落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

鏡の向こうの悪魔の素顔

2023年09月04日 | diary

ジャニーズ事務所元社長・ジャニー喜多川氏によるタレントへの性加害がBBCのドキュメンタリーによって国際社会に暴露されて、元ジャニーズJr.たちの告発が相次いだころ、ある人に意見を求められた。
そのとき私は、「専門家の正式な調査の結果がはっきりするまでは何もいえない」と答えた。
ほんとうにそう思ったし、ごく個人的なやり取りの中でも無責任に勝手な意見を述べられるような問題ではないと思ったからだ。

ジャニー氏の性加害についてはかれこれ何十年も前から元所属タレントの暴露本が何冊も刊行されてたし、裁判にもなっている。いわば周知の事実だった。
にもかかわらず、長い間、ジャニーズ事務所に対しても、ジャニー氏個人に対しても、ほとんど事態の解明も法的責任も追及されないどころか、日本中のメディアがジャニーズ事務所に平伏し、依存し、彼らの提供するエンターテインメントに集まる莫大な利益を、何ら臆することなく堂々と貪り続けてきた。

私も、ジャニーズ事務所所属のタレントが出演している映画やテレビ番組を観ていたし、そのときには、彼らが晒されていたかもしれない暴力についてはちらとも考えていなかった。
それはそれ、これはこれ、である。

でも、被害を告白した人々に攻撃が向かうような事態になって(攻撃の内容にはここでは言及しない。気分が悪すぎるから)、果たしてそれでいいのかという疑問が湧いてきた。
8月29日に発表された外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書によれば、ジャニー氏の性的虐待・不同意性交は1950年代から始まり、被害者は数百人にのぼるという。ある被害者は200回以上被害に遭ったと発言しているから、大雑把にいえば、ジャニー氏はごく日常的に未成年者にやりたい放題の性的暴行を続けていたということになる。
したがって、被害者の中には、いまもジャニーズ事務所に所属しているタレントや、退社したとしてもまだ一線で活動しているタレントが含まれている可能性がなくはないといえなくもない。

6月5日放送の報道番組で所属タレントが「憶測で傷つく人がいる」「あらぬ憶測を呼ぶことは何よりも避けなくてはいけない」と発言してたけど、結局はそういうことになる。
となると、憶測は脇においたとしても、「それはそれ、これはこれ」では済まされないと思う。でなければ、すでに明るみにでたとんでもない性犯罪を、これまで通り、無視し続けるのと同じになってしまうのではないだろうか。

多くのエンターテインメントには、性的付加価値が欠くべからざるパーツとして含まれている。中には性的付加価値なくしては成り立たないエンターテインメントもある。
とくにジャニーズ事務所は、年端もいかない子どもに露出過多な衣装を着せて(あるいは何も着せず)オーディエンスの視覚や性的刺激に訴えるコンテンツを湯水の如く量産し続けてきた。それこそ伝統的ともいえるぐらい大昔から。
これについてはかねがね「何でこんな小さい子の裸を見せられなきゃいけないんだろう」と個人的に思ってたけど、何十年も同じようなものがもりもりと提供されるからには、相応の需要があるのだろう。たぶん。

つまり極論をいえば、ジャニーズ事務所のクライアントとオーディエンスは、ローティーンの子どもたちを性的に消費することで、この会社がタレントに強制してきた性的な犠牲に加担してきたことになるのではないだろうか。
私自身も含めて。

こういうことをいうとすごく怒る人が少なからずいると思う(間違いなくいるだろう)。
だけど、この件で私自身の意見を述べるとするなら、そこに言及せざるを得ない。

そして、私はこれはジャニーズ事務所だけの問題にしてはならないと思っている。
未成年のタレントの肌を露出するコンテンツなら、他のタレント事務所もじゃんじゃんとつくり続けている。

性的付加価値が成果に強く影響するビジネスは、エンターテインメントだけに限らない。
たとえばスポーツ。昨今、アスリートを性的にとらえた画像や動画が問題になっているが、競技によってはコスチュームやユニフォームがすでに性的刺激に触れる場合がある。特定の競技を具体的に挙げるとどこかから爆弾が飛んできそうなので挙げないけど、露出度が高かったりボディラインが強調されるコスチュームや、アスリート本人の容貌なり体型なり性的アピール力が競技そのものの注目度や人気と結びついているケースは枚挙に遑がない。
競技によっては、運営組織があえて所属選手の性的付加価値をマーケティングに利用していることもある。

私は何も、エンタメやらスポーツから性的付加価値を切り離すべしなどというつもりはない。
そんなこと不可能だから。ていうかこの世の中、性的付加価値のないビジネスなんかほぼほぼ存在しないし(とジェンダー問題の専門家に聞きました)。
問題は、そこに、そのコンテンツを提供する本人―タレントなりアスリートなり―が成年であることと、彼ら自身の自発的かつ主体的な合意があるかないか、というところにある。

ここをはっきりさせないと、この問題は未来永劫解決なんかしないと思う。

ジャニー氏は芸能界デビューをエサに、十代の男の子たちを性的に虐待し続けた。
そういうことをして来たのは、決してジャニー氏だけではないと思う。同じようなことが、おそらくエンターテインメント業界の他の場所でも起こっていたはずだし、スポーツ界でも教育界でも起きていた。コーチやトレーナーや監督にセクハラを受けた、性的暴行をうけたというアスリートやアスリートの卵たちはいったい何人いるだろう。学校教師や部活や学習塾や習い事の教師に性的に虐待されたという子どもは数えきれないだろう。先月発覚した四谷大塚の事件がろくに報道されていないのは、ジャニーズ事務所の問題とどこかでつながっているはずだ。

それらの現場では必ず、加害者と被害者のパワーバランスに偏りがある。加害者はそれを利用して、被害者を弄び続けて来たのだ。
しかもそれは、一部の小児性愛者(ペドファイル)やジャニー氏が指摘された性嗜好異常(パラフィリア)だけの責任でさえない。
私は、こうした事件の責任を加害者の性的嗜好だけに求めるのは、完全な思考停止だと思う。
なぜなら、性犯罪にはそれを許容する環境が必要不可欠だからだ。弱い者を食いものにすることが可能なのは、それを問題としない社会があるからだ。

もうこういうことは絶対にやめなくてはならない。
立場を利用して誰かを性的に弄ぶなどということが決して許されない社会を築いていかない限り、子どもたちに健全で安全な未来を用意してあげることなんか、できない。
そのために何をしたらいいのか、どこを目指したらいいのか、みんなが真面目に向きあっていく必要があると思う。

そんなことがほんとにできるかどうかはさておいて、とにかく、スタートラインにつこうよ。つきたいよと、私は思う。

 

ジャニーズ事務所ウェブサイト:外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書

関連記事:
BBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」レビュー
児童ポルノ・買春事件裁判傍聴記
『児童性愛者―ペドファイル』 ヤコブ・ビリング著
『スポットライト 世紀のスクープ カトリック教会の大罪』 ボストン・グローブ紙〈スポットライト〉チーム編
『Black Box』 伊藤詩織著


最新の画像もっと見る

コメントを投稿