“力の真空”を衝いた中国
フィリピンはかつて、中国に領土を奪われた歴史を持ちます。

1991年、スービック海軍基地とクラーク空軍基地が返還され、米軍はフィリピンから撤退しました。1995 年、フィリピンが領有権を主張していたミスチーフ礁(中国名:美済礁)に中国が建造物を構築します。米軍撤退後のフィリピンには日本の海上保安庁のような強力な警察機構もなく、もちろん海上自衛隊のような能力をもつ組織はありませんでしたから、中国の行動を抑止することも対処する実力もありませんでした中国はそのぽっかり空いた“力の真空”を衝き、今もミスチーフ礁において施設を拡充して軍隊を駐留させ、占領を続けています(参照)。

2012年4月からは、南シナ海・中沙諸島のスカボロー礁の領有権をめぐって、フィリピンは中国と小競り合いを続けていますね。すでに死者が出る事態にまで発展しています。スカボロー礁はフィリピンが実効支配していた珊瑚礁で、ルソン島から230km、海南島から約1,200kmのところにあります。現在、スカボロー礁では中国が駐屯施設の基礎工事を始めている模様ですので、すでにフィリピンの施政権が及ばなくなってしまっているとみられます。

そして、今度は南沙諸島のパグアサ島が中国の新たな標的となるかもしれません

次の狙いはパグアサ島?

フィリピンと中国は南シナ海において以下の地図ように領有権を主張し合っています。

南シナ海領有権問題
(南シナ海をめぐる各国の主張ライン)

フィリピンと中国の重なる主張部分を拡大 ↓

パグアサ島(中業島)
Wikipediaより。パグアサ島の位置)

さらに拡大 ↓ 中业群礁にある中业岛が、パグアサ島の中国呼称です。

パグアサ島(中業島)2
Wikipediaより)

いちおうグーグルマップも。
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より大きな地図で パグアサ島 を表示

さて、このパグアサ島に関する記事が『China Daily Mail』に取り上げられています。
Chinese troops to seize Zhongye Island back from the Philippines in 2014(2014/1/11 China Daily Mail)
China and Philippines: The reasons why a battle for Zhongye (Pag-asa) Island seems unavoidable(2014/1/11 China Daily Mail)

上記2つの記事によると、「フィリピンに実効支配されているパグアサ島を中国軍が奪い返す。衝突は避けられない」としています。パグアサ島はフィリピンが不法占拠しているから、中国軍が “奪還” するのだそうです。過去に中華人民共和国がパグアサ島を所有していたことなんかないはずなんですがねえ…。1971年からフィリピンがこの島を実効支配者となり、それまでは中華民国(台湾)でした。

記者によると、パグアサ侵攻…ではなく“奪還”に向けて、すでに海軍(PLAN)が計画を立てているとのこと。自分で引用しておいてなんですが、引用記事がどちらも雑な内容ですので、私は話半分に受け止めています。

しかしながら、パグアサ島がスカボロー礁に続く新しい中比衝突のタネになるという観測自体は、けっして突拍子もない話ではありません。実際、スカボロー礁を実質的に中国のものとされたフィリピンは、前轍を踏まないようにパグアサ島の防衛を強化し始めています

比、南沙で滑走路整備へ 中国に対抗し実効支配強化(2013/12/4 産経新聞)
フィリピン国防省は4日、南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島のうち、フィリピンが支配するパグアサ(同ティトゥ)島にある滑走路の整備などに約4億8千万ペソ(約11億2千万円)を支出することを決めた。地元メディアに明らかにした。

パグアサ島と言えば、島からはみ出すでっかい滑走路。これの整備に着手するようです。

パグアサ島

台湾が実効支配する太平島に次いで、南沙諸島第2の面積を持つ島がこのパグアサ島です。ここが海軍や空軍にとっての拠点となるならば、中国の南シナ海支配にとって大きな一手となります。中国によるパグアサ“奪還”の蓋然性は低いものではありません。

フィリピンも黙ってはいない
米軍を追い出して約20年。フィリピンの防衛費は中国の36分の1以下です。フィリピン海軍は中国海軍にはまったく歯が立ちません。では、ミスチーフ、スカボローに続いてパグアサをも中国に奪われてしまうのでしょうか?

フィリピンも中国の跳梁跋扈を黙って放っておくつもりはありません。在比米軍の撤退後、南沙諸島をめぐる中国の動きが活発化するにつれ、軍事協力は再び緊密化してきています。1998年の協定では米軍兵士 600人のフィリピン駐留が認められ、以降、軍事演習がたびたび実施されています。2012年には、西部パラワン島の複数の同国軍基地を米海兵隊のローテーション配備先の拠点として共同整備することに両国が合意しました。さらには中国との海洋領有権問題に米国を引き込むため、米比相互防衛条約を南シナ海での有事にも適用するように米国との間で合意しています

また、同じように中国と領有権で揉めているベトナムと海軍の合同演習を実施して南シナ海における均衡を図ろうとしていることも、その努力のひとつですね。

日本も南シナ海はシーレーンが通っていますし、勢力均衡の観点から、フィリピンを後押しすることになるでしょう。すでに、具体的な協力も始まっています。フィリピン海軍は米沿岸警備隊から購入したハミルトン級カッターを主力装備としていますが、1967年製という旧式艦なので、日本からびざん型巡視船×10隻と、しれとこ型巡視船×2隻40メートル級巡視船×10隻の供与を受けることが決まりました(2014/1/18/16:55修正)。アキノ大統領も「わが国の安全と主権が脅かされた時、米国と日本以上に頼りになる友はいない」と述べており、中国との領土問題において日米両国に期待するところの大きさを語っています。

「航行の自由」を掲げてシーパワー連合を
米国の支援がなければフィリピン軍は中国軍に対して無力ですが、米国は領土紛争に中立的な立場をとることが原則となっています。尖閣諸島防衛を国防権限法に記したことなどは異例中の異例です。領有権問題という形のままでは、フィリピンは米国の軍事力を抑止力として期待するわけにはいかないかもしれません。当然中国もその辺りを値踏みしながらことを進めています。

ですから、争点を中比間の領有権紛争としてではなく、中国による「航行の自由」侵害という形で世論戦を展開していくのが吉ではないでしょうか。「航行の自由計画(Freedom of Navigation (FON) Program)」は、カーター政権の1970年代にまで遡る米国の国是といってもよい政策です。以降、歴代政権は「公海における航行及び上空飛行の権利と自由を行使し、それらの権利と自由を制限する他国の一方的行動を黙認しない」という一貫した姿勢をとっています(米国務省)。米海軍大学のジェームズ・ホームズ准教授も次のように指摘しています。

大国が国際法を独断で修正したり無効化したりするという原則を中国が確立することは認めるべきではない。航行の自由は、中国によって与えられたり保留されたりするような類のものではない。地域への関与を取りやめ、中国のなすがままに任せるならば、米国は戦略的機動の自由だけでなく、国際公共財の保証人としての地位さえも失うことになるだろう(強調筆者)。
James R. Holmes, South China Sea Is No Black Sea, The Diplomat, October 05, 2011.

南シナ海でも東シナ海でも「航行の自由」が侵されそうになると、あの優柔不断なオバマ政権でさえ強硬な姿勢をとることがうかがえます。フィリピンは、この「航行の自由」を御旗としてシーパワー諸国を糾合していくことがひとつの解になるでしょう。

南シナ海が中国の内海にならないでいること、それでいて東シナ海に中国の矛先が集中しないように紛争含みであることが、日本にとってみればちょうどよい状態です(フィリピンには悪いですが)。フィリピンやベトナムと合従政策をとりつつも、うまくオフショア・バランシングできるといいのですが、まあ、そんなに都合良くはいかないでしょうね


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