よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

信仰-奈良県奈良市:ならまち

2024年07月15日 | 奈良(奈良市内)
Naramachi, Nara City, Nara Pref.

さてさて、蒸し暑さの中ですがワタクシは「ならまち」の散策を楽しんでしました


「ならまち」は、もともと元興寺の境内であったところに民家が建てられ、庶民の住みかとなったエリアです。
ならまちに残されている古い町家は、古くは江戸時代に建てられたものから大正時代、昭和に建てられたものが共存しています


ワタクシの家は3LDKになるのですが、その中で和室は一部屋。LDKと二部屋はフローリングです。
最近は「畳の上で寝転がる」って気持ちがいいなぁと思いますわ


ワタクシの実家は古い長屋なんですが小さな縁側がありました。ワタクシは子どもの頃、縁側に座ったり寝転がるのが好きでした。
今の家には縁側がありません。その代わり一昨年にリフォームした際、小さなウッドテラスを作ったんです。
春や秋の気候が良い時には、ウッドテラスに置いた椅子に座ってのんびりする時間がささやかな楽しみなんです。
ただ、とてもじゃないですがこの夏場にウッドテラスで時間を過ごそうとは思いません


「ならまち」の中心部に佇むのが御霊神社(ごりょうじんじゃ)です。参拝するとしましょうかね


この神社の歴史は古く、平安時代初期(800年)に桓武天皇の勅命により創祀されたんです。
奈良時代、無実の罪をかけられ幽閉された後になくなられた、井上内親王(光仁天皇の皇后であり、聖武天皇の皇女)と
子の他戸親王を慰霊し、ならまちを守護する氏神様として信仰されています


この御霊神社なんですが、最近は信仰とは別なことでちょっと有名になっているんです


それは何かというと御朱印なんです。「切り絵御朱印」「季節限定御朱印」「月限定御朱印」など、いろんな御朱印を販売されているんです。
ワタクシは御朱印を集めていますが、最近は「ここの寺は御朱印で儲けようとしてるんちゃうか」と思うようなことがありますわ


日本人って「何かを集める」というのが好きですよね。御朱印が流行するのもそういう日本人の習性かと思います。
ただ、ワタクシは普通に墨で書かれた達筆な御朱印が好きです

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


この日(6月29日)は雨こそ降らなかったものの、午前中はどんよりと曇っていました。
そのおかげで日差しが強くないので、さほど気温は高くなかったと思います。と言っても30℃はあったのですがね。
ただ、湿度がすごく高くってダラダラと汗が流れてきました。この夏、どこまで暑さと湿度に耐えられるでしょうね。



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庚申さん-奈良県奈良市:ならまち

2024年07月14日 | 奈良(奈良市内)
Naramachi, Nara City, Nara Pref.

さてさて、「ならまち」の散策を楽しむワタクシですが、「ならまち」を歩くと家の軒先によく目にするものがあるんです


これなのですが、よく飛騨地方の「さるぼぼ」と勘違いする人がいるんですよ。
これは災いや病魔を退治する「庚申(こうしん)さん」の使いのサルをかたどったお守りなんです。
災厄を代わりに引き受けてくれることから「身代り申」と呼ばれ、魔除けのために吊り下げられています


そもそも、「庚申さん」とは何でしょうか。これがなかなか興味深いんです。
庚申信仰は、道教を元にする信仰と云われています。十干(じっかん:甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の総称)と、
十二支(じゅうにし:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌の称)の組み合わせで、
60日ごとにやってくる庚申(かのえさる)の日に、庚申さまをまつる行事が昔から広く行われてきました


広く庶民に広がった庚申信仰では、人の罪について次のように考えられています。
人間の腹の中には「三尸(さんし)」と呼ぶ三匹の虫がいて、少しの過ちも見逃すことはありません。
その三尸は庚申の夜になると、人が眠っているすきに人の体内から脱け出て天上に上り、
その罪悪を天帝様(宇宙を司る神)に告げる役割を果たすそうなんです


天帝様のところには、それぞれの人の罪科を記録した台帳があって、あまり記録が増えると人間は命を奪われます。
そのため三尸が体内から抜け出ないように、庚申の夜は寝ないで酒宴などを催しながら夜を明かしたんですね


江戸時代、庚申信仰は庶民の間に広まっていきます。これはワタクシの持論なのですが、庚申信仰の広まりというのは
宗教的な側面もあったとは思いますが、それよりも庚申の日には夜通し酒宴を楽しめるというのが目的だと思うんです


江戸時代、庶民は、特に農民は贅沢を禁じられ、酒を大っぴらに飲むことなど出来ませんでした。
そんな中、年に6度ある庚申の日は夜通し酒を飲み、宴を楽しむことが出来るのです。
さぞや幸せな、楽しい楽しい一日であったに違いないと思うんですよ


それに比べて今のワタクシ達は誰に気兼ねすることもなく、毎日のように酒を楽しむことが出来るのですから幸せです。
とはいえ、飲みすぎないように気をつけないといけませんな


お寺の入り口で豪快に寝ているワンコがいました。ワタクシが近づこうが、シャッター音がしようがびくともしません。
ワタクシはワンコを起こさないように、ソーッと立ち去って行ったのでありました

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


私の実家からほど近い場所に、聖徳太子が建立したという歴史を持つ四天王寺という大きな寺院があります。
その中に立派な庚申堂があり、地元の人は「庚申さん」と親しみを込めて呼んでいます。
皆さんの住む地域にも庚申堂、あるいは庚申塚や庚申塔などがあるんじゃないでしょうか。



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ならまち散策-奈良県奈良市:ならまち

2024年07月13日 | 奈良(奈良市内)
Naramachi, Nara City, Nara Pref.

さてさて、6月29日の土曜日、ワタクシは久しぶりに奈良市へと向かいました。
今回はお寺の参拝よりも「ならまち」と呼ばれる風情ある町並みを散策するのが目的なんですよ


「ならまち」というのは世界遺産「元興寺」の旧境内を中心とする地域で、平城京の「外京」にあたる場所にあります。
江戸末期から明治時代にかけての町家の面影を残し、訪れる人にどこか懐かしさを感じさせてくれる趣あるエリアなんです


行政の地名としては「ならまち」という地名はありません。上の地図で黄土色に塗られた地域がならまちと呼ばれるエリアになります。


朝8時に家を出て、9時前には現地に着きました。まだ時間が早いせいでしょうね。さほど多くの人はいませんでした


「奈良町にぎわいの家」というのがあり、中に入って見学させていただきました。
「奈良町にぎわいの家」は、大正6年に建築された町家を改修したものでして、
平成27年4月に、当時の暮らしや文化を体感できる施設としてオープンしたんです


ワタクシのような観光客が昔の町屋を見学するわけですが、それ以外にも町家の空間を活かしたイベントや伝統行事などを行い、
奈良町の文化を発信することで、観光客、地域住民、学生など様々な人が集う場として活用することが目的だそうです


ホームページを見てみると「絵手紙体験」「やさしい短歌」「茶の湯体験」など、いろんな行事が7月だけでも予定されています。
こういう活用の仕方はいいですね。ワタクシは絵心が無いのですが、絵手紙体験などはやってみたいですわ


ではでは、外に出て「ならまち」を散策するとしましょうか


お地蔵さんがあったのですが、「オンカカカビサンマエイソワカ」という謎の言葉が書かれていました。
不思議な言葉はお地蔵さまを慰めるための言葉だそうで、気になったのでちょっと調べてみました。
オン=お願いします。カカカ=お地蔵さまの笑い声。ビサンマエイ=稀有な。ソワカ=成就あれ。
という意味があるそうです。皆さんの地域ではお地蔵さんの前でこんな言葉を唱えたりしますか


こういう信仰が残っているのって素敵ですね。ワタクシもそっとお地蔵さんに手を合わせたのでした

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


私が「ならまち」を初めて訪れたのは、もう20年くらい前になるかと思います。
その頃に比べると随分とカフェや雑貨屋さん、ゲストハウスなどが増えました。
若い人の感性が古い建物をうまく利用しているのは素敵だなぁって思いますわ。



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近松門左衛門はどう思う?-大阪市北区:露天神社

2024年07月12日 | 大阪(大阪市内)
Tsuyunoten Shrine, Kita Ward, Osaka City

さてさて、大阪天満宮を訪れた後、ワタクシは待ち合わせ場所になっていた梅田へと歩いて向かいました


待ち合わせをしていた場所のすぐ近くに露天神社(つゆのてんじんじゃ)がありました。
しかし、この神社は正式な名前の露天神社よりもお初天神という通称の方が一般的になんです。
ほとんどの大阪人はお初天神と呼びますし、神社のそばにある商店街も「曽根崎お初天神商店街」という名前になっています


なぜお初天神と呼ばれるのかと言いますと、1703年に堂島新地の遊女「お初」と内本町の醤油屋手代「徳兵衛」の心中事件が起こります。
心中事件はこの露天神社の裏にあった森の中で起こったのですが、当時上方で大人気だった劇作家の近松門左衛門が
「曽根崎心中」というタイトルで人形浄瑠璃として発表したところ大評判となり、大勢の参拝者がここを訪ねた事に由来なんです


曽根崎心中には、二人の恋人が社会の厳しい制約に苦しんだ末に心中を遂げるという悲劇的な展開が描かれています。
いわば「叶わぬ恋」「実らぬ恋」を近松門左衛門は描いたわけですな


しかし、お初と徳兵衛の2人の純愛が世代を超えて評判を呼び、良縁を願いたくさんの参拝者が訪れることとなりました。
かつて悲恋の地としての露天神社が、いつの間にか縁結びのスポット「お初天神」となったんですよ


そして、今では「恋人の聖地」にも選定されているんです。恋人の聖地って何やねん…とワタクシなどは思ってしまうのですが、
恋人の聖地はNPO地域活性化支援センターが主催する「恋人の聖地プロジェクトにより選定された観光スポットだそうです


選定委員が桂由美、假屋崎省吾。親善大使に石田純一、IMALU、森泉、板野友美なんて名前が並んでいるのを見ると、
「胡散臭い聖地やなぁ」とワタクシは思ってしまうのですが、若い人はそうではないのでしょうね


お初・徳兵衛の300回忌を迎えた平成16年には、「お初・徳兵衛」のブロンズ像も製作されました。
「曽根崎心中」の舞台が恋人の聖地と呼ばれたり、二人のブロンズ像が造られたりしているのを、
近松門左衛門はどんな思いで見ているのでしょうね


ではでは、知人との待ち合わせに向かうとしましょうか。この日はたくさん食べ、たくさん飲み、いっぱい語り合ったのでした

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


聖地というのは本来、宗教の発祥などに関係が深く、神聖視されている土地を意味する言葉です。
あるいは「高校野球の聖地甲子園球場」のように、特定の分野において重要な場所。あこがれの場所という意味もあるでしょう。
しかし、最近は「恋人の聖地」「アニメの聖地巡礼」のように「聖地」という言葉が、随分と薄っぺらい意味で使われるんですよ。
同じように「カリスマ」という言葉も随分と安売りされると思うのですが、そんなことを思うのも年寄りの戯言なんでしょうな。



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合格祈願-大阪市北区:大阪天満宮

2024年07月11日 | 大阪(大阪市内)
Osaka Tenmangu Shrine, Kita Ward, Osaka City

さてさて、大阪市北区の天満を散策したワタクシは、さらに散策を続けて行きました


ワタクシは天神橋商店街を南に向かって歩いて行きました。
この商店街は天神橋一丁目から六丁目まで南北2.6 kmに伸びる日本一長いアーケード商店街で、店舗数は600程度だそうです。
なお、この写真にある大きな提灯に「天三」と書いてありますが、これは「天神橋筋三丁目」を略した言葉なんですよ


天神橋筋一丁目あたりまで行って、商店街を少し東に行くと大阪天満宮があるんです。
この大阪天満宮の夏祭りが、有名な天神祭なんです


この神社ですが、650年に孝徳天皇が難波宮を造営した際、その西北に守護神として大将軍社を創建したのが始まりだそうです。
そして、901年に菅原道真が藤原時平によって九州大宰府へ配転(左遷)させられた際、
この地にあった大将軍社に参詣し旅の安全を祈願したということで「菅原道真ゆかりの地」になるわけですね


菅原道真の死後に天神信仰が広まり始めますが、949年に道真ゆかりの大将軍社の前に7本の松が生え、
霊光を放ったという話が都に伝わ理ました。それを聞いた村上天皇の勅命によってこの地に天満宮が建立されることとなったそうです。
菅原道真の祟りというのは、都の連中には相当恐れられていたんですね


学問の神様である菅原道真公を祀った天満宮ですので、当然ながら「学問の神様」として多くの受験生が参拝にやってきます。
ズラリと合格祈願の絵馬が並んでいるのも、天満宮ならではの光景です


これも時代の流れでしょう。ワタクシには全く読むことも出来ない外国文字(多分タイ語でしょうかねぇ)で書かれた絵馬がありました。
外国の留学生が書いたものなのか、それとも観光客が書いたものかはわかりませんが、菅原道真もさまざまな言語で祈願をされるとは
思ってもいなかったでしょうね。でも、頭脳明晰な彼のことですからすぐにマルチリンガルになっているのかも知れません


ワタクシは神頼みということをしないので、自分が高校受験や大学受験の際に神社に行って合格祈願をしたのかどうか記憶がありません。
ただ、親戚が京都の北野天満宮で買ってきてくれた合格祈願の鉛筆を持って受験に行ったのは覚えているんです


最近は少子化の影響で、高校受験も大学受験も基本的には広き門だと聞きます。
大阪なんて公立高校の半分近くが定員割れをするという異常事態ですが、それでも祈願に行く受験生は多いのでしょうね

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


この大阪天満宮のすぐ隣に、「天満天神繁昌亭」という落語をメインにした寄席があるんです。
私は落語が好きなのですが、近い将来、古典落語というのは滅びるんじゃないかと危惧しています。
理由の一つは古典落語ってある程度の知識、素養がないと面白みがわからないのですが、そういう知識が若い人に伝わっていないこと。
もう一つの理由は古典落語って今の時代のコンプライアンスで言うと、使えないような言葉や表現が多いということ。
なんでもかんでもコンプライアンスという言葉でがんじがらめにすることで、芸能文化が衰退していくように思うんですよ。



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