕時計を覗く。
「シルシたちと会うかい?これから約束してるんだ」
「いえ、やめておきます。それの方が都合がいい」
「それでこそ伝承は語り継がれるというわけだ」
 しかしイナギは答えなかった。
「…これから君はどうするかね」
「ヨミがいつか目覚めるまではここで待たせてください」
「…ああ、分かった」
 ウケイは踵を返すと再び思い扉を開こうとしてふいに立ち止まる。
「あっ、そうだそうだ」とウケイはボサボサの頭をかきながら振り返った。
「イナギ、君はどこからあの歌を知ったんだ?あのアノンの歌った新曲さ。えっと、確か『名のない少女に名づける歌』だったか…ヨミも知らなかったはずだ」
 ウケイはイナギの背中に聞いた。
「ああ、見つけたんですよ。ただの偶然だけど」イナギはそう言って少し笑った。

…つづき

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ヤエコ08-解体

2012-12-26 21:48:10 | 伝恋‐あらすじ

 手術台に乗せられた私の亡骸は、ウケイ先生の手際の良いやり方でみるみるうちに露わになっていく。それまで動いていたものが機能をなくしかけてる今、生々しくもなく、人形ほどに虚ろでもなく、傍らにぼんやりと立つ私にはそれが綺麗に見えた。ウケイ先生がどう思ったのかは知らない。でも、彼はすぐに薄い皮と脂肪に一本の線をなぞったかと思うと、それは静かに口を開く。不思議なものだ。私の肋骨を一つ一つ断っていくノコギリの音。それから膜のようなものをはぎ取り、いくつか鋭いメスを入れるとまだ鮮やかに赤い私の内臓はほどけるように力を失った。
 その手はいつか私の顔にものびた。できればよして欲しかったけれど、必要なものがあるようだった。私の瞼が開くとそこにはただ宙を眺める私の瞳がある。そしてそれも先生の手によってメスの刃先がゆっくりと孔をまわると、丸い私の眼球があっけなく外れた。
 私の眼球が置かれた銀のプレートの隣には破裂した眼球が無造作に転がっていた。その部屋で先生に処置を受けているのは私だけじゃなかった。私の亡骸の横たわる手術台の隣にはもうひとつ同じものが並んでいたから。
 それは私のお兄様だった。私とは違ってまだ命をその肉体に宿し続けてる。でも、呼吸器を当てた顔の形も見る影もないほどに変わってしまっていてひどい有様だ。その欠けた部分、不十分な部分に私の身体が当て込まれていく。   
 もう光が宿ることはない私の目もいつかお兄様の役に立つのだろう。あの夜、私とマキが研究所を逃れたときのように。
 いくつかの心残りもある。色んな人にもっと出会いたかった。もっと色んな人に私を知って欲しかった。私がいるってことをみんなの中心で叫んでみたかった。
 気がつくともうあまり周りの様子がよく分からなくなっていた。意識が遠のいて暗くなっていくのとは違う。この手術室に存在する人や水や空気やモノから徐々に光が漏れ溢れ出してきたのだ。まるでそれらを構成する一つ一つの粒子が自分で光りだして止まらなくなったみたいに。びっくりして自分の手を見るとやっぱり同じように白くあたたかい光に包まれている。この世の仕組みが壊れたみたいだ。でもすぐにそれは間違いだと分かる。今私を取り囲む全てが自分の一部のように思えてきたから。そして多分私は泣いていた。すると光たちは私の感情に合わせてそばだって波紋のように広がった。
 マキは…マキはどうしているだろうか?とても気になることなのに私が私である最後の抵抗は虚しく、意識はいつの間にかそこにはなくなっていた。

…つづき

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ヤエコ07-浮遊

2012-12-25 22:29:32 | 伝承軌道上の恋の歌

 そこにいるのは…お父様。それにシルシお兄さま。マキは…車のボンネットに押しつぶされて血を吐いて上体を臥せっている。…それから、車を降りてよろけながら反対側まで回ると、助手席でうなだれているお兄さまを車から下ろしてゆっくりと引きずっていく。騒然としている建物の外とは打って変わって中は静かだ。警報機が遠くの方で響いてる。
 私はただ夢でも見ているようにその様子を眺めていた。
 シルシお兄様を運び終えると、お父様は再び運転席にもどっていく。頭から血を流したお父様が血まみれの手で携帯電話を手に取って
「…全て済んだ。後は頼む」震えた声でそうつぶやいた。
 そして、懐から錠剤を取り出すとそれを一息に飲み込んだ。するともがく暇すらなくハンドルを抱え込むようにその場にばたりと倒れこんでしまった。

…つづき

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ヤエコ05-オリジナル(後編)

2012-12-24 21:21:53 | 伝承軌道上の恋の歌

× × × × × × × × × × × × × × × × × × × 
「…ここは?」
 頭には温かい感触があって、頭をなぜる手の感触がどこか懐かしい感じがした。静かに目を開けるとそこは薄暗くとても狭い場所。私は身をちぢこませて収まっている。聞き覚えのある歌声がその中で響いて幾重にも反響している。まるで夢を見ているようだけど、体中の鈍い痛みに一瞬で現実に引き戻された。すぐ目の前にぼんやりとしたマキの顔があった。私に目を覚ましたのに気がつくとマキは歌うのをやめた。
「…ヤエコ?…くるしい…の?」
 マキはたどたどしい口調でそう言ってくれた。
「いいの、続けて…聴きたい…」
 切なくも優しい旋律は拍子にあわせてマキの手が優しく私の背中をなでてくれている。
 だんだんと見えてくるもので事情が分かってきた。テナントビルがひしめく街の小さな公園の真ん中の砂場にあるおわんの形をした遊具だった。コンクリートでできたそれは十代の女の子でも数人は入れそうな広さで、少しの間寒さをしのぐくらいなら充分だったし、周りの奇異の目をさけるにもちょうど良かった。
 私はマキに抱かれながら落書きだらけの低い天井を眺めている。入り口から差す光でぼんやりだけど何が書いてあるかは見える。たいていは下品な言葉や、意味の通じないアルファベットそれに恋人達の名前で埋められてる。その中で私は目を引いたものがあった。赤い色で塗り込められた数十文字の言葉は、見たことがない形をしていた。それもまだ乾ききっていなくて分の最後の節の辺りの文字は光沢をたたえていた。
「マキ…これって…」
 マキの片手を手に取ると小指の先の方から血が伝って手の平まで真っ赤に染めていた。
「…あかし」そう言ってマキは笑った。
 私はその行動に驚きながらも、精一杯に笑った。
「ありがとう。マキ…」
「ヤエコ…も…いっしょ」
 辿々しいけど一つひとつはっきりと伝わってくるマキの言葉。これまでマキが口を閉ざしていた訳はその出自を知られたくなかったからなのだろう。
「マキ…あなたは一人で、ここに来たのね…寂しかったでしょうね…」
「ヤエコもいっしょ、わたし、と…」
 身体は凍えそうなのに汗がにじむ私の額をなぜた。
「ごめんなさい。私はもういけそうにないの。とにかく今はこのお金を持って逃げて。私、ウケイ先生に話してみる。大丈夫。ウケイ先生は分かって…」
 そう言いいかけて私は外の様子が変わったことに気づいた。朝の公園の静けさに紛れて数人の慌ただしい足音が地面を通じてかすかに伝わってくる。悪い予感がする。多分、気のせいじゃない。
「マキ、逃げて」私はマキの服の襟首をつかんで言った。
「ヤエコ、いっしょ」マキは悲しそうな目をして言う
「いいから早く!」
 私の剣幕におされてマキは躊躇いながら私を残しドームを後にした。
『ちゃんと逃げてね。私何とかやってみるから…』私は祈るように目を閉じた。マキと一緒に街を歩いてみたかったな。同じ歳の子達がしているようなことしてみたかったな。
 再び目覚めたときには私は見慣れた天井を見ていた。まるでここを逃げ出した夜のことがが嘘のように。マキはちゃんと逃げられただろうか?分からない。傍らで誰かの話し声がしてる。ウケイ先生だ。私の意識が戻ったのにはまだ気づいていない様子で、私に背中を向けて誰かと電話してる。
「…そう…わかった…大丈夫…時間の問題だな…こちらもすぐに手配はしてお…」
 良かった。マキはまだ無事だ。私もあまり眠っていたわけではなかったようだ。ただ…ウケイ先生の言葉が気になった。『時間の問題』。確かに私の耳にはそう聞こえた。外の世界も言葉もろくに分からない女の子がどこまであの街の中を逃げられるだろう…不安でまた私の胸がきりきりと痛んだ。ならうまくいかないときのことを考えよう。マキが必要な意味をなくせばいい。それで彼女は救われる。しかも私にしかできないんだから責任は重大だ。でも、彼女のためなら私はどうにかやれそうだ。私は元からここで終わる運命だったんだ。だからもう大丈夫。私の命をつなぎとめてるのはこの呼吸器と点滴と…私にくっついている全てをはがしてしまえ。残っている全ての力を使って…それだけじゃ足らない。もっと確実な方法で…私にできるだろうか?でもやらなきゃ。悲しいけれども、絶望の中に私があるほどに神様への祈りがもっと届いてる。そんな気がするんだ。神様、ここからいなくなる前に最高の自分でいさせてください。

…つづき

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ヤエコ05-オリジナル(中後編)

2012-12-23 22:43:26 | 伝承軌道上の恋の歌

 全てが私に味方した。誰もいないゲートを非常用の勝手口から抜けだして、私達は外界へ一歩を踏み出したんだ。慣れ親しんだ研究所を私は一度も振り返らなかった。街灯が道しるべのように伸びる真夜中の郊外をただひたすらまっすぐ歩いていく。夜が明けるまでできるだけ遠くに歩いて行こう。私ははっきりと強くなっていく胸の痛みと一緒に頭がしびれるような危うい心地良さをどこかで感じていた。雲の上まで伸びた高い高い塔の天辺から踏み出す一歩のようだ。雲に閉ざされたまだ見ぬ下界の風景にわくわくしながら、いつか粉々になる自分を予感しながらでも降りてみたくて私はその一歩を踏み出したんだ。私は多分死ぬ。でもマキだけは私の分まで生きてもらう。
 ひとつだけのマフラーを二人で一緒にかけて、一組みだけの手袋は片方ずつつける。あまったもう一方でお互いの手をつないだ。固く結んだマキの手を私は一度も離さなかった。神様にここを離れるまでは暗闇のままで、そしてめいっぱいに明るく照らして外の世界をめいっぱい私に見せて欲しいと願った。人は本当に幸せなときにもう死んでもいいって思うっていう。人生最後のその瞬間に私は誰より幸せにいさせて欲しい。
 そして夜がしらみだす頃、ようやく私達は目的の街に辿り着くことができた。
「ようやく着きました…」
 まだ閑散としているスクランブル交差点、その前には掲げられている大きな液晶モニター、今はまだシャッターを閉めているデパートや通りに軒を並べた色んな店が何時間か後の世界を予感させて、霞がかった朝の風景にも心が弾んだ。
「マキ、聞いて。私の夢の話。私いつかこの大きなテレビに映るような人に慣れたらいいなって。みんなの前で歌を歌ったりするの」
 私はマキの手をとってまだ誰もいないスクランブル交差点の端にある街灯の下に立った。そこに素手で触れると、この時のためにと持ってきた果物ナイフをコートのポケットから取り出した。
「あかし。証。ここに私とマキの名前いれましょう。お兄様に買ってきてもらった漫画にね、そんなお話があったの。素敵でしょ?もっとも漫画の中では木に彫ってたけれど…」
 塗料を削るようにして『ヤエコ、マキ。二人の記憶』と刻んだ。
「ほら見て」
 私が促すと不思議そうな目でそれを見ていた。けど、きっと意味は通じたはずだ。思いを込めるように二人でその字に手で触れた。
「やりたいことがひとつ叶いました」
 マキも笑ってくれる。また私達は歩いていく。でも、異変は起こっていた。一度心臓が痛みを伴って大きく脈を打つと、とたんに息が苦しくなって足取りが鈍る。気づいたマキが足を止めて不思議そうな顔をして私の顔を覗く。
「なあに?」
 私はマキに笑いかけた。でも、次の瞬間には私の視界は暗く閉じていった。

…つづき

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ヤエコ05-オリジナル(中前編)

2012-12-22 21:50:56 | 伝承軌道上の恋の歌

 目の前には身体に浮き出た骨の隆起がくっきりと陰影をつけていて、白い肌がより一層月に青白く照らされている。でも、それだけではなかった。まるで寄生虫が食い荒らしているかのように無数の赤茶色い痕が彼女の身体の上を這っていた。傷跡なんかじゃない。縫合した跡だ。私にもいくつか同じものはあるけれどそのひとつひとつが持つ意味が違っているのははっきりしてる。いくつも彼女の胴の周りに走るそれはひどい拷問を受けたようすら見える。その通り彼女にとってそれは拷問に他ならなかったはずだ。
「マキ…こんなになるまでどうして…」
 でも、マキは答えない。それ自体が彼女の答えだった。切り刻まれてはふさがれた彼女の身体にはそれでもまだメスの入っていない場所がわずかにある。それは彼女の胸の真ん中、ちょうど心臓の辺り。そして、私が次の手術で開けられる場所だった。そうなったら彼女の命はもう…なんてひどいことを…その時には私に何の迷いもなくなっていた。
「…ねえ、ここから逃げましょう」そう言って私はマキの手を取った。
「…ヤ…エコ?」
 マキはかすれるような声で初めて私の名を口にした。
「大丈夫。何の心配もいりません。こんなことは私が許しません。私にこんなことを二度とさせないとっておきの方法があるんです。ここで説明している時間はありません。とにかく今すぐこの研究所をでましょう。見てください、私のこの『瞳』。これはこの研究所のどこだってパスできる魔法の目なんです。心配要りません」
 マキはそれでも顔を上げてくれない。彼女は迷っている。でも、彼女の気持ちを汲みとってあげている時間さえ私達にはすでにないんだ。
「今必要なのは一歩を踏み出すこと。それだけでいいの。それだけで世界は今まで違って作りかえられる。見た目が同じだけでまるっきり作りかえられる。ちょっと怖いのは過去の経験がそうさせるだけ。でも、まるで新しい世界でなら経験にも怖がることはないの」
 こんなことは私にとっても絵空事。だからこれから現実にする。私は傍らに置いてある大きなトートバッグから黒いコートを取り出してマキの肩にマントのようにかけた。
「ほら、着替えも持ってきたの。今は迷っていてはダメ。ここにいたらあなたは生きられない。もっと歌を教えて。まだまだ覚えてない歌もたくさんある。だから…」
 そう言い終わる前に頬に涙が伝うのが分かった。
「あ…」
 マキと比べて自分ばっかり弱虫で私は恥ずかしい。
「…ごめんなさい。辛いのはマキの方なのに本当に…」
 私が言い終わる前にマキは涙をぬぐってくれた。
「…だめ…」
「ううん、大丈夫…さあ…」
 私は笑顔でマキに手を差し出した。
マキはその手を取った。

…つづき

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