今年1月、第100回を迎えた箱根駅伝。
箱根駅伝100回の歴代の優勝記録が載っているページがある。
http://www13.plala.or.jp/jwmiurat/rekidai/kiroku21.html
そこには、第1回が、大正9年(つまり1920年)と書いてある。
今年つまり2024年が、第100回であった。
1年に1回なら、今回は第105回にならなければいけない。
そうならないということは、中止になった年があるということだ。
この4年間、COVID-19感染症禍だったが、大会は中止されてはいない。
では、中止されたのは、戦争中なのだろうと目星がついた。
そこで該当する年代のあたりを調べてみると、案の定なのである。
昭和16年、17年、19年、20年、21年の5年、5回分が中止になっていたのである。
ただ、不思議に思うのは、昭和18年だけ、箱根駅伝が開催されているのである。
昭和12年に日中戦争が始まり、昭和16年から太平洋戦争が始まって、戦争が激化してきた昭和18年だけ開催されたのは、何か理由があったのだろうか。
関連して、この歴代優勝校と成績が載っているページの最下部には、聞いたことのない駅伝大会が載っていた。
その大会名を「東京・青梅間大学専門学校鍛錬継走大会」という。
実施年は、昭和16年に2回である。
なんだ?これは?
その疑問に答えてくれたのが、東京新聞Webの記事であった。
この頃は日中戦争の長期化に加え、米国との関係が悪化。軍需物資の輸送に充てるため、国道1号の使用が禁止されたという。(略)
場所を変え、名前を変えて、駅伝大会の存続を図ったのだ。それが青梅駅伝だった。軍部を刺激しないよう、大会名に「鍛錬」の言葉を入れたところに苦労がしのばれる。
悲しいかな、この2回の駅伝は箱根駅伝としては数えられていない。ちなみに「どうしても箱根を走りたい」と、スタートを靖国神社にして軍部を説得した43年の「靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会」は第22回大会として記録されている。
へえ~、そうだったのか。
こんな史実をもとにして書かれた小説が、本書「タスキ 彼方」(額賀澪著;小学館)であった。
Amazonの本書の紹介には、次のようなおすすめ情報も書いてあった。
【編集担当からのおすすめ情報】
いち駅伝ファンとして2024年1月の第100回箱根駅伝を盛り上げたい、との一方的な熱い想いからこの企画は生まれました。毎年溢れる感動を与えてくれる駅伝。戦時下に『幻の箱根駅伝』と呼ばれる大会があったことは知っていました。今回そこにスポットを当てた文芸作品に仕上げていただきたい、とお願いしたところ、駅伝愛に溢れる額賀澪さんからこんなにも素敵な原稿が上がってきました。著者・額賀澪さんの駅伝ベストセラー小説『タスキメシ』シリーズでも、多くの駅伝関係者を唸らせたリアルな競技描写と心理風景は今回も健在です。その上で、史実に基づいた取材と調査を重ねた本作品。
何度涙腺が崩壊したことか。読後は感動のあまりしばらく現実世界に戻ってこられませんでした。青春スポーツ小説史上に残る大傑作だと思います。
駅伝好き、スポーツ好きに限らず一人でも多くの方に届けたい作品です。
重いテーマを扱いながらも読後に残る爽快感は、額賀作品の魅力です。
この本の発行日については、「2023年12月13日初版第1刷発行」となっていた。
そうか、出たばかりの本で、箱根駅伝100回を記念し、盛り上げる意味でこの小説は書かれたのだ。
新刊の本に付けられた帯には、次のようなストーリー紹介が付いていた。
ボストンマラソンの会場で、とある選手から古びたボロボロの日記を受け取った新米駅伝監督・成竹と学生ナンバーワンランナー神原。それは、戦時下に箱根駅伝開催に尽力したとある大学生の日記だった。その日記から過去を覗いた二人が思い知ったのは、美談でも爽やかな青春でもない、戦中戦後の彼らの壮絶な軌跡。そこには「どうしても、箱根駅伝を走ってから死にたい」という切実で一途な学生達の想いが溢れていた。
現代の「当たり前」は昔の人々が死ぬ気で勝ちとってきた想いの積み重ねと知った彼らは・・・・・・・。そして、戦時下の駅伝を調べ、追う彼らに起きた、信じられないような奇跡とは。先人達の熱い想いが襷として繋がり、2024年、第100回箱根駅伝は開催される。
戦中に開催された「幻の箱根駅伝」と「最後の箱根駅伝」、そして戦後の「復活の箱根駅伝」。
箱根を走ることに命を賭けて挑み散っていった青年達の熱い思い、青春を令和の現代と交錯させて描く。
完璧に興味をそそられ、読んでみた。
いやあ、事実を交えながらのフィクションで、とてもよくできていた。
現代と戦時中・戦後に交互に入れ替わりながら、ストーリーは展開していった。
青梅と箱根の駅伝が行われたことは、事実である。
でも、当時の詳細や選手たちの気持ち等は、記録として残っていない。
想像するしかないから、全体的に見ればフィクションになる。
だが、著者の取材をもとにしてつかんだ事実をちりばめる構想力は、すばらしい。
ただ、フィクションなので、慶安大、早田大、法志大、日東大、立聖大、紫峰大、青和学院大など、大学名は架空のものにしなければならなかった。
現存する大学名が何となく分かりはするが。
その辺が、なんとなく歯がゆいところではあった。
でも、それ以上に、戦時中の周囲の状況をよくつかみ、選手や周囲の人たちの心情をうまく表現していた。
そして、読者に自由と不自由、戦争と平和ということを改めて深く考えさせてくれた。
最後の方には、戦時中及び戦争直後の時代と現代をつなげる驚きの展開があるのが、小説家額賀氏の本領発揮というところだろう。
ともかく、これは、たしかに箱根駅伝100回前に発行されて、大会を盛り上げる、すばらしい作品だった。