Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

イナギ07‐ヨミが倒れる

2012-10-18 21:54:26 | 伝承軌道上の恋の歌

 時々、ヨミは僕の部屋で一日を過ごすことがあった。真面目なヨミはためらったが、身体の弱い彼女が一人暮らしをさせるのは気がかりだったし、僕が無理を言ってそうしてもらうことがあった。仕事を終えてヨミの待つ僕の部屋に帰ると思うと、足取りは自然と軽くなる。その日も僕は胸が軽く弾むのを感じながらチャイムを一度押して合鍵でドアを開ける。いつもと違うとすれば、玄関の先の部屋には明かりがなかった。
「…ヨミ?」
 玄関の明かりをつけて部屋に上がると、背の高い椅子に膝掛けをしてもたれかかっているヨミの後ろ姿が見えた。僕に気づいてない様子で身じろぎ一つしない。首がぐったりとうなだれたように背もたれに力なく寄りかかっている。一瞬、最悪の状況が頭を過ぎって、思わず僕は彼女の肩を揺すった。
「ヨミ。おい…」
 彼女の頭が二三度、僕の手になすがままになって力なく揺れた後、
「…ん、ああイナギ?おはよう」とヨミの反応がようやくあった。
「…寝てたのか?具合が悪いのか?」
 そう聞く僕は内心ほっとしていた。
「ちょっとね。イナギは何してたの?」ヨミはまだ少し舌足らずに僕に言う。
「神宮橋のスフィアを遠巻きに見てた。結構賑わってたよ」
「イナギ、すごい」
「みんな僕達の噂をしてるよ」
「やっぱり嬉しい?」
「どうかな。嬉しくない訳じゃないけど…」
「どうかした?」
「分かったんだ。もう僕達が元型じゃないんだ。スフィアを動かしてるのはもっと深いところにあるんだ。あのヨミが話してくれた公園での話、嘘か本当かも分からない噂話。でも、あれが知らずにみんなの意識を動かしてるような気がするんだ」
「ねえ、イナギ、あの時見た字の色覚えてる?」
「暗かったから、定かじゃないけど、茶色かったな」
「あれね。『血』で書いてるの」
「血で?」
「そう。そう言われてる。だからあんなにはっきり残ってるんだって。なんで、あの文字を血で書かなければならなかったのか?それも大きな謎の一つね。だから、イナギの言ってることってすごく分かるの。だってあの二人はきっと生きていたんだから…」
「ヨミは詳しいんだな」
「…そうよ。詳しいの。イナギの感じてること、私には分かるよ。私達だけじゃないから…だってあの子たちは私達の…」
 しかし、背中で聞いていたヨミの声がだんだんとしぼんでいく。
「ヨミ?」
 その様子に気づいた僕が振り返ると、ヨミはわずかに開いた瞳が力なく彷徨っていた。具合が悪くなる時いつもそうなる通りに、顔が紅潮し微かに深くなった息が乱れている。
「ちょっとなんでもないの…大丈夫だから…」
「ヨミ…大丈夫か…?とにかくベッドに…」
 僕は急いでヨミを抱きかかえた。
「ちょっと、イナギ。急にビックリする…」
「大丈夫。薬飲んで休めばよくなるさ」
 いつもは気休めと馬鹿にしていたヨミのセリフを今は僕自身が口走っていた。
「イナギ、お願い聞いてもらっていい?」
 ヨミは僕に抱えられたまま、息のかかりそうな距離で僕に言う。長いまつげから覗く潤んだ瞳がとても綺麗だった。
「言ってくれ。何でもするから」
「ウケイ先生…先生のとこへ連れてって…」 

…つづき

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