静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

≪ 日本の年末年始行事を訪ねて ≫ 3/3〆     米国人孫息子の”出自文化理解”を助ける旅

2019-01-07 09:38:52 | 旅行
 年が明け、まず嵯峨野へ向かった。渡月橋を山側に渡った河原では高校生くらいか、剣道の初稽古を見かけ「ジュードーはアメリカでも見かけるがケンドーは初めて!」と孫。
<竹林の小径>を行き交う人力車、青空に少しだけ残った柿の実。<落柿舎>と、舞台装置満点の風景を私も久々に楽しめた。
       
嵯峨野から平安神宮へ。神社そのものよりは、境内で能が奉納されるとの記事を見ていたので、ぜひ孫息子に見せたいと思ったのだ。予想どおり、舞台で衣装を身に着け、筋書きに沿って
演じられる能劇ではなく、白装束に身を固めた3人が厳かに舞い、扇子をひらめかせて演じた。だが、何を言っているのか?断片的どころか、実は何も理解できぬほど口上が聞き取れない。
  「おじいさん、あれは何を言ってるの?」と孫に問われるも答えられず。「古典的日本語で語彙が違ううえ、普段は耳にしない抑揚で謡うので解らないのだよ」と逃げを打つ。
「シェークスピア時代の英語みたいなもの?」ときたので「Nohの隆盛はシェークスピアの17世紀よりも古い14-15世紀だ。古典文法の知識が多少あっても文化背景の理解も
必要なので、誰でも理解できるとはいかないんだ」と答え、改めて<能・狂言>と<歌舞伎>のつながりに話の花が咲いた。
       
 平安神宮をあとに次は奈良へ向かう。奈良で昼食を求めて入った店のメニューに『スッポン汁のおこげ飯餡掛け』というのがあったので注文。孫は初体験ゆえ恐る恐る蓮華を出すが、
「オイシイ」と喜んでくれたので安堵した。この旅ではスッポンの他にも『馬刺し』『鮒寿司』『ぶりの白子和え』『のどぐろ』といった珍しい食べ物を意図的に試みさせた。

 奈良では2年前も訪れた東大寺へ。写真(中央)の雌鹿が何と地面に落ちている紙を食べていたので驚き近寄ったところ、彼女は孫が抱えていた紙袋を食いちぎってしまった(写真右)。
「紙を食べるのは山羊だけと思ってたら・・・違うんだね!」と二人で大笑い。 いやはや、昔からそうだったのだろうか??? 此の旅はめでたく珍談で終わった。   < 了 >
       
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