静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

食彩のパイオニア # 02

2014-06-28 08:46:42 | 旅行
 承前。 
 「ここまでは能く判った!然し、文化的差別や階級観的偏見は無いつもりだが、どうしても拭えない個人の生理的な選好が食の辺境探究の障害になる場合もある筈だ」、との御説もあろう。
 では、若しあなたが還暦以上なら、自分の親の世代では殆どの人がみたことも食べたこともないモノを自分が初めて口にした云十年前を想い出そう。例えばコカコーラ、サンキストレモン、スパゲティ、ピザ、丸パンに挟むハンバーガー、餃子、焼肉やホルモン焼き、中国・韓国・印度・マレー・トルコ・アフリカ含むエスニック料理などなど。 

 これらのどれも一度も試したことがない人は極めて少ないと思うが、このうちの幾つを、今も日常的に我が家の食卓で食べているだろうか。中高年の間でこれらが若い世代ほど定着していない現実を考えると、食の辺境開拓が、新しく登場した食材や調理法に晒される年齢に影響されることは指摘できそうだ。言い換えれば、舶来か否かを問わず何かを初めて食べるとき、貴方が既に成人ならば青少年の受容度合とは異なるし、食の記憶の長さに従い生理的選好も影響され得るのである。
   
 加えて、生理的選好意識は時の流行や文化的(または民族的)優越感にも左右されていることを忘れてはならない。流行・文化的/民族的優越感に食生活の嗜好を支配されている人は、自分が属す優越的文化では使わない食材や調理法というだけで、実際に食べてみて健康被害や純生理的な拒否が生じるかを試さない。そのような人の「生理的選好」とか「気味悪い!」との一見生理的な拒否反応は、後付けの言い訳に過ぎないのだ。・・・速い話、「あゝ美味しかったわ♪~」と綺麗に平らげた後で食材名を聞くやいなや慌てて顔をしかめ、吐き出そうとするバツの悪い仕草が何よりの証拠である。

 「何もそこまで硬いこと言わなくても!たかが食の好みの話じゃないか。好き嫌いに理由は要らないよ。大袈裟に文化だの何だの持ちださなくても・・」などと片付けるなかれ。
 酒席の座興で飛ばす与太への反応ならそれで好いが、このタイプの人が<食彩の開拓者>をゲテモノ食いなどと心中秘かな侮蔑に及ぶとしたら、それは食に留まらず、あらゆる文化的偏見の芽生えを自他ともに助長する危険を(無意識であれ)冒している。プラス、食べる自由/食べない自由の尊重も。それに私は気付いて欲しいのである。           
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