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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

書を焼き器をを失ひて、この珠玉を得る(潁原退蔵)

2017-07-07 16:02:01 | コラムと名言

◎書を焼き器をを失ひて、この珠玉を得る(潁原退蔵)

 本日も、山路閑古著『戦災記』(あけぼの社、一九四六年一二月)の紹介。本日は、同書の「跋(穎原氏書翰)」を紹介してみたい。潁原退蔵〈エバラ・タイゾウ〉からの来信を、そのまま「跋」としている。

   (穎原氏書翰)

 拝啓「戦災記序」拝見仕候〈ツカマツリソウロウ〉。昭和の「方丈記」とも申すべきか、焼跡に求め出でし誕生仏一体に不請【ふしやう】の念仏は、愈々これを記して今様〈イマヨウ〉長明〔鴨長明〕筆たるを思はしめ候。再読、三読、写経の筆跡かと覚ゆる墨の色に、ほのかなる香さへ感ぜられて、心ゆくばかりの思ひ仕り候。
 この惨しき〈イタマシキ〉戦災の中より、この美しき文を生みし事を思へば、仮令〈タトイ〉帝都は再び武蔵野の昔にかへるとも、日本の芸道はよいよ〔ママ〕磨きをかけらるゝ事と、頼もしき限りに存候〈ゾンジソウロウ〉。而して書を焼き、器をを失ひて、この珠玉を得しは、一に〈イツニ〉主人の芸文に忠なる志の致す所と、かつは喜ばしく、かつは羨しく〈ウラヤマシク〉存候。
 小生只今家族の疎開先なる加賀国俱利伽羅谷〈クリカラダニ〉に近き一小駅の、貧乏寺の一室に滞在仕居〈ツカマツリオリ〉候。家族は去る三月初旬より、荊妻〈ケイサイ〉の郷里たる俱利伽維の谷なる農家に居住仕居り、子供等の通学の都合上、汽車駅のすぐ近くの、この寺の一室を足溜り〈アシダマリ〉として、借り受け居〈オリ〉たる次第に御座候。然るに金沢の中学に在学中の豚児この寺にて病気と相成り〈アイナリ〉、幸ひ大学も七月より学生生出動の為、講義は休みとなり候に付、見舞かたがた出かけ候次第に御座候。介抱の為、妻も寺より動くわけに行かず、小生も他の子供も、勢ひ一しよに寺に起臥〈キガ〉仕居候。寺も最近疎開の人々多く、まるで下宿屋の如き有様に候。その上、毎日の雨に外出も出来ず、狭き一室に閉ぢ籠り居候。
 一昨日やゝ晴れ候へば、早速一里の山越しをして、家族たちの僑居〈キョウキョ〉を訪れ候。妻の従兄の家に候。ここばかりは戦局をよそに太古の如く静かなれども、食糧問題のみは、やはりここも現実の苛烈さを免れず、疎開生活も決して楽に非ざる事を痛感致候。しかし一枚だけ貸して貰ひし山畑に妻と鍬を携へて□てば、空は悠々、山は閑々、鳥啼いて山更に幽なるを感じ、しばし塵世を離るゝ思ひ致候。【以下、次回】

 潁原退蔵(一八九四~一九四八)は、著名な国文学者。タイトルの「穎原氏書翰」は、原文のまま。
 文中の「□」は、ブランクとなっていることを示す。

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