阿部ブログ

日々思うこと

キャノングローバル戦略研究所が『習近平政権下の中国経済と日中関係』の講演会を開催

2013年09月24日 | 雑感
キャノングローバル戦略研究所の 研究主幹 瀬口清之氏が『習近平政権下の中国経済と日中関係』と題して講演を行った。
個人的には・・・・・
(1)中国経済の先行きを楽観視しすぎと感じた。
(2)中国との戦略的互恵関係が日本にとって必要かつ重要であり、今後増々その重きをなす事については理解。
(3)今までの主としてメディアから知り得た中国を本当の中国と認識してしまう危険性があることを認識した。
瀬口氏の講演を聞いて、個人的には中国の歴史、特に清朝以降の歴史を紐解き勉強し、自分なりの中国観を持ちたいと思った次第。以下、講演の概要を脚色して記載する。

(1)はじめに
習近平政権が正式に発足してからまもなく半年。尖閣問題の日中関係悪化から約1年が経過しようとしている。政治・外交&安全保障面では最悪の状況が継続しているが、日中間のビジネスは、殆どの業種で尖閣問題の影響を受けることがなくなり、順調に業績を伸ばしている。また一時は中国経済の失速が報じられたが、現在は持ち直し、懸念されているシャドーバンキングのリスクもコントロールの範囲内に留まる可能性が高いことが明らかになってきている。日本企業の中国での存在感の拡大、中国経済への貢献が日中関係にも確実にプラスの影響を与えている状況。こうした経済関係の緊密化をキーにして日中関係の安定化を促進する為にはどのような取り組みが必要かを中長期的な視点も交えて考えたい。

(2)中国経済の現況について
実質成長率は、リーマンショック後安定しており、直近では7.5%と、昨年来7.0%で安定しており、トレンドとしては徐々に6%台、5%台と低下していくと予想している。この実質成長率が下がる要因は、①輸出の減少(外需の低下と競争力の低下)、②設備投資の鈍化(特に過剰設備産業である太陽光、鉄鋼、セメント、ガラス、造船などの業界で顕著)、③習近平政権後に出された綱紀粛正を謳った8条規程の3つである。

綱紀粛正をための8条規程は、以下の通り。
①文章は中味のある内容で簡潔に。
②要人外交の際の随行員の大幅削減(規定の交通手段の利用、中国系組織の動員などによる歓送迎禁止)
③要人警護の簡素化(交通規制、道路封鎖などを止める)
④報道の簡素化
⑤党中央が統一的に許可した書物以外の発行禁止
⑥住宅、別荘、車両などへの出費軽減と倹約令校
⑦官官接待や官民接待を禁止、外国ブランド品などの贈答禁止
⑧不要な会議の抑制と会議時間の短縮

この綱紀粛正でグッチやフェラガモなど海外ブランド品の売り上げが急減している。如何に賄賂が横行していたかの証左である。

景気の下振れを押さえているのが、①インフラ建設の増加と、②不動産投資が堅調なこと、③雇用と賃金が継続して上昇の3つで、高速鉄道事故後に抑制されていた鉄道建設の再開や、国内報道からすると意外かもしれないが、意外にも不動産投資が堅調である。また都市雇用労働者の新規増加数は2006年以降継続して1000万人を超え続けている。
不動産価格については、昨年12月に上昇したがこれは中央による政策によるもの。その後は安定して1500元~2000元/㎡の間で推移している。7月北京に行ったときには、100㎡の広さのマンションだと約6000万円。中国の場合、共用スペースが広さに含まれる為、100㎡の正味住宅部分は、約70㎡。大学卒業で月収5万円程度なので、とてもじゃないが6000万円もするマンションは買えない。このような背景もあり、中国政府は、不動産取引の適正化に躍起となっている。温家宝が政権最後の最後に不動産取引に関する規制を2月に出した。

①主要都市(直轄都市、単列、省都)は価格抑制目標を公表
②主要都市は規制を更に強化(20%のキャピタルゲイン課税を導入)、2軒目の以上の住宅購入時の頭金比率(現在60%)及び貸出金利(現在の基準金利1.1倍)の引き上げ、北京市戸籍単身者が住宅を購入する際は住宅1軒に限定。
③商品住宅供給量を増加
④低所得者向け保障性住宅の建設を加速
⑤住宅販売者に対する監督強化

温家宝の不動産取引規制は実質、有名無実。北京市は指示に従おうとしたが、それ以外の直轄市や省都は無視をきめこんだため、結局北京市も不動産取引の規制を止めた経緯がある。因みに中国では、不動産取引税は実態として徴取されていない。
日本のメディアによれば地方政府の債務問題などで今にも中国経済は破綻するかのような報道がなされているが、経済の状況はとても安定していると言える。景気は緩やかに下降し、雇用・物価ともに安定。物価は3.5%以下で推移しているし、前述の通り雇用も安定して増えている。成長率は8%台から徐々に下がって今は7%台。政府の基本方針としては「保七」を当面維持すると言うもの。「保七」とは成長率7%の事で、以前は「保八」と言っていた。上記を踏まえるとマクロ経済の刺激策は、今は必要ないとの判断。つまり今の経済状態は「ちょうどいい感じ」と言える。

習近平政権発足後、マイクロ政策の運営能力については安心感が高まった。李克強と経済政策に関する考え方は完全に一致しているとの見方が有力。
特に2点。
①成長率低下を容認。過剰なマネーサプライは抑制。
②イデオロギー闘争よりも構造改革を推進する。(←これについては後述)
しかし、②の構造改革の効果的な実行力を発揮出来るかは未知数。これが最大の注目点。

上記①にある過剰なマネーサプライを抑制とあるが、具体的には銀行融資に対する管理強化がある。これは、銀行の不動産投資やインフラ開発向け貸し出しに対する管理を3月より強化。その影響は統計に表れており地方政府の資金繰りは4月,5月以降、厳しい状態が続いている。これが地方債務問題と絡められて報道されている訳だが、実際に地方政府は契約済みのインフラ建設の実施が先送りされたり、工事が中断したりしている。
それとシャドーバンキング問題。このシャドーバンキングの主要部分は「信託」を通じた理財商品の販売による資金融通で、運用先は手形、委託貸付、それと問題の不動産開発、インフラ建設などである。不動産開発や収益性を無視したインフラ開発が横行しており、早晩破綻すると見る向きが多いのはみなさんご存知の通り。このシャドーバンキングの規模は中国のGDPの半分とも言われ20数兆元と推定されている。銀行の定期預金の利率が3.0%なのに、理財商品の利率は4~5%であり、この利率の差を埋める運用益を上げる事が出来るか大いに疑問視されている。
シャドーバンキング問題については3つの誤解があると思っている。一つは中国経済は減速から失速に向かっているとするもの。これは先程言ったように、中国経済は良い状態にあり、世界経済に大きな変化が無い限り、当面は継続するだろうと思う。また不動産バブルが崩壊するリスクが高まっていると言う指摘。これも不動産価格は高値なれど安定推移しており、政府も不動産投資については厳しく監視規制を行うので、バブル崩壊はないと思う。それと6月の短期金利上昇を受けて金融機関の経営が悪化しており経営破綻の恐れありと言うが、これも政府の監督が行われており、経営破綻は無いだろうと考えている。

つまりシャドーバンキング問題は、制御可能な問題であり、実際に焦げ付くのは全体の2割程度と見られている。硬い推計では、全体額の10%が回収不能となると金額としては約5000億元で約8兆円。中国5大銀行の昨年度純利益が7700億元なので、損失が生じても対処可能な範囲。また金融システムの安定を望む中央政府も必ず介入するだろう。これは日本のバブル崩壊を一番研究して政策に反映しているのは中国だから。だが、楽観は出来ない。不動産開発やインフラ開発の成否、運用リスクは地方政府の地方債務問題に直結するので、地方債務問題が深刻化すれば、当然地方政府自体への直接的影響は看過できない。現在、国務院直属の審計署、所謂日本で言う会計検査院が、地方債務の実態調査を実施中である。

(3)習近平政権の課題
習近平政権は、小平以来の歴史的転換点に位置する政権で、その使命はズバリ「ミドルインカムトラップを克服」し、先進国入りする事。過去にミドルインカムトラップを克服できたのは、日本を見習った経済政策を取った韓国、台湾、シンガポールのみである。ミドルインカムトラップとは、低所得国が中所得国に達した後、先進国の仲間入りをするのに、ある種のハードルが存在する。中所得国から先進国へ移行する際のハードルをミドルインカムトラップと言う。ミドルインカムトラップを克服するためには、国内市場の安定的な発展が必要。その鍵を握るのは、ひとえに消費の拡大。特に大規模な消費を生み出す中間層を拡大するには、所得再分配政策が必須。中国には中間層が薄く、所得差が極めて大きく、これが為、国有企業や高所得層を対象とした所得税、相続税、贈与税の税率の引き上げ、土地保有税の適正化など所得再分配政策による所得格差の縮小が欠かせない政策となるが、この実行が極めて難しく、過去の政権は手を付けずに今日の習近平体制まで引きずってきた。

中国がミドルインカムトラップを克服する条件は、①国有企業の民営化、②過剰設備の削減、③金融の自由化。④所得格差の縮小、⑤環境改善、⑥汚職・腐敗の是正の6つ。一番厄介で最大の難関は、国有企業の民営化だろう。そもそも中国共産党の寄って立つ党是が、私有財産を否定し、全て国有化して国家の統一的管理のもとの経済で運営していく、と言うものであり、これは即、右派と左派のイデオロギー闘争を誘発するので、取扱いが非常に難しい。過剰設備の削減は、冒頭述べた通り造船、セメント、ガラス、太陽光、アルミなどの各産業で既に削減が進行しているが、これは全ての産業分野での設備資産の最適化が求められている。金融自由化は、徐々に進んでいくと思われるが、今後の詳しい金融政策については、今年秋の第18期三中全会で明らかになると思われる。環境の改善に関しては、PM2.5など報道されている大気汚染と深刻さを増す水&土壌汚染など環境の改善は喫緊の問題であり、中国人男性と結婚した日本女性は、子供を日本に移すなど健康面の脅威を避ける行動が散見される。それほど環境が人間に対する健康被害は甚大なものがある。欧米では、北京への赴任を拒否する事案も発生しており、経済活動にも支障をきたすようになっている。また所得格差の是正も頭の痛い問題。消費を拡大する1万5000ドル以上の年収を得る中間層を育成するには、所得格差の是正は避けて通れないテーマで、特に内陸部と沿海部の格差是正が重要。役人の汚職と腐敗については、新体制移行後すぐに対策が行われ、綱紀粛正が浸透しつつある。

11月開催の第18期三中全会は、第11期(小平)の時のように大きな方針転換は行わず、従来の政策の基本方針との連続性・継続性を維持すると思われ、特に国有企業民営化など階級闘争やイデオロギー闘争を引き起こす課題については、明確な方針を打ち出さないだろう。殊、経済政策に関しては習近平と李克強の意見は一致しており、今後もぶれないだろう。重要なのは三中全会後の改革実行力にある。習近平政権が抱える歴史的とも言える課題に如何に解決の糸口を見つけ、実行して結果を出すか。極めて難しい舵取りになる。

(4)日本企業の対中ビジネス
日本経済にとって中国市場はモノづくり現場、工場としての中国であったが、今後は日本製品や自社サービスを売る市場として本質的に変化する。それは2009年、2010年にGDPで日本を抜き、2015年、2016年には米国のGDPを抜くと予想され、2020年以前に日本のGDPの2倍を超え、2030年には3倍以上となると予想される、中国経済の規模拡大は、本質的な対中国ビジネスのあり姿を変える。
2012年の実績で、アジア経済全体で日中の占める割合は、両国だけで8割を占めるが、今後中国に替わるビジネス市場として有望な国がアジアにはあるだろうか?2012年の一人当たりGDPの比較で見ると、マレーシアが断トツで1万ドルを超えている他は、中国、タイが約6000ドルで、それ以下は4000ドルに達しない。これからの経済成長が期待されているインドネシアやインド、ベトナムの一人当たりGDPが極めて低い。また経常収支とGDPを比較してもインド、インドネシアなど巨大な人口を有する国が赤字であり、各種経済統計を比較分析すると、今後の日本企業における有望な市場はやはり中国であるとの結果となる。

但し、中国ビジネスにも中長期的リスクが存在するのは事実。しかし、中国経済の停滞で一番ダメージを受けるのは日本である。これは日中の経済が既に一体化している事に起因する。即ち中国の国内経済問題は、日本の経済問題であり、日本の国内経済はやはり中国経済に影響を及ぼす。今後中国経済の規模が拡大する程、中国、日本、韓国、台湾など含め、アジア経済圏が一体化し不測不離の関係となっており、相互の影響は避けられない。尖閣問題で日中両政府の関係が険悪であるが、経済関係はと言うと、既に去年の12月にはほぼ正常化しており、一番影響を受けている政府調達関係や観光もそれなりに回復傾向にある。

中国政府や地方政府の本音は、ドイツ企業と共に日本企業の中国進出を歓迎しており、納税面での貢献や現地中国人の人材育成にも力を入れ、かつ一度進出すると撤退せず、利益が上がるまでへばりついて現地で頑張る姿勢を高く評価している。そんな中、日本企業における中国ビジネスは二極化しつつあると分析している。特に負け組に関しては、従来の、工場としての中国のイメージを払しょくできずに、中国に進出したものの、現地化が進まず、中国を知らない本社首脳部が重要事項を全て決定してしまう傾向が強い。また主要ポストを日本人が独占し、幹部日本人は日本を見て仕事をしている。中国人を登用するにも日本語が流暢で根回しが上手い人間が評価され重用されるなど、顕在化する問題には共通項がある。最大の問題は、2008年以前の中国しかしらない自称中国通がアドバイザーとなっている事が多く、これが経営の判断を誤らせる大きな隠れた原因となっている。
中国で勝ち組となる為には、中国を工場として見ていた時代の事業部制を廃止し、中国を専門で担当するエリア制への移行が欠かせない。これを決断し実施できるのは社長だけであり、社長自身が中国を理解していなければ実行は不可能。年に数回は必ず現地・現場に足を運び現地の声を聴く事がとても大切。

(5)日中双方が望む関係正常化
今後の日中関係を論ずる上で重要な前提は、中国の改革開放政策は今後も不変である事。三中全会後に、中国政府は本格的な構造改革に取り組みを始める。その重要な要件は経済の安定。中国経済の国際競争力を中長期的に維持拡大させていく為には、日本との戦略的互恵関係が必要である。特にリーマン危機以後の欧米企業撤退後、地方政府の税収と地元雇用を支えているのは日本企業であるとの認識・評価が定着しており、尖閣問題で如何に政府間がもめようとも、経済関係は不変であったのは特記に値する。中国政府は、日本に対して経済制裁を検討したが、結局発動できなかったのは地方経済への影響が無視できない程大きいとの戦略的分析が背景にある。

事実上の政経分離状態が生起している。地方政府は中央に配慮することなく、日本企業の地元誘致に専念し、地方政府幹部と日本企業幹部の関係拡大はとどまる所を知らない状況。4月16日、汪洋副総理が日本国際貿易促進協会の訪中団と面談した際、現在の中国の発展は日本のおかげである。日中両国が協力すればともに栄え、争えば共倒れになる」と言った趣旨の発言をしたが、将にその通りである。政府間でも両国関係の修復に向けて徐々に動いている様子が窺える。9月5日、安部首相がG20の会合の合間に近寄って行き、習近平国家主席と立ち話を5分程度行ったと報じられており、尖閣から1年を経過してようやく変化の兆しが見えてきた。

日中関係の担い手は、今までも、これからも民であり続けるだろう。日中間での企業・個人レベルでの交流拡大が必要で、中国の地方政府の役割も重視する事が肝心である。両国政府の役割は、ダメージコントロールと相互交流の舞台づくりにこそあり、軍事衝突などもっての他である。最後に中国の発展は、日本の発展であり、日本の発展は中国の発展である。これは両国民がそれを担い拡大発展させていくのである。