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昨日の続きです
石舞台を後にして、こんな景色を見ながら高松塚古墳のある飛鳥歴史公園へ向かう
最後方右に二上山、その左は葛城山系
歴史公園の駐車場に車を停めて、高松塚古墳へ向けて歩く、 冬景色の中を7~8分歩いたら到着
まわりの木々は葉を落として、古墳も周りの芝生も冬景色
古墳前の説明板より
この古墳が発見された当時、テレビや新聞などで紹介された写真ですネ
こんな天候では 少ない観光客も長居はしない、古墳を見たらすぐにどこかへ行ってしまう
古墳対面の小高い地に登って眺める
小高い地には 万葉歌の石碑
右の小さな石には万葉歌の読みが彫られている
“ 立ちて思ひ居てもそ思ふ紅の
赤裳裾引き去にし姿を ”
万葉集 巻11-2550 の歌碑です、何だか恋の歌の様な気がします??
ずっと西後方には 金剛山~葛城山がボヤ~と見えている
高松塚古墳周辺もきれいに整備されている
古墳の手前には「星宿の広場」
「星宿の広場」の説明文
北方の山際には 「牽牛子塚古墳」(けんごしづかこふん)が見える
もう少し大きく撮る
整備されてからまだあまり経過してないので 古墳という感じが少々不足の感じもする
そばには真っ赤なサザンカが華を添える
しばらく居てたが寒さが堪えて来る
高松塚古墳の後ろ姿を見て帰る
建設機械も重機も無い時代に、よくこんな墓を造ったもんだ ! とか思いながら帰路につきました。
昨日の続きです
石舞台を後にして、こんな景色を見ながら高松塚古墳のある飛鳥歴史公園へ向かう
最後方右に二上山、その左は葛城山系
歴史公園の駐車場に車を停めて、高松塚古墳へ向けて歩く、 冬景色の中を7~8分歩いたら到着
まわりの木々は葉を落として、古墳も周りの芝生も冬景色
古墳前の説明板より
この古墳が発見された当時、テレビや新聞などで紹介された写真ですネ
こんな天候では 少ない観光客も長居はしない、古墳を見たらすぐにどこかへ行ってしまう
古墳対面の小高い地に登って眺める
小高い地には 万葉歌の石碑
右の小さな石には万葉歌の読みが彫られている
“ 立ちて思ひ居てもそ思ふ紅の
赤裳裾引き去にし姿を ”
万葉集 巻11-2550 の歌碑です、何だか恋の歌の様な気がします??
ずっと西後方には 金剛山~葛城山がボヤ~と見えている
高松塚古墳周辺もきれいに整備されている
古墳の手前には「星宿の広場」
「星宿の広場」の説明文
北方の山際には 「牽牛子塚古墳」(けんごしづかこふん)が見える
もう少し大きく撮る
整備されてからまだあまり経過してないので 古墳という感じが少々不足の感じもする
そばには真っ赤なサザンカが華を添える
しばらく居てたが寒さが堪えて来る
高松塚古墳の後ろ姿を見て帰る
建設機械も重機も無い時代に、よくこんな墓を造ったもんだ ! とか思いながら帰路につきました。
高松塚古墳で壁画が発見されました。
そのせいで遠足に行ったときは
ものすごい数の考古学ファンが
飛鳥駅の周辺にいたことを覚えています。
もう50年以上前の話ですね。
応援ぽち
小学校の遠足ですか! 発見されてから50年以上も経つのですね。
当時は新聞やTV等で大々的に報道されていたと思います。その頃の私は写真に全く興味が無くて見に行こうという気にもなりませんでした。
私の50年前頃は、あべの銀座界隈をウロウロしておりました、こちらはまだ記憶の片隅に残ってます。