阿部ブログ

日々思うこと

中性子加速器によるモリブデン99の国産化によるテクネチウム製剤の安定供給

2012年10月18日 | 日記
癌や脳疾患、心臓病などの検査で最も多く使用されているテクネチウム(Tc-99m)製剤の供給が、2007年以降厳しい状況にあり医療関係者は憂慮を深めている。、
このテクネチウムは放射線薬品で、静脈注射などで体内に入れ、薬が放つ放射線を撮影する事で患者はに苦痛なく診断を受ける事が出来る。このような検査は、日本で年間142万件行われているが、テクネチウムの材料となるモリブデン(Mo-99)は御多分に漏れず100%海外からの輸入に依存しているのが現状。しかし、世界の約70%を占める最大のモリブデン(Mo-99)の供給元であるカナダの原子炉が2009年5月に停止した事により、危機感を募らせた我が国では「モリブデン99国産化計画」を進めている。その理由は、モリブデン99の半減期が66時間と短く長期保存が効かない事が最大の問題で、モリブデン99が崩壊して生成するテクネチウム99にしても半減期は6時間と極めて短い為である。

現在、カナダやフランスなどモリブデン99の供給国は、90%以上の高濃縮ウランを原子炉内に挿入し、中性子を照射して核分裂させ、その生成物からモリブデン99を分離・精製しているが、これを日本で行う事は難しい。何故ならば核分裂後の生成物からモリブデン99を分離する際に、硝酸溶解工程を経る必要があるが、これは金属プルトニウムを分離・精製するピューレックス再処理法とほぼ同じ工程であり、核不拡散、及び核セキュリティ上、日本の国内事業者が実施する事は許されない。

この為、我が国では沸騰水型原子炉(BWR)で天然モリブデン98に中性子を照射して、モリブデン99を生産する事を検討しており、2013年には国内需要の20%を賄う計画である。但し『モリブデン-99/テクネチウム-99mの安定供給の為の官民検討会』においては、中性子照射装置や精製施設に数十億円の初期費用が掛かると試算されており費用負担が問題視されている。しかも民間事業者がテクネチウム製剤を作る設備に対し、国が資金を出すことに難色を示しているのが現状である。

このような中、国内のベンチャー企業が安価な加速器のイノベーションに成功している。従来、数十億円から数百億円規模の費用が掛かる高エネルギー加速器とは、大きく異なる加速電界発生回路方式により、数千万円で建設可能で、しかもトレーラーで搬送する事が可能な程、小型である。また加速器自体は、100%半導体部品で構成される為、低電力でメンテナンスフリーである事から、モリブデン99の生産に最適であり、この中性子加速器により、テクネチウム製剤の製造販売に関するビジネスに目途がつきつつある

スマートグリッドと離散構造処理系

2012年10月02日 | 日記

IT技術を駆使して、電力の流れを供給側と需要側の両方から効率的に管理する「スマートグリッド」が注目されている。
しかし絵は誰でも描けるが、その具体的な実現実装方法となると、かなりハードルが高いと感じていた。しかし、今月の「日経コンピュータ」のZDDアルゴリズムに関する記事を見て、これで基盤技術に目途がつきそうな感じを受けた。
北海道大学の湊教授の研究成果だが、素晴らしい。

スマートグリッドの導入の意義は、太陽光発電や風力発電など再生エネルギーと同じ土俵で語られる事がおおい。ご存じの通り再生エネルギーなるものは気象条件で発電量が大きく変動する為、既存の電力系統にそのまま取り込むと、周波数変動や停電などの電力品質を悪化させるからだ。このような不安定電源の大量導入は、それで無くとも複雑極まりない電力系統の需要・供給を複雑にし、適切に予測する事が難しくなる。

電力会社の使命である電力を必要な箇所に必要な時に供給する基盤技術の確立が必要とされるが、スマートグリッド・ブームに沸く関係者は、この意味をまともに考えていない。しかし、湊教授の「湊離散構造処理系プロジェクト」はスマートグリッドを実現する具体的な実装についての本質的問題点を考察・研究するもので、高く評価出来る。

電力系統は、送電網と配電網に大きく分けられ、最終的に変電所で低電圧に落とした電力を最終需要家に送り届けている。余り知られていないが、この送電網から配電網の経路を切り替えるためのスイッチが多数存在する。容易に想像出来るがこのスイッチのオン/オフの組み合わせは莫大な数となる。

現在は、どうしているかと言うと、所謂「経験と勘」という奴で対応している。つまり職人技なのです。本来ならば、実現可能な組み合わせは何通りあるのか、真に最適な経路について即座に計算して判断できるようになっていなければならない。
湊教授は、早稲田大学先進グリッド技術研究所所長の林教授と共同で、配電網のスイッチ構成を計算する「超高速アルゴリズム」の研究を行ってきた。その結果が日経コンピュータに掲載されたZDDアルゴリズムとして結実した。
このZDDアルゴリズムで最適な配電経路を現実的な時間で計算し、配電網スイッチのオン/オフを最適化し、配電ロスを最小化する事が実際に制御出来る方法を発見した。

しかしながら、配電網最適化計算には当然の事ながら制約条件がある。配電網の経路は「幾何学的条件」と「電気的な制約条件」を満たす必要がある。幾何学的条件とは、各家庭を停電せず、しかも2つの変電所とつながってはいけない、AND条件として電気的な制約条件が加わる。つまり「電線の各区間で許容電流を超えない」こと。

現実の配電網、例えば30万人規模の配電網では468箇所のスイッチが存在し、そのオン/オフの組み合わせは2468通り、つまり10の140乗に達するという、ビッグデータではなく、ビッグ組合せだ。この天文学的な組合せから最適な配電経路を、現実的な時間内に探し出すのは不可能と思われていた。スマート○○○ブームに乗っかってテキトウに絵を描くのは良いが、本気で実現させる事を真面目に考えるとこの組合せ問題を解く必要がる。繰り返しになるが、現実的時間内に計算し、制御出来なくてはならないのだ。

湊教授は、前述の「ZDD(Zero-suppressed BDD=ゼロサプレス型二分決定グラフ)」と呼ばれる超高速圧縮アルゴリズム技法によって、わずか10分程度ですべての可能な組み合わせから制約条件を満たす1063通りに絞り込むことに成功している。また、この1063通りから配電網内に最適かつ効率的に電力を最小のロスで供給できる経路を探索するアルゴリズムを新規に開発している。この計算も20分程度の時間で配電ロスを最小とする経路を発見する事が可能という。これは凄い!
この配電網最適経路計算を30分以内で結果を出すというのは世界初。

配電最適経路計算により配電ロスを3%削減可能。これは電力全体の0.02%に相当する。一見小さい数字と思われるかもしれないが、配電網のスイッチ制御だけでの効果なのだから新規投資はコンピューティングリソースだけなのだから、その効果・意義は大きい。
それと違う意味での「見える化」効果も大きい。つまり配電最適条件を満たす組み合わせをすべて知り尽すことは、配電網スイッチの全ての組合せのデータベース化を可能とする事になり、例えば昼夜の需要変動に一番強い経路を探したいとか、停電事故が起きたとき、停電範囲を最小化する最適な経路をデータベースを検索して制御するなど、切迫した現実的な要望に対し、瞬時に配電網スイッチ組み合わせと制御を行う事が出来るようになる。

ハードウェアは画期的に性能を向上させたが、ソフトウェアはそれに追随出来ていないとは、よく言われる事だが、この配電最適経路計算も従来であれば、「二分決定木」と呼ばれるアルゴリムで計算される。
自明であるが「0」、若しくは「1」のどちらかで分岐するので、3回の分岐では、2n=8通り。前述の30万都市の場合には配電スイッチが468個あるので、2n(n=468)=約10140通りの組合せの計算が必要。つまりスイッチの分岐のnが増えれば増えるほど組合せ数が指数関数的というか急激に増えるため、現在のCPU&GPUの計算能力が、仮に1万倍高速になっても現実的時間内に結果を出すことは極めて難しい事は想像に難くないだろう。

さてこの問題を克服するにはどうするか?
「0」でも「1」でも分岐先が同じ場合は分岐しないで直結、共通の行き先を持つ分岐が2個以上あれば1個にまとめて他を削除とする事で、計算処理を大幅に削減刷ることが出来る。これが「BDD(二分決定グラフ:Binary Decision Diagram)」というアルゴリズムで、1986年カーネギーメロン大学教授のランディ・ブライアントが考案した。

湊教授は、このアルゴリズムを更に突き詰めた。これは過去に大規模集積回路の設計でBDDを使っており、この大規模集積回路設計の際の経験が役に立ったと言う。つまり「1」のときの行き先が「0」、即ち『空集合』であれば、削除して計算除外する、と言う事。これこそがZDD。
計算する必要が無い枝を「0」と見なし無視する事によりZDDは、BDDに比較して100倍から、条件によっては1000倍以上の高速計算が可能となった。
これがスマートグリッドの配電網制御に関する基盤技術となる配電網最適化問題、つまり天文学的な組合せ経路の検索と最適経路の制御が可能となる画期的なアルゴリズムが誕生した事になる。このアルゴリズムは遺伝子探索やWeb上での知識発見、膨大なデータの中から意義ある知見を抽出するデータマイニングなど、最近はやりのビッグデータ分野でも、このZDDアルゴリズムの有効性が発揮さるだろう。

長くなったが、最後に湊教授のZDDはクヌース博士の著名な著書『The Art of Computer Programming』に取り上げられ日本人の創意による研究成果、ソフトウェア工学、特にアルゴリズムのバイブルと称される同書に、独立項目として掲載されるのは初めてであり、画期的な事だ。

個人的にはスマート○○○など、ブームに過ぎないし、経済危機が進展すれば雲散霧消すると高をくくるっているが、ZDDを知って、真面目に考えようかな~と思い始めた次第。