朱の徒然

変形性股関節症の76歳

溺愛しています!

2017年01月19日 | 日記

 息子は41歳。    初めて、1泊2日の出張で父母の元に帰って来ました。これも、私の夢の一つでした。

 (たまーに仕事でやって来て、実家の老いた両親の姿を見守ってくれる)って、これからの老人世帯の理想でしょう?

 だから、母は、張り切りましたよ!彼の好きなものを思い出しながら、料理を作りました。  すごく喜んでくれましたね。  父の初めて栽培のキャベツに感想は?

 ごめんなさい。GIの為に、もっと誉め言葉を引き出してあげれなくって・・。

 帰りの朝も早かったので、半畳農園も見てもらえなかったね。次回は、お庭も見てGIの変わりようにビックリしてね。

   息子は、産まれた時から、とっても可愛い生き生きとした『ビチ』という愛称の小さな男の子でした。それが今では、184㎝の大男。

                                       ミッキーマウスの帽子と赤いオープンカーが大好きでした!

 

   目の中に入れても痛くないほど可愛すぎたので、彼の思春期過ぎてからは、マザコンと思われないように、溺愛と思われないように、過保護と思われないようにと、気を付けました。 19歳で離れて暮らすようになりましたので、今思うと丁度良い子離れ時期だったと思います。

 私が、股関節の手術の後、悔恨で苦しんだのは、 10数年前 就職したばかりで、まだ独身だった彼が、北国のスキー場で転んで鎖骨を折った時、行かなかったこと!

 対世間に対して、溺愛と思われて彼の足を少しでも引っ張りたくない!という自制の気持ちが強くて、見舞いに行きませんでした。それが、自分が手術して初めて、手術の心細さをわが身に感じて、猛省。今も、心の中には、あの時が母の出番だったという後悔があります。愚かな浅はかな母でした。人生の悔いの一番です。ゴメンね ゴメンね。

 今、息子は、美しい妻と3人の子供と暖かい家庭を築いている。仕事も順調。

 だからこそ、愛しい、愛しい、息子を溺愛していますと、手放しで言える境地が 有り難い。

 ただし、息子からは、10年前なら「BABA気色い」だったのが、今では笑いながら「ありがとうございます」と、こころ遠い 遠い敬語が返ってくる。でしょうね 多分。

 

 今回も「まあ、元気で長生きしてくださいね」に、「やーだあ、年寄りみたい」と言ったら、「年齢的には、十分年寄りですから」ですって・・。まだ準年寄りなのに・・。ガクッ。

 息子は、サラリーマン人生のピークを迎えたようですが、父と母にとっては、息子の健康が何よりの宝。無理せず、体に気を付けて!

 

 優しく振り返ってくれて、ありがとう。お嫁様も子供達も、お土産とお手紙有難う。春休み 待ってるよ!

  新しい鉢2点。花は、阿蘇の胡蝶蘭「白水名蘭」

      

 

「ティラ」と「アンスリューム」は蕾のまま年を越したのよ。        眠ってるメダカ鉢の側の「新春牡丹」

 

 

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