フクロウは夕暮れに

接触場面研究の個人備忘録です

メルボルンでNS-NNS paradigmを考える

2008-09-14 23:56:20 | research
8月のメルボルンは雨の多い平年の気候だった。大家さんはジャマイカ出身で、そこはイギリス連邦の1つなのだそうだ。1973年に治安が悪くなったジャマイカを去り、子供たちのためにオーストラリアに移民したそうだ。イギリス人がそんなところにも住んでいたことは知らなかったので、彼らの人生について考えることも少なくなかった。

もう1つメルボルンで考えていたのはタイトルの件。言語管理ワークショップがモナシュ大学で開催され、私も司会をしたり発表をしたりしていたけれど、日本人もオーストラリア人も、それからプラハから来たアメリカ人も、母語話者ー非母語話者を対象にして、そこでの接触場面の相互作用を前提にものごとをとらえようとすることが印象的だった。考えてみれば、英語話者には、英語母語話者として、英語非母語話者と対すること以外の場面がほとんどないのかもしれない。それが世界語を母語にしてしまった人々の運命なのだとも言えそうだ。だから、自分たちがたまたま他の言語を使う立場になると、非母語話者の立場や経験を強く意識してしまう。どちらにしてもNS-NNSのパラダイムから逃れられない(もちろん、例外的な人々はたくさんいるけれど)。

そして日本人は、オーストラリアのような英語圏にいて、英語母語話者を相手に英語非母語話者として対面することを当然視するだろう。なぜなら、日本人もまた、日本語母語話者と他の言語の非母語話者との間しか役割を行き来させる経験がないから。だから英語母語話者と日本語母語話者は、同じコインの裏と表の関係となり、じつはとてもその立場が理解しやすいのだと思う。(アメリカで学んできた日本人研究者には接触場面概念の重要さが理解できないという傾向も、こうした事情が隠れている)ついでに言えば、さまざまな言語に囲まれているヨーロッパ大陸の研究者たちはこのNS-NNS paradigmを表に出すことは少ない。

こうした事態は普通の人々の間でのこととしてはよくわかることだけれど、研究者もまたこのパラダイムを無意識に前提としているとすれば、それはちょっと待ってくれと言わなければならないだろう。というか、それは、取り上げて考える価値のある問題ではないかと思う。

多言語使用者について研究をすることは、こうした英語母語話者や日本語母語話者が前提とせざるを得ないNS-NNS paradigmに異議を唱えることに他ならないのだと思う。
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