よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

枝垂れ梅-奈良県五條市:賀名生梅林

2019年03月22日 | 奈良(奈良市以外)
Anou, Gojo City, Nara Pref.

さてさて、奈良県五條市の賀名生梅林にやって来て、梅林が広がる斜面を歩いて約1時間。
午前9時ともなると、山あいの谷間にも眩い日差しが差し込んでくるようになりました


「何事も何かを成し遂げるためには、時間がかかる」という意味の諺に「桃栗三年柿八年」というのがありますが、
この諺、その後にもいろんな言葉が続くんですよ


ワタクシは「桃栗三年柿八年 梅は酸いとて十三年」というのを知っていたのですが、
調べてみるといろんなパターンがありまして、「桃栗三年柿八年 枇杷は早くて13年」「桃栗三年柿八年 柚子の大バカ18年」や
「桃栗三年柿八年 梅は酸い酸い13年 梨はゆるゆる15年 柚子の大バカ18年 みかんのマヌケは20年」なんてのもあるんです


諺というのが地域によって言い方が変わるというのも、なかなか面白い事実ですね


ただ、最近は日常の会話の中で諺、故事成語などを使う人は少なくなりましたね


しばらく歩いていると、目を奪われる見事な枝垂れ梅がありました。これはなかなか素晴らしい


この日は16mm、23mm、35mm、60mmマクロの4本のレンズを持ってきていました。
16mmの広角レンズで枝垂れ梅と青空を撮ってみたのですが、青空が映えますねぇ


時刻は9時を過ぎていましたが、そろそろ梅を楽しみにした観光客が次々とやって来ていました。
誰もがこの枝垂れ梅の下で足を止め、枝垂れ梅を見上げることでしょう

使用したカメラ:1、3、4枚目はFUJIFILM X-Pro2、他はFUJIFILM X-T1


自宅から賀名生まではピッタリ1時間。南阪奈道路や京奈和道路などの自動車専用道路のおかげで、
随分と早くいくことが出来るようになりました。そう思うと高速道路網の発達というのはありがたいです。
ただ、「こんな場所に高速道路が要るのかなぁ」と思うような場所にも建設が進むのはどうなんでしょうね。



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賀名生の里-奈良県五條市:賀名生梅林

2019年03月21日 | 奈良(奈良市以外)
Anou, Gojo City, Nara Pref.

さてさて、梅の花を愛でようと奈良県五條市の賀名生梅林に出向いたワタクシですが、
8時半頃になると尾根づたいにある梅の木には、春の陽光が当たり始めてきました


やっぱり花というのは、日を浴びている方が美しさが増しますね。梅の花が喜んでいるように見えますわ


ところで、賀名生梅林がある賀名生という地域なのですが、歴史的にもなかなか興味深い地域なんですよ。
賀名生は南北朝時代、南朝(吉野朝廷)の首都(ただし行宮であるため正式な首都ではない)となった地域の一つなんです。
1347年の正月に楠木正行が四条畷で戦死したのち、南朝では北朝方(室町幕府、足利軍)の来襲を防ぐのは無理だと判断し、
吉野を引き払いこの地に移ったんです。当時、この地は穴生(あなふ)と呼ばれていたそうです


後村上天皇が行宮を吉野からこの地に移した際に、南朝による統一を願って叶名生(かなう)と地名を改めました。
さらに1351年、いったん統一が叶うと「賀名生」の文字に改めたと言われています


さらに明治になって、読みを「かなう」から原音に近い「あのう」に戻したそうです。
こういう経緯を見ていくと、地名というのは実に興味深く、その土地の歴史や自然と密接な関係があるものだと感じます


ワタクシは地理好きですので、当然ですが地名というものにも興味関心が人一倍あるのですが、
昭和の高度経済成長期以降につけられた地名には、無味乾燥あるいは意味不明なものが多いですわ。
特に平成の大合併で生まれた地名には怒りすら感じるようなものが多いです。
南アルプス市(山梨県)…I'm from Southern Alps City.などと言おうものなら、世界の大半の人はその人をスイスの出身だと思うではないか。
さいたま市…埼玉県民の方には申し訳ないのですが、なんで平仮名なんでしょう。せめて漢字の方がマシな気がします。
さくら市(栃木県)、みどり市(群馬県)…こんな地名をつけた行政の役人に鉄拳を喰らわしたい。
等々、数え上げればキリがないほど、変な名前を生み出してしまったのは平成の大合併の大失敗だと思っています


遠くに見えるのは金剛山。金剛山の向こうは大阪府になるんです


ではでは、賀名生梅林をさらに奥に向かっていくとしましょうか

使用したカメラ:3、4、6枚目はFUJIFILM X-T1、他はFUJIFILM X-Pro2


賀名生は現在は奈良県五條市になっていますが、以前は吉野郡西吉野村でした。
ここ賀名生からさらに山奥に行くと、福寿草の群落があるのですが、以前福寿草の写真を撮りに行った時、
地元の人と話をしていると「にいちゃん、尾野真千子っていう女優さん知ってるか?」と訊かれたので、
「知ってますよ。好きな女優さんですわ」と言うと、「そうか。そこがあの子の実家や。
子供の時から可愛い子やったわ」と言われて、ビックリした記憶があります。



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梅の花を求めて-奈良県五條市:賀名生梅林

2019年03月20日 | 奈良(奈良市以外)
Anou, Gojo City, Nara Pref.

さてさて、3月9日の土曜日なのですが、ワタクシは「そろそろ梅の花を見に行きたいなぁ」と思っていました。
そして、朝7時に自宅を出発し、8時ちょうどに奈良県五條市の賀名生梅林に到着しました。
賀名生は「あのう」と読むのですが、五條市といっても市街地からはかなり山間に向かった場所に位置しており、
丘陵を麓から中腹までおおいつくすように2万本の梅が咲く奈良県有数の梅林として知られています


700年前の南北朝時代に都を追われた公家たちによって賀名生の梅の花が歌に詠まれているところからも、
既にこの地に梅が咲き誇っていたことが分かります。さらに明治10年頃から果実の収穫を目的として栽培され始め、
大正12年東宮殿下の御成婚を記念して5千本の苗が植えられ、その後大きく増殖されて、
賀名生の梅林として知られるようになったということです


朝8時という早い時間に着いたため、まだ観光客がほとんどいないのはいいのですが、
山蔭となる谷あいにはまだ陽が当たらず、陽光に輝くような梅の花をなかなか見つけることが出来ません


それと、全体的に見ればまだ梅の花は5分から6分咲きといったところでしょうか。
ちょっと訪れる時期が早かったようですね


早朝の山あいはまだまだ寒かったです。駐車場に車を停めた時、車の温度計は1℃を指していました


とはいえ、こうして鮮やかな梅の花を見ていると、春が来たんだなぁという気持ちになりますね


ワタクシは特に寒さが苦手なわけではないので、冬が嫌いだとか苦痛だとかいう感覚は全くありません。
ただ、日照時間が短いのが嫌なので、2月頃から日に日に日照時間が長くなってくるのを実感するのは嬉しいです


明日は春分の日。これからは一日のうち、太陽が出ている時間の方が長くなるんですよね。嬉しいなぁ

使用したカメラ:5枚目はFUJIFILM X-Pro2、他はFUJIFILM X-T1


「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、その言葉通りにもう寒さもおさまりましたね。
季節が冬から春へと移ろう時は、なんとも言えないワクワクした気持ちになります。
今年は5月1日に元号が変わり、新たな時代へと移り変わって行くわけですが、どんな世の中になるのでしょうね。



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没落した旧家-三重県亀山市:JR関西本線 関駅

2019年03月19日 | 三重
Seki Station, Kameyama City, Mie Pref.

さてさて、三重県亀山市の関宿の町並みを尋ねたワタクシは、関宿から歩いてすぐの場所にある
JR関西本線の関駅へと向かいました。鉄道好きとしては、近くに駅があると立ち寄らずには要られません


駅舎は関宿の古民家の雰囲気に合わせているのでしょうね。とはいえ、駅は無人駅で乗降客は一日平均280人に過ぎません


関西本線は名古屋駅から亀山駅、奈良駅を経由して大阪のJR難波駅を結ぶ鉄道路線です。
元々は民間の鉄道会社である関西鉄道の路線として開業し、名古屋と奈良・大阪を最短距離で結ぶ鉄道路線として
国鉄と乗客を奪い合った歴史を持つんです。国鉄よりも関西鉄道の方が時間も早いし運賃も安いので人気があったんですよ。
しかし、1907年の鉄道国有法によって関西鉄道は国有化され、大阪〜名古屋間を結ぶ大動脈は東海道本線、近畿日本鉄道、
後には東海道新幹線へと推移していったため、関西本線は幹線鉄道としての地位を失いました


現在、関西本線のうちJR難波駅〜加茂駅間は電化された大阪の近郊区間、名古屋駅〜亀山駅間は電化された名古屋近郊区間の
通勤路線の色合いが強いのですが、この関駅がある亀山駅〜加茂駅間は単線未電化のローカル線の趣です


長大なプラットフォームがあるのに、そこには一両もしくは二両編成の各駅停車の列車が一時間に1〜2本が運行するのみです


かつての関西鉄道の時代の栄華、そして国有化された後、さらにモータリゼーションが進んで衰退していった姿を見ると、
かつては華やかだった旧家が、時代の流れとともに没落していった姿とダブって見えるんですよねぇ


関駅を出発していた列車は、どこか寂しげで儚げに見えていましました


関駅の待合室にも、立派なお雛様が飾られていました。この日はたくさんのお雛様の姿を見ることが出来ました


慌ただしい年度末の中、心が落ち着く楽しい一日でした

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


鉄道を好きになるきっかけが関西本線でした。自宅から車で10分ほど行くと、関西本線の天王寺〜平野間の線路がありました。
小学校2年生の頃だったでしょうか。父親が私を連れて、線路をまたぐ跨線橋の上に連れて行って
貨物列車を牽引するD51を見せたんですよ。
私はその姿に圧倒され、数日後、どうしてもD51をもう一度見たくなって自転車に乗って関西本線の跨線橋に向かいました。
その頃から一度通った場所を記憶する能力に長けていたのでしょうね。ただし、列車の通過時間までは記憶していなかったので、
随分と長い間、跨線橋の上でD51がやって来るのを待ちました。そして、私が自転車で自宅に帰ると
家族や近所の人が家の周りで私を探し回っていて「どこ行ってたんや」「誘拐されたかと思ったやないか」と言うので、
「自転車に乗ってD51見に行ってきた」と答えると、みんなの目が点になっていましたわ。



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「お主もなかなか悪よのぉ」-三重県亀山市:関宿

2019年03月18日 | 三重
Old Seki Post Town, Kameyama City, Mie Pref.

さてさて、三重県亀山市の関宿の散策も、そろそろ終わろうかという時間になりました


決して派手な観光地ではないですし、観光客がドッと押し寄せるような場所ではないと思いますが、
この美しい街並みがこれからも保存され、江戸時代に思いを馳せることができる場所であってほしいです


ここ会津屋さんは江戸時代は関宿最大の旅籠だったそうです。現在は飲食店として、美味しい地元料理を提供されています。
会津屋という屋号ですから、かつて会津の方からやって来た人が営業されたお店なのでしょうね


江戸時代、特に江戸の町では出稼ぎ者が出身国名を屋号として名乗っていることが多かったようです。
ですので、「越後屋」「三河屋」「駿河屋」「伊勢屋」というような屋号が多く、時代劇にもよく出てきますね


「越後屋」というと、時代劇で使われるセリフで「越後屋、おぬしも悪よのう」「いえいえ、お代官様ほどでは」といった
お決まりのやり取りがありますね。夜な夜な小判を数えながら悪だくみをしているといった印象が越後屋にはあるんですよねぇ


実際は越後屋という屋号の悪徳商人が多かったわけではなく、当時は越後国ってすごく人口が多くって、
江戸に出稼ぎに来て商店を営業する人が多く、越後屋という屋号の店が多かったために、
時代劇の商人にたまたま越後屋という名前が使われることが多かったようですね


一方、「伊勢屋」というと「金に汚い」というイメージで描かれることが多いです。
実際に江戸の町では、「江戸に多きもの 伊勢屋、稲荷に犬の糞」とか「伊勢乞食に近江泥棒」などというものがありました。
これは、江戸の商人達が江戸で商売を繁盛させていた伊勢商人や近江商人のことを、ねたみ半分に言ったものらしいです


伊勢屋が金に汚い、がめついというイメージは、伊勢商人に商売で勝てなかった江戸商人の妬みが原因だとしたら、
そのイメージはそろそろ払拭してあげたいですねぇ


ではでは、そろそろ関宿を後にするとしましょうか。この後、関宿の近くにちょっと立ち寄りたい場所があるんです

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


大阪も商人の町ですが、大阪商人=がめつい、えげつない、口八丁手八丁というようなイメージが定着しています。
私はその大きな要因として、昭和40年代、50年代頃に大ヒットした花登筐氏脚本のテレビドラマの影響が大きいと思います。
「細腕繁盛記」「どてらい男」「あかんたれ」「ぼてじゃこ物語」などは、大阪商人のステレオタイプを生み出した気がします。
これらのドラマが描く大阪商人と、吉本の芸人が撒き散らした品の無い大阪弁が大阪のイメージをかなり悪くしたでしょうねぇ。



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