「遠遊」
(大正十一年一月から大正十二年七月まで)
維也納歌稿 其一
暖かき君の部屋にて時うつり食(しょく)にハンガリイのPaprika(パプリカ)を愛づ
川上公使夫人と同船にてわれ來しゆゑにけふ甘納豆をもらふ
アカシアの花白く散り櫻桃(あうたう)もきのこも店頭に見えて春更く
ふるさとの茂太(しげた)のことをおもひ出しこの童子等(どうじら)に菓子を與(あた)へし
洞窟の中にみなぎる雪解水(ゆきげみづ)帝王もつねに召したまひにき
維也納市(ういんなし)の水道源(すゐだうげん)を約言(やくげん)すれば氷のみづと謂(おも)ふべからし
ドウナウ下航
元始的に見ゆることあり網たれてドウナウの鯉捕る人のあり
おほどかに流るる河の舟に添ふ水車(すゐしや)がありて麥(むぎ)をひくらし
ブダペスト
西瓜、瓜、桃、李(すもも)、巴旦杏(ハダンキヤウ)唐辛子をも店にならべつ
唐黍(たうきび)の赤毛のふさもなつかしと街上(がいじやう)を來て足をとどむる
獨逸旅行
馬鈴薯(ばれいしょ)の畑のまはりに向日葵(ひまはり)が高々(たかだか)と咲きかがやくごとし
ここの食店(しよくてん)に“Trinkgeld nicht abgeschaffen ”とことわりてあり
藤巻(ふぢまき)に來りてわが食ふ日本食白飯(しらいひ)といへど過ごすことなし
黄色(くわうしよく)の部屋にて彼は八十(はちじふ)の齡(よはひ)のまにま食事せるなり
靜嚴(せいげん)なる臨終なりしと傳(でん)ありて藥のそばに珈琲茶碗ひとつ
シヤンダウの丘にのぼれば酸模(すかんぽ)はあまたほほけぬ日本のごとく
維也納歌稿 其二
樅木原(もみきはら)深きをくぐりくれなゐのあざやけき斑(ふ)の茸(きのこ)を見たり
木原(きはら)いでて谷間(たにあひ)の道日の照ればき苺をあまたも食(は)みつ
都會(とくわい)より來にし人々茸をばルツクサツクに大切にせり
もの食ひつつ下向きに來る少女(をとめ)あり街上(がいじやう)にして言(こと)を問はむか
橡(とち)の實(み)がすでに金(かね)つき落ちゐるを吾はよろこぶ一人(ひとり)來りて
たどり來しレナウの墓の傍にほほづき赤くなれる寂しさ
秋ふかき村の小さき墓地中(ぼちなか)の胡桃(くるみ)の木より落葉しやまず
本多公使「牡丹正宗」をめぐまれぬゆふぐれぬうちに醉(ゑ)ひて歸らむ
日本(につぽん)の醤油をもて肉を煮るかたはらに牛蒡の味噌づけありて
キイルリングの Stiftkeller にくれなゐの葡萄の酒を愛(あい)し時たつ
いろいろの野菜も積みぬドウナウの鯉とならびてイタリアの魚
温き朝の乳のむ卓のうへブフシユタインの位置をしるしつ
おのづから牛馬(うしうま)の飲む泉(いづみ)ありて彼等みづからこもごもに飲む
この道に小さき食店(しょくてん)ひとつありいたく鹽辛き肉汁(そつぷ)飲ましむ
食卓のうへに載りたる「鹿の肉と團子」より暫し白き氣(いき)たつ
雪つもるこの山の獸(けだもの)にあたへたる食餌(しよくじ)のことを語る媼(おうな)よ
寺院に入りて老いし僧上の説を聽きてより夜(よる)のカフエに入る
群衆のみなぎりてゐる眞夜(まよ)なかに葡萄の酒を高くささぐる
維也納歌稿 其三
一月の一日(いちにち)をひとり寂(しづ)かなる山に來(きた)りて晝(ひる)の食(しよく)をす
去年(こぞ)のけふ Wien(ウイン)に著きたることおもひひとりしづかに夕食すます
わが胸に袋をさげて種子(たね)をまく農(のう)を見るべく春はなりぬる
東海(とうかい)のくにの旅びとこよひ食ふ復活祭の卵と魚を
祭日(まつりび)の酒のみかはす人々は東海のくにのわれに親しむ
山がひの雪消(ゆきげ)の道に蕗の薹もえつつぞ居るかなしきまでに
谿谷(けいこく)の魚食はしむと言ひてあり“Jausenstation”の文字の親しさ
獨墺(どくおう)の授等の貧しき晝餐(ちうさん)のその食券8しよくけん)をわれも買ひ持つ
公使館にて貝の柱(はしら)をふるまはれし話を持ちて友たづねこし
このゆふべ數(かず)の子食ひぬ愛(かな)しくもウインナの水にほとびし數の子
僧院の窖(あなぐら)に入り卓(たく)のうへに葡萄の酒を持ち來(きた)らしむ
酒藏(さかぐら)に白葡萄酒を飲むときはさびしく過ぎし一年(ひととせ)おもふ
伊太利亞の旅
麥(むぎ)の畑(はた)黄になりてつづくところあり桑の木があり唐黍(たうきび)があり
櫻の實房(ふさ)なりになる風景も旅びとわれのこころにぞ沁む
ヴエネチアの晝(ひる)の市(いち)なる海の魚われの心を躍(をど)らしめたり
Bovoli(ボオリー)といふ蝸牛(かたつぶり)うづたかく積みて賣れるを見れば樂しも
ヴエネチアは遠(とほ)いにしへゆ樂しくもこの海の魚食ひ來(きた)りしよ
古(いにし)への井戸のあとありきみづ欲りて幾代(いくよ)の過ぎ來(こ)し跡ぞ
ナポリ途上小林(こばやし)の楢(なら)櫟(くぬぎ)唐きびの赤ふさ葱の鉾(ほこ)たち
貝(くろがひ)のむきみの上にしたたれる檸檬の汁は古詩(こし)にか似たる
き斑(ふ)の牛街上(がいじょう)に立ちをりてしぼりながらの乳(ちち)飲ませけり
寺々(てらでら)もいそぎまはりて郊外はトマト畑(ばたけ)にほそ雨ぞ降る
ナポリーの食物(しよくもつ)に吾々と共通のものあるゆゑに此處(ここ)に居りたし
蠅多き食店(しよくてん)にゐてどろどろに煮込みし野菜くへばうましも
富びとの寝室も酒あたためし廚(くりや)も牀上(しやうじやう)のモザイツクも
ポンペイに吾(わ)が立ちて悲しむこと無かり食色(しよくしよく)の生(せい)と神の殿堂と
栗の花さく親しさも目前(もくぜん)にありとしおもへ飯(いひ)くひながら
いちじゆくも胡桃あんずも豊かなる南イタリアの國ゆくわれは
この町のマカロニをわれ食ひしかば心は足りぬ旅とほけども
維也納歌稿 其四
(なし)
(原本 齋藤茂吉全集第一巻(昭和四八年))
(大正十一年一月から大正十二年七月まで)
維也納歌稿 其一
暖かき君の部屋にて時うつり食(しょく)にハンガリイのPaprika(パプリカ)を愛づ
川上公使夫人と同船にてわれ來しゆゑにけふ甘納豆をもらふ
アカシアの花白く散り櫻桃(あうたう)もきのこも店頭に見えて春更く
ふるさとの茂太(しげた)のことをおもひ出しこの童子等(どうじら)に菓子を與(あた)へし
洞窟の中にみなぎる雪解水(ゆきげみづ)帝王もつねに召したまひにき
維也納市(ういんなし)の水道源(すゐだうげん)を約言(やくげん)すれば氷のみづと謂(おも)ふべからし
ドウナウ下航
元始的に見ゆることあり網たれてドウナウの鯉捕る人のあり
おほどかに流るる河の舟に添ふ水車(すゐしや)がありて麥(むぎ)をひくらし
ブダペスト
西瓜、瓜、桃、李(すもも)、巴旦杏(ハダンキヤウ)唐辛子をも店にならべつ
唐黍(たうきび)の赤毛のふさもなつかしと街上(がいじやう)を來て足をとどむる
獨逸旅行
馬鈴薯(ばれいしょ)の畑のまはりに向日葵(ひまはり)が高々(たかだか)と咲きかがやくごとし
ここの食店(しよくてん)に“Trinkgeld nicht abgeschaffen ”とことわりてあり
藤巻(ふぢまき)に來りてわが食ふ日本食白飯(しらいひ)といへど過ごすことなし
黄色(くわうしよく)の部屋にて彼は八十(はちじふ)の齡(よはひ)のまにま食事せるなり
靜嚴(せいげん)なる臨終なりしと傳(でん)ありて藥のそばに珈琲茶碗ひとつ
シヤンダウの丘にのぼれば酸模(すかんぽ)はあまたほほけぬ日本のごとく
維也納歌稿 其二
樅木原(もみきはら)深きをくぐりくれなゐのあざやけき斑(ふ)の茸(きのこ)を見たり
木原(きはら)いでて谷間(たにあひ)の道日の照ればき苺をあまたも食(は)みつ
都會(とくわい)より來にし人々茸をばルツクサツクに大切にせり
もの食ひつつ下向きに來る少女(をとめ)あり街上(がいじやう)にして言(こと)を問はむか
橡(とち)の實(み)がすでに金(かね)つき落ちゐるを吾はよろこぶ一人(ひとり)來りて
たどり來しレナウの墓の傍にほほづき赤くなれる寂しさ
秋ふかき村の小さき墓地中(ぼちなか)の胡桃(くるみ)の木より落葉しやまず
本多公使「牡丹正宗」をめぐまれぬゆふぐれぬうちに醉(ゑ)ひて歸らむ
日本(につぽん)の醤油をもて肉を煮るかたはらに牛蒡の味噌づけありて
キイルリングの Stiftkeller にくれなゐの葡萄の酒を愛(あい)し時たつ
いろいろの野菜も積みぬドウナウの鯉とならびてイタリアの魚
温き朝の乳のむ卓のうへブフシユタインの位置をしるしつ
おのづから牛馬(うしうま)の飲む泉(いづみ)ありて彼等みづからこもごもに飲む
この道に小さき食店(しょくてん)ひとつありいたく鹽辛き肉汁(そつぷ)飲ましむ
食卓のうへに載りたる「鹿の肉と團子」より暫し白き氣(いき)たつ
雪つもるこの山の獸(けだもの)にあたへたる食餌(しよくじ)のことを語る媼(おうな)よ
寺院に入りて老いし僧上の説を聽きてより夜(よる)のカフエに入る
群衆のみなぎりてゐる眞夜(まよ)なかに葡萄の酒を高くささぐる
維也納歌稿 其三
一月の一日(いちにち)をひとり寂(しづ)かなる山に來(きた)りて晝(ひる)の食(しよく)をす
去年(こぞ)のけふ Wien(ウイン)に著きたることおもひひとりしづかに夕食すます
わが胸に袋をさげて種子(たね)をまく農(のう)を見るべく春はなりぬる
東海(とうかい)のくにの旅びとこよひ食ふ復活祭の卵と魚を
祭日(まつりび)の酒のみかはす人々は東海のくにのわれに親しむ
山がひの雪消(ゆきげ)の道に蕗の薹もえつつぞ居るかなしきまでに
谿谷(けいこく)の魚食はしむと言ひてあり“Jausenstation”の文字の親しさ
獨墺(どくおう)の授等の貧しき晝餐(ちうさん)のその食券8しよくけん)をわれも買ひ持つ
公使館にて貝の柱(はしら)をふるまはれし話を持ちて友たづねこし
このゆふべ數(かず)の子食ひぬ愛(かな)しくもウインナの水にほとびし數の子
僧院の窖(あなぐら)に入り卓(たく)のうへに葡萄の酒を持ち來(きた)らしむ
酒藏(さかぐら)に白葡萄酒を飲むときはさびしく過ぎし一年(ひととせ)おもふ
伊太利亞の旅
麥(むぎ)の畑(はた)黄になりてつづくところあり桑の木があり唐黍(たうきび)があり
櫻の實房(ふさ)なりになる風景も旅びとわれのこころにぞ沁む
ヴエネチアの晝(ひる)の市(いち)なる海の魚われの心を躍(をど)らしめたり
Bovoli(ボオリー)といふ蝸牛(かたつぶり)うづたかく積みて賣れるを見れば樂しも
ヴエネチアは遠(とほ)いにしへゆ樂しくもこの海の魚食ひ來(きた)りしよ
古(いにし)への井戸のあとありきみづ欲りて幾代(いくよ)の過ぎ來(こ)し跡ぞ
ナポリ途上小林(こばやし)の楢(なら)櫟(くぬぎ)唐きびの赤ふさ葱の鉾(ほこ)たち
貝(くろがひ)のむきみの上にしたたれる檸檬の汁は古詩(こし)にか似たる
き斑(ふ)の牛街上(がいじょう)に立ちをりてしぼりながらの乳(ちち)飲ませけり
寺々(てらでら)もいそぎまはりて郊外はトマト畑(ばたけ)にほそ雨ぞ降る
ナポリーの食物(しよくもつ)に吾々と共通のものあるゆゑに此處(ここ)に居りたし
蠅多き食店(しよくてん)にゐてどろどろに煮込みし野菜くへばうましも
富びとの寝室も酒あたためし廚(くりや)も牀上(しやうじやう)のモザイツクも
ポンペイに吾(わ)が立ちて悲しむこと無かり食色(しよくしよく)の生(せい)と神の殿堂と
栗の花さく親しさも目前(もくぜん)にありとしおもへ飯(いひ)くひながら
いちじゆくも胡桃あんずも豊かなる南イタリアの國ゆくわれは
この町のマカロニをわれ食ひしかば心は足りぬ旅とほけども
維也納歌稿 其四
(なし)
(原本 齋藤茂吉全集第一巻(昭和四八年))
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