里の部屋

日々思ったことを綴っていこうと思います。

へしこ

2008年07月31日 | 日々のつぶやき
先日舞鶴の実家の村のお寺さんに行って、用事が済んだ後、東舞鶴の「舞鶴親海公園」に行きました。

海と山がすぐ目の前で、景色がとてもいい所なので、写真を撮ろうとしたのですが、午後2時ごろの日差しのきつい時で、しかも逆光で、まぶしく、カメラをのぞいても写そうとする景色より、自分の顔がカメラの画面に出てしまい、わたしの写真撮影技術では撮れませんでした。

釣りが出来るところがあって、今は夏休みで、しかも日曜日でしたので子供たちとお父さん、お母さんと言うファミリーで釣りを楽しんでいる姿が沢山見受けられました。

あちこちで釣竿がしなっていて、何の魚が釣れているのだろうと見てみると、小鯵のようでした。

私たちは見ているだけでは暑くてたまらなく、建物の中で、ソフトクリームを買って休憩し、売店にへしこが売っているのを主人が見つけ、「買おうか」と言いました。私は、その言葉を聞いて、今日はどう言う風の吹き回し?と思いました。

主人はへしこが嫌いなはずなのに、何か私に機嫌をとっているように思えたのです。私自身は子供の頃から食べなれていますので、好きで、普段から買い物に行った時、目に付くと食べたいなと思うのですが、買うと主人と娘が「こんなものよう食べるわ」と言うので、殆ど買いません。

この日は主人が「買おうか」と言いましたので買って帰りました。多分買って帰っても主人と娘は食べないだろうから、いわしくらいの小さなへしこをと思いましたが、大きなさばのへしこしかありませんでした。



買って来たら、やはり主人と娘は見向きもしません。この二人には悪いので長男と私は少しづつ遠慮がちに食べています。二男が家にいれば、二男も食べてくれるのですが・・・


岸壁の母

2008年07月28日 | 日々のつぶやき
昨日以前から頼んでおりました、父母の位牌が出来ましたので、実家の村のお寺へ行って、魂を入れてもらい、それを京都の家に頂いて来ました。

やっと父と母が我が家に来てくれた感じです。

舞鶴へ行くと、いつも娘から「“岸壁の母”を買って来て」と頼まれ、昨日も買って来ました。



私は何時もどんなお土産品でも、よほどめづらしい物であったり、どんな食べ方をすればいいのだろうと思うものでない限り、中に入っている栞は読みませんが、今回は初めて、この岸壁の母の栞を読んでみました。

以下この栞に書かれていた文を引用します。

♪母は来ました今日も来た この岸壁に今日も来た♪

一世を風靡した岸壁の母の一節です。

戦後、ソ連に抑留されていた人たちが解放され、舞鶴港に引き上げてきた。そして平(たいら)桟橋の上で、出迎えの母や妻たちと涙の対面をする姿が人々の胸を打った。

しかし不幸にも三度、五度と平桟橋に来て見ても、ついに息子の姿を目にすることが出来なかった哀れな母たちも数多くいた。

「息子よ、この桟橋に立っている母の姿が見えないのか、母の声が聞こえないのか、聞こえたら早くこの母の胸に飛んで帰って来ておくれ」北の空に向かって涙ながらに叫び続ける母の小さなうしろ姿を忘れることは出来ない。

当店ではそうした母の心を表した銘菓「岸壁の母」を皆様にお届けすることになりました。

母のふところの温もりを思わす大納言小豆の風味を小倉羊羹に生かし、和三盆糖入り落雁粉をまぶした姿は、岸壁を思わせます。

歌手の二葉百合子さんも来鶴の際、この菓子を賞味され「名にふさわしい上品で本当においしいお菓子ですね」と絶賛され“日本の味、母の味岸壁の母”と書き添えて下さいました。

当店が真心こめた逸品、手作りの味、銘菓「岸壁の母」を末永くご愛用下さいます様伏してお願い申し上げます。 店主敬白  (このように書いてありました)

舞鶴は、鳥取など引揚港が10港あった中の一つに指定されて、13年間にわたり66万人以上の引揚者と、約1万6千人分の遺骨を迎え入れた引揚桟橋で、喜びと悲しみのドラマが繰り広げられました。

この悲喜こもごもの人生ドラマがあった引上桟橋も、任務を終えた後、貯木場になったり、埋め立てられたりしましたが、平成に入ってから復元されました。

「岸壁の母」の歌と共に引き揚げの町として知られる舞鶴は、引き揚げの場所を見下ろす小高い丘に昭和45年「引揚記念公園」が開設され、又昭和の末期に「引揚記念館」が建てられ、人々に平和の大切さを呼びかけています。

4,5年前にこの「引揚記念館」に行った時、館内を順路に従ってボランティアのガイドさんがついて下さり、丁寧に写真や持ち帰られた遺品などを事細かく説明して下さいました。

酷寒のシベリアの地で、きつい労働や、食生活など等、本当に耐え難いような光景でした。





かわいそう

2008年07月25日 | 日々のつぶやき
地上に生まれ出てから短い蝉の命。ほんの短いのはたった4日間の命と聞いています。長いもので2週間くらいだそうです。

そんなに短い命の蝉が、今日哀れな死に方をしているのが見つかった。

一匹は脱皮の途中で、樹から落ちたらしく、半分まで脱皮していて、半分が未だ体についたまま地面に落ちて死んでいました。

もう一匹は、駐車場の車の前で、車にひかれたのか、あるいは車以外の何かに踏み潰されて、体半分がつぶれた状態で死んでいました。

こんな不慮の死に方をしないで、目いっぱい生きて欲しかったなとかわいそうでたまりませんでした。

今年は蝉が鳴き出すのが例年より一週間くらい遅かったように思いますが、初めて鳴いた日の翌日からは、複数の蝉が力強く鳴いています。

夜になっても気温が高いせいでしょうが、今も蝉の大合唱が聞こえています。

暑中お見舞い申し上げます

2008年07月22日 | 日々のつぶやき
今日は、暦の上では大暑に当たるそうです。

京都の夏も、ここ数日来35度を越える暑さが続いています。カラッとしている日は気温が高くてもまだいいですが、高温多湿の日が多く、ウンザリです。

お琴の先生で、今習っている先生の前に教室で教えて貰っていた先生が、現在入所されているライトハウスの施設から、暑中見舞いの葉書を送って下さいました。

82歳の高齢で、目も見えないのに、おそらく施設の職員の方に頼まれて、代筆して貰って、送って下さった暑中見舞いと思います。

自分で書くことが出来ないのに、わざわざ下さったことに、嬉しく思いました。

私は年賀状は出しますが、暑中見舞いは毎年誰にも出していませんでした。

ところが自分で書くことが出来ない人が出して下さった事に刺激されて、暑中見舞いを作って見ました。

このブログを目にして下さる方に送って見ます。



私のブログを見て下さってありがとうございます。

外見では・・・?!

2008年07月21日 | 日々のつぶやき
数日前、スーパーのエレベーターで、3人の人が上に行くため2機あるエレベーターの1機に乗られた。

私ともう一人の、服装も顔も品のある綺麗な奥さんが下へ行くために、待ちました。

上に行くのに3人の人が乗られたエレベーターの扉が閉まるとすぐに、品のある綺麗な奥さんが、エレベーターのスイッチを押されました。すると先ほど乗られたエレベーターは、未だ動いておらず、扉が開きました。

その扉が閉まると又すぐ、この奥さんがスイッチを押され、又乗られたままで扉が開きました。3回同じ事を繰り返されましたので、私は「扉が閉まってから、少し待ってから押して下さい」と言いました。

その奥さんは私を振り返って「ええやないの、もう~、こちらにも事情があるんです」と大きな声で、語尾を上げて言われました。

その時の奥さんの顔は、子供たちが未だ小さかった頃に、読み聞かせていた絵本の中に出てくる山姥(やまんば)のような顔に見えました。

とっさの事に私はビックリして、言葉を失い、少し頭を下げて、その場を離れました。その時、又、私の背中に「いちいちうるさいなぁ~」と追加。本当にビックリしました。

この奥さんよりもう少し前の事ですが、別のところのエレベーターで、私が乗った次の階で若いカップルが乗って来られた。

そのカップルの男性は外国の方で、女性は日本人ですが、髪の毛は色リボンと自分の髪を縄のように編みこみ、顔は顔黒化粧で、服は背中や胸がギリギリのところまで空いたタンクトップを着て、その丈は短くて胴切れしていて、おへそも見えている。ズボンはGパンをパンツの長さに切ったようなのをはき、足元はヒールの高いミュールを履いていた。

この彼女を見たとき、私は若さと言う美しさを持っていながら、わざわざこんな格好をしなくてもいいのにと思いました。

エレベーターに乗ってまもなく、このカップルが話し出された。男性は勿論ですが、この彼女が、流暢な英語でペラペラと話しておられる。

私は、何時もピアノが上手に弾ける人と英語がペラペラとしゃべれる人に憧れて、羨ましく思っていましたので、彼女の英語を聞いて、思わず、わぁすごいすごいと顔がほころび、彼女のほうを見ました。

彼女もわたしの視線を感じたのか、私を見て、にっこり微笑みを返してくれました。

今まで私が感じていた彼女に対するイメージが心の底から入れ替わり、何とも爽やかな気持ちにさせられました。





ちまき

2008年07月20日 | 日々のつぶやき
昨日教室の友達からちまきを頂きました。

私「ありがとう。祇園祭のちまき?」
友「違うよ。祇園祭のちまきは食べられないけど、これは食べるちまきやで」

私は、最初意味がよくわかりませんでした。

祇園祭のちまきは山鉾巡行のとき、観客に投げて渡されるちまきで、食べられるものではなく、厄除けなどの意味のあるちまきだそうです。

頂いたちまきは、家で作られた食べるためのちまきだそうです。私は今までずっと、この食べるちまきが祇園祭の時みんなにまかれるのだとばかり思っていました。

京都に来て33年になりますが、まだまだ知らないことがあったことに気づきました。


我が家の人数分、4本のちまきを頂きました。


1本・1本のちまきが面白い形で、見ようによっては海老か昆虫の何かのように見えます。


2枚の笹の葉で巻かれていた中身(ちまき)です。

上新粉ともち粉を合わせた生地を熊笹の葉で包み、い草でぐるぐると巻いて蒸したもので、とても笹の葉のいい香りがしました。

味と食感は、私個人の感想ですが、ういろうのようです。京都のういろうと言うより、どちらかと言えば名古屋のういろうに近いと言う感じでした。


二人の女将

2008年07月18日 | 日々のつぶやき
最近店じまいをされた大阪の「船場吉兆」と「食いだおれ」の女将が、対照的に印象付けられまた。

船場吉兆がニュースに度々取り上げられている時は、何とモラルのないことかと腹立たしく思いました。

記者会見の時も、はきはきと答えないで、何か人のせいであるかのようであったり、言い訳のような、又何かを公にせず、自分たちのことを正当化しようと言う感じが見て取れました。

この女将とは対照的に好感が持てたのが、食いだおれの女将です。何時も明るくさわやかに、笑顔と共にはきはきと受け答えをされる姿が印象的です。

この女将さんを見ていると、何事も終わりを告げる時は、みんなに感謝の気持ちでさわやかに引きたいと思います。

そして自分の人生を終わる時も、家族やお世話になった人たちみんなに感謝を告げて死ぬことが出来たらいいなと思います。

でもこればかりは、いつどんな形でわが身に来るかが解らないので、子供たちに「もし、お母さんが事故や病気で突然意識がなくなり、何も言えなくなったら困るので、今言っておくしね。ありがとう。何時もあんたたちには感謝しているよ。そして、もし、お母さんがボケてしまって、無茶苦茶なこと言うかも知れないけど、その時は、本来のお母さんと違う、ボケのせいやと許してね。何時も感謝してるからね」と。

一番よく覚えておいてくれる娘には、「○○は何処にしまってあるし、何々はこのようにしてね」と時々復習するような感じで、頼んでいます。

何事も、食いだおれの女将さんのように、さわやかに心から感謝の気持ちで終わることが出来るように、普段から後ろめたさのない、すべてクリアな生き方を心がけたいと思います。

今になれば、船場吉兆の女将さんも度々ニュースに登場されていた時は、腹立たしく思って見ていましたが、大変気の毒に思えるようになりました。




2008年07月15日 | 日々のつぶやき
今日、この夏初めて蝉の鳴き声を聞きました。例年七夕くらいから鳴きだすのに、今年は未だ鳴かないなぁと気をつけて耳をすましていました。

今日のお昼に一匹だけが鳴いているのが確認出来ました。複数の鳴き声ではありませんでしたので、その声に力強さはありませんでしたが、やっと蝉の声がしてホッとしました。

あまり鳴くのが遅かったので、生態系に何か異変が起きているのではと心配していました。

蝉が鳴きだすとそろそろ夏休みだなぁと感じ、そして暑い暑い夏を実感させられます。

この団地には沢山の樹木がありますので、これからは力強い蝉の合唱が聞けることと思います。

うちわ

2008年07月13日 | 日々のつぶやき
昨日、何時も我が家が愛飲している出町輸入食品のゴールドマウンテンと言うコーヒーを買いに行き、そこでうちわを頂きました。




うちわの表です。今丁度京都は祇園祭です。


うちわの裏です。京都の通りは碁盤の目になっていて解りやすいです。その通りが書いてあります。

最近うちわは、あまり貰う機会がなくなりました。数年前までは銀行やお店、企業などからよく頂きましたが、エアコンなどの普及によって使うことがなくなったせいか、あるいは今の世の中の経済状況によるためでしょうか?

昨日頂いたこのうちわも、この夏はじめて頂いたものです。

結婚するまでは、山奥のど田舎で生活していましたので、約30年前には未だ田舎ではエアコンなど普及しておらず、昼間は暑くても家を開け放しておけば、風通しがよく、家の中はとても涼しく、でも夜は締め切って寝ますので、やはり暑く、蚊などの虫除けのため、蚊帳を張って、その中でうちわを手に持って、あおぎながら寝たものでした。

又夏祭りの時などは、浴衣に締めた帯にうちわをさして、夜店を見て回ったり、盆踊りの輪に加わったりしたものです。

この時のうちわは、田舎の夜の外は涼しく、暑さよけに扇ぐというより顔や足元に来る蚊などを追い払うために使ううちわでした。

昨日頂いたうちわから頭をよぎった若い頃の思い出のひとコマです。




祇園囃子

2008年07月12日 | 日々のつぶやき
大きなお店やホテルに行くと、今はコンコンチキチンコンチキチンと言う鐘の音で祇園囃子が聞こえる頃となりました。

この祇園囃子を聴くと、いかにも京都・夏・祭りと言う雰囲気です。

17日の鉾の巡行が祇園祭のクライマックスです。例年この日当たりに近畿地方の梅雨明けが発表されます。そして暑い暑い夏日になります。

私は京都に住んで33年になりますが、祇園祭は毎年テレビで見ています。暑い中、多勢の人ごみにもまれて見るのは大変ですし、よく見えないと思います。

テレビで見るほうが、鉾が方向を変える時などの様子がよく解ります。でも京都にいる限りは、一度はテレビを通さずに、自分の目で見てみたいと思いますが・・・