落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

きいてねえよ

2012年12月22日 | movie
『最愛』

血を抜き取って売る「売血」によってHIVが蔓延した山村。
子どものいなくなった小学校に集まって共同生活を始めた患者たちの中で、従兄弟の可憐な妻・琴琴(章子怡チャン・ツィイー)を見初めた得意(郭富城アーロン・クオック)だが・・・。
90年代に中国でHIV感染爆発を引き起こした売血を背景に描いた悲恋物語。

これ原作『丁庄の夢』なんだね。知らなかったよ。
読んで4年も経っちゃってるし内容結構忘れちゃってたし、サイトにもそんなこと書いてなかったから全然知らなかったんだけど、映画が始まったら10秒くらいで「あれ?これ『丁庄』じゃね?」と気づいたものの、そもそも『丁庄の夢』はラブストーリーではなかったし、舞台となっている村の名前や登場人物の名前も全部変えてあるし、大体『丁庄』は中国では発禁処分だったはずだし、もう頭の中?マークだらけで、観てて落ち着かないことこのうえない。
観終わってからググったら案の定でしたけども。ちなみに大人の事情でクレジットにも原作の表記はなし。

監督が『孔雀』の顧長衛(クー・チャンウェイ) なので期待はしてたんだけど、映画の完成度そのものははっきりいってイマイチ。
発禁の原作を映画化しようという意欲そのものはすばらしいんだけど、『丁庄』自体映像化には相当ハードル高い作品だし、それをエンターテインメント映画にしようとして無理矢理ラブストーリーに変えておきながら全体のストーリーは原作にかなり囚われてしまっていて、両者がちゃんと消化されてないもんだからなんかもう要素盛り過ぎて結局何がやりたいのか散漫になってしまっている。残念過ぎます。意欲はすばらしいのに報われてない。だって日本じゃあり得ないでしょ。発売禁止になった本に国民的スターが出てる娯楽映画なんてさ。
あとね、音楽がめっちゃ安っぽい。
これ音楽完全にいらなかったよ。必要だとしても冒頭とエンディングに出てきた伝統音楽だけでよかった。
中国語圏の映画ってすごいよくできてんのに音楽だけ残念ってパターンにかなりちょいちょい出会うけど、これは映画の出来自体が残念なのに加えて音楽が駄目押しというパターンです。

中国で推定1000万人(非公式)を超えるHIV感染者を生んだ売血は紛れもない国家事業だった。
文字通り国民の命をグローバル経済に売り渡した中国共産党の罪は、人類史上決して贖罪できるものではない。
この映画や原作では、村人にHIVウィルスをバラまいたのは行政ではなく闇で村人の血を買い取った血頭という設定になってるし、いかにして貧しい農民が売血の犠牲者に仕立てられ、HIVではなく売血そのものがどれほど市民社会を荒廃させたかという、最も糾弾されるべき事実が直接表現されてないところにいちばんイライラしました。劇中、穀物や生鮮食料品が政府から配給される場面が何度もあったけど、口糧制そのものは90年代で廃止されていて、その後は公的な売血に協力した地域などに特別に行われてたはずだから、間接的にはそこで「売血=公共事業」と表現したつもりなのかもしれないにしても、ちょっとわかりにくいよね。
そんなことは中国国内ではいうまでもないのかしらん。この映画中国では結構ヒットしたらしいけど、国内の観客がこれ観てどう思ったかがすっごい気になる。
とりあえず気になるとこばっかし満載な映画でしたー。

関連レビュー:
『ルーシー・リューの「3本の針」』
『山清水秀―息子』
『中国の血』 ピエール・アスキ著
『丁庄の夢―中国エイズ村奇談』 閻連科著