トトとアキラは夜学の帰り、いつものように二人連れ添って駅までの道を歩いていた。もう深夜に近づいてきているのに、繁華街の人は絶えない。それだけなら見慣れた光景だけど、いつにも増して人が集まってるのが見える。近くには赤いランプがぐるぐるとまわって、ひとりひとりを検閲するみたいに照らし出してる。その光源は三つ。救急車とそれに二台の警察の車。何かの事件に間違いないが、あの人だかりの中心にその原因がありそうだ。中には携帯電話で写真を撮ってる人達もいる。
「ああいう人達嫌いです。見世物みたいに。ひどい」
トトはアキラのコートの袖口にすがって言う。
「うん。でも、ボク達もその一人にならざるをえないな…」
「見に行くんですか?」
「なんだか気になるんだ。トトちゃん、嫌だったらちょっと待ってて」
「私も行きます」
二人手をつないで満員電車から降りるみたいにして人の波をかいくぐると、ようやくその隙間から顔を出した二人の目の前を救命用のタンカが横切った。群れをかき分けるように急ぎ進むタンカを後ろから見守っていると、誰かとぶつかってバランスを崩し危うく倒れこみそうになる。放り出された怪我人らしきものの手が救命員の背中越しに力なく地面に打ち付けられる。関節の方向とは大分違ってひしゃげていた。
「ちょっと、アキラ先輩!」
アキラは何も言わずに、歩みの止まったタンカに向かって早足に向かって行く。あまりに堂々としていたから、思わず野次馬たちも道をゆずっている。そしてトトを置いて進んだ数歩先でアキラは立ち止まった。トトは小走りにアキラに追いつくと、まずアキラの横顔を見上げた。
「アキラ先輩?」
アキラは視線をひとつに定めてそこで止まっていた。トトもつられるように視線を辿って、思わず「あっ」と声を上げた。
「アキラ先輩…」
「うん…」
トトは彼を知っていた。ずっとタンカで力なくうなだれているその男がスフィア『オリジナル・シン』のメンバーだったから。最初に見えたのは、血まみれになった首筋。着ていたシャツは襟口から胸まで引きちぎられていた。
「…あの噂、本当だったんだよ…」
「これから何が起きるんでしょう?」
「分からない。分からないよ…でも、もしかしたら…君が危ない!」
『…え?』トトはアキラが最後に口にしたその言葉に思考が止まってしまう。音の振動が意味になるまでにどこかの安全弁に引っかかってガードしてるみたいに。それからもう一度だけ一瞬だけ前のことを頭の中で再現する。『シルシ君』アキラは確かにそう言った。シルシはスフィアに何の関わりもなければ、もとよりタトゥーなんか入れてるはずもないのに…アキラは何かを隠している。そしてシルシも。トトはそうはっきり認識したその時、シルシ自身の身を案じる前にじくじくした胸の痛みと二人との距離が果てしなく広がってくのを感じた自分が少し悲しかった。
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