(続き)
『念力短歌トレーニング』の中で、笹公人さんは正にこの事について、ご自分の体験を交えながら語っている(202ページ)。
プロと呼ばれる人たちは、皆このような体験を何度もくぐり抜け、自分の目を養ってきたのだろう。
もちろん私はプロになろうと思ったことはない(と言うよりそもそも‘なれない’と思っている)。
それでも、「詠む」と「読む」が等価であると言われる、短歌という文芸を志す者として、そのような目(あるいは基準)の欠片なりとも、もしも持つことができたら、と思う。
それは、
「自分が心から納得できる歌を、一首でいいから詠みたい」
という目標を持つ者にとって、得難い指標になるのではないか。
(終わり)