Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

016-命日

2012-09-28 21:45:42 | 伝承軌道上の恋の歌

 そしてその日が来た。あの日マキーナというCGの電子アイドルを映していた巨大液晶スクリーンも今は光を失って、見下ろすセンター街はまだ夜を照らしてる。あちこちでアコースティックギターを携えて弾き語りをしている人がいて、こんな夜それに紛れて僕達は『周知活動』をしてる。今僕達の目の前を通る人なら、三年前の今日もここにいたことがあっても不思議じゃない。僕の横にはアキラ、それにトトも手伝ってくれてる。
 アノンはあれ以来僕達の前に姿を見せない。あれから二週間、アノンが現れて始まった僕の混乱は未だ暗示的に周りを取り囲んでいた。彼女は事件とマキーナ、そしてあのヤエコの歌を結びつける何かを知ってる。聞きたいこともたくさんある。あの馴れ馴れしい口ぶりも思えば親しみやすさに思えてくるから不思議だ。少し寂しさを覚えて僕は、またあの日のようにいきなり現れるんじゃないかとどこかで期待していた。
 ふと、白い息を吐いて時計を見ると夜の十時を回っていた。
「シルシ君、そろそろ…」アキラが僕にそうつぶやいた。
「…ああ」 
 スクランブル交差点をわたって、そして僕達は事故の現場に立つ。
「…はい、花」
 アキラは花束を僕に手渡す。僕はそれをそっとガードレールの脇に手向けた。僕は腕時計を確認する。あと少ししたらその時になる。
 と、その時だった。屈んでいる僕のすぐ横に人影が立った。信号が変わった交差点を、音を立てて行き交うヘッドライトに照らされて、その影はせわしなく点滅していた。思わず僕は見上げる。すると、それはこう言った。
「久しぶりだね、シルシ。ここにいると思ったんだ…」
「アノン…?」
 思わず立ち上がってまじまじと彼女を見つめる。間違いない。アノンだ。
「お前、どうしてたん…」僕が言いかけると、
「逢えて良かった……」アノンはそう言って力なく笑う。
 その目はどこか虚ろだ。おかしい。真冬だというのにコートも着ていない。それにアノンの髪が光を照り返しているのはそれが少し濡れているからだった。
「シルシ君、この子がアノンちゃんなの?」アキラが僕の耳元でそう聞く。
「先輩…」
 トトも不安そうに僕を見てる。
「ああ、そうだ。アノン、何かあったんだな?」
 しかしアノンは何も答えない。
「分かった。事情は後で聞くよ。今はちょっと取り込んでるから」
 僕は自分のコートを脱いでアノンの肩から羽織らせる。するとアノンは僕のシャツにすがって
「シルシ…イナギ、イナギが…」と言ったきり声を詰まらせた。
「アノン、まずは落ち着くんだ。大丈夫だから…」僕がそう言うとアノンはきつく結んでいた両手をほどいてうなづいた。
「…それに、もう時間だから」
 僕は街頭の柱に手をかけた。
「ここなんだ。ほらここの柱がちょっとゆがんでる。これが今も残ってる。ほら。アノンもこれで嘘じゃないって分かってもらえるだろ?」
「そうなんですね」
 トトが近寄る。アノンは何かに怯えるように僕のコートの中で背中を丸めている。それまで極度の緊張の中にいたのが一息に解けたのか、今は惚けたようにして僕の方を見ていた。
「あれ?なんだろこれ?何か書いてあります」とトトがそのやや古ぼけた柱の肌の、ちょうど目の高さの辺りを見て言った。ガードレールの向こう側のようで、小さな上半身で身を乗り出して覗いた。
「なんだ?」
 僕が一歩踏み出すとアノンが僕とトトを押しのけて身を乗り出してきた。
「ちょっと、何すんの?!」
 アノンは手で確認しながら、顔を間近に近づけ食い入るようにして見てる。
「どうした?」
 アノンは答えずに「…そんな…こんなところに…」とつぶやくなりプリーツの細かく入ったロングスカートに構わないで、よろけながらもガードレールをまたいで路上に出た。
「アノンちゃん、危ないよ!」
 アキラが大きな声で言う。しかし夢の中にいるようなアノンには届かない。柱に顔を近づけて手でゆっくりとくまなく触れて探している。アノンのすぐ背後ではせわしなく行き交う車が風を起こしてアノンの長い髪を絶えず揺らす。アノンの目は本当に見えているのかも分からないくらいに視点が定まっていない。疲れているのか目を凝らしているのにあまり良く見えていないようだった。
 そして一瞬、よろけて大きく後退りした。
「アノン!」
 僕はガードレールを飛び越えて、彼女を支えた。
「…シルシ」
「今はいい。話は後だ。分かったな?」
「…うん」
 アノンにはもう自身の身体を支える体力も残っていない。
 信号が変わる。往来を賑わせていた騒音が一気に止んだ。…よし。今なら。僕はアノンの腕を肩に回してガードレールの向こうに連れていこうとした。しばしの静けさをかき消すように、背後からけたたましいエンジン音が聞こえた。
「シルシ君!」
「先輩!」
 同時にアキラとトトが叫んだ。強烈なヘッドライトに照らされ、半ば本能的に振り向くとまばゆい光だけが目の前に大きく広がっていた。
 僕はとっさにアノンを抱えてアスファルトの地面に飛びこむ。半身に痛みが走ったが、うろたえながらまぶたを開けると、アノンがいた。
「大丈夫か?」
「…ん」
 したたかに身体を打ったアノンはさっきにもまして気が遠のいている。
「シルシ、逃げて。私が目的だから…」
 その中で自分の意識の場所を探るようにして、アノンは必死に僕にそう伝える。
「…どういうことだ?」
 と、次の瞬間
「シルシくん!危ない!」
 アキラの叫ぶ声がして、僕はアノンを抱えたまま頭をもたげた。そこには一度避けたはずの、車がアスファルトにタイヤをこすりながら大きな音を立てて方向を変えたかと思うと、こちらに狙いを定めて再び加速しだした。
…黒いセダン。あれはまるであの時の…まずい。このままでは轢かれて、死ぬ。とっさにそう思った僕はアノンを抱え、その場から逃れようと片足を踏み出した。しかし後遺症を残す僕の右半身は自分がそう思うほど確かには動いてくれない。
「早く逃げて!」
 悲鳴に似た声が妙に遠くに聞こえる。
 その間にも僕とアノンめがけて進んでくる光が目の前に大きく大きく広がっていく…まるでスローモーションだ。その一瞬とも言えるその長い時間、フロントガラス越しにハンドルを握る男の顔がはっきりと僕の目に写った。『ああ、お前か』僕はそう思った。

…つづき

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