世界貿易機関(WTO)の紛争処理機能が、停止に追い込まれる可能性が高まっている。裁判の「最終審」に当たる上級委員会の委員の選任を米国が拒否し、委員の人数が審理に最低必要な3人を12月10日に下回ることが確実視されているからだ。新規の案件が審理できない事態に陥ることは必至で、保護主義的な動きに拍車がかかるとの警戒感が広がっている。
WTOの意思決定は全会一致が原則のため、米国の反対で2年前から新しい委員が選任されていない。上級委の定員は7人だが、現在は3人にまで減少している。さらに12月10日には2人の委員の任期が切れる。米国は今月22日に開かれた委員を選考する提案にまたしても反対したため、委員が1人になることは確実な情勢だ。
米国が選任を拒否するのは、WTOへの不信感が背景にある。米国は「中国の知的財産権の侵害や、中国政府による企業への補助金問題などにWTOが十分に対応できていないとして不満を募らせている」(日本政府関係者)。審理に数年かかるなど、紛争解決の長期化にも反発している。
WTOには1つの案件に対し、3人で担当する規定がある。政府関係者によると、欠員が生じても審理中の案件に対しては継続できるようにするなど、WTO加盟各国で調整を続けているという。だが、新規の案件については審理できなくなることは避けられない見通しだ。
日本の対韓輸出管理の厳格化で韓国は9月にWTOに提訴したが、11月22日に紛争処理手続きの中断を発表。仮に韓国が手続きを再開したとしても、上級委には持ち込まれず、案件が宙に浮く可能性がある。
上級委が機能不全に陥れば紛争処理の2審制が失われることになり、1審にあたる紛争処理小委員会(パネル)のみとなる。パネルの判断が不服の場合、当事国同士の再協議なども想定されるが、解決につながるかは不透明だ。
梶山弘志経済産業相は29日の記者会見で、上級委の欠員問題について「今後の対応については、現在もWTO加盟国の間で議論を続けている」と強調した。
米中の貿易戦争が続くなか、紛争案件は増加し、内容も複雑化している。加盟各国は紛争処理機能などでWTO改革を進める必要性では一致している。だが、改革案をめぐっては各国の意見の隔たりも大きく、打開策は見えないのが現状だ。(飯田耕司)
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