礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

木戸孝彦「南原繁先生と終戦の思い出」

2024-07-14 00:13:18 | コラムと名言

◎木戸孝彦「南原繁先生と終戦の思い出」

 角川文庫『八月十五日』を紹介している途中だが、本日は、木戸孝彦著『東京裁判と木戸日記』(独歩書林、1993)から、「南原繁先生と終戦の思い出」という文章を紹介してみたい。これも、「八月十五日」の話である。木戸孝彦(きど・たかひこ、1933~2000)は、侯爵・木戸幸一の次男。

   南原繁先生と終戦の思い出   「U・P」一九八二年一一八号所収/東大出版会

 昭和二十年八月十五日、正午、陛下の終戦に関する詔書をラジオで聞いた後、直ちに、私は東京大学の法学部長室に南原繁先生を訪問した。南原先生がしきりに陛下のお力でもって戦争は終結されなければならないと説いておられた通り、御聖断をもって終戦に至ったことを父幸一(当時、内大臣)の依頼で報告をするとともに、先生のお気持をうかがうためである。
 先生は、広島・長崎の惨禍は残念であったけれども、御聖断により終戦できたことは大変喜ばしく結構なことだったと述べられ、自分達の行動が少しでもお役にたったのではないかと喜んでおられた。そして終りに、今後の問題は「現天皇の御退位についてであって、その時期方法について慎重に考究されなければならない」と述べられたのであった。
 まだ学生であった私にとって、終戦ということさえ大事件であり、到底その先のことは頭に浮かんでいなかっただけに、南原先生から天皇御退位という重大問題を指摘されたときは、脳天を一撃されたような衝撃を受けたのであった。
 父は八月十二日より宮内省内に宿泊していたので、私は南原先生の天皇御退位についての意見を八月十八日に父を訪問した時に報告している。父がこの問題についてどのような話をしたか、今は定かに記憶していないが、『木戸幸一日記』(下巻)によれば昭和二十年八月二十九日の記事に、陛下との間で御退位の事について話が出ていたことが窺われる。
 終戦の詔勅の放送された直後、南原先生は既にその先の問題を考えられ、具体的に天皇退位ということにまで思いを致しておられたのであり、おそらく私に話をされたのは父へ伝えて欲しいからであったと思う。
 私が南原先生の謦咳〈ケイガイ〉に接したのは、昭和十九年半ばに陸軍を除隊し復学して、先生の政治思想史の講義に出るようになってからである。しかし個人的に親しくお話しするようになったのは、後述する如く、先生が積極的に終戦工作に取り組まれるようになり、私が内大臣をしていた父との間の連絡をすることになって以来である。
 父が終戦に関し具体的に考えを纏めだしたのは、昭和十九年の一月六日の日記に記載されている「独乙〈ドイツ〉の運命と其後に帰【ママ】る情勢に対する日本の対策について」のメモ以来である。
 昭和二十年になり、米軍の比島〔フィリピン〕上陸に始まる戦局の進展に伴い、父は終戦への工作を必要としながらも、当時の国内情勢からみて極度に隠密な行動が要求されているため、父の手足となって働いていただく人として、文部大臣以来国務大臣の間ずっと秘書官をつとめ、その当時は司政長官としてジャワにおられた是松準一氏に早急に帰国されるよう依頼したのであった。
 是松氏はそのころ最も安全と思われた阿波丸にシンガポールで乗船、帰国の途につかれたのであるが、同船は四月二十七日に台湾沖で米潜水艦により撃沈されてしまったのである。父は四月二十七日に太田耕造文相より是松氏遭難が確実との報を得て大いに力を落としたのであった。
 当時、私は三月七日より大学からの学徒動員として大船深沢海軍工廠〔横須賀海軍工廠深沢分工場〕に出勤していたのであったが、父より是松氏に代りできるだけ終戦工作の裏の連絡係をするよう命じられた。
 一方、南原先生と高木(八尺)先生は五月七日に内大臣府において父と会い、戦局について話し合っておられる。
 父と南原先生とはおそらくこの時が初対面であったと思うが、高木先生との関係は学習院時代以来の交遊関係にあり、特に父の弟にあたる和田小六叔父が東大工学部の教授をしていたこともあり、親しくしていた。
 父が内大臣に就任した以後は、対米問題についてしばしば高木先生の御意見を拝聴してきたのである。【以下、割愛】

 文中、「帰【ママ】る」というところがあるが、ここは、帰に(ママ)というルビが振られていた。たぶん、「於る」(おける)の書き誤りであろう。

*このブログの人気記事 2024・7・14(10位の霊気術は久しぶり、8・9位に極めて珍しいものが)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする