バブル期には、倉庫街のオフィス化が進行
かつての倉庫は、少々極端な表現をすれば、単なる「物置」にすぎなかった。このため倉庫は、人口集積地から離れた埋立地など、オフィスビルやマンションの建設が困難な場所に建設されることが多かった。倉庫事業者も、歴史の長い「土地持ち」企業が中心で、使い道が乏しい「余っている場所を貸す」という例が多かった。このような倉庫事業には、独自のノウハウはあまり必要なかったと言える。
バブル経済期に突入した1980年代後半から、倉庫事業を取り巻く環境が大きく変わってきた。ビジネス需要が拡大し、東京都心部でオフィスビルが足りなくなった。この影響で、都心部に近い中央区の隅田川沿いは、従来の倉庫街がオフィス街に変貌した。
三井倉庫は1989年に、日本橋箱崎町の旧本店跡地に再開発ビルを竣工した。同ビルは完成時から日本IBMが1棟借りし、2009年10月より日本IBMの本社ビルとなっている。住友倉庫は1988年に、中央区新川の旧東京支店跡地に「東京住友ツインビルディング」を竣工した。同ビルの西館は2013年10月まで、三井住友海上火災保険(旧・住友海上火災保険)の本社ビルだった。
三菱倉庫は1973年に、中央区新川の倉庫跡地にコンピュータ専用賃貸ビル「東京ダイヤビル」の一号館を建設して以来、多数のコンピュータビルやデータセンターを運営し、この分野ではトップクラスの実績を有している。1970年代の隅田川河畔はまだオフィス街化が進行していなかったため、三菱倉庫は、通常のオフィスビルではなく、コンピュータビルの開発を選択したと思われる。しかし、その15年後の隅田川河畔は、上記の通り、有力企業の本社ビルが軒を連ねる状況となった。
港区の芝浦・港南地区は、以前は倉庫街だったが、1980年代後半からマンション建設が盛んになった。街に子供が増え、大型トレーラーの通行が危険になったことが、倉庫の撤退を加速させた。
この時期の倉庫は、不動産分野では目立たない存在で、オフィスビルやマンションの陰に隠れていたと言える。東京倉庫協会が1986年1月に実施した調査では、自社所有地の再開発あるいは売却を検討している倉庫事業者は、会員182社のうち29社、その対象土地面積は11.4万㎡、庫腹面積は18.4万㎡に達した。
東京23区内の各区について、全建物に占める「倉庫・工場」の比率を見ると、隅田川過半を含む中央区は、1980年は12.7%に達していたが、1990年に7.2%と大幅に低下し、2014年にはわずか2.6%になった。また、芝浦・港南地区が位置する港区も、1980年の10.8%が、1990年は6.6%、2014年には2.2%と、低下が続いた。この他、江東区、品川区、墨田区など、東京湾岸の多くの区で「倉庫・工場」は大幅に減少した(図表1)。
21世紀に入って、物流事業の変革が進行
2000年頃から、物流施設分野の改革が始まった。1980年代に米国で生まれた「サプライチェーンマネジメント」という概念が浸透し、「サードパーティ・ロジスティクス」という事業形態が生まれてきた。
「サプライチェーンマネジメント(SCM)」とは、メーカー、物流事業者、卸売業者、小売業者といった流通の一連の過程を「供給の鎖」(サプライチェーン)と捉え、そのチェーン上にいる事業者が、企業や組織のワクを越えて情報を共有することによって、物流全体のコスト削減やスピードアップなどの効率化を図り、顧客満足度を追求する手法を言う。
個別事業者が単独で発注や在庫管理などを行うと、需要の見込み違いや情報伝達の不整合などによって不効率な部分が生じ、納期の遅延、在庫の増加、欠品などの問題が生じる可能性が高くなる。これに対して、SCMを導入すれば、顧客ニーズの変化を迅速に把握して、サプライヤ(製造者)の弾力的な起用や、流通過程のコスト削減などにより、安価でスピーディーな商品の供給が容易になる。具体的には、物流システムのモデル化や、管理のコンピュータ化などが進められることになる。
「サードパーティ・ロジスティクス(3PL)」とは、荷主の物流を、第三者(サードパーティ)が代行する「物流機能のアウトソーシングサービス」である。従来の物流システムでは、荷主(ファーストパーティ)は、自ら運送会社や倉庫業者(セカンドパーティ)を選定し、輸送や保管などの流通過程を個別に管理しなければならなかった。これに対して、3PL事業者(サードパーティ)は、原則として自分自身では倉庫やトラックは持たず、第三者の立場で、常に荷主の利益を優先して行動し、倉庫の選定やトラック業者の手配などのサービスを一括して提供する。
これらの変革によって、物流施設に求められる内容も大きく変化した。多様な顧客のニーズに弾力的に対応できる「マルチテナント型」の大規模物流施設が多数建設されるようになった。仕様としては、効率的な輸送を実現するために、トラックが各階に直接乗り入れできる「ランプウェイ」と呼ばれる円筒形の傾斜路を備え、天井高や作業スペースに十分な余裕をもったグレードの高い物流施設が増えた。
このようなグレードの高い物流施設は、「日本の伝統的なデベロッパー」の得意分野である、オフィスビルや住宅とは異なる部分が多い。このため、大規模物流施設の開発は、長らく外国企業の独壇場だったと言える。特に、米国のプロロジス(PROLOGIS)は、1999年に日本法人を設立し、2002年8月に第1弾の「プロロジスパーク新木場」(現「GLP新木場」)を竣工して以来、日本国内でもトップクラスの物流施設事業者の地位を維持している。2012年9月時点の資料では、日本国内の大規模物流施設(延床面積1万6,500㎡以上)の44.4%は、プロロジスが開発したものだった(CBRE調べ、物流会社等が保有する施設を除く)。
プロロジスは2008年12月に金融危機の影響などによって業容を縮小し、中国の全事業と、日本の主要施設を、シンガポール政府投資公社(Government of Singapore Investment Corporation、略称GIC)に売却し、これらの施設は、GICの物流部門であるGLP(Global Logistic Properties Inc.)のグループに引き継がれた。この結果、GLPグループは、2009年7月に、その日本法人が営業を開始した時点で、日本国内で最大の物流施設事業者となった。ほどなくプロロジスも経済情勢の好転にともなって、日本国内での大規模開発を再開した。
2012年に三井不動産がGLPと共同出資して、千葉県市川市で「GLP・MFLP 市川塩浜」の開発に着手するなど、現在は「日本の伝統的なデベロッパー」も物流施設の開発に力を入れている。しかし、日本の物流施設の開発が、長らく外資系2社に主導されてきたことは、興味深い歴史と言える。
需要の多様化に伴い物流施設の形態も変化
物流施設は、電子機器の小型化や、家電製品の多機能化など、商品の「軽薄短小」化によって需要が減少した時期があったが、1990年代から取扱商品の多様化が進行した。特に、ヤマト運輸(当時は大和運輸)が1976年にサービスを開始した宅配便(同社のサービス名は「宅急便」)は、有力企業が相次いで参入し、1999年頃から取扱個数が急増した(図表2)。
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さらに2000年代後半からは、ネット通販などの電子商取引(electronic commerce 、EC)の普及が、物流施設に対する需要を押し上げた。1997年に楽天が電子商店街「楽天市場」を開設し、2000年11月に米国のアマゾン・ドットコムが日本にECサイトを設置したことが実質的なスタートとなり、現在では多様な商品がECで販売されている。
消費者向け電子商取引(BtoC-EC)の市場規模は、2010年には7.8兆円だったが、2015年には13.8兆円と、最近5年間で80%近くも拡大した。この13.8兆円の内訳は、物販系が7.2兆円、サービス系が4.9兆円、デジタル系が1.6兆円となっている。このうち物販系については、全取引に占める電子商取引の比率(EC化率)は、2010年の2.84%から、2015年は4.75%に上昇した(図表3)。
出所:通商産業省「電子商取引に関する市場調査」
2014年以降は、スーパーやコンビニエンスストアのPB(プライベートブランド)商品の需要も増加してきた。2014年に竣工した物流施設のテナントを見ると、3PL事業者などの物流事業者が52%を占めるが、その構成比は前年から10ポイントも低下し、その一方で小売業による直接契約が、前年の20%から26%に増加した。また、荷主の構成も、前年はアパレルが24%、日用品が22%、食品が15%だったが、2014年は日用品が43%、アパレル22%、食品20%と、日用品の取り扱いが大幅に増加した(CBRE調べ)。
アメニティー機能も充実
このような状況の中で、物流施設の新設が大幅に増加している。東京圏では、2015年第4四半期(10月~12月)に、大型マルチテナント型物流施設の供給量が過去最大の約15万坪に達し、2016年第1~第2四半期も各12万坪の大量供給が継続した。この影響で、物流施設の空室率も、2015年第3四半期は3.5%の低水準だったが、同年第4四半期は6.9%に急上昇し、2016年第2四半期は8.9%と、過去最高を記録した。ただし、竣工後1年以上の既存物件の空室率は2%以下で安定している。また、2016年第2四半期に竣工した7棟のうち4棟は満室を達成した。空室率が上昇したエリアは、東京圏の外周部(圏央道エリア)など、立地面で難点のある場所が中心である(図表4)。
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物流施設内の商品管理は機械化・自動化・24時間化が進行しているが、その一方で、仕分け作業などに多くの人手を必要とする配送センターなども増えている。オフィスを併設し、食堂、診療所、店舗などを備え、アメニティ機能が充実した物流施設も少なくない。人材を確保するため、都心近郊に進出する例も目立つ。
たとえば、佐川急便の物流センター「Tokyoビッグベイ」(延床面積3.4万㎡)は、りんかい線・東雲駅から徒歩数分に位置する。東京オリンピックのホッケー会場となる「大井ふ頭中央海浜公園」の隣接には、「プロロジスパーク東京大田」(同7.5万㎡)と「GLP東京」(同7.4万㎡)の、前述した外資系2社の主力物件が並んでいる。オリンピックの開催が、一般の市民にとって、物流施設を一層「身近な存在」とするかもしれない。GLPが今年9月6日に着工した「GLP流山」(千葉県)は、3棟(総延床面積32万㎡)のうち最初に建設される1棟(同13万㎡)だけで2,000人以上の働き手が必要のため、ベッドタウンに近いことが立地の決め手となった。
今後、物流施設はさらに形態を変えていきそうだ。現在、不在がちな利用者を対象に、駅などに宅配便受け取り用のロッカーの設置が進んでいる。数年後には、宅配ロッカーの基地が各地に建設されるかもしれない。通販会社や運送会社は、ドローンを活用した物流システムの開発を進めている。将来は、「ドローンの飛行場」を併設した物流施設が主流になるだろう。日本の宅配事業者は、世界で最も洗練されたシステムを備えていると言われている。新たな物流システムの構築については、日本が先駆者となる可能性もありそうだ。
石澤 卓志(いしざわ たかし)
1981年慶應義塾大学法学部卒、日本長期信用銀行入行。調査部などを経て長銀総合研究所主任研究員。1998年第一勧銀総合研究所で上席主任研究員。2001年みずほ証券に転じ、金融市場調査部チーフ不動産アナリスト。2014年7月から上級研究員。主な著書に「東京圏2000年のオフィスビル 需要・供給・展望」(東洋経済新報社 1987年)、「ウォーターフロントの再生 欧州・米国そして日本」(東洋経済新報社 1987年)、「東京問題の経済学(共著)」(東京大学出版会 1995年、日本不動産学会著作賞受賞)などがある。国土交通省「社会資本整備審議会」委員など省庁、団体などの委員歴多数。