Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

018-目覚め

2012-09-30 09:06:36 | 伝承軌道上の恋の歌

 白い光が僕の間の前に揺らいでいて、時折影がそこを通り過ぎている。次第にそれが像を結んで、ようやく誰かが分かった。
『…シルシ、聞こえるか?私だ』
-先生…ウケイ先生…?
『そうだ。よく頑張った』
-僕は…一体?
『分からなくても無理はない。それは今は重大なことではない』
-ヤエコ、ヤエコは、どうなりましたか…?それに父さんも…
『まずは自分のことを考えるんだ、シルシ。君が元気になったらきっと二人も喜ぶ』
-会わせてください。
『いつか会えるさ、シルシ。心配するな。私が保証する』
 僕はどこかで迷ってあの時にはまり込んだのかもしれないと思った。目が覚めた僕は病院の一室らしき場所でベッドに寝かされている。起き上がろうとしたが、背筋に鉄の棒でも刺さっているかのように身体が動かない。幾度か試してみて、諦めると僕はぼやけた天井を見上げた。頭もうまく働いてはくれない。それで僕は騙されたような気分でいる。今ここで目を覚ます前に僕に何が起こったんだろう。それから僕は悟った。
 僕はまた『事故』にあったのだった。同じ事故の日、同じ時間に…三年前の時、ヤエコと父さんは死んだ。アノンは…アノンを僕は救えただろうか?僕は、とにかく僕だけはまた生き残ったようだった。どれだけ僕は眠っていたんだろうか。前のように数ヶ月もそんな状態だったんだろうか?次第にはっきりとしてくる周囲の景色を僕は唯一動く眼球だけを使って確かめようとした。どこかは分からない。ただあの研究所の病室じゃないことだけは分かった。僕の脈打つのとあわせてビープ音が緩やかな調子で鳴っている。自分の身体に反応して出ている音なのに、どこか母親に抱かれているようで少し気持ちが落ち着いた。すると、感覚が戻ってきた下半身に重たいものがあった。どうもこれは今回の事故のせいじゃないらしかった。なんとか、視線を足元に向かわせる。そこには…僕の足に突っ伏して寝息をたてている女の子の背中が見えた。それはトトだった。
「…さ…か…」僕はトトを呼ぼうとした。
 が、麻酔が効いてるのか力が入らない。しばらくあがいていると、枕にしていた僕の太ももが微かに動いているのに気づいたトトが「う…ん…」と目を覚ましたようだった。それから眠い目をこすりながら、全部は開かない大きな目を僕に向けた。そこにおぼろげに写るのは必死にあがく僕の姿だっただろう。
「…先輩?」とトトはひとことつぶやくと、それからものすごい速さで僕に覆いかぶさるように身を乗り出して、目を見つめた。僕は無言のまま、トトの見開いた目を見つめて、瞬きを二回した。するとトトの目が見る見る潤んできて、次の瞬間にはわずかに感じる首元への圧力とともに僕の目の前は真っ暗になった。

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017-聖地のアノン

2012-09-29 21:46:52 | 伝承軌道上の恋の歌

 駅のホームから降りて私は、あれ以来初めてこの交差点を歩いた。午前の空気に紛れて初めて思うのは、事故のことよりシルシと初めて話した時のこと。シルシはまだ病院で眠っている…アキラが怪我は軽いからすぐに目が覚めるって言っていたけど。だからここが随分懐かしい気がした。たくさんの人達と一緒に信号を待つ私。巨大スクリーンでは時折マキーナが現れては、新しい音楽やヘッドセットのゲーム機をアピールしてる。私とマキーナは特別なんだ。そう大声で言いたい気持ち。
 信号が変わる。渡った先には白いバリケードがめぐっている。あの車が私と一緒にめがけて突っ込んだこの建物の入り口は中からはハンマーやドリルの音がせわしなく響いてる。私は灰色の通行人達から逃れてその前に立って深呼吸した。多分、もう数日もしたらすっかり直って、そしてみんないつか忘れてしまう。シルシの家族の事故のように。それから私はあの鉄柱を見に行く。あの柱の傷、文字…これもいずれ気づかれるだろう。手で触れて確かめてみた。やっぱりこれは嘘じゃない。そして私はそこから交差点を眺める。ちょうど『周知活動』の時のシルシがそうしていたように。あの日手向けた花は無事だ。そう思ってみると、そこにはもっと多くの花がある。誰がそうしたんだろう?イナギのため、だろうか?
「ほら、デウ・エクス・マキーナの生ける伝説が来たぞ」
 スフィアの仲間を連れたモノが私に一番初めに気がついて大きな声で言う。
「大きな事故だったのに、三日後に復活するなんて最後の奇跡だぜ?」
「…ちょっとやめてよ…モノ。頭打っただけだったんだから」
「でもでも、アノンちゃん、一躍有名人ですよ?もっと喜んでもいいんじゃない?」メンバーの髪の赤い女の子が言う。
「アカちゃん、こういうのはちょっと違うんだ」
 私達は神宮橋に向かって歩き出した。
「でも、なんであんなコトしたんだろう?シルシの三年前の事故を再現して。恋人と死ぬんなら、それをテキストにしたいなら、もっと違うやり方だってあったはずだよね?」
 そしてもう一人の髪の緑な男の子はミドリ。二人ともちっちゃくてショートカットの髪の毛は赤と緑で本当に兄妹みたい。
「そこがイナギらしいってことじゃない?自分の死も作り事、イミテーションにするっていうことですよ。僕にはイナギがどのくらい意識の先に行ってるのか検討もつかない…」
「イナギはまだ生きてるよ」私が言う。
「みんなその話で持ちきりさ。イナギは自らの死をレイヤーにしてスフィアのインターフェース化に成功したんだって」
 こんなことが起きたのになんだかモノは嬉しそう。
「まるでイナギに死んでほしいみたい」
「オリジナル・シンのやつらはそうさ。イナギの件でレイヤーに色んな影響をおよぼすのかみんな必死で観測してる。名前を売りたいやつはこぞってイナギとヨミのテキストを闇で回してる。嘘かホントかももうどうでもいい。分からないんだから。で、オリジナル・シンの連中で追悼イベントを企画してるって話」
「ふうん…」
「やっぱりアノンが言う通りシルシがオリジネイターだったのか?それをイナギが自分のモノにしようとしたって…」
「多分、これでイナギがオリジネイターになったんだ」
 私はそう答えた。
「…ああ、そうかも知れない」
「イナギは何かを残したかったんだよ」
「何って何だよ?」
「それはデウ・エクス・マキーナの元型。それよりずっと前に起こったこと…多分ね」
 私がそう言った時、私達四人はちょうどあの公園の前を通り過ぎようとしていた。

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016-命日

2012-09-28 21:45:42 | 伝承軌道上の恋の歌

 そしてその日が来た。あの日マキーナというCGの電子アイドルを映していた巨大液晶スクリーンも今は光を失って、見下ろすセンター街はまだ夜を照らしてる。あちこちでアコースティックギターを携えて弾き語りをしている人がいて、こんな夜それに紛れて僕達は『周知活動』をしてる。今僕達の目の前を通る人なら、三年前の今日もここにいたことがあっても不思議じゃない。僕の横にはアキラ、それにトトも手伝ってくれてる。
 アノンはあれ以来僕達の前に姿を見せない。あれから二週間、アノンが現れて始まった僕の混乱は未だ暗示的に周りを取り囲んでいた。彼女は事件とマキーナ、そしてあのヤエコの歌を結びつける何かを知ってる。聞きたいこともたくさんある。あの馴れ馴れしい口ぶりも思えば親しみやすさに思えてくるから不思議だ。少し寂しさを覚えて僕は、またあの日のようにいきなり現れるんじゃないかとどこかで期待していた。
 ふと、白い息を吐いて時計を見ると夜の十時を回っていた。
「シルシ君、そろそろ…」アキラが僕にそうつぶやいた。
「…ああ」 
 スクランブル交差点をわたって、そして僕達は事故の現場に立つ。
「…はい、花」
 アキラは花束を僕に手渡す。僕はそれをそっとガードレールの脇に手向けた。僕は腕時計を確認する。あと少ししたらその時になる。
 と、その時だった。屈んでいる僕のすぐ横に人影が立った。信号が変わった交差点を、音を立てて行き交うヘッドライトに照らされて、その影はせわしなく点滅していた。思わず僕は見上げる。すると、それはこう言った。
「久しぶりだね、シルシ。ここにいると思ったんだ…」
「アノン…?」
 思わず立ち上がってまじまじと彼女を見つめる。間違いない。アノンだ。
「お前、どうしてたん…」僕が言いかけると、
「逢えて良かった……」アノンはそう言って力なく笑う。
 その目はどこか虚ろだ。おかしい。真冬だというのにコートも着ていない。それにアノンの髪が光を照り返しているのはそれが少し濡れているからだった。
「シルシ君、この子がアノンちゃんなの?」アキラが僕の耳元でそう聞く。
「先輩…」
 トトも不安そうに僕を見てる。
「ああ、そうだ。アノン、何かあったんだな?」
 しかしアノンは何も答えない。
「分かった。事情は後で聞くよ。今はちょっと取り込んでるから」
 僕は自分のコートを脱いでアノンの肩から羽織らせる。するとアノンは僕のシャツにすがって
「シルシ…イナギ、イナギが…」と言ったきり声を詰まらせた。
「アノン、まずは落ち着くんだ。大丈夫だから…」僕がそう言うとアノンはきつく結んでいた両手をほどいてうなづいた。
「…それに、もう時間だから」
 僕は街頭の柱に手をかけた。
「ここなんだ。ほらここの柱がちょっとゆがんでる。これが今も残ってる。ほら。アノンもこれで嘘じゃないって分かってもらえるだろ?」
「そうなんですね」
 トトが近寄る。アノンは何かに怯えるように僕のコートの中で背中を丸めている。それまで極度の緊張の中にいたのが一息に解けたのか、今は惚けたようにして僕の方を見ていた。
「あれ?なんだろこれ?何か書いてあります」とトトがそのやや古ぼけた柱の肌の、ちょうど目の高さの辺りを見て言った。ガードレールの向こう側のようで、小さな上半身で身を乗り出して覗いた。
「なんだ?」
 僕が一歩踏み出すとアノンが僕とトトを押しのけて身を乗り出してきた。
「ちょっと、何すんの?!」
 アノンは手で確認しながら、顔を間近に近づけ食い入るようにして見てる。
「どうした?」
 アノンは答えずに「…そんな…こんなところに…」とつぶやくなりプリーツの細かく入ったロングスカートに構わないで、よろけながらもガードレールをまたいで路上に出た。
「アノンちゃん、危ないよ!」
 アキラが大きな声で言う。しかし夢の中にいるようなアノンには届かない。柱に顔を近づけて手でゆっくりとくまなく触れて探している。アノンのすぐ背後ではせわしなく行き交う車が風を起こしてアノンの長い髪を絶えず揺らす。アノンの目は本当に見えているのかも分からないくらいに視点が定まっていない。疲れているのか目を凝らしているのにあまり良く見えていないようだった。
 そして一瞬、よろけて大きく後退りした。
「アノン!」
 僕はガードレールを飛び越えて、彼女を支えた。
「…シルシ」
「今はいい。話は後だ。分かったな?」
「…うん」
 アノンにはもう自身の身体を支える体力も残っていない。
 信号が変わる。往来を賑わせていた騒音が一気に止んだ。…よし。今なら。僕はアノンの腕を肩に回してガードレールの向こうに連れていこうとした。しばしの静けさをかき消すように、背後からけたたましいエンジン音が聞こえた。
「シルシ君!」
「先輩!」
 同時にアキラとトトが叫んだ。強烈なヘッドライトに照らされ、半ば本能的に振り向くとまばゆい光だけが目の前に大きく広がっていた。
 僕はとっさにアノンを抱えてアスファルトの地面に飛びこむ。半身に痛みが走ったが、うろたえながらまぶたを開けると、アノンがいた。
「大丈夫か?」
「…ん」
 したたかに身体を打ったアノンはさっきにもまして気が遠のいている。
「シルシ、逃げて。私が目的だから…」
 その中で自分の意識の場所を探るようにして、アノンは必死に僕にそう伝える。
「…どういうことだ?」
 と、次の瞬間
「シルシくん!危ない!」
 アキラの叫ぶ声がして、僕はアノンを抱えたまま頭をもたげた。そこには一度避けたはずの、車がアスファルトにタイヤをこすりながら大きな音を立てて方向を変えたかと思うと、こちらに狙いを定めて再び加速しだした。
…黒いセダン。あれはまるであの時の…まずい。このままでは轢かれて、死ぬ。とっさにそう思った僕はアノンを抱え、その場から逃れようと片足を踏み出した。しかし後遺症を残す僕の右半身は自分がそう思うほど確かには動いてくれない。
「早く逃げて!」
 悲鳴に似た声が妙に遠くに聞こえる。
 その間にも僕とアノンめがけて進んでくる光が目の前に大きく大きく広がっていく…まるでスローモーションだ。その一瞬とも言えるその長い時間、フロントガラス越しにハンドルを握る男の顔がはっきりと僕の目に写った。『ああ、お前か』僕はそう思った。

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014-オルゴール&015-ことよせ

2012-09-27 21:36:28 | 伝承軌道上の恋の歌

 そして明日。木目調の重たいドアを押して店を出てきた僕に「ねえ、何買ったの?」とガードレールに並んで寄りかかっていたトトとアキラが聞いた。アキラは小さな花束。トトは買い物袋を両手に下げてる。
「これ」
 僕は片手に乗る小さな箱を見せた。
「何ですか、それ?」トトが聞く。
「オーダーメイドのオルゴール」
 二人とも何の曲なのかまでは聞かない。
「…そう、なんだ」
 例の一件でアキラの歯切れも悪い。ただ、あのおかげで僕はあのヤエコの歌の意味をもっと大事に考え始めたとはいえる。
「あの曲のおかげで譜面なしで作ってもらえたよ」
 僕の言葉に二人は困った風に笑った。

伝承軌道上の恋の歌オルゴール版(A love song in orbit Music box Ver. )

その帰り道のことだった。
「ねえ、あれ、何してるんだろ?」
 アキラが何かに気づいたようだった。見ると、あの場所に三人で輪になって立ち止まっていた。やがてその一人が輪の中心にローブのようなコートを着た女性が手から何かをゆっくりとこぼしていく。それは白い砂のようで、一条の流れになって地面に落ちて小さな山を作る。
「…なにあれ?」アキラが思わずアキラのコートの袖を掴んで不安気に聞いた。
「あれも新しいスフィア…なんですかね?」とトト。
「またくだらないことを…」僕は言った。
と、その中心にいた女性が何かをつぶやくと、他のものも両手を結んで祈りはじめる。
「あの人、写真持ってる」
「また先輩たちをおもちゃにして…許せない…私言ってきます」
 トトは自分の買い物袋をアキラに預けると、大股で彼らに向かっていった。
「トト、ちょっとまっ…」
「ちょっと何してるの?こんな大勢の人の中で。迷惑なんでやめてもらえない?」
 トトが彼らの中に割って入る。でも、彼らに動じた様子はない。
「…静かになさってください」
 女の人がトトに告げた。静かに目を閉じたまま。
「あんた達ここで何が起こったか分かってる?人が死んだんだよ?それをまたおもちゃにして馬鹿にしてるんでしょ?あのスフィアみたいに…」
「…トト…」僕は追いついてトトの側に寄り添ってつぶやく。
「私達はここで亡くなった方の魂を慰めているだけです」
「そういうのは家族がやればいいでしょ。それを他人が悪ふざけでやるから気分が悪いって言ってるの!」
「…家族?家族がいるんですか?」
 その女性はゆっくりと目を開いてトトを見た。その瞳は灰色で、爬虫類のそれを思い起こさせた。
「そ、そうよ。何か問題でもある?」
「私に見えたのは…そう…このような方です…このご家族はいるんですか?」
 そう言って女性がトトに差し出したのは一人の女の子を描いたスケッチだった。
「この方がここで亡くなられたんです」
 トトは言われるままにその絵を手にとって見た。横からアキラも覗く。
「これって…」
 それは女の子だった。しかし違った。十代前半の女の子には違いないが、その絵は明らかにヤエコとは違う。彼らだってヤエコと言いたいならこんな遠まわしなことはしないだろう。『…そもそもこんなのはペテンだ。誰だろうと関係ない』僕はそう心の中でつぶやいた。しかし裏腹に思わず口から出た言葉はそうは言わなかった。
「シルシ君、これって…」
「…アノン…」僕はそうつぶやいた。

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013-公園で

2012-09-26 21:30:38 | 伝承軌道上の恋の歌

 結局アノンとは会えなかった。それにあの曲の正体もデウ・エクス・マキーナのことも分からないまま。全て宙ぶらりのまま、僕は三度目のあの日を迎えることになる。これは何かだ。あの日の出来事の手がかりになりそうな何かなのに…
 さっきまでの熱を醒まそうとして寄ったのは街灯が冷たく光る夜の公園。ブランコに揺れるアキラとトトを見て僕は柵に寄りかかっていた。ようやく二人とも普段着に着替えて、見た目は大分大人しくなっていた。生々しい感触とともに記憶の中に漂っている映像や言葉。どことどこの回路をつなげればショートしかけてる頭が整うんだろうか。
「…先輩、怒ってます?」トトが不安気に聞く。
「いや、考え事をしてたんだ」
 時折すぐ傍の道路を通る車のライトが瞬間瞬間を切り取ってその姿を眩く照らす。
「結局全部分からず終いかあ。これじゃあ朝が来ないよ」
「分からないことが分かったんだ。それだけでも得るものはあったさ」
「…今でもあのデウ・エクス・マキーナとヤエコちゃんが何か関係があると思ってる?」
「どうかな。これを信じてれば、僕は少しは救われるのかな…」
「せっかく微かに差した光ですからねえ」
 トトはブランコに立つと
「…って、あれ?」とつぶやいた。
「どうした?」
「あ、ここ…ここってあれです!聖地ですよ、聖地!」
 トトは勢い良くブランコから飛び降りると、僕の手を取ってはしゃいだ。
「ほら、これです!今日のデウ・エクス・マキーナのイベントで配ってたマキーナの同人の曲ばっかり集めたコンピレーション・アルバムのジャケット!」
 そう言って僕の目の前につきつけられたのは一枚のCDケースだった。
「…これがなんだって?」
 暗い中目を凝らしてみると、そこにはアニメっぽいイラストで背景に混じるようにしてマキーナが佇んでいた。流行りなのか、片方の目に斜めに包帯を巻きつけてこっちを見てる。ジャケットの裏にはマキーナのいた場所が黒い影になっていた。はっきりとは分からないが、確かに背景はどこかの公園を描いたもののようだ。
「ちょうどここから見たら…ほらぴったり!」
 トトは手を伸ばしジャケットと目の前の景色とを照らしあわせてひとりはしゃいでる。
「あ、ホントだ、すごい!よく気づいたね、トトちゃん」
 アキラもトトと顔を並べてる。二人に促されるままに僕もその場所に立ってみると、確かにジャケット絵と構図があう。
「ね、すごいでしょ。こういうのを『聖地』っていうんです。みんなこうやって仮想と現実がすれ違う瞬間を感じてこの世界にハマるんです。これがスフィアの醍醐味です」
「ねえ、きっとボク達が見つけたの最初だよ?やったね」 
 勝手に盛り上がってるトトたちとは別に、改めて公園を見渡してふと今更あることに気がついた。あの時はまだ明るかったから気が付かなかったけど、この公園…
「この公園、アノンが…」
「ん?…どうしたの?」
 そうだ。しかもこの僕達が今いるこの場所…あの時もそうだった。アノンはここに立っていた。そしてこう言ったんだ。『これが最初のゆらぎ』と。何か、何かがあるはずだ…僕はアノンが鉄の柵に手をかけていたのを思い出して、検討をつけて確かめてみた。
 これだ…ちょうど街灯が明るく照らした鉄の柵のその部分。表面のペンキを削るようにして何か刻印のようなものがあるのが分かった。しかし、随分前のものだろか、かすれてよく見えない。見えたところで分かるものなのかどうか…かなり癖のある字かアルファベットを変形したような何かに見える。妙なのはその横に同じ字体で、まるで上書きするように新しく刻まれた文字があることだった。
「…先輩?」
 やけに遠くの方で声が聴こえてる気がした。なんだろう?胸がざわつく…脳の神経を直接くすぐられてるような…アノンはこれで何を伝えたかったのだろうか?

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012‐『機械仕掛けの神』(後編)

2012-09-25 23:59:59 | 伝承軌道上の恋の歌

 どうやら彼もアノンと同じ勘違いをしてるらしい。そもそも彼女からそう聞いたのかもしれないが。
「…あのね。何を勘違いしてるか知らないけど…あの事故は本当に起こったことなの!」
 アキラが割って入ってくる。
「いや、いいんだ、アキラ…」
「…でも」
「…あのな、モノ…とにかく違…」
 僕が言いかけた時には、モノはあさっての方を向いて「みんな、あのシルシさんが来てくれたんだ!」と叫んでいた。呼びかけた方向から、妙な格好をした恐らく『スフィア』の連中がぞろぞろと顔を並べた。
「…や、やあ」
 彼らの風貌には見慣れたつもりでも、僕の笑顔は少しひきつってしまう。
「ああ、あの…残念、アノン会いたがってたのに」
 その内のやっぱりマキーナ子が言う。
「アノンはいないのか?」
「今いないよ」
 また違うマキーナの女の子は確か神宮橋でも見かけた。
「こんな大事なイベントすっぽかして、てっきりあんたとかと思ったんだけど?昼、あんたと一緒に連れ立ってたから…」
 その女の子もやっぱりマキーナの…
「ちょっとシルシ先輩どういうことですかっ!?私に内緒で何浮気して…!」とそれを聞いたトトが僕のコートの袖を引っ張る。
「…トト、お前は問題を複雑にするな」
「いや、誰からなんか電話あったみたいで、それで抜けたっきりいなくなっちゃった」
「誰かって?」
「誰かだよ。本当かどうかは知らない。普段から嘘つきなんだ、彼女。もっとも俺もこいつもみんなそうだけどね」
「それがスフィア化さ」モノが得意げに言う。
「はは、面白い」
 スフィアのメンバーたちが揃って笑い出す。駄目だ。ついていけない。
「で、知りたいことがあるんでしょ?」
 赤髪をしたスフィアの女の子が聞く。
「…あの曲、マキーナの新曲を誰が作ったのか知りたいんだ」
「『委 員会』に問い合わせたって無駄だよ。だって誰かがネットとかにアップロードしてた曲だし、それもどんどん増殖してってオリジナルも追えない。最初の『ゆら ぎ』はもうスフィアの果てを眺めても観測できないんだ。このスフィアは今ここにある形を楽しむスタンス。もっともアノンだけは違うみたいだけどね。あの子 はここに入ってきた時からオリジネイターの話ばっかり」
「…で、アノンが見込んだ意中の人が、あんた、シルシさん」
 モノが僕を指さす。
「…ああ、どうやら違ったけどな。アノンにもそのことは伝えた」
「えー、そうなの残念…」
 人に勝手に期待して勝手に失望して実に迷惑な連中だ。
「じゃあ、あのビラ配りも…」
 大きかったり小さかったり、青色や緑色のマキーナが口々に言ってる。
「だから、本当だって言ってるでしょ?」とアキラが割って入ってくる。
「…そもそもオリジネイターってイナギっていうやつじゃないのか?」
 僕がそう言うと、スフィアの連中が一瞬、みんなで顔を見合わせた。


「ああ、あの人かもね」一人がつぶやく。
「…今日も来てるぜ、ほら…」
 本多は薄暗い会場でもひときわ違和感のある集団を指さした。皆モノトーンのレザー調の、そこにベルトや何やらでやたらと金具のついた服で揃えている。メイクも目の周りに極端なアイラインを引いて。一番眼を目を惹くのが皆揃いも揃って大きな十字架を背負っていることだ。
「あのスフィア、オリジナル・シンっていうんだけど…」
 死神みたいな集団の中に一人だけ、普段着の男がときおり会場をかけめぐるライトに照らされていた。
「…あの一人だけフツーなのがイナギ」
 細くてふちなしのメガネをかけて、白のワイシャツにチノパンを履いてやけに長いマフラーをしてる。
「…そうイナギ、かも」
 モノが言った。
「…かも?」
「俺達のスフィア、デウ・エクス・マキーナもイナギが創設者だって言うのは知ってるよな?確かにスフィアはそうだ。でもデウ・エクス・マキーナ自体は?マキーナをイナギが作ったのか誰も知らない。そもそも、あの人がイナギなのかも知らない」
「イナギだって自称するのが何人かいるんだ」
「スフィア=神話化してるのさ。全部まがい物。イミテーション」
 周りを取り囲んでる連中も十字架の他にも包帯を巻いてるのもいれば、車椅子に乗ってるのもいる。
「とりまきもまともじゃなさそうだね」
 アキラがつぶやく。
「イナギがこのスフィアの後に作ったオリジナル・シンっていうスフィア。なんでも皆背負ってる原罪をスフィア化してるんだって…」
「なんか気持ち悪いです」とトト。ああ、僕も大分気分が悪い。とはいっても僕の目の前にいる連中も、僕が酔狂で周知活動やってたと思ってたやつらだ。
「でも、噂が本当なら、オリジナル・シンもオリジナルがあるのかもね…」
「…あれもモデルがあるっていうのか?それが僕の家族、それにあの事件と?」
 僕は思わずモノに詰め寄るが、「…?」
 当の本人は何のことかわかりかねてるといった様子で、片方の口元を不自然に釣り上げた。とにかく気分が悪い。
「…帰る」
 僕は言い残して、一人会場の外へと足を向けた。

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012‐『機械仕掛けの神』(前編)

2012-09-25 22:06:35 | 伝承軌道上の恋の歌

 とあるデパートの最上階は八階、神殿のような広い中央階段を上りきった先の重たい扉が開く。『カプセル』と呼ばれてる箱でデウ・エクス・マキーナの新曲発表を祝うイベント『管理-kanri-』に僕とアキラはいた。
「せんぱーい、こっちです」
 女の子が呼ぶ声がする。向こうから手を降るのは、天使の羽の生えたメイド服姿のマキーナだ。僕がやり過ごそうとすると、
「もう先輩って素直じゃないんだから!」
 いきなりその女の子は僕の腕にすがってくる。
「トト…随分地味な普段着だな」
 こいつはトト。アキラと同じ夜間の専門学校のクラスメイトだ。彼女もアキラも同じマキーナではあるけど、髪型とメイク以外は特に決まりはないらしい。
「こういうの興味あるならそう言ってくださいよ、いつでも付き合うのに」
 身体の小さいトトが僕の腕にぶら下がるようにすがってくる。
「トトちゃん、蝉としては早すぎる羽化だよっ!」
 アキラが引きはがそうとするけど、
「私は常夏ですっ」とトトは離れない。
「アキラ、こいつか。ここに来ようと言い出したのは?」
 腕にすがるトトを僕は指さす。
「…そういうことになるね。トトちゃんなら何か知ってるかと思ってさ」
 トトは趣味のコスプレが高じてバイトもその手のウェイトレスをやっていた。この手のジャンルにはやたらと詳しくて普段の付き合いもその手の連中が多いようだった。
「…で、どういう魂胆なんだよ?」
「…ふふん、まあ見ててください」そう言ってトトは不敵に笑う。
 と、ステージ上のスクリーンに光が灯った。そして。皆が顔の色を一様に染めたその映像を僕は知っていた。この音楽。この映像。僕が昼間にアノンと一緒に見上げた光景に違いない。『伝承軌道上の恋の歌』がこの歌の名。思わず鳥肌が立つ。嘘だ。これはあのCGのアンドロイドの歌じゃない、ましてや新曲じゃない。これはヤエコの歌だ。
「…シルシ君?」
 戸惑っている僕の横顔を見てアキラは全てを察したようだった。
「…アキラ…」僕がつぶやくと
「…うん。分かったよ」
 アキラは僕の手を握った。
 アイドロイド、マキーナの姿。周りが大きな歓声に包まれる。彼らにとって今日は革命の記念日なんだろう。そうだ。アノンは?このアンドロイドの女の子たちの中に彼女はいるはずだ。ただ、探そうにも辺り一面マキーナばかりでとても見つかりそうにない。せめて何か僕の探している答えのわずかばかりのヒントでも見つけなければ。
「あ、モノくん」
 会場に響きわたる音楽に分け入ってトトが叫ぶ。その先には片側の髪だけをアンバランスに伸ばして口にピアスをした優男が立っていた。
「お、どうしたのトト?」
 想像通りの気だるそうな声だ。
「モノくんのスフィアのこと知りたいって人連れてきたんだ。先輩、この人がマキーナのスフィアのアソシエイトやってるモノくんです」
「…や、やあ」
 多少、気後れしながらも僕達があいさつをすると
「ああ、あんたがあの…」とモノは夢見てるみたいな気の抜けた声で笑う。
「あれ、もしかしてお知り合いなんですか?」とトトが僕に聞く。
「いや?」
「…俺達の間でちょっと有名人なんだ。一人で端末化してスフィアしてるんでしょ?」
「何の話だ?」
 スフィアは分かるとして、僕が一人で?端末化?何のことだ?
「いいんだ。イナギだって最初はきっと同じだよ。他のスフィアのオリジネイターだって…でも、面白い解釈だよ。はっきりいって今まで俺達のスフィア、デウ・エク・マキーナは閉じた世界の中にただ存在していただけだった。どんなにスフィア化してもそれは閉じた世界からリアルへの一方向な作用に過ぎなかった。ところが、あんたはリアルからのアプローチの仕方を提示したんだ。デウ・エクス・マキーナ神話の元型自体をスフィア化するなんて普通考えつかないよ!」
「…モノ…そのスフィアとか、リアルとか神話とか…ちょっと噛み砕いて説明してくれないか?どうやら僕達はお互いにお互いを誤解してるようなんだ」
 するとモノは笑う。
「ほら、やっぱりそう来た。オリジネイターなら間違いのない答えの出し方だよ。でも俺はスクランブル交差点でシルシさんがビラ配ってるのを知ってるからさ…」

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011-説明して!

2012-09-24 21:32:39 | 伝承軌道上の恋の歌

 僕は電車の窓から流れる風景をただ眺めていた。僕はいきなり人も背景も見た目と質量が同じだけのまったく違う空間に連れてこられたようだ。スクランブル交差点を歩く人達はさっきと同じに笑ってる。同じ人じゃなくても笑い方は同じだ。当たり前に僕なんかどうでもいいって顔してる。僕にだけはあんなことが起こったっていうのに?
 アノンは行ってしまった。また一方的な謎ばかりを僕に押し付けて。マキーナと妹のヤエコの境遇が似てると、アノンはそう思って僕との関係を疑った。結局それは誤解だった。思い込みの激しい女の子が思いついたただのお伽話、つまり偶然。
 いや、偶然…のはずだった。今日聞いたマキーナの新曲『伝承軌道上の恋の歌』が生前のヤエコが歌っていたのを僕が知るまでは。駄目だ。頭が混乱して何も考えつかない。左手の五本の指から宇宙の真理を見つけることくらいあてもない出来事のつながりだ。
 いつしか僕は家路に向かう駅の階段を下りていた。そして、六畳一間のアパートのドアを開ければもう行き止まりだ。どこか遠回りでもしてとにかくとにかく落ち着かなくては…そう思っていると、いつもと変わりのないはずの駅前の光景に違和感を覚えた。ちょうど時計台を囲むようにして並んでるベンチの辺り。妙に目立つ格好で座ってる女の子がいる。遠目でもそれが何かが僕には分かった。今日アノンが着ていたあの格好と同じだ…マキーナだ。もしかして…


「…アノン?」
 そうだ。そうかも知れない。なんでこんな所に?それすら今日目の当たりにした奇妙さに比べればほんの些細なことだ。もしかしたら、あのデウ・エクス・マキーナの物語を考えたやつはあの事故のことを何か知って…僕は期待に胸を高鳴らせて階段を駆け降り、ロータリーを過ぎる自動車の間をかいくぐっていく。
『…アノン』変哲もない郊外の駅前で一人コスプレをして座っている女の子はだんだんと近づいて、マキーナの女の子は僕に気づいて立ち上がると、ゆっくりと僕に振り返って。そして僕の期待の方向は思わぬ方向にねじ曲がって、でも思いがけず進んでいった。
「説明して!」
 マキーナになっているアキラは僕の言いたいことを僕に向かって代弁した。
× × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
「それって余程問題でしょ?」話を終えた僕にアキラが言う。
「ま、そういうことだ」
 僕は溜息を吐く。
「それでどうする気?」
 アキラはいつでも現実的だ。いつでも次の対応を考えてくれる。
「どうするって言ってわれてもな。あの歌自体が実は有名な曲でヤエコもマキーナとかいうやつのも元ネタが同じだけかもしれない。頭を冷やして考えればその可能性が一番高いだろうな。ただ…」
「ただ?」
「ただ、これが万が一でも偶然とか当たり前の結果じゃない何かを持っていたら?そう思ってる。現にアノンという女の子はヤエコの歌のことも知らないのにヤエコとマキーナのことを関係があると思っていたんだ。犯人につながる手がかりになる可能性が1%でもあるんなら、正直それに賭けたい気持ちはある。とにかく知りたいんだ。デウ・エクス・マキーナとか言うやつのことを」
「なら行くしかないでしょ?」
 アキラが不敵に笑った。
「どこに?」
「スフィア、デウ・エクス・マキーナに決まってるでしょ?!」
「…いつ?」
「今」
「お前それで…その格好して」
「…うん」
 アキラは少し恥ずかしそうに肩をすぼめた。
 × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
 僕の目の前にはアノンと同じ格好の、しかし大分縦に伸びたマキーナが窓の外を眺めて立っている。その横にはダッフル・コート姿のごく普通の見た目の男。そんな僕達は向い合って電車のドアに寄りかかっていた。
「…ん、どうしたの?」
 僕の視線に気づいたアキラが振り向く。
「今ここで間違い探ししたら百人が百人ともお前を指さすだろうな」
 僕はアキラの全身をまじまじと眺めていった。
「裏切ったのは世界、それとも自分?実に悩ましい問題だね。ま、ボクの場合、普段からコスプレみたいなもんだからさ」
「それもそうか…」
「もう、否定してよね」とアキラはむくれる。
 僕はすっかり暗くなった窓の外を僕は自分の姿を透かして眺めていた。
「…でも、三年忌迎えるこの時期にこんなことが起こるなんてね。こんなことがなければもっと静かに迎えられたのに」とアキラがつぶやく。
「まあな」
 でも、この偶然が今この時起こったことに意味があるのかもしれないと思う。
「この時期はボクも色々思い出すよ」
 強い風が正面から吹いてアキラは身を縮こませる。
「お前と研究所で会って三年目ってことだな」
「そうだよ。ボクにとってはその意味もあるんだよ。だからね、ボクも複雑な気持ち」
 僕達が出会ったのは『研究所』。僕達はその最後の患者だった。
「あーあ、ウケイ先生何してるかな」そう言ってアキラが窓の外の狭い空を見上げる。
「…さあな」
 それはヤエコの主治医でもあったウケイ先生が姿を消して過ぎた空白の間でもあった。

…つづく

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010-新曲発表

2012-09-23 21:03:00 | 伝承軌道上の恋の歌

 そして、その日が来た。アノンとの約束の日。アノンが僕の周知活動を手伝う日。それはあれから一週間後の週末。いつもの場所に立つ僕はショーウィンドウに張り付いてガラスの後ろのマネキンと一緒になって、人の波の向こうに霞むスクランブル交差点を眺めていた。こんな時に周知活動なんてできる訳がないのは分かってた。何を思ってアノンはこんな時を選んだんだろう。
「…はあ」と僕は思わず溜息をついた。
 そのくらいすごい人の波だったから。世界の危機がここに迫ってる訳じゃないし、年に一度の巡礼の日に集う異教徒でなければありえない量の人がごった返してる。
 しかし、今日はちょっと雰囲気がおかしい。普通じゃないのが普通のここの週末でも、視界をかすめる何かがそう感じさせる。人が多いのはいつものことだとしても…そういえば側道にコンテナをステージに作り替えた大きなトレーラーが停まっていてそのすぐわきの広場には妙な人種が集まっているのが見えた。色とりどりに癖のついた髪に鮮やかな衣装…その風貌が一定の方向におかしくて、どうも引っかかる。そうだ、あれは…
「…あそこにアノンはいないよ?」
 耳の側で急に声がした。
「わっ」
 思わず声の方を見ると、マキーナ…いや、マキーナに扮したアノンがいた。
「ごめん、驚いた?」
 アノンはきょとんとしてる。近未来風のエナメル生地の白と青の派手な衣装に、頬に書きこまれた回路のようなメイク、ピンク色の髪。
「お前なんて格好で…それじゃ周知活動はできないだろ?」
 周りを見渡すと、行き交う人達の視線が僕達に集まっているのがよく分かる。それも含めてアノンにとっては普通か。
「そう?目を惹いてちょうどいいじゃん?あんまり見つかりたくないのもいるけどさ」
「じゃあ、あそこで慌ててるのは…」
 僕はさっきの集団のいる方を指さした。
「そう。スフィアのみんな。あはは、よく気づかないね」
 無理もない。僕達までの間に何重にも人の波がある。
「お前、このためにこの日を選んだな…」と恨めしげにアノンを見ても
「待ちに待ったマキーナとスフィアのコラボなんだ。ホント夢みたい…」と彼女は一人でうっとりしてる。
「…あのな…そもそも…」
「待って、そろそろ始まる」
 アノンはビルにかかった巨大液晶スクリーンを見上げた。ちょうど前と同じようにその映像を大きな瞳に映りこませるように少し見開きながら。彼女がそうするからシルシもつられるように視線を追って見上げる。
 ホワイトアウトした画面にSEと同時に浮かび上がってきた文字は『第5類2科統合情報解決型アイドロイド:デウ・エクス・マキーナMS-02』
 そしてそこに映し出された光景だ。SF映画で見たことあるような一面の白い壁に囲まれたやたらと広い実験室の真ん中に楕円形のカプセルが置いてある。白いカプセルは上半分が流線型にかたどった透明なガラスでできているが、光が反射して中が見えない。スクエア波長の分散コードが変化していくイントロが流れる中、カメラが俯瞰からズームしていくと、白く反射するガラスの隙間から、一瞬、まだあどけなさが残る少女の寝顔が見える。そして、ゆっくりとカプセルの『蓋』が開くと、画面はスライドしていく。滑らかなつま先、足、指先、手、腕、そしてピンク色の髪を先から辿ると、それはマキーナの顔だった。長いまつげが一瞬動くと大きな深い緑色の瞳がそこから覗いた。滑らかなコンピュータ・グラフィックは生々しさを感じさせない。ゆっくりと起き上がると腕や背中、頭に接続された無数のコードが何か生き物の触手のように彼女にまとわりながら伸びた。-----それから電子音の波長が合成した歌声が流れる。それは不思議な手触りがあった。記憶までは辿り着かない、既視感と結びついた不確かな感触だけがまとわりつく。



 病室。白いベッドに横たわる少女。この子は、ヤエコだ。妹のヤエコ。窓からの日の光が光の矢になって照らす。ヤエコは窓の外を見ている。それはひどく抽象的な空間で、ヤエコ以外は全体が白くにじんでうまく像を結ばない。
 それは事故が起こるより前の彼女の姿だ。水玉模様のパジャマ姿。袖の先に見える素肌。その手の甲からは幾つかの管や線が伸びている。痛々しさは感じない。それが彼女の命をつなぎとめてくれているのを知っていたから。そんな姿でも長い髪はちゃんと結わえてある。彼女の唯一の楽しみだったから、いつも僕は乞われるままにそうしてやっていた。ヤエコは決まってあの歌を歌っていた。『ヤエコの歌』を。
 その旋律を支点にしてまた目の前の現実に場面が反転する。なんてことだ。ヤエコの歌が今流れている。古代神殿のように交差点を見下ろすビルの巨大スクリーンから。僕はまるでその場で金縛りにあったまま立ち尽くす。あのスクリーンで女の子が歌う歌が自分の知っている曲だとして、その曲より他のどんな曲が流れてたとしても僕は驚かない。でも、それがヤエコの歌だった時には…僕は呆然としてただスクリーンを見つめていた。
 その人工の電子アイドルは透明なカプセルに半身を起き上がらせたまま静かに目を開いた。大きな瞳いっぱいに光の情報が導線を伝うように走る。


「…これは…」
 僕は半分自分を失っていた。
「マキーナの物語。マキーナはアンドロイド。マキーナには元型がいた。それは彼女を作った人の妹。彼は亡き家族の面影を人の形をした機械に求めた」
 アノンの声はまるで海の底から聞いてるみたいにくぐもって聞こえた。
一方、スクリーンでは病衣姿の女の子が映る。その姿は包帯にぐるぐる巻きになって、片目と口だけが覗いていた。それでもアンドロイドの少女、マキーナによく似てるのが伝わる。彼女がつないだ右手の先に同じように立ってこっちを見るマキーナがいた。
「それは交通事故だったの」
 アノンは見上げた視線をゆっくりと僕に向けた。僕を見つめるのは心を奪われたような彼女の瞳だった。
「このスフィアのオリジネイターを私は知りたいと思ってる。オリジネイターと噂される人もいる。名前はイナギ。でも私は違うと感じてる。ただ、そう感じるの。オリジナルのレイヤーはもっと深くにある。それを私は知りたい…だから教えて。事故のことって本当?マキーナはヤエコさんを端末化…投影したもの。違う?」
 僕はただ黙っていた。その間アノンは視線を外さない。
「違う。違うさ…」
---真相は君が思ってるのとはまるで違う。ただ、僕にとってはそれがもっと問題なんだ。これがただの偶然ではないのだとしたら。僕はそう心の中で言った。

…つづき

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009-ヤエコの歌

2012-09-22 21:27:29 | 伝承軌道上の恋の歌

 『聞こえてますか?シルシです』今日も何の反応もない。机の上に置いてあるデジタル時計は0時丁度を表示している。そろそろ寝よう。僕はインカムを外してPCの電源を切るとベッドに寝転ぶ。小さな音楽プレーヤーのイヤフォンを耳につけて、部屋の電気を消して目を閉じた。
 -雑音の混じった人の声が遠くで聞こえてくる。時おり、マイクの近くで何かがこすれる大きな音がする。そのうち女の子の澄んだ歌声が聞こえてくる。それはまた何回か物音に邪魔されながら、はっきりと近くに聞こえてくる。
 それはヤエコの声だ。喉元で震えるような綺麗で少し幼い声。歌詞は適当らしくて,異国の言葉の風にでたらめな発音をしているようだった。ヤエコの歌。僕はこの歌をそう呼んでる。それから突然、大きな音が鳴ったと思うとヤエコの声が
『お兄ちゃん、いつからそこにいらしたの』と部屋に響いた。
『今来たところだって』と僕が言ってる。
『いや、本当だよ、ヤエコ。君がオリジナル・ソングを歌っていたなんて全然分からなかったのだ』
 その中年男性の声は『研究所』でのヤエコの主治医だったウケイ先生だ。病弱なヤエコは事故で死ぬ前の数年間を『研究所』で過ごした。幼い頃から病院生活が長く、日頃から年上の人ばかりと接してきたヤエコは敬語で話す癖がついていた。
『それもしかして録音してらしたんですか?』ヤエコの声。
 どういう動機のいたずらだったのかは今となってはもう思い出せない。
『別にしてないよ』僕がごまかそうとしていると
『いや、仮にもアイドルを目指すものとしてはこういうのを恥ずかしがってはいかん』とウケイ先生が真面目ぶっていった。
 多分、こういう反応がヤエコを余計に刺激してしまったようだった。『でも、そういうの卑怯だと思います…自分の声って聞くとすごく変に感じるでしょう?この前聞いてちょっと落ち込んだんですから。だから、恥ずかしいから消してください』
『いい歌だったよ』
『そうだ。初々しさが実に良かったぞ。乙女の秘した切ない恋心を感じた』とそれに応じるウケイ先生。
『ちょっと何をおっしゃるんですか?かくなる上は…』ヤエコがそういうと急に雑音が大きくなった。
『こら、やめろ。壊れるから乱暴するなよ。借り物だから』
『内緒で撮るのが悪いんです』
『落ち着くんだ、ヤエコ。身体に毒だ。これは主治医としての忠告だ。我々は観察環境に影響されないヤエコを記録してみたかっただけなのだ。それにな、被験者に実験内容を悟られないダブル・ブラインド方式は行動心理学の研究において必須だ』
『何言ってるんです、このばーか』
『ヤエコ、なんて口の聞き方だ』僕がヤエコをたしなめている。
『考えてもみるんだ、ヤエコ。例えば、コップの中に入ったお湯の正確な温度を計ろうとしても、温度計を入れた時点で、温度計自体の温度が影響してしまう。これは量子力学を生み出した重要な概念であり、光の波と粒子という二つの性質を同時に観測することもまた不可能だ。また、文化人類学におけるアマゾンの熱帯雨林に住む手付かずの文明を持った原住民族との接触においてもまた同様の矛盾が生じてしま…』
『えいっ』
『こら、やめ…ッ』
 僕が叫んだところで音声が終わっていた。でも、どうにかこの音声ファイルは生き残っている。今では貴重なヤエコの遺品の一つだ。

…つづき

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