礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

臥すべき薪なく、嘗むべき胆もなし

2024-07-05 00:24:46 | コラムと名言

◎臥すべき薪なく、嘗むべき胆もなし

 井上ひさし他著『八月十五日、その時私は……』(青銅社、1983)から、山田風太郎の「戦中派不戦日記(抄)」を紹介している。本日は、その三回目。

 ラジオは続いて内閣告諭を伝え初めた。真相は一点の疑惑もなく明らかとなった。
「本日畏くも大詔を拝す。帝国は大東亜戦争に従うこと実に四年に近く、而もついに聖慮を以て非常の措置によりその局を結ぶのほか途なきに至る。臣子として恐懼〈キョウク〉いうべきところを知らざるなり。
 顧みるに開戦以降遠く骨を異域にさらせるの将兵その数を知らず、本土の被害無辜の犠牲またここに極まる。思うてここに至れば痛憤限りなし。
 然るに戦争の目的を実現するに由〈ヨシ〉なく、戦勢必ずしも利あらず、ついに科学史上未曽有の破壊力を有する新爆弾の用いらるるに至りて戦争の仕法を一変せしめ、ついでソ連邦は去る九日帝国に宣戦を布告し、帝国はまさに未曽有の難に逢着〈ホウチャク〉したり。
 聖徳の広大無辺なる、世界の和平と臣民の康寧とをねがわせ給い、ここに畏くも大詔を渙発せらる。聖断すでに下る。赤子の率由〈ソツユウ〉すべき方途はおのずから明らかなり。
 もとより帝国の前途はこれにより一層の困難を加え、さらに国民の忍苦を求むるに至るべし。然れども帝国はこの忍苦の結実によりて、国家の運命を将来に開拓せざるべからず。本大臣はここに万斛〈バンコク〉の涙をのみ、あえてこの難き〈カタキ〉を同胞に求めんと欲す。
 今や国民のひとしく向うべきところは国体の護持にあり。而していやしくも既往に拘泥〈コウデイ〉して同胞相猜し、内争以て他の乗ずるところとなり、或いは情に激して軽挙妄動し、信義を世界に失うがごときことあるべからず。また特に戦死者戦災者の遺族及び傷痍軍人の援護については、国民悉く力を効すべし。政府は国民とともに承詔必謹、刻苦奮励、常に大御心に帰一し奉り、必ず国威を恢弘〈カイコウ〉し、父祖の遺託に応えんことを期す。
 なおこの際特に一言すべきは、この難局に処すべき官吏の任務なり。畏くも至尊は爾臣民の衷情は朕よくこれを知るとのたまわせ給う。官吏はよろしく陛下の有司としてこの御仁慈の聖旨を奉行し、以て堅確なる復興精神喚起の先達とならんことを期すべし。
   昭和二十年八月十四日
      内閣総理大臣男爵鈴木貫太郎」
【一行アキ】
 ああ、思うてここに至れば痛憤限りなし。…… 
「然れども帝国はこの忍苦の結実によって国家の運命を将来に開拓せざるべからず。本大臣はここに万斛の涙をのみ、敢てこの難きを同胞に求めんと欲す。……」
 復讐せよ、とはすでにいうことが出来ぬ。すでに敵の巨大な影は政府の背後に幻のごとくのしかかっているのである。けれど、この腸をえぐるような老首相の言葉の裏に、何とてそれを思わぬ日本人があろうか。
 臥薪嘗胆! この言葉は三国干渉以来十年の日本人の合言葉であった。しかしこんどの破局はそれと比倫を絶する。再興するにはほとんど百年を要するであろう。しかもその間、臥す〈ガス〉べき薪〈タキギ〉も、嘗む〈ナム〉べき胆〈キモ〉もない惨苦の中に生きることを覚悟せねばならぬ。
 けれど、日本人は「百年後の十二月八日」を心魂に刻みつけて待つであろう。【以下、次回】

 内閣告諭中に「同胞相猜し」とあるが、「相猜し」の読みは不明。意味は「たがいにねたみ」であろう。

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