礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ふり仮名は「文明国として恥かしい」(山本有三のふりがな廃止論)

2012-11-04 05:58:48 | 日記

◎ふり仮名は「文明国として恥かしい」(山本有三のふりがな廃止論)

 昨日の続きである。山本有三の『戦争とふたりの婦人』(岩波新書、一九三九)の巻末、「この本を出版するに當って―國語に対する一つの意見―」から引用する(一五四~一五六ページ)。

 ふり假名には「総ルビ」といって、すべての漢字に假名をつけたもの、「パラ・ルビ」と
いつて、むづかしい漢字にだけぱらぱらと假名をふったものなど、いろいろありますが、とにかく、一つの文章の横に、もう一つ文字を列べたものでないと、いっぱんの者には歡迎されないやうです。ですから、最も多数の讀者を持つ新聞であるとか、大衆雜誌であるとか、ないしは、小説、戯曲、講談本のたぐひは、いづれも、ふり假名を使ってゐます。私も今まで出した小説には、たいてい、「パラ・ルビ」か「総ルビ」を使ひました。
 けれども、ふり假名を使ふといふことは、どういふことでせうか。そんな事は分りきったことだ。今さら言ふことはないではないかと、みなさんはすぐお答へになるかもしれません。しかし、私は「クララ」を書く頃から、少しこの問題について考へはじめました。ふり假名をつけるといふことは、たゞ文章を讀みやすくするといふやうな、單純な問題でないと思ふのです。
 いったい、立派な文明國でありながら、その國の文字を使って書いた文章が、そのまゝではその國民の大多数のものには讀むことが出來ないで、いったん書いた文章の横に、もう一つ別の文字を列べて書かなければならないといふことは、國語として名誉のことでせうか。私は語学者ではありませんから、外國の言葉については、あまり知りませんが、一つの文章をつゞるに當つて、文字を二列に列べて書かなければ、いつぱんに通用しないといやうな國語が、他にあるでせうか。これからの世の中は、ますますせはしなくなって行くばかりなのに、同じ意味のことを、年ぢゅう二重に書いたり、二重に印刷してゐるやうなことで、今後の時代によく対應して行けるでせうか。世界の一流國をもって任ずる國家が、その國の文章をかういふまゝにしておくといふ事は、まことに不思議なことといはなければなりません。
 しかし、現在の日本では、ルビをつけることを、さして怪しむ人はないやうです。誰でもこれを當りまへの事のやうに思って、へいきな顔をしてゐます。が、考へやうによるとこんななさけない國字の使ひ方をしてゐるのは、文明國として恥かしいことではないでせうか。近頃私はルビを見ると、黒い虫の行列のやうな氣がしてたまりません。なぜ、あのやうな不愉快な小虫を、文章の横に這ひまはらせておくのでせう。
 私は思ひます。文明國である以上は、その國の國語をもって書かれた文章は、それがそのまゝ、誰にでも(義務育を受けた人になら)讀めるものでなくってはいけないと思ひます。これは極めて當りまへのことであると同時に、わが國においても、決して出來ない相談ではないのです。めいめいがその氣になれさへすれば、わけなく行はれる事なのです。

 昨日と同様、原文を極力そのままの形で再現した。
山本有三は、「いっぱん」、「いったい」、「年ぢゅう」など、小さいかなを混ぜた表記法を採用している。ただし、今回引用した部分には、それが徹底していない箇所がある(そこは、そのままにしてある)。おそらく「誤植」なのだろうが、こうした誤植がやすやすと見逃されているということは、有三にとっても、また編集者にとっても、こうした試みが、きわめて珍しいものであったことを象徴している。
「名誉」、「語学者」などの漢字は、このままのものを使っている。すなわち今日でいう「新字」を使っている(上記の引用では、原文がいわゆる「旧字」になってるところは、旧字にしてある)。「対應」も、原文のままである。「對應」でもなく「対応」でもなく、この字が用いられているのである。
 山本有三は、ふり仮名(ルビ)のことを「不愉快な小虫」と呼んでいる。「文明国として恥かしい」とも言っている。よほどルビが嫌いだったのだろう。
 山本は、上記引用部分に続けて、ルビ廃止の方法をふたつ挙げる。ひとつは、すべての文字を仮名でかくこと、もうひとつは、単純にルビをやめてしまうことである。
 もちろん、山本の主張は後者である。ただし山本は、ルビをやめるためには、「ふり仮名がなくっても、誰にでも読めるような文章を書くということ」(一五七ページであった)が必要だということを強調している。さらに、ふり仮名を用いなくても、立派に文章が書けることを、みずから示そうとした。それがこの『戦争とふたりの婦人』という作品だったのである。

今日の名言 2012・11・4

◎二つの物語を、私は一応、小学六年生の次女に読ませては見ました

 山本有三の言葉。『戦争とふたりの婦人』(岩波新書、1939)の166ページに出てくる。「二つの物語」とは、同書に収められている「はにかみやのクララ」および「ストウ夫人」のことを指す。また、次女とは、1927年(昭和2)生まれの玲子さんのことである。

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