「タスキメシ」シリーズは、3作目。
このシリーズは、物語の登場人物が、話の続きをどう「タスキ渡し」していくのかも気になるところ。
この「タスキメシ 五輪」は、前半の「祈る者」と後半の「選ぶ者」に分かれている。
前半の中心舞台は、東京五輪の選手村食堂である。
中心人物は、2作目で箱根駅伝を最終10区で走った仙波千早。
「努力は裏切る。
ここぞってところで裏切る。」
と暗示されたように、走ることでは裏切られた(?)経験をして大学を卒業した彼が奮闘する。
競技ランナーを終えた彼が就職した先は、食品会社。
その会社から東京五輪選手村食堂に派遣され、仕事で活躍する様子が描かれている。
そこでは、第1作「タスキメシ」第2作「タスキメシ箱根」で中心人物となっていた、眞家早馬はあまり出て来ない。
大学時代にコーチだった早馬の高校時代の同級生、都は、感染症禍の影響を受けたことから、飲食店関係の仕事を求め、選手村の食堂に勤めて選手たちに食事を提供した。
千早と都は、選手村の仕事仲間、ということになるのだが、そこで経験する内容が、東京五輪での実話に基づいているので、ああそうだったなあ、と思い起こすことが多かった。
例えば、最初は、本当に東京五輪が開催されるのか、という疑念を抱きながら仕事をしているが、それを示すように、世間の人々には五輪の開催を反対する人も多くいたことが表現されている。
が、各国の選手団が入村していくと、仕事が忙しくなり、五輪を開催しないということはありえないと思うようになっていった。
そんな当時の雰囲気の移り変わりがあったなあと今になって思うのである。
また、選手村の食堂に関しては、ラーメンが人気になった。
そして当時、餃子がうまいと選手間で評判になったことがあった。
実は、それは冷凍食品であったというこぼれ話もあった。
選手とのエピソードでは、外国人選手が乗るバスを間違えてしまったが、ボランティアの機転で競技の開始に間に合った、という話があった。
そんな空気感や、実際にあったエピソードの数々を、ストーリーの展開に組み込んで、登場人物たちを活躍させるなんて、著者は、なかなかうまいはめ方をしたものだと感心した。
ストーリーに転用するためには、五輪当時や終了後に、たくさんの人たちに取材したのだろうなあ、と著者の苦労のあとが感じられた。
そんな苦労体験をたくさんしながら、前半の部の主人公の千早は、駅伝では「努力に裏切られた」が、「裏切られた後の景色も悪くない。裏切られた俺は、今、頑張ってます」と、早馬に言えるくらいまで成長していく。
この、「裏切られた後の景色も悪くない」というのがいいなあ。
人生、こうでなければ不幸だというものではないのだ。
自分の受け取り方、考え方で、変われるものなのだ。
この千早の成長が、読む方としてはうれしくなる。
さて、後半では、早馬の弟春馬が主人公となる。
パリ五輪を目指すランナーとしての彼の奮闘ぶりが描かれていく。
去年あったオレゴンの世界陸上やニューイヤーマラソンなども取り上げているので、実際にあったように感じ、臨場感が高まる。
ここでは、春馬や大学時代に彼とライバルの関係にあった選手たちの挫折感も描かれている。
今作のストーリーは、まだMGCまでいかずに終わってはいるので、光を当てる中心人物を他の登場人物に代えて、さらに続刊が出てくるのじゃないかな、なんて思っている。
ところで、現実の世界では、岸本大紀選手が、先日の別大毎日マラソンで初マラソンながら3位と健闘した。
彼は、中学生でも高校生でも新潟県代表に選ばれ、都道府県対抗駅伝などに出場して活躍していた。
青学大でも1年生時から好走して活躍し、昨春卒業して社会人となったが、順調に成長し結果を残していることが頼もしい。
登場人物を追いかけて展開される「タスキメシ」の話のように(?)、今後も彼の活躍ぶりを追いかけていきたいと思っている。