ロシア暴走、中国の誤算 「全面侵攻ない」と油断
本社コメンテーター 秋田浩之
ウクライナに侵攻したロシア軍は首都キエフに迫り、戦争は重大な局面を迎えている。
この暴挙を止められなかった西側諸国が外交・安全保障上、こうむる影響は計り知れない。
しかし、ロシアと結束を深め、準同盟の仲を誇ってきた中国も、決して無傷ではない。プーチン大統領との連帯は、習近平(シー・ジンピン)国家主席を苦しめる重荷になる。
侵略リスク、米機密情報を真に受けず
昨年秋以降、ロシア軍がウクライナ国境に集結し始めてから、中国指導部は一貫してプーチン氏の出方を読み誤ってきた。さすがに全面侵攻はしないだろう、と高をくくっていた形跡が濃い。
習氏は2月4日、プーチン氏を北京に招き、「両国の友情に限界はない。協力上、禁じられた分野もない」とうたった共同声明に署名した。
共同声明では、北大西洋条約機構(NATO)の拡大にも反対し、中国はロシアの安保上の立場に支持を明確にした。
この約3週間後、ロシアがウクライナに全面侵攻し、世界の「悪者」になると知っていたら、習氏はロシアとの連帯をここまで格上げしなかったはずだ。
ロシアによる侵攻リスクを、習政権はぎりぎりまで察知できなかった、という見方が中国問題の専門家には多い。
中国の誤算を裏づける根拠がある。米紙ニューヨーク・タイムズによると、米政権は過去約3カ月にわたり、中国側と6回接触して、ロシアの侵攻準備を示す極秘情報を伝えた。ロシアを止めるよう中国に求めるため、異例の措置に踏み切ったのだ。
今年に入ってからはブリンケン国務長官が直接、王毅(ワン・イー)国務委員兼外相に2回、最新情報を伝えたが、中国側は最後まで真に受けなかった。中国は本気で、ロシアは全面侵攻しない、と油断していたようだ。
その傍証として、中国政府は侵攻直後になってから、ウクライナ在住の自国民の退避策にあわてて動き出した。現地には約6000人の中国人が在留しているとされるが、退避のチャーター機派遣を発表したのは、2月25日。全面侵攻が始まった翌日のことだ。
なぜ、習政権はロシアの出方を読み誤ったのか。対立する米国への対抗上、ロシアとの連帯を重視するあまり、プーチン氏を冷徹に観察し、危ない野心に気づくのが遅れてしまったのだろう。
習氏の強権化が極まり、彼に耳の痛い情報が上がりづらくなっていることも、もう一つの原因だ。
中国に詳しい外交筋によると「習氏の機嫌を損ねるのを恐れ、彼の方針に逆行する情報や分析を、側近が上げたがらない」。米政権からもたらされたロシア侵攻説は、まさにこれに当たる。
プーチン氏に交渉解決呼びかけ
こうした読み違いが追い打ちとなり、ロシア侵攻をめぐる中国政府の発言は整合性を欠いている。
2月19日、王外相はミュンヘン安全保障会議にオンラインで出席し、「各国の主権、独立、領土保全は守られるべきだ」と強調。ウクライナも例外ではないと言い切った。
ところが侵攻が始まった2月24日、中国はロシアをかばう姿勢を鮮明にする。中国外務省の華春瑩報道局長は記者会見で、何度聞かれても、ロシアの行為を「侵略」と認めなかった。
そのうえで「米国は絶えず緊張を高め、戦争の危険をあおった」と批判。責任の一端が、米国にあるとの見解まで示した。
この発言などを境に、米政権内では中国への反発と失望が広がっている。米ジャーマン・マーシャル財団の中国専門家、ボニー・グレイザー氏は明かす。
「中国がロシアの攻撃を止める可能性は低かったとはいえ、米政権は他の選択肢がなかったため、中国に機密情報の提供まで試みた。しかし、中国政府は米側が中ロ分断を狙っていると解釈し、ロシアに米情報を渡してしまった。ロシアの攻撃を『侵略』と呼ぶのも拒否し、米国を非難した。ワシントンではこの危機をめぐる米中協力に悲観論が強まっている」
ただ、侵攻による死傷者が増え、中国は再び、立場の微調整に追われている。習氏は2月25日、プーチン氏との電話で交渉による解決を呼びかけ、ウクライナの主権にも配慮するよう促した。
かばえば国益に大きな打撃
問題は今後、中国がどこまでロシアを制御し、公正な停戦のために尽力するのかである。ロシアをかばう態度を続けるなら、少なくとも2つの理由で中国の国益は大きく損なわれるに違いない。
第1に、2050年までに最強国となり、米国に代わって世界のリーダーになるという国家目標は、さらに実現が遠のく。中国は内政不干渉と主権尊重の原則を唱え、米国主導の秩序に異を唱えてきた。この原則を踏みにじるロシアに甘い対応を続けたら、各国の信用を得られるはずがない。
第2に、プーチン氏への非難が強まるなか、彼と距離を置かなければ、世界から中国まで「悪者」扱いされる恐れがある。国外だけでなく、ロシア国内でも反戦デモが燃え広がっている。ロシア世論を敵に回せば、長期的な中ロ友好にも火種を残す。
むろん、中国にとってロシアはエネルギーや高度な軍事技術の大切な供給元であり、対米けん制上も役に立つ仲間だ。だが、プーチン氏が侵略者になった以上、彼との蜜月は利益よりマイナスが大きいと判断するときだ。
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柯 隆東京財団政策研究所 主席研究員ひとこと解説
勝ち馬に乗ろうとの考えは理解できるが、最低限の正義を無視したら、外交は断交になる。本件について、ロシアの肩を持つのは誰が見ても愚かな選択。歴史上中国は大量の土地をロシア・ソ連に取られた事実を忘れたのか。むろん、アメリカと対立しているから、敵の敵は友達との考えは成立するが、世界主要国を敵に回す神経には理解できない
(更新) -
今村卓丸紅 執行役員 経済研究所長分析・考察ロシアのウクライナ侵攻からの控え目な中国をみて、この国も冷戦後の国際秩序を頼りにしてきたのだと思うようになりました。中国が経済発展に利用してきた世界の資本主義と市場経済は民主主義と国際秩序が土台であり相互依存関係にあることは中国も分かっていると思います。西側主導の民主主義と国際秩序には順応せず権威主義と独自の国際秩序を目指しているが、経済発展が優先の今は現状変更への挑戦には時期尚早。そう考えていたであろう中国にはプーチン大統領の侵攻は想定外。無謀で迷惑な挑戦と生じる混乱に焦りつつも、権威主義の仲間でありエネルギー供給元のロシアを敵には回せない。慎重な言葉は中国の立場の難しさの反映だと思います。
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