「劇場版 きのう何食べた?」
同居中の史朗(西島秀俊)に誕生日のプレゼントとして京都旅行に誘われた賢二(内野聖陽)。
普段はゲイであることを周囲に隠し、人前ではカップルらしい振る舞いを避けたがる史朗の意外な行動に賢二は戸惑うが、史朗には賢二に告げなくてはならない重要な話があった。
よしながふみの同名コミックを実写化した2019年4月期の深夜ドラマの劇場版。
どこのネットニュース動画だったか忘れてしまったけど、初日舞台挨拶だったか、主演の西島秀俊が作品への想いを語りながら涙を堪えていた。
ドラマをつくっているときは深夜に静かにやってるつもりだったのに、蓋を開けたら一気に大人気番組になり、お正月のスペシャルドラマもつくられた。気づけば作品そのものを深く愛している自分がいて、またこの作品を続けたい。「シーズン2がやりたい」。
ドラマ放送時、毎週楽しみに観ていた視聴者にとって、こんなに嬉しい言葉があるだろうか。
ほんとうにまた続編がつくられるかどうかは別として、演じている本人が視聴者と同じ目線で無邪気に作品への愛を語ってくれることに、とてもあたたかい気持ちになれた。
ドラマ放送当時、そもそものドラマ化は人気俳優である西島と内野が主人公カップルを演じることが前提で、ふたりのスケジュールが噛みあうタイミングで制作が実現したという裏話を耳にした記憶がある。
原作を読んでいないので、このふたりが演じた人物造形がどれくらいオリジナルのキャラクターを再現しているかは私にはわからない。それにしても、あまり感情を表に出さず淡々とした現実派の史朗と、夢みがちな乙女のようで常に相手への気遣いを忘れない賢二という対照的なカップルと、西島と内野の演技の親和性があまりにも高すぎる。正直、観ていて「これホントに芝居か?」と感じてしまうくらい自然なのだ。いや演技なんだけど。当たり前なんだけど。
別ないい方をすれば、史朗と賢二はほんとうにこの世の中のどこかにいて、ふたり仲良く穏やかに暮らしていて、そのほんの一幕をこっそり見せてもらっている。連続ドラマでも、スペシャル版でも、劇場版でも、この同じ感覚を感じることができた。
描かれている物語はまったくドラマチックではない。どのシーンもどのエピソードもありふれていて、誰の暮らしにもある日常の些細な出来事の連続が、繊細に丁寧に積み重ねられていく。
確かに地味です。
でも、世の中の大抵の人の人生なんか大概地味だ。ゲイだろうとそうでなかろうと、普通に生きてりゃ大した事件なんか起こりっこない。
それでも地味は地味なりに、それぞれに乗り越えていかなくてはならないものと葛藤する日々があって、言葉にはできない、抑えなくてはならない感情があって、忘れたくても忘れられない過去も、ジタバタしてもどうしようもないことも、逃げ出したいけどそうはいかない責任もあったりする。
そういうちょっとほろ苦い人生に、傍にいて、ひっそりと寄り添ってくれる人がいることがどんなに幸せなことか。その暮らしが決して永遠ではないからこそ、一日一日を大事に、互いに後悔しないように向きあうことがどんなにたいせつか。
このシリーズは、一貫して、一生懸命、そういうことを表現しようとしている気がする。
だからこそ視聴者は、画面の中で語られる別世界の物語の中に自分がいて、自分の話をしてくれている気がしてしまうのだ。
私はもうダメですね。
ドラマ版と同じオープニング曲の「帰り道」 (OAU)が流れてくるだけで目頭が熱くなってしまう。名曲だよねこれ。
劇場は思ったほど混雑してなかったけど、おそらく観客の多くが従来の作品のファンで、みんなで同じシーンでくすくす笑いあいながら観られたのが楽しかった。
あと主人公たちと年代が近いので、今回のテーマの一部分にあたる家族間のあれこれや年齢的な健康の衰えなんかは全然他人事じゃなかった。非常に耳が痛かったです。
なのに映画が終わっちゃうのが寂しくて、できるだけ余韻に浸っていたくて、エンドロールのあと、場内が明るくなってみんなが退場し始めても、なかなか座席から立ち上がることができなかった。
この作品のもうひとつの「主人公」でもある料理の数々は全部すごく美味しそうだった。きっとドラマ放送時と同じように、自分で真似てつくるファンも大勢いるだろう。京都旅行はふたりが回った名所をなぞって旅するのが流行るんだろうな。
私は無性にわさビーフが食べたくなったけどね。あれおいしいんだけど、うちの生活圏内ではもう長いこと販売されてるのを見ていない。食べたい。
グレーと茶色のお揃いのマグカップ、劇場版でもしっかり使われてました。可愛くて欲しいんだけど、意外に値が張るのもあってちょっと手が出せない。
史朗と賢二に次にいつ会えるかはわからない。
会えなくても、ふたりにはずっと、幸せでいてほしいと思う。
ささやかな食卓をかこんで手をあわせて「いただきます」とお辞儀する毎日を、この先も続けてほしいと思いました。