朱の徒然

変形性股関節症の76歳

シンガポール 麗しのスタイル 福岡市美術館

2016年04月19日 | 日記

 「熊本・大分地震」   お見舞い申し上げます。

 いまだに、震度5の余震が続く。   21年前の「阪神大震災」の時は、大阪在住でしたが、こんなにひどい揺れが続くことはありませんでした。

 今の地震は、震源地から遠く離れている私宅ですら、グラグラ揺れ、家がつぶれるのではという不安に襲われています。寝不足なのか 頭も痛く 重い。 それを、震災地の方々は、何百回もの恐怖で、お気の毒すぎます。

 近くの91歳と87歳の叔父様ご夫妻の様子見舞いに果物持参で出かけてきました。家はちっとも揺れないとのお話・・。

 老いることで、苦痛が軽減されるのでしょうか?

( 私は、小学4年の時、水害で家が流されましたが、ランドセルも何もかも全てが無になったはずなのに、今は全く覚えてない!多分残念なものもなかったんでしょう。家族も無事でしたしね。  夏休み中、学校の教室での避難生活でしたが・・。)

 子供の心も、急な変化には 何もかも忘れるようになっているのでしょうか?

 一刻も早く、地震が止んで 復興が進むように、祈っています。

 

 

 こんな時にですが、福岡市美術館「サロンクバヤ・シンガポール 麗しのスタイル展」にGIと出かけました。  (福岡市美術館は、9月から2年半も建て替えのため休止予定)

    

 ポルトガル領だったシンガポールが、1819年、ジョホール王朝スルタンの許可とラッフルズの尽力でイギリス領になり、

 1826年、ペナン、マラッカと共に、小さな漁港から関税のない自由港として発展の歴史。

 海峡都市として、多様な文化を創り上げた。そのひとつが、プラナカン。

 プラナカンは、マレー系の地元の人と結婚した中華の人の子孫。

 リー家の所蔵品140点(50点を福岡に寄贈)とのことで、ジュエリーに期待しましたが、ちと物足りませんでした。バティック(更紗)は、たくさん見ましたよ。

 

 草間弥生の黄色いかぼちゃの前を通って、隣の大濠公園へ。外国の方らしい方々も多くって、ちょっと一安心。熊本、大分って九州有数の観光地ですものね。ここで、遊んでってね。

 GIは、「もしかしたら学生時代以来かも?」と聞いてビックリ。ならばと、公園内のレストランで、鴨や鷺を見ながら、のんびりランチ。それから、昭和2年に作られた小橋を3ッつ渡って「皐月橋」を渡って、日本庭園へ。  

 心の底からは 楽しめない日でした。何だか震災が頭から離れず、被災者の方々に悪いような気がして・・。

 それにしても、地震は川内原発に近いのに、原発を止めることはできないの?リスクをかけてまで、動かすのは何故?エネルギーって何? 大切なものは、命じゃないの?

 

  9000歩歩きました。股関節の可動域は、屈曲が130度。外転が40度。どんな非常時にも、忘れないように行動しよう!

      

     もう初夏なんですね。庭園では、あやめが咲いていました。

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