Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

web漫画『過ぎ去りし日々に』

2016-07-31 21:05:55 | web漫画

自分のtwitterから拾ってきたネタでエッセイ風漫画を気ままに描いています。

■web漫画『過ぎ去りし日々に』

■あとがき
夏は強烈な季節ですから、夏の情景とセットになっている懐かしい思い出がたくさんあります。

そんな思いをピアノ曲にした自作曲もあわせてご紹介します。
写真は数年前に行った熱田~伊勢旅行の時のものです。
ある日夏の日-a day in the summer-


もし見てくださった方いましたらありがとうございました。

※web小説‐伝承軌道上の恋の歌‐初めから

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web漫画『人を呪わば穴二つ』

2016-07-30 22:00:22 | web漫画

自分のtwitterから拾ってきたネタでエッセイ風漫画を気ままに描いています。

■web漫画『人を呪わば穴二つ』

■あとがき
K君は小学校以来の旧友で、過去記事『ガラケーの知らせ』でご紹介したオカルト話も彼のことです。
マイペースで日頃からこの手の発言が多く、僕の腹の虫の居所次第では、我を忘れて怒ってしまうこともあります。

M君は高校以来の旧友です。
地球上の脊椎動物の中で最もピグモンに近い形態をしたぽっちゃりです。

もし見てくださった方いましたらありがとうございました。

※web小説‐伝承軌道上の恋の歌‐初めから

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なぜ日本の政治家は見た目がしょぼいのか?

2016-07-29 22:28:28 | コラム

都知事選「ハグしてくれる」「アイドル並みにかわいい」幸福実現党の美人候補・七海ひろこさん(偏差値70)が話題(知っとくジャポンの記事より)

選挙の時期、町内に張り出される候補者のポスターを見ていつも感じることがあります。

並んでいる顔をぱっと眺めて「お、良さそうな人だな」感じる人はまず某宗教関係か某共産党です。
若くて清潔感があり顔立ちのいい人が他よりずっと多いです。

それに比べて、自民党や民進党の候補者はどうでしょうか。
なんだか見るからに頼りないか、いかにも政治家っぽい悪人面のオジサンばかりです。
多分、経歴も能力も立派なんでしょうけど、どうもすっきりしません。

というか、他の国と比べても日本の政治家ってあまり立派に見えない人が多くないでしょうか。
これはいったいどうしてでしょうか?

日本の政治家というのは、基本的に利益団体の代表者です。
各業界団体や労働組合、地元の有力者、そんなところから推されて出てきます。

いわゆる利益調整型で、そこで求められるのは聞き分けの良さです。
言うこと聞かなそうなリーダーシップがある有能なタイプはお呼びでないのです。

それ以外の、第一印象がいい候補者の多い党はその逆です。
指導的立場の人間がトップダウンで決めるので、単純に経歴が良くて見た目がいい人を選べます。
誰を選んだところでどうせ党の方針に従うだけです。

そういうのが嫌ならリーダーシップを発揮できる人が政治家になれるようにすればいいはずです。
でも、よほどの危機的状況でない限り、そういう人は日本人には向いていないんでしょう。

二千年前から神無月に国中の神様が集まって相談してたくらい、話し合いで解決したがる国民性なので。

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どうして日本人は男女の役割が違うのか?

2016-07-28 22:19:19 | コラム

身長世界一はオランダ♂とラトビア♀ 韓国女性は100年で20.2cmも背が伸びていた。(ロイターの記事より)

しばらくヨーロッパに出張に行っていた経験がある父から聞いた話です。
現地の人に連れられて、本場ドイツのビア・バーで酒盛りをしていた時のことでした。

にぎやかな店内、みな思い思いに酒を酌み交わしている中、酔った客の一人がふとドイツ国歌を口ずさみます。
すると、他の客も一人またひとりとそれに応じ始めだんだんとその輪は大きくなり、最後に店中大合唱になったそうです。

その光景を目の当たりにした父はこう思ったそうです。
「こりゃあナチスが生まれるのもうなづけるわい」

面白いことに、まったく同じ話を別の人からも聞いたことがあります。

ドイツ人と言えば、真面目で規律正しい国民性というイメージです。
ナチスのことばかり言われてかわいそうですが、同じく共産主義を唱えたマルクスもドイツ人です。
ついでにアーミッシュという昔ながらの生活をしている熱心なキリスト教徒の集団ももともとはドイツ人です。

とにかくドイツ人は一つの目的の下に大勢の人がまとまることがとても好きなのです。

そのことはドイツ人の姓が圧倒的に職業に関係するものが多いということからもわかります。
例えば、もっともありふれた名前のミュラーは製粉業者ですし、シューマッハなら靴売りです。

現代社会がそうですが、高度な集団生活を営むには、仕事はどんどん職業化し専門化していくことになります。
ドイツの気質は個人主義のヨーロッパの中では格別に集団主義的なのです。

そして、それは日本人も似たところがあります。
日本が世界的に見て男女の役割を分かれている方なのも、この日本人の集団主義も関係してそうです。
男女で言葉遣いもかなり違いますし、面白いことに男女の身長差もほかの民族より大きいです。

また、イタリアのように、実は母系社会の方が女性独特の役割というのが尊ばれるところがあります。

それがいいかどうかははっきりとはわかりません。
でも、短所を補うより長所を伸ばしていく方が、うまくいくことは多いでしょう。

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気持ちよさから気持ちいい結果は生まれない

2016-07-27 22:28:28 | コラム

押井守映画祭「紅い眼鏡」「ケルベロス」「人狼」などオールナイト上映 8月6日 東京・新文芸坐にて(ナタリーの記事より)

カラオケとかで思うのが、男性は女性に比べて歌が苦手な人がかなり多いです。
男性の場合、話す声の高さと歌う声の高さに差があることがその理由と言われています。

でも、個人的にもう一つ原因があると感じています。
例えば、夜、小さなスナックとかからオジサンの歌声が漏れ聞こえてくることがよくあります。
たいていの場合、あらん限りの熱唱で、歌っている本人はさぞかし気分がいいでしょう。

でも、これが問題です。
歌があまりうまくない男性は、歌をどこか勘違いしています。
大声を張り上げストレス発散するスポーツだと思ってます。
それなら暮れなずむ浜辺で夕日に向かって叫んだ方がいくらかマシです。

何が言いたいかというと、こういうことです。
本人の気持ちよさと、生まれた表現の質は必ずしも一致しないということです。

個人的に下手の横好きでやっているピアノでも同じ経験を何度もしています。
「ああノッてきたぜー」と自己陶酔にはまると、とたんにつまずきます。

つまり、自分で気持ちよくなりすぎず、どこか客観的に冷めた自分がいないといけません。
常に緊張感を持つことともいえますし、全能感に満たされている時こそ危険です。
たぶん、これって仕事でもスポーツでもなんにでも言えることなんじゃないでしょうか。

上記事のアニメ監督さんも似たことをよく感じます。
原作という縛りがあって、それを彼なりにアレンジしたものは、どれもものすごい傑作ぞろいです。
ところが、初めから最後まで好きなように作らせると、熱狂的なファンでない限り意味不明な内容になりがちです。

はたから見ると、アーティストって恵まれた才能を使って好き勝手やっているようにも見えます。
でも、実は厳しい自己抑制を伴った、いばらの道を歩んだ結果生まれたものであることを覚えておくべきです。

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人殺しの言い分を聞く必要があるのか

2016-07-26 21:37:37 | コラム

容疑者が衆院議長宛に書いた手紙をFNNが入手「日本国と世界の為と思い居ても立っても居られず本日行動に移した」(FNNのニュースより)

昔、レッド・ツェッペリンのライブの海賊版を集めてました。
ジミー・ペイジも訪れる本家公認(?)のレコード店とはいえ、所詮海賊版です。
いざ買って聴いてみるとすでに持っていたやつと中身がほとんど同じなんてことがよくありました。

こういう時お店に戻って音源を突き返してお金を返してもらいたい気持ちになります。
でも、そんなことが可能でしょうか?

法律の世界に「錯誤」という用語があります。
Aだと思って買ったのに実はBだったという錯誤が起こった時お金を返してもらえます。
しかしその前提として「前もって買う動機の内容を相手に伝えないとダメ」というルールがあります。

つまり、「自分はAを買います」ということをお店の人に伝えてないとダメです。
僕の場合なら、いちいち店の人に中身を細かく確かめてないとダメです。

何が言いたいかというと、こういことです。
厳しい大人の世界では「した行為だけで判断する」のが当たり前ということです。
動機があったとしても、ちゃんと前もって相手に伝えてわかってもらわないと、そんなものは無意味です。

もっと言えば、その人がした行為そのものから動機を判断した方がよっぽど物事は簡単にすみます。
むしろ、行為にこそ真の動機がにじみ出てしまうことすらあります。

自称イスラム国でも原爆投下でも上の記事でも、そうです。
ただの大量殺人に、もっともらしい理由をつけます。
結果が強烈であればあるほど、それに「言い分に一理ある」なんていう輩も湧いてきます。

こういう者を出さないために原因を探ったり対策するのは当然です。
しかし、その主張を慮ってやることははほとんど無意味です。
彼らが根本的に人を傷つけたいだけなのは、やってることを見れば一目瞭然です。

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ネットがこの世にあの世を作る

2016-07-25 22:30:40 | コラム

「ポケモンGOは危険なゲーム」 架空生物に現実世界が大迷惑 (産経ニュースの記事より)

心理学者ユングの唱えた『集合的無意識』という考え方があります。
遠く離れた人間同士でもお互いに無意識に共有している記憶がある、というものです。
例えば、ニュートンとユークリッドが、まったく別の場所でほとんど同時に微分積分を発見したのは、そんな感じがします。

またそんな風にしか考えられないのが、世界中の神話です。
例えば、日本神話のイザナギがイザナミを黄泉の国に会いに行く神話は、ギリシャ神話のオルフェウスの話とよく似ています。
また、ニニギノミコトが姉妹のうち美しい妹だけを嫁に選んだため人の命が短くなった話は、世界中に似た話があります。

太古のことですから、話が伝わったにしても限度があります。
それなのに世界中に似た話が生まれているわけです。
これは、人間が無意識に共有している記憶みたいなものがあって、そこから各自情報を取り出しているとしか考えられません。

でも、この話って、ネット時代に生きる我々にとっては割とすんなり理解できないでしょうか?
感覚的にいって、動画サイトにアップロードされた動画をそれぞれのネット端末で見てるようなもんです。

何がいいたいかというと、こういうことです。
ネットが人間の見えない世界を再現しているような気がするのです。

上記事の『ポケモンGO』もそんなことを思います。
普通の人はわかりませんが、噂によればこの世には妖怪や幽霊が存在しています。
でも「見える」人からすれば、街中そういうのであふれかえっているはずです。

『ポケモンGO』は見えないモンスターを見つけるというスマホを通してその疑似体験ができるネットゲームです。
これはまた一つ「見えない世界」を再現してしまったように感じます。

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web漫画『自分らしくの難しさ』

2016-07-24 21:08:08 | web漫画

過去記事『自分らしくの難しさ』から拾ってきたネタでエッセイ風漫画を気ままに描いています。

■web漫画『自分らしくの難しさ』

■あとがき
自分らしくなろうとすることが実は最も自分らしさを遠ざけてしまうという…

でも、かといって単なる「ありのまま」が自分らしさなのかと言えば、それも違うと思います。
自分の好きなものが、本当に自分から出たものか人に決められたことかなんて初めははっきりとはわかりませんしね。
なので、とにかくあがいてみることは必要なプロセスなんじゃないでしょうか。

もし見てくださった方いましたらありがとうございました。

※web小説‐伝承軌道上の恋の歌‐初めから

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web漫画『オーラの存在証明』

2016-07-23 21:15:15 | web漫画

自分のtwitterから拾ってきたネタでエッセイ風漫画を気ままに描いています。

■web漫画『オーラの存在証明』

■あとがき
オーラというより気の方が近いかもしれませんね。
じゃあ目をつぶったらオーラは移動しないのか?とかおかしいところはあります。

目を開けているとき、普通に目に見えているもの以外に第六感的でよりリアルに感じている範囲がある気がします。
例えば、なんとなく気配がするとか誰かに見られている気がするとか…
この遊びはそういうちょっと不思議な感覚を手軽に知ることができます。

もし見てくださった方いましたらありがとうございました。

※web小説‐伝承軌道上の恋の歌‐初めから

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どうして日本人はマンガ好きか?

2016-07-22 22:30:30 | コラム

「文学を知らなければ、どうやって人生を想像するのだ(アニメか?)」読書を薦めるキャッチコピーが大炎上 (BIGLOBEニュースの記事より)

たまに海外の反応などを知りたくて、ネットで英文を見ることがあります。
そういう時いつも困るのですが、しばらく英語の文章が頭に入ってこないのです。
場合によっては、全然読めないのでやめることもあります。

8割くらいは僕の頭の具合に問題があるのですが、残りはほかに原因があります。
日本語と英語では、同じ文字でも脳の使う部分が違っているからです。

例えば、我々はパソコンやスマホの操作でも、文字よりアイコンの絵を見て判断してます。
絵の方が文字より直観的に分かって便利だからです。

日本語の漢字はこの「絵」に近いです。
そもそも絵を文字にしたんですから当たり前といえば当たり前です。
なので、日本語を読むときは脳も絵を見るように文字を読んでます。

ところが英語はそうはいきません。
文字は純粋に音をあらわしているだけです。
かなり慣れていない限り字面をちゃんと追わないといけません。
日本人がひらがなだけの文章を読むのと同じ感覚です。

この違いに、脳の切り替えがうまくいかないときがあるわけです。

しかし、このおかげで日本でいまや世界中に広まる文化が育ちました。
それがマンガです。
日本語は「絵」として認識されるので、マンガの絵とセリフを同時に見ても脳の切り替えがいりません。
日本語と中国語以外ではこういう芸当はできないでしょう。

上記事のコピーを書いた人がもし「文字のみの表現の方が絵と音の表現より高尚だ」と思っているなら、これは日本語への侮辱です。
そもそも日本語自体が漢字という「絵」とひらがなという「音」のあいの子だからです。

この論法なら英語の方がより高尚な言語だということにもなりかねません。
日本の文学を愛する人の言葉なのかと言いたくもなります。

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