Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

041-アノンのヤエコ

2012-10-31 21:31:51 | 伝承軌道上の恋の歌

 アノンは夕暮れ、ふらふらとベッドの前に辿り着くとそのままうつ伏せに倒れこんだ。『あーあ、どうしようこれから』顔を埋めたシーツからシルシの臭いがした。これが当たり前になって、安心できて、そうしてまた次の自分がすぐ待ってる。そんな期待が自分を前に進めてくれて、今までは本当に幸せだったと思う。『マキーナは私からもういなくなっちゃった。いつか…分かってたことだけど…』
「…どうしよう」
 アノンは頬で絡まるウェーブのかかった長い髪が溜息に揺れた。
「マキーナとマキーノを探してあげるってヨミに約束したのに…これじゃ、もう誰にも伝えられない…」
 今度は寝返りを打って天井を見上げる。じぃっと見つめてるとその模様が何かの暗号に思えてくる。そのうち、頭の中に入り込んで思考が混乱していくようで、思わず横に目をそらせた。アノンの視線の先にはシルシが使っているノートブックの乗っている机があった。そのすぐ横には写真立てがあって妹のヤエコの姿が映えていた。アノンはゆっくりと起き上がると、机に近づいて手にとって眺めた。こっちに向かって笑うヤエコ。もうこの人はここにいない。そう思うと、一度も会ったことがない人なのにとても不思議な感じがする。髪はいつもマキーナと同じサイドを小さく結んで。服は黒地に白のフリルのアクセントの入ったワンピースだ。本人の趣味もあるだろうけど、いかにも妹ってイメージの服は、シルシの趣味だったのかも。きっとヤエコは自分で街に買い物になんか行けなかっただろうから。
「…あれ?そういえばこの服…」
 これ、この部屋で見たことある気がする。そうだ。シルシが使ってるハンガーラックの奥にこの色がちらっと見えたことがあった。女物の服が幾つかかかってるのは前から知っていて、多分ヤエコのものだとは思っていたけど。気づくと確かめたくなるから、アノンはラックにかかるテントのようのファスナーを開けると、さっそく取り出して、それから大きな鏡で何となく自分に合わせてみる。『どうかな…』ちらっとヤエコの写真と比べてみる。サイズはぴったりだ。このデザインは今でも十分かわいいと思う。『…怒られないよね?』アノンはひとりだけの部屋で何故かこそこそとヤエコの服に袖を通してみた。少しはヤエコと似てるかな。そういえば、シルシが言ってた。ヤエコは年上の人達ばっかりに囲まれて過ごしたからシルシにも敬語だったって言ってたっけ。それでシルシのこともお兄様って
「お兄様…」
 鏡に向かって言ってみる。どんな声だったんだろう?
「シルシお兄様…」
 ちょっと上目づかいに言ってみたりして。
「…割と似合ってるな」
 もしシルシが見たら、そう言わってくれるのかな。
「本当にヤエコがいるのかと思った」
 でも、マキーナの次はヤエコになろうなんて訳じゃない。ただ、そうしてみたかっただけで…それに知ってる。シルシは背格好が似てる女の子を見ると今でもすぐにヤエコと錯覚するのを。
『…って、え?』さっきのシルシの声を思い出して、思わず背筋がそばだった。あれは…本物。本物のシルシの声だ。それもすぐ近く…恐る恐る視線だけを玄関につながるドアを見るとニヤニヤといやらしく笑うスーツ姿のシルシがいた。
「いや、その、あの…」
 顔の前で手をバタバタさせるアノンに
「いいんだ。気にしないで。着替えるから、そしたらご飯でも食べに行こう」とシルシは言う。しかしアノンは立ち尽くしたまま動かない。見ると肩が小刻みに震えていた。
「…?どうした?」
 シルシを見上げたアノンの目には涙がたくさん溜まっていた。
「ヤエコにもマキーナにもなれないけど、シルシの心の隙間の形に私はなれるかも…」
「おいなんだよいきなり…」
「私、マキーナはもうダメだって…ヤエコにもなれないし…どうしたら…ヨミと約束したのに…二人、ちゃんと探し出すって」
 アノンはそう言って泣く。
「ヨミ?二人?アノン、何を言ってる?」
 
 その夜アノンはデウ・エクス・マキーナから外されたことをシルシに打ち明けた。

…つづき

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