礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

マザテコ語は動詞の変化をアクセントであらわす

2024-01-28 02:44:40 | コラムと名言

◎マザテコ語は動詞の変化をアクセントであらわす

 金田一春彦『日本語』(岩波新書、1957)から、「日本語のアクセント」の項を紹介している。本日は、その三回目(最後)。文中、太字は、原文のまま。

 メキシコの太平洋岸に住む部族に、高低アクセントを使うマザテコ族というのがある。アメリカの音声学者K・L・パイクの『声調言語』に引かれた例を見ると、彼らの言語は、非常に複雑なアクセントを有する言語で、驚歎にあたいする。たとえば、siteという、ローマ字で書けば同じ音のことばが、アクセントによって動詞の変化をあらわすというのである。
  siを最低から中低へ上げ、teを中高から中低へ下げて言うと、「私は糸をつむぐ」「私は糸をつむぐだろう」の意。
  si を最高で言い、teを中高で言うと、「彼は糸をつむぐ」の意。
  si を最低から中低へ上げ、teを中高で言うと、「彼は糸をつむぐだろう」の意。
  si を最低で言い、teを中高で言うと、「あなたを除くわれわれは糸をつむぐだろう」の意。
 よく、「フランス語四週間」というような本を見ると、巻末にボウ大な「動詞の変化表」というのがついていて、aimerの第一人称の単数の直接法現在はどう、第二人称の複数の接続法過去はどう、というようなことが載っている。マザテコ語では、ああいう変化をアクセントの変化が受持つといった具合である。アクセントの働きが極限まで発揮された例であろう。
 マザテコの土人の言語には、そのような複雑な型の区別があるために、口笛で、ある程度言葉を通じさせることができるという。たとえば、酋長がヒューヒュッヒューとやると、部下のうちの勘のいいのがその上り下りの変化を聞き取り、それ水を飲みたいんだ、と言って水を汲んで来たり、それ今度はパイナップルだ、と言ってパイナップルを運んで来たりするのだという。
 さて、平安期中期ごろ、真言宗の僧侶が編集した辞書に、『類聚名義抄【るいじゆみようぎしよう】』というのがある。この著者は、この辞書に採録した単語に当時の京都のアクセントをコクメイに記載している。そのころ、日本語のアクセントというとちょっとふしぎな気もするが、当時のインテリ階級は、シナ語の四声【スーシヤン】つまり、アクセントの知識をもっていたために、日本語のアクセントについても、ずいぶんしっかりした理解をもっていたらしい。とにかくわれわれはそれを通して当時の日本語のアクセントをかなり正確に知ることができるが、それによると、平安朝中期の日本語のアクセントは、今の日本語よりも型の種類がずっと多かった。そうして今区別のない「紙」と「髪」でも、「倉」と「鞍」でも、当時はちゃんと言い分けられていた。このころのアクセントは今のアクセントよりも語の区別に役立っていたにちがいない。
 以上のように見てくると、現在の日本語のアクセントは、はなはだ能のないアクセントということになりそうだ。が、そう言い切ってよいか。まだ問題がある。
 今の日本語のアクセント――特に東京語などでは、前に言ったように第一拍と第二拍との高さが必ず異る。第一拍が高い単語は、第二拍が低い。第一拍が低い単語は、第二拍が高い。また、高い音が二ヵ所に分かれていることがない。たとえば、高低高低とか高低低高とかいう型はない。このことから、日本語のアクセントは、〈どこからどこまでが一語だというまとまりを与える力をもつ〉ということができる。
たとえば「庭の桜もみんな散ってしまった」というセンテンスがある。アクセントを表記するとこうなる。
  ニワノクラモンナッテマッタ
 ここで、低の拍は、見事に語と語の切れ目を示している。
 これを有坂秀世〈アリサカ・ヒデヨ〉博士の術語を使って述べれば、日本語のアクセントは〈示差的機能〉よりも〈統成的機能〉を大きく発揮する。つまり、日本語のアクセントは二つのことばを区別する働きよりも、一語としてのまとまりを与える働きが大きいのだ。この点日本語のアクセントは、高低アクセントといっても、そのはたらきはむしろ強弱アクセントに近い。こういうアクセントに、日本語のほか、古代ギリシァのアクセントがそうであったことが知られている。が、同類は多くない、注意すべきアクセントである。とにかく、日本語のアクセントは、強弱アクセントに近付きつつあるという人があるが、この意味でならばいつわりではない。

*このブログの人気記事 2024・1・28(9位になぜか田中軍吉、10位の藤村操は久しぶり)

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