荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

都電の在る風景/巣鴨新田界隈

2018年01月18日 | 散文
巣鴨新田を都電沿いに行くと踏み切りがある路地が多く、東京下町の風情を濃厚に残しています。
先ずは、踏み切りから路地を見ます。


三ノ輪行きの駅です。


こちらは早稲田行きの駅です。

どこか地方都市の景色のようです。

踏み切りから左右を見ます。




踏み切りを渡って路地を行きます。


路地の先に踏み切りが見えます。


下町の風情です。




次の踏み切りを渡ります。


この辺りは袋小路が多い住宅街です。
この路地は抜けられるかな?


運良く踏み切りに出ました。


街を見ます。

ここにも色々な生活と人生があります。

この話、続きます。
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勝専寺閻魔大王御開帳縁日に行き当たる。

2018年01月17日 | 散文
足立区千住の街を走っていると、縁日に行き当たりました。




屋台の正面にお寺があります。


勝専寺というお寺です。


閻魔大王御開帳の縁日のようです。


閻魔堂がありました。


ここの縁日ですね。
基本信心深くないのでお参りはしません。


屋台の向こうに本堂があります。


境内にも屋台がありますが、盛り上がりはもう一つです。


山門から屋台を見ます。
この界隈が1番の賑わいです。

有名ではないけど、この地域の大事なお祭りのようです。

もう一度山門から本堂を望みます。

たまたま行き当たった千住の縁日でした。

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奥の細道 矢立て初めの地

2018年01月17日 | 散文
大川(隅田川)に架かる千住大橋です。
向こうは江戸です。
橋の袂に石碑が見えます。


久し振りにやって来ました。
芭蕉旅立ちの地です。




小さな公園になっています。




大橋の土台の場所でもあります。


前回同様、橋詰テラスへ行きます。


なんと、工事中で立入禁止です。


しょうがないので大橋から覗きます。


あそこの階段を降りてテラスに出られる予定でした。


芭蕉が大川(隅田川)を舟でやって来て、あそこで上陸したようです。


現代の船と隅田川の風景です。


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桜の名所上野公園に桜のイルミネーション

2018年01月16日 | 散文

ガラケーなのでこれ以上はムリ。
先ずはお知らせまで。

今から春が待ち遠しいです。

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はん亭の風情

2018年01月16日 | 散文
串かつ屋のはん亭です。
もう東京では建てられない木造3階建ての風情です。


見上げてみます。


不忍通りからも眺めます。


玄関前です。


風情を楽しみます。




普段無いものが張り出されています。


なるほど。
こちらこそよろしくです。

老舗の風情です。
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亀戸餃子食べ初め

2018年01月15日 | 散文
13時を過ぎてこの行列です。
前が見えません。

アツアツの餃子が食べたいですよね。

待ち時間を聴いているのでしょうか?

次の予定が気になりますよね。
私は暇人だから待ちます。

それにしても、景色も寒いです。


列の先頭に来ました。
もう少しの辛抱です。


でも声が掛かりません。
中は暖かそうなのに・・・。

時間の経過が遅く感じます。

おや!?
ここにも有吉と生野アナが来ましたね。

もっとも店内にはタレントとアナウンサーのサイン色紙が一杯貼られている下町らしい店内です。
そんな事を考えながら待ち時間を我慢しました。

・・・食べ終わったら、まだこの行列です。

話の種に一度はどうぞ。
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諏方神社を探索するー2

2018年01月15日 | 散文
神社の境内に居ます。
参拝者が諏訪坂架道橋から石段を上がって来ます。




また東北新幹線が走ります。


表参道へ行きます。


さて、石柱の表示は「諏訪神社」です。
西日暮里駅方向からの参道にも「諏訪」の記載でした。
左及び境内の説明板並びに拝殿前の提灯も「諏方神社」との記載です。
この鳥居にも「諏方」の記載です。

私は「諏方」の記載としました。
手持ちの地図も「諏方」なので。

参道延長線の路地を行くと「富士見坂」の表示があります。


ここは上野から谷中を経て、飛鳥山へと続く台地の上です。
昔は坂の正面に富士山が見えたそうです。

先程、拝殿の奥に「御嶽山」がありました。
このロケーションで、何故「富士山」でなくて「御嶽山」なのでしょうか?

神社へ帰ります。
この左の道はよく通っています。
従ってここからの景色には馴染みがありますが、神社を訪問するのは初めてです。
しかも、意外な方向から。

この道を行くとすぐに道潅山です。
江戸時代の「虫きき」の名所です。

境内を通って、石段を下りて、諏訪坂架道橋を潜って、自転車を取りに帰ります。


長らくのお付き合いありがとうございました。
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諏方神社を探索するー1

2018年01月14日 | 散文
古くて由緒ありそうな神社です。


まだお正月の風情です。


拝殿です。


結構参拝者がやって来ます。


探索します。


あちこちに鳥居があります。
西日暮里駅側です。


反対側へ行きます。
御嶽山方面の矢印があります。


あの建物の下に通路があります。
屈んで行きます。


これですか!?


富士山信仰の様なものでしょうか?


こちら側にも鳥居がありますが、正面の広い境内へ行きます。


高台です。


眼下の線路を山手線が走ります。


東北新幹線も走ります。


神輿倉です。
先程から参拝者が絶えません。
多くの氏子を持った神社のようです。


この話、続きます。
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諏方神社への道

2018年01月14日 | 散文
西日暮里駅へ続く道です。
正岡子規葬送の道でもあるので、時々通っていました。


ふと左を見ると、線路下に穴があります。
今まで気が付きませんでした。
行ってみます。


自転車置き場のようです。




その先にも続いているようです。


行ってみます。


向こうから人がやって来ました。


「諏訪坂架道橋」の文字があります。
何だろう?


長い石段に出ました。


頭上に線路が現れました。


後ろに駅のホームが見えます。


石段が続きます。


振り返りながら石段を上がります。


石段が右折して、鳥居が現れました。


まさか、神社へ繋がる道とは・・・。




この話、続きます。
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2018年1月場所が始まる。

2018年01月13日 | 散文
いよいよ平成30年最初の大相撲が始まります。
昔は「初場所」なんて言っていたけど、最近は聴きません。

相撲部屋に自転車が帰って来ました。
宇良の居る木瀬部屋ですが、彼は休場するので、このままだと来場所は幕下に陥落します。
厳しい世界です。


栃ノ心の春日部屋です。
彼は稽古後や自転車に乗っていたりで、よく見かけます。


さあ、両国国技館では準備万端です。


両国の風景はこうでなければ!


入口にはまだ門松が出ています。
これって、場所が終わるまであるのでしょうか?


玄関前の横綱の看板です。




日馬富士が居ないのが残念です。
そして、鶴竜が引退を賭ける場所です。


鶴竜の井筒部屋です。
スー女も心配しています。


伊勢ヶ濱部屋は変わりありません。
相変わらず貼紙が出されたままです。


昨年、横綱と大関が居なくなってしまいましたが、よく稽古する部屋なので盛り返して来ると思います。


貴乃花部屋も表面上は変わりありません。


相変わらずマスコミが数人待機しています。
人数が少くて暇そうなので、部屋の一番前に陣取っていた若者に声を掛けてみました(オッサンの行動ですね)。

「寒いのに大変だねえ、ここは日陰だし、何かあるの?」
「親方が来るのを待ってるんですよ。よその部屋はマスコミ居ましたか?」
「ここだけだね。伊勢ヶ濱にも、井筒部屋にも居ないね。貴景勝は勝つかね?」
「明日は調子が上がるまえの稀勢の里相手だから勝つ、と皆の予想です」
「貴ノ岩は何処に居るの?」
「分からないんですよ。式守伊之助が辞職するそうですよ」
「え、そうなの!? そうそう、この間日馬富士と出逢ったんだよ」
「えマジですか!?何処でですか?」
こんな相撲ファン同士の会話でした。

話題の部屋をもうひとつ。
大嶽部屋です。

大鵬の孫が話題です。

私が四股名を予想します。

関取になったら父の「貴闘力」を名乗りたいところですが、「貴」の字は父が所属した藤島部屋から貴乃花部屋に引き継がれている名です。
ここ大嶽部屋の一字を取って「嶽闘力」はどうでしょう?
語呂も良いです。

大関になったら、「大鵬」を名乗っても良いでしょう。
この部屋から夢が広がります。


すぐ近くでは、元北の湖部屋が静かに佇んでいます。

栄枯盛衰は勝負稼業の常です。

両国は明日を控えて賑わっています。


どんなドラマが始まるのでしょうか?
国技館が静かに待っています。





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池之端の井戸へ、逆から行く。

2018年01月13日 | 散文
池之端の坂道に居ます。
あそこの角を左折します。


ここです。
自動車が進入できない池之端4丁目の路地です。


池之端は坂の街です。
急激な下りの曲がり道になります。


煉瓦壁がちょっと好い坂道です。


反対側にも煉瓦の壁です。


昔何があったのだろうと思わせる壁です。


坂を下り切ったら小さな集落があります。


民家の軒先に井戸があります。

池之端は上野台地と本郷台地の谷間にあるので水が集まります。

井戸のある街なのです。


更に正面へ進みます。


お馴染みの、私の好きな井戸です。


井戸の反対側から、やって来た路地を見ます。
井戸越しの路地です。
この景色が好きです。


今年初めての訪問です。
ここでは殆ど、住人以外に遇った事がありません。
井戸好きなんて、私だけでしょうか?
暫く佇みます。
あまり季節感が無い風景ですが、好いです。


満足したら、フェードアウトして蕎麦を食べに行こうと思います。


もう、「浜寿し」が無くなってしまった池之端の路地です。
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鬼子母神の上川口屋にも昼休みがある。

2018年01月12日 | 散文
冬晴れの鬼子母神の境内です。


ここでは都天然記念物の大銀杏以上に有名な上川口屋がありますが、閉まっています。


こんな上川口屋を初めて見ました。


近寄ると、あの散歩番組のステッカーがあります。
有吉と生野アナが来たんだね。


いや、そんなのんびりした話じゃないぞ!
オーナーのお婆さんがお年だし、今シーズンは殊の外寒いし・・・。
この名物店がある景色が無くなるのか?


・・・!?、内側からゴトゴトと音がして雨戸が1枚開きました。


すぐに2枚目が開きます。


あれよあれよと3枚目の雨戸が、元気良くお婆さんの手で開けられて行きます。


店頭の商品棚も出て来ます。
時計を見ると、13時です。
どうやら時間キッカリに午後の営業が始まる様です。

お昼休みだったのですね。
元気そうで安心しました。
ゆっくりとお昼ご飯を食べた方が身体に良いですよね。
で、やっぱりこの景色、好いです。

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冬晴れの鬼子母神参道

2018年01月12日 | 散文
都電を追っていると、どうしても鬼子母神に行き当たります。


しょうがないので行ってみます。


冬晴れの参道を行きます。






ちょっと振り返ります。
いつもこの辺で振り返っています。


再び進みます。






角に来ました。


角のマンションです。


曲がったら、鬼子母神です。

もう節分の季節を告げています。
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「紙うさぎロペ」に出て来そうな店との再会

2018年01月11日 | 散文
会社人だった頃、朝のTV番組で見るとは無しに「紙うさぎロペ」を見ていました。
古い商店が登場するのが印象的でした。
まだやっているのでしょうか?
朝寝の素晴らしさを取得して以降、あの時間に起きている事はありません。
何が素晴らしいか?
おそらく、「今日も生産活動しなければならない」との呪縛から逃れ得た事だと思います。

さて、南大塚の丘の上に来ました。
記憶の底にある風景に出逢いました。
この公園を覚えています。


色鮮やかな滑り台がある公園に入って行って、


振り返ったら、あの店です。

10数年前にここから坂を下りて、今朝書いた記事の八百屋と教会に行き当たったのです。

今日は逆のコースを来た様です。
あの時は何処からここに来たのでしょう?
店沿いの路地を行ってみようと思います。




多分、前回ここに来た道とは違うと思います。

別にそれでも良いのです。

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南大塚の路地で

2018年01月11日 | 散文
偶然、10年くらい前に行き当たった路地に出会いました。
この八百屋と教会が並んだ風景を良く覚えています。


八百屋は当時と変わっていません。
顧客が増えたようでも、減ったようでもありません。


教会も変わった様子はありません。
写真を撮ろうとしたら、カラスがやって来たくらいです。


前回の道を行ってみようとペダルを踏み始めたけど、前回迷い込んだ道など覚えている訳がありません。
お寺の塀沿いに行ってみます。


坂道を行きます。


店があります。


この路地が面白そうですが、自転車で上がるのは大変そうです。


袋小路が好い感じです。


知らない道を行く時のワクワク・ドキドキが好きです。






学校がありました。


ここは何処でしょう?


交差点があったら、基本小さい道を選びます。


こんな石碑に出逢いました。

丁度女子高生が通り掛かりました。
「これって、誰ですか?何をした人ですか?」
「知りません」
そうです。知らない人から声掛けられても返事してはいけないのです。

傍にこんな建物がありました。

石碑の人の子孫の土地と建物だと思います。

散策は続きます。


帰宅後、田村直臣を調べました。
安政5年に生まれて昭和9年に亡くなった牧師です。
与力の家に生まれて、海軍兵学校、亀井塾、築地大学に学んだ後、東京一致神学校を卒業し、明治7年に日本基督一致教会で牧師の按手礼を受けました。
植村正久、内村鑑三、松村介石と共に「キリスト教会の四村」と呼ばれた人物でした。

基本、信心深くありませんが、冒頭の八百屋と教会を再発見した事が、今日の一期一会のように思います。

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