「桜を見る会」で大騒ぎした野党は「会計の重要性原則」では的外れ 国民生活に直結した緊急課題の議論を (1/2ページ)高橋洋一 日本の解き方
野党が「税金の私物化」だと追及していた首相主催の「桜を見る会」について、菅義偉官房長官は13日の記者会見で、来年の開催を中止すると表明した。
桜を見る会は、1952年から、例年4月に新宿御苑で行われている。首相が各界で功績、功労のあった人たちを招いて慰労、懇談する公的行事として開催しているものだ。旧民主党政権でも行われ、批判報道するマスコミ関係者も数多く参加してきた。
筆者は参加したことがないが、参加者から聞くと、食べ物などのお土産が出るという。せいぜい1000円程度だろう。
今年は約1万8000人が参加し、予算は約5500万円だという。1人当たり3000円程度だ。予算の多くは警備や会場費用に充てられるので、お土産代が1000円程度というのは社会儀礼の範囲だ。地元の後援会の人を招いたと問題視されているが、交通費をそれぞれが負担すれば法的な問題はない。
筆者のように数字ばかり見る人にとって、5500万円の予算を野党が一斉に「税金の無駄遣い」と非難するのは、会計の重要性原則では的外れだ。
会計の重要性原則には「質的」と「量的」がある。桜を見る会は、質的には問題となり得るが、60回以上も平穏に開催されてきた過去の実績もある。安倍晋三政権になってから急に問題になったとも言いにくいだろう。それまで1万人程度の参加者が、安倍政権になってから1万8000人まで増えたというが、1万人がよくて1万8000人がダメだという議論もよく分からない。
「量的」にみると、桜を見る会の予算は国家予算約100兆円のわずか0・00005%にすぎない。この程度の金額は、10月に国会議員の質問通告が遅れ、霞が関の官僚が残業せざるを得なくなって被った1日分の無駄と変わらない。通常国会の会期は150日あるので、日本維新の会のように事前通告をルール化すれば、無駄カットの効果は100倍以上も有益だ。
どうして野党は、印象操作しかできずに、重箱の隅ばかりつつくのだろう。5500万円の予算は、霞が関ではせいぜい課長レベルの予算額でしかない。それを首相の進退や責任問題にすり替えるのは無理がある。
ただ、60年以上続いた歴史的伝統行事として、国民が受け入れるかどうかもポイントとなる。来年の開催はとりあえず中止となったが、再来年以降も簡素化や廃止という選択肢もあり得る。
「桜を見る会」の前身は天皇主催で1881年から開催された「観桜会」だ。招待者選定基準をしっかり見直し、歴史と伝統を受け継いでもらいたい。
今国会では補正予算など国民生活に直結した緊急課題を、もっと議論してほしい。筆者としては、野党がマイナス金利を利用した「100兆円基金」を提案し、インフラ整備や研究開発投資などに充てるべきだと主張してくれたら拍手喝采する。
「桜を見る会」はワイドショーのネタにはなっても、国会をあげて追及すべき問題ではない。この意味で、来年の桜を見る会を中止した判断を評価したい。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)