約300m続く商店街の西端です。真っ直ぐスカイツリーが見通せる商店街です。
街灯にも有るように、「下町七夕まつり」が有名な商店街です。
七夕飾りが並ぶ商店街を行きます。
童謡で「笹の葉サラサラ♫」と歌いましたが、軟プラなのでシャラシャラと揺れます。
もう笹を飾る「軒端」はありませんが、歩道脇で揺れています。
「合羽橋商店街」を行きます。
国際通りに来ました。
振り返ります。
準備完了!です。7月6〜8日に開催されます。「入谷朝顔市」と同じ日です。
約300m続く商店街の西端です。真っ直ぐスカイツリーが見通せる商店街です。
街灯にも有るように、「下町七夕まつり」が有名な商店街です。
七夕飾りが並ぶ商店街を行きます。
童謡で「笹の葉サラサラ♫」と歌いましたが、軟プラなのでシャラシャラと揺れます。
もう笹を飾る「軒端」はありませんが、歩道脇で揺れています。
「合羽橋商店街」を行きます。
国際通りに来ました。
振り返ります。
準備完了!です。7月6〜8日に開催されます。「入谷朝顔市」と同じ日です。
今日も猛暑日の東京は人形町です。丁度11時になって、時計台が動きました。
景色が白っぽいです。見上げる人も暑そうです。
水辺が恋しいですが、隅田川の照り返しが厳しいです。
正面は佃島の超高層マンション群です。ちょっと上流から見ると景色が変わります。隅田川に浮かぶ島とは思えません。
交差点の向こうに好い感じの店が在ります。ちょっと左には田中角栄邸が在る目白通りです。
「鳳山酒店」です。よく見ると、二階の窓の所にも看板が有ります。
「鳳」の文字が無くなっています。
店の隣の路地です。その先は坂です。
こんな急坂です。自転車で下るのが怖いくらいの坂です。
東京には「富士見坂」があちこちに在ります。山坂が多い土地であると同時に、高層ビルなど無かったので、あちこちから富士山が遠望できたのでしょうね。
すぐ先の古い家屋の所で坂が二つに分かれています。いわゆる車道と歩道です。
今日は左側の石段を行くことにしました。初めて通ります。
それにしても凄い蔦屋敷です。
自転車を押して坂を下ります。
正面に、新宿のドコモビルが見えます。相当の高低差です。
坂を下りました。
目白台の下の路地です。銭湯がある町です。
この路地は約20年間、私の散策路でした。週に1回は通っていますが、伊勢ヶ濱部屋が在ったらばこその散策路でした。
シーサーしか残っていません。
ここでは稽古後の相撲取りが屯して居ました。7人も関取が居ました。自動車も有りません。もっとも、今は名古屋場所前なので、普通なら名古屋に行っているのを知っていますが、やっぱり寂しい景色です。
看板が有りません。伊勢ヶ濱親方が元横綱照ノ富士に代わって、伊勢ヶ濱親方は、元横綱白鵬が持っていた宮城野親方に代わりました。
この家は、もう相撲部屋じゃなくて、杉野森さん(宮城野親方の本名)の自宅なんですね。
ところが、親方が丹精して育てていた盆栽も有りません。どうしたんだろう?
国技館の掲示板です。
もうすぐ名古屋場所が始まります。両国は真夏です。商売に熱心な(成功した)大相撲関係者も居ます。人それぞれです。
看板の跡が寂しいです。ここでは多くの歴史的瞬間に出会えました。日馬富士と照ノ富士の横綱昇進にも立ち会いました。
何よりの思い出は、我々ファンも部屋関係者もみんなが喜んだ、照ノ富士の2度目の大関昇進です。横綱昇進ではありません。誰もが、親方と照ノ富士の努力に感銘を受けました。旧伊勢ヶ濱部屋のハイライトをもう一度振り返ります。照ノ富士大関復帰の日 - 荒川三歩
新伊勢ヶ濱部屋も訪ねて行きます。照ノ富士の親方業も見守ります。この家も時々覗きに来ます。ありがとうございました。
毎日暑い東京です。墨田区を走っていて遭遇しました。
立派な蔵を持っています。これは大店です。
商店街を初めとする古いものが好きです。質店もその一つです。でも、こんな大きな質店は初めてです。私が知っている質店は、路地裏でしっとりと営んでいたりします。じっくり眺めました。
こちらは、いわゆる「質流れ品」を販売するセクションみたいです。
ショーウインドウです。
硝子が反射してちょと見難いですが、これらはマイセンですね。
お宝です。
角に看板が有ります。
角を曲がっても店です。こちらが質入れ口のようです。
見上げる看板は「元禄2年」の創業です。西暦1689年です。これは、老舗だ!300年以上の歴史があります。
そして、驚きました。広くて写真1枚に収まりません。良く見ると、大きな蔵が2棟在ります。
こちらが住居でしょうか?
とんでもない家に遭遇しました。
有るところには有るんですね。
両国橋から隅田川が見えます。水上警察の船が居ました。
その先を見ると、沢山の屋形船が川下に向かっています。何だろう?
推測します。 夏のイベントの準備だと思います。東京の夏と言えば花火大会です。だとしたら、「隅田川花火大会」ではないように思います。あれって、ここ両国より上流で行われるもの。
7月の初めであり、隅田川の下流で行われるのであれば、「東京湾花火大会」です。そうに違いありません。そしてこれは、屋形船の「今年の陣割り」、つまり誰がどの位置で係留するかを決める日だったのではないでしょうか?
東京の夏祭りが始まっています。
はてなblogでは、駄菓子屋のお婆ちゃんTV出演の話です。⇒荒川三歩
羽二重団子にかき氷の幟暖簾が出ました!
いつもの席に座ります。愛車が見えます。
客は私だけだったのですが、かき氷を食べ始めたら満席及び空席待ちになりました。私は「福の神」・「幸せ配達人」です。
今年初めてのかき氷です。
掘り進めると、ほんのりと黄色が現れました。「氷ゆず」を食べています。
ふと気が付きました。私、ここでは「氷ゆず」しか食べておらず、他の店でも同じものしか食べていません。しかも、夫々別のものを食べているのです。あの店ではこれ、と決めている訳ではないけど、そうなっています。同じ店で食べ比べて、その店の一番美味しいものを決めれば良いのに、と思いました。
往来する人々を眺めながら食べます。食べている処を眺められています。
薄く小さくスライスしたゆずの皮も入っていて、上品な甘さにちょっと苦味もあって、好みの味です。・・もう食べ終えてしまいます。
体が適度に冷めました。温く入れた、渋めのお茶を飲みます。美味しいです。店名入りの湯呑みです。
店を出てメニューを見ます。「氷ゆず」に変わるものがあるか?
振り返ります。美味しかったです。身体に籠っていた熱が放出されました。
「羽二重ここ」です。
南千住は、松尾芭蕉が「おくのほそ道」への旅立ちの際に、隅田川から上陸した地です。
矢印に従って、行きます。
現在の「千住大橋」です。
「せんじゅこばし」です。この先が「お上がり場」です。
大橋の真下です。徳川家康と伊達政宗の工事の痕跡が残っているようです。
大橋を抜けた場所が「お上がり場」です。松尾芭蕉だけでなく、大名や将軍家、日光門主等々が、隅田川から上陸した場所です。
戻りましょう。・・・こちら側は「千住小橋」の表記になっています。何かの機会に読んだ記憶があります。橋に書かれた土地を含む名称は、その集落への入り口は漢字で、出口はひらがなで表記したそうです。ここが千住への入り口です(他の橋も気にして見ていますが、現在は左右に漢字とひらがなの表記が多いです)。
上流側の堤防です。縁の多い場所のようです。
現在は高層マンションの街です。
今も変わらず、千住大橋の下、隅田川を船が行きます。
上品な茅の輪ではなく、なんかこう「荒ぶる神」らしい茅の輪を見たい、と思いました。思い付いたのが、南千住の「スサノオ(漢字転換変換ができません)神社」です。
太い! 根津神社や日枝神社などの3倍はあろうか、という太さです。スサノオ命はヤマタノオロチを退治した神です。武骨な茅の輪です。下町らしい、とも言えます。
作法に従って参拝します。
・・・ここに来ると、神楽殿が気になります。東日本大地震の時に、神楽殿いっぱいに千羽鶴を吊しました。荒ぶる地震を鎮める祈りの千羽鶴に心を打たれました。
今日は「つきなみ祭昇殿参拝」です。
神職が頭を垂れて通り過ぎて行きます。
猛暑日の午後です。
拝殿が工事中の亀戸天神です。
夏越の大祓にやって来ました。
祀られている菅原道真公には不似合いの荒々しい茅の輪とお思いでしょうが、菅原道真公の先祖は、当麻蹴速を蹴殺して「相撲の神様」になった、野見宿禰なんです。そう言われたら、納得の荒々しい茅の輪です。
工事中の拝殿を参拝します。
工事の理由です。
勉学の神様です。下町の人気神社です。
猛暑日です。茹るような暑さです。草いきれがします。
濃い緑が暑苦しいです。
紫陽花の清々しさが清涼剤です。
ずっと前に、同じ街で瓢箪だらけの家に遭遇しました。登録読者さんに教わったところ、瓢箪作りの名人だったらしいです。あれからこの街に来るたびにそれとなく探していましたが、遭遇しません。
突然、遭遇しました。
凄いです。色付きです。
前に遭遇した家とは違いますが、同じ町内なのでお互いに知っていると思います。同好者と認識しているのか、ライバル視しているのかは分かりませんが、同じ趣味の方だと意識しているのではないでしょうか?
これはこれで凄いです。
前の人の家に出逢いたいなあ。
前の人の記事はこちら。
綺麗だと思いました。いえ、枯れかけたアロエではありません。
この苔です。
菊坂下の路地に生えていました。
見上げると、木造三階建の家です。
菊坂に上がると郵便局とレストランです。
本郷への急坂へ向かいます。
谷底と丘上の街です。
ふと、樋口一葉の井戸が有るあそこへ行こうと思いました。
いつも変わらぬ風景です。
梅雨だとこの石段の苔類が生き生きしているのではなかろうか?と思った次第です。
あまり変わらないですね。
石段を見上げます。
振り返る、樋口一葉が井戸端会議をしたであろう路地です。
せっかく来たので石段を上がります。シダの元気が良いように思います。
振り返ります。
見上げる梅雨空です。
九州・四国が梅雨明けしたそうです。
池の端に在った「鷗外荘」の移転工事が進んで、池や植栽の概要が分かるようになりました。
夏越しの大祓の準備が終わった根津神社の庭です。
ここから覗きます。家の外観が分かる状態になりました。
完成が待ち遠しいです。
やっぱり告知が出ていました。
母子がお詣りに来ていました。
作法どおり潜って、拝殿へ向かいます。
重要文化財の銅灯籠と西門です。
参拝を終えて振り返る茅の輪と楼門です。やっぱり真円は、信心が増すように思います。
こんな所を告知板に使う、贅沢な神社です。
そして、いつもの西参道からの風景です。
帰京して初めての参拝です。
厳かな夏越しの大祓催行の様子はこちら