狩人の道東放浪記 Ⅱ

定年後道東に移住しました。
しかし2年後、都合により帰郷しました。徳不孤必有隣の旗印は同じです。

現代言霊

2010年06月27日 | スピーカーズ・コーナー
いろいろな場面で聞いていると、幼老を問わず不思議と一致している。それは断定的な言い方をしない事である。
「昨日、行ったじゃないですか」じゃあないですか、と聞かれても行動を共にしていたわけではないから同意できない。しかし、同意をするような「そうですね」と答えると会話が成立する。「結構・・・ですね」も乱発される。そして「鳥肌がたった」である。「サッカーで勝ったじゃないですか。結構鳥肌が立ったのじゃないですか」嬉しくて鳥肌が立つとは新しい用法のようである。辞書を引くと「最近、感動した場合にも用いる」とある。古い辞書には恐怖などの場面しかない。フライドチキンの食い過ぎで感覚が変になったようである。
これはNHKにも言える。子供たちが何か食べたニュースでは必ず「頬張っていました」を使用する。政治では「各方面の論議を呼びそうです」とまとめるが、各方面について言及した事はない。
言霊なので写真は有りません。

還暦超のキャンプ

2010年06月27日 | 内地の紹介
6月26日から奈良県へキャンプに行きました。総勢9名です。
雨天が心配されましたが「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の精神で決行しました。特に決められている訳ではありませんが、各自は得意を発揮し晩餐が整いました。松阪肉の焼肉、猪肉の焼肉、猪肉の燻製、ビールは数ケース、清酒、Ardbeg、天使の誘惑・・・・・。
先日Cabelasより仕入れたキャンプ用のベッドは快適でした。270㌔までOKの優れものです。皆さんも年齢と風雨をいとわずに楽しんでください。もっとも、車横付けのキャンプですから安全は担保されています。

父のアルバムより

2010年06月13日 | その他
父のアルバムに古い写真がありました。昭和17年の写真です。父は20歳と思います。
父の兄が出征する日に記念に写した写真です。
父の兄と父はは無事に復員しましたが、写真にはいない兄(海軍)は戦死しました。国を護るという事は家族の誰かが犠牲になることですね。右端の娘は父の妹です。戦後何度もこのページを父は見ていました。
国旗が大きく写っています。悠久の大義に殉じる時代でした。

少年老い易く

2010年06月12日 | その他
タイトルどうりです。青春はその只中にある者には価値が無く、老いて思い出の中にあって価値のあるものです。100キロ弱の体重と、一日6種の薬を飲む身にとって青春とは写真の中だけです。これは関西線法隆寺駅で停車中の写真です。駅裏は全て田圃で法隆寺の五重塔が見えました。体重は68キロです。