INSIDE SORAMAME

私の頭の中のキオクを綴っていくつもりです・・

趣に赴く(79)

2019年01月15日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く

(つづき)
「原往還」。
趣に赴く(27)」で取り上げてから約10年の月日が経つ。


記事で取り上げた当時「原サティ」だった現「イオン原店」(私の中ではいまだに「ダイエー」ですが)は、今月末で閉店され、取り壊される。
REITに入っていたこともある好立地の物件なので、取り壊された後の展望は明るそうではあるのですが。


都心方面。
英字表記は“HARAOUKAN”。


306番」は西公園ランプ~呉服町ランプ、「502番」は愛宕ランプ~天神北ランプ、「2番」は呉服町ランプ~名島ランプ…と、都市高速の利用方法が多彩。
「2番」が都市高速を利用する時点では「2番」は名乗っていませんが。
なお、「2-1番」や「201番」「208番」の「天神方面」行きまで含めると、都市高速の利用方法はさらに多彩に。


郊外方面。
こちらの英字表記は“HARA OHKAN”。

一般的なローマ字の規格には適合しない「OH」が多用される背景には、王貞治氏の存在も大きいのでは?と思われる。
「OH」を用いてもパスポートで認められる場合があるらしいので、間違いではないのかもしれませんが。
ここから派生して(?)、ようを「YHO」とか、とうを「THO」と書くのは、さすがに間違いなのでしょうけど。


四箇田団地行きと金武営業所行きがメインで、これに「2番」歯科大病院止まり、「2-9番」賀茂駅行き「208番」野方行きが加わる。
かつては、乙石西山羽根戸早良営業所早良高校、そして内野、野河内からさらに佐賀県にも行けました。

金武営業所行きで見ると、「次郎丸経由か田隈新町経由か」「南金武経由か西入部五丁目経由か」の2×2で4通りのパターンがあるが、



この通り、行先番号でそれを区別することは不可能
ただ、利用者にとっては、全てのパターンを覚える必要は全くないわけなので、パターンに応じて番号を付けるようなことをやると無用の混乱を引き起こしそうです。

かつて、「昭和新町」の記事で、

“「2番」と「201番」に存在する「次郎丸経由」と「田隈新町経由」という二大経由地。
もともとは、「次郎丸経由」が主で「田隈新町経由」が従という、“ジローマルスタンダード”だったが、現在は、両者が同格の感もあり。
一方で、昭和通り経由の「2番」、国体道路経由の「201番」とともに、そこそこの歴史を持つ城南線経由の「19番」には「田隈新町経由」が存在したことがなく、ずっと「次郎丸経由」一筋なので、そういう意味では“ジローマルスタンダード”は健在なのかも。
今後、地下鉄七隈線の博多延伸を見据えると、「19番」も安泰ではなさそうであり、また、「16番」や「73番」など、“天神には行かず博多駅のみに行く路線には、我が道を行く傾向がある”ことを考えると、この先「19番」が原中学校前、飯倉二丁目経由に変更になったりする可能性もあるのでは?と勝手に考えています”


と書きました。


原往還バス停のすぐ南西にある、「2-9番」が通る賀茂経由のルートへの分岐の、


すぐ1つ先の「原往還」交差点から東に延びる、現在はまだバスが走っていない道路が、いずれ「19番」が通るのでは?と勝手に予測しているルートです。
(つづく)

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続・ひっそりと(48)

2018年10月09日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く

(つづき)
「熊手四ツ角」。


一日3本、「197番」。
ひっそりとしているのはこの乗り場だけで、他の「熊手四ツ角」にはたくさんバスがやってきます。

「97番」の頭に1を付けた「197番」は、2011年春に運行を開始した路線だが、ベースである「97番」のほうが2016年春に廃止となっていて、現在は梯子を外されたカタチ
こういう場合、今後、別の路線で「97番」という番号を使いにくいというジレンマがあり。
廃止にはなっていないものの、福岡の「14番」も似たような感じ


四ツ角」は、「四ッ角」だったり「四角」だったりで、バス停の表記のゆれの代表格的な存在。
(つづく)

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趣に赴く(78)

2018年05月15日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)

周辺に比較的長い名称のバス停が多い中にあって、たった2文字で潔い「中村」。





ごくごくありふれた、どちらかといえば目立たない名称のバス停でありながら、バスのルート的には“要衝”である「中村」。





2006年10月までは西鉄バスが踏み入れてはいけなかった場所のすぐ近くに位置する「中村」。





いろんな角度から趣を感じる場所です。





都心方面。

次のバス停は、「507番」が「ながら野団地入口」で、それ以外が「石丸三丁目」。





郊外方面。

次のバス停は、末尾が5の番号が「拾六町団地口」末尾が6の番号が「つつじヶ丘団地」、末尾が7の番号が「生の松原サンハイツ」。



両方向ともに枝分かれを持ち、各方向ともにそこそこの本数があることから、拠点性が自ずと高まる。





「姪浜駅南口」の路線図では、「新室見」などとともに「中村」が緑色で書かれていて、作成者も「拠点性」について認識されているのでは?と思われる。



本数減少傾向の流れの中で利便性低下を最小限にするためには、「急行K」(九大急行)の昼間の便を「中村」に立ち寄らせて、さらなる拠点性向上を図ってみては?ということを日頃考えています。

(つづく)



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趣に赴く(77)

2017年10月18日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く

(つづき)
「新室見」。

室見団地室見が丘など、室見をベースとした地名が他にも出現しているため、現時点では特に「新しい」わけでもないのだが、「新室見」という簡潔な表現が好き。

「24番」の路線名「新八田線」にも同様の感情を抱く。

ちなみに、八幡西区の「新石坂」は、旧道上にあったバス停「石坂」に対応する概念。

また、「東部青果市場前」を改称するなら「新下原」がいいかも?ということは以前書きました

 
交差点や診療所も「新室見」。


通りの名称「姪浜大通り」は、公募で決まった愛称ではない。
「姪浜か姪の浜か」については、過去の記事で書きました。


都心行き乗り場。


最寄り駅と都心という観点で大別すると、姪浜駅に行くもの、姪浜駅を通って都心に行くもの、姪浜駅を通らずに都心に行くもの、の3本柱。
「525番」はあるのに「524番」はないところに、需要の機微のようなものを感じる。
なお、「507番」は「527番」ではないのか?、というのはまた別の話(笑)。

桜丘地区の路線の変遷について書いた記事で、

“この間の変遷をみていると、
・郊外~福岡空港駅
・郊外~福岡市中心部
という二つの需要に、それぞれ単独で応えようと試みたけれど(前者はローカル線「1~5番」、後者は「39B番」や「390番」)、なかなか採算が取れないということがわかり、「郊外~福岡空港駅」「郊外~(福岡空港を通らず)~福岡市中心部」という路線は縮小し、結果的に、この2つの需要に同時に応える「郊外~福岡空港駅~福岡市中心部」を運行する路線(=「39番」)の割合が相対的に高まった、という見方ができるのかもしれない。
そして、その「39番」についても、二又瀬を通らない「快速」を復活させるなどして、都心部までの足としての競争力をなんとか維持しようと努力している、ということなのかもしれない”


と書いたが、福岡空港駅を姪浜駅に読み替えても、似たようなことが言える(全く同じというわけではありませんが)。


郊外行き乗り場。


行先案内に出てくる「1-2番」は、今年6月から「1-6番」となったことにより、ここ「新室見」は通らなくなっている。


郊外行き、とはいうものの、平日朝に2本だけ、市内急行の流れを汲む“走る近い遺産”「快速105番」の博多駅行きも停車。
もともとは、姪浜駅から郊外に向かうバスは全てここ「新室見」を通っていたが、内浜石丸新町で分岐するようになって、地区全体で見た経路の多様性は増している。
(つづく)

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趣に赴く(76)

2017年10月12日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く

(つづき)
昭和の時代から60年以上も手つかずのままの都市計画道路


旧博多駅につながるかつての電車通り


一方通行の県道

いろんな趣のある道路が住吉通りと交差する、


④「住吉」バス停付近


(つづく)

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趣に赴く(75)

2017年07月09日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く

(つづき)
「原田東町」。


原田東町と津屋本町の並び、なぜか昔から好きです。


ここを通る「74番」も昔から好きな路線


福岡地区の路線でありながら、ダイヤ改正ではいつも筑豊地区の路線として取り扱われるのはご愛嬌。


都心行き。
ひとつ先は「松島一丁目」。
かつては都市高速経由の「74C」も走っていたが、現在は一般道路経由のみ。
吉塚駅前から妙見に行く唯一の路線でもある。


郊外行き。
上脇田行きと、2つ先の青洲会病院行き。
1日5本の上脇田行きは、5本のうち3本が21時以降の発車という極端な偏り。
「74番」の路線名は「大川線」だが、青洲会病院行き大川地区には行かず。


待合施設。
「黒の前」の記事でも、

“「74番」が停車するバス停には、ここ以外にも、屋根付きの待合室を備えているものが多い。
利用者の絶対数は別として、「74番」がこれまで長らく地域の人に愛されてきたことは確かなのかもしれない”


と書きました。
(つづく)

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続・ひっそりと(47)

2017年01月30日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く

(つづき)
和白営業所→新宮営業所への移転を現代にひっそりと伝える「無番」の「新宮緑ケ浜→高美台一丁目」。

「ゴルフ場入口」の記事で、この系統が「23番」ではなく「無番」である理由について考察した。
このところ、どういうわけか各方面から西鉄バスの行先番号について意見を求められる機会が続いたので、行先番号について考察した過去の記事をいくつかピックアップしてみる。

まずはその「ゴルフ場入口」の記事
ちなみに、ここに書いている“「曲渕~陽光台(複乗)~西神の原~脇山小(複乗)~椎原」のような路線”は、その後、実際に登場し、現在も運行しています。
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この「ゴルフ場入口」を走る路線のうち「高美台一丁目~新宮緑ケ浜線」は、走っている区間のすべてに「23番」が走っており、エリアというか「行先」的に見ると「23番」以外の何物でもないのだが、「23番」という番号は付いておらず「無番」である。
同様に、「西鉄三苫駅~新宮緑ケ浜線」にも番号が付いていない。
「23番が23番たる所以」というか、どの路線がその番号に属するのか、という明文化された「定義」みたいなものはないので、「イメージの世界」にはなってしまうのだが、この例をみると、「23番」はあくまで、「都心部~香椎地区~末端部」を走る路線であって末端部同士を行き来するものは「23番」には含まれない(というか、含めてしまうとわかりにくくなる)というぼんやりとした「定義」を見出すことができる。
「四箇田団地~福大病院」が「12番」ではなく「無番」であったのも同様といえよう。
ただ、「原田橋~宇美営業所」が「34番」として運行していたケースなどもあり、この「定義」が末端部を多く持つ全ての路線に当てはまるものではない。

末端部同士を行き来する路線であっても、「早良営業所~椎原」「早良営業所~曲渕」などは、「都心部~西新地区~末端部」というベクトルからは逸脱していないため、福岡都心部まで足をのばさなくなった後でも依然「3番」という番号が付いている。
一方で、志賀島線をみてみると、「和白営業所~志賀島~勝馬」という区間便が登場した際、都心部へのベクトルからの逸脱はないにもかかわらず、「21番」から独立して新たに「1番」という番号が付けられている。

このあたり、「番号の付け方」に関して何らかの法則を見出して定義付けるというのはかなり難しい(というか不可能)と思われるが、あれこれと考えるのは面白い。
以前“西鉄バスの行先番号は、単なる「番号」ではなく、その数字が持つ意味を直接・間接に伝えている「名前」的な側面が多分にあって、それが面白いなぁと思う”と書いたことがあるが、別の見方をすると、「行先」という側面に加えて「方向」の要素もかなり入っていると言えそうだ。

もし(←また仮定の話である)、早良区の末端部、椎原・曲渕地区のバスに福岡市の補助金が入り、「曲渕~陽光台(複乗)~西神の原~脇山小(複乗)~椎原」のような路線ができたとしたら、それは「3番」となるだろうか、それとも「無番」となるだろうか。

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次に、行先番号の2桁と3桁の視認性の差、都市高速のランプを示すアルファベットが違う意味を持つこと、などについて「27番」の記事
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仮に、ここにやってくる路線が、都市高速香椎浜ランプを通ることを意味するアルファベット「B」が付いた「27B」ではなく、都市高速を通らずアルファベットが付かない路線(例えば「27番」)だったとしたら、猪野を複乗しないものが「27番」で、複乗するものが「27-1番」などのように、「枝番」で振り分けられていた可能性があるのではないだろうか。
翻って、「27B-1」とか「27-1B」のような番号が出現しない背景には、「行先番号に使える文字数は(ハイフンを除いて)3文字まで」という暗黙の(?)ルールが存在しているように思える。
3文字と4文字の間には、「視認性」の面で大きな壁があるということなのではないだろうか。

もちろん、2文字と3文字の間にも、大きな「視認性」の壁がある。
3桁の行先番号の場合、3つの数字のうちの1つは、必ず「0」か「1」というプリミティブな(?)数字が入っている。
“「0」「1」が入らない3桁の番号がない”のは、(意図的ではないとしても)文字がゴチャゴチャすることを回避したいという意識が働いているのではないだろうか。
なお、3文字の場合でも、間にハイフンが入る「枝番」の場合には、「48-2番」「23-2番」という「0」「1」が全く出てこない番号も存在するが、「0」「1」が出てくる場合と比較すると、ゴチャゴチャした印象は否めないと思う(←感覚の問題ではあるのですが)。

4文字を消費する「201A」「204A」(西高下・野方~原~六本松~法務局前~天神)や、「0」「1」が入らない3桁番号「242番」(東大谷~天神一丁目~バス専用道~大門~砂津)があまり長続きしなかったのは、「視認性の面からも受け入れられなかった」という見方ができるのではないだろうか。

「行先番号に使える文字数は(ハイフンを除いて)3文字まで」という暗黙の(?)ルールが存在することを前提とするならば、それは、1桁、2桁の行先番号には枝番やアルファベットが付く余地があるのに対し、3桁の行先番号にはそれがないということを表していることになる。
「1桁、2桁」と「3桁」の行先番号は、並列には取り扱えないということであり、行先番号を体系的に取り扱うにあたってかなり大きな「制約」と言えると思う…というのは以前にも書いたところである。

最後に、話を「27B」に戻す。
「27B」の「B」は都市高速の意味なのだから、郊外行きについては、都市高速を下りたあとはアルファベットを取って、単に「27番」にしてしまえば枝番も「付け放題」なのでは?…という考えもあるかもしれない。
ただ「27番」には、「27B」のほかに、名島ランプを経由する「27N」という兄弟がおり、都市高速の利用ランプ以外にも、香椎台一丁目~みどりが丘一丁目間で、「27B」が青葉小学校経由であるのに対し「27N」が香椎東小学校経由という違いがある。
本来は都市高速のランプを示すはずのアルファベット(BとN)が、都市高速とは関係のない全く違う役割を担わされているという現状があり、アルファベットを安易に外す訳にもいかない面がある(「YKF」が華やかなりし時代であれば、「27B」と「27N」のそれぞれに、青葉小学校経由と香椎東小学校経由がある…みたいなパターンも有り得たのかもしれませんが)。

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続いて、都心部での行先番号の統一の矛盾や問題点について、「米一丸」の記事
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福岡市東区の「米一丸」バス停。
「51番」(←おそらく)の上から「1 姪浜」の紙が貼られているが、今回の改正で「20 福岡タワー南口」などに貼り替わる(もしくは板自体が新調される?)ことになる。
「米一丸」は、「狭義の終点」である「月見町」の3つ手前に位置する。
以前の記事で“月見町に「1番」が通っているのは「たまたま」であるとも言え、将来的には「13番」「61番」など、天神から県庁方面に向かう路線であれば何番に変わってもおかしくない状況にあるといえる”と書いていたように、今回、月見町に乗り入れるバスの番号がまた変わることになる(ただし、月見町に向かうものは従来通り「1番」であり、月見町発のものであっても大濠公園(西公園)止めのものには「20番」ではなく「1番」が付く)。

“月見町に向かうものは従来通り「1番」”と書いたが、新設される「20番」(福岡タワー南口~地行~大濠公園~赤坂門~天神~呉服町~県庁~箱崎駅東口~月見町)の東行き(県庁、月見町方面行き)は、「地行」から番号が「1番」に変わる。
昨年春の改正で、「現在複数に分かれている、ももち浜地区、県庁、博多駅のそれぞれに向かうバスの行先番号を、主要バス停(天神・博多駅)到着直前に下記の番号に切り替えることにより、バスに不慣れなお客さまにも分かりやすい表示にいたします。」(公式リリースより)ということで、天神から県庁方面に向かうバスは全て「1番」に統一されるようになり、その「切替ポイント」は「赤坂門」とされていたのだが、「20番」が「1番」に切り替わるのは、「赤坂門」よりかなり手前の「地行」である。
こうした例外が発生したのは、今回の改正で(統一番号としての「1番」ではなく)「市内貫線」としての「1番」が、姪浜から天神までの運行で打ち切りとなり、天神から東に行かなくなってしまい、天神から県庁方面に向かうバスの統一番号として「1番」を採用した根拠の基盤が失われつつあることが背景にあるのではないだろうか。
すなわち、地行から切り替わる「1番」という番号は、「統一番号」としての「1番」という意味合いに加え、従来の「市内貫線」としての「1番」という意味合いも併せ持っているということができ、その先の「赤坂門」にて、「統一番号」としての「1番」に「純化」されると解釈できる(実際にそういう意味で地行から「1番」にしたかどうかは別として、あくまで「そう解釈できるのでは?」という話です)。
個人的にはこの例外を問題視するつもりは全くなく、むしろ理に適っていると思う。
加えて言うなら、「地行」と「赤坂門」の間の「大手門」にて合流してくる「13番」「140番」の県庁(吉塚営業所)行きについても、「大手門」から「1番」としても何の問題もない気がする(ただしこの場合は、「例外」ではなく、切替ポイント自体が「赤坂門」から「大手門」に変更になるという「解釈」になる)。

番号の「統一」に関して、前回の記事で、“都心向けで、本線と合流した時点で枝番を外すことによる番号の「統一」は進む”と書いたが、その「例外」として挙げた「4-1番」「29-1番」以外にも多くの「矛盾」がある。
例えば、「6-1番」の赤坂三丁目から都心向けは「6番」としてよい気がするし、「54-1番」が笹丘一丁目から「54番」になるのであれば「69-1番」が小笹から「69番」にならないのもしっくりこない。
姪浜駅南口から国立医療センターに向かうのが「1番」と「1-5番」というのは不親切な気がするし(姪浜駅南口からは「1-9番」などに統一しては?)、「45-1番」も須玖から南は「45番」でよいのではないだろうか。
ただ、「必要性」という観点からは、これらの全てを「矛盾だ」とは言いきれない面もある。
それに、一口に「枝番」といっても、
 主従が逆転しているもの(「4番」「69番」など。「48番」と「48-2番」も歴史を遡れば逆転なのかも)
 並列関係にあるもの(姪浜駅以南の「1番」シリーズなど)
 主従や並列の関係すら見出しにくいもの(「6番」と「6-1番」、「54番」と「54-1番」などはそれぞれ独立した別の路線のようにも見える)
 今となっては主従関係が見出しにくいもの(「2-1番」「3-1番」など)
…など、「枝番なしの番号」との関係のあり方のパターンがいろいろとあることから、「枝番さえ外せばいい」というものではないという側面もある。
さらにいえば、この「枝番」の付与は、現状では、「枝番なしの番号」が1桁もしくは2桁の場合にのみ行われ、3桁の場合には行われていない。
バスの行先表示のLEDに「204-1」や「312-9」などと4つの数字が表示されたとしても、見た人はおそらく直感的にとらえることができずに混乱するだろう(時刻表のシステムが「3桁+枝番」に対応しているか否かは知らない)。
1桁もしくは2桁の番号にのみ枝番が付き、3桁の番号には付かないということは、条件面でかなりの「制約」といえ(3桁にも枝番を付けるべきと言っているのではありません)、今後も「矛盾」が拡大していく可能性を孕んでいると言えるのではないだろうか。

なお、この「矛盾」に関して、(2)の記事にて、「2-3番」が都心向けは全区間で枝番なしの「2番」で運行することにつき、“「2-3番」についても、野方→室住団地→原は「2-3番」として運行して、原で枝番を取るのが適切なのではないだろうか”と書いたのだが、コメントで「203番」との誤乗を防ぐ意味があるのでは?という意見をいただき、納得した次第である。

-----

続いて「W」登場にあたって、今後出てきそうな問題点を書いた記事
なお、そこで書いた問題点は特に顕在化することはなく、「W」はそこそこ浸透し、定着している感じです。
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今回の改正の目玉、「渡辺通幹線バス(W)」関連で思うところを書き連ねてみたい。

そもそもこの「W」の試み、どういう意図があるのかというと、「都心部~ターミナル~郊外部」を運行する路線をターミナルで切り離すことにより、都心部の幹線道路を通る路線の系統をできるだけシンプルにして、バスに不慣れな人にもわかりやすく…ということと思われ(あくまで表向きには)、その意味で統一する番号(記号)として「渡辺通り」のイニシャルである「W」を付けていると考えられる。
そして将来的には、明治通りを走るバスには「M」、昭和通りは「S」、国体道路は「K」…みたいな感じで、都心部内の行先番号体系を再構築しようとしていると見るのが自然だろう(渡辺通り~日赤通りだけ「W」という異質な番号を持ち出しておいて、それ以外は現状通り…では逆に変だし)。

ちなみに、こんな記事もありました。
~~
【ピストンバスで渋滞緩和 西日本鉄道 通りで色分け 福岡】
2013.6.4 02:06
西日本鉄道が、福岡市中心部の大通りでピストンバス運行を計画していることが3日、明らかになった。繁華街・天神を東西に走る「明治通り」や南北に通り抜ける「渡辺通り」など、通りごとに色分けしたバスを往復させる。観光客の利便性を高めるとともに、マイカーからの乗り換えを促し、都心部の渋滞緩和を目指す。
国内有数のバス保有台数を誇る西鉄だが、福岡を訪れた観光客を中心に「どのバスに乗ればいいか分からない」と不満が出ていた。また、福岡の天神や博多地区は、マイカーに加え、数多くの路線バスが集まり、渋滞が慢性化している。
西鉄はまず天神地区のメーンストリートに色分けしたバスを導入し、路面電車のように、大通りを数分~十分間隔でピストン運行する。
本数を多く設定することで、観光客に加え通勤・通学客も利用しやすくなる。また、ピストンバスが運行する通りの両端に駐車場を整備すれば、そこでマイカーを降りてバスに乗り換える「パークアンドライド」も普及し、渋滞緩和にもつながるという。西鉄は将来的に、二酸化炭素を排出しない燃料電池バスの導入も検討している。
こうした運行には実績もある。西鉄は平成23年3月、九州新幹線全線開業に合わせて、博多と天神地区を往復する黄色のバス「天神ライナー」を導入した。新幹線で福岡に来る観光客が迷わず、博多駅から天神に行けるように配慮した。
西鉄次期社長の倉富純男取締役常務執行役員は「幹線ごとにシンボリックなバスを走らせれば、海外の観光客はじめ、福岡都市圏に住む人にも分かりやすく、都心のスムーズな移動が可能になる」と述べた。
~~
都心部を通る路線の番号統一は、
天神→中央ふ頭の「80番」
でまず行われ、バスの行先表示のLED化の進展とともに、
天神→博多ふ頭の「90番」、博多駅→中央ふ頭・博多ふ頭の「88番」「99番」、
さらに、
天神→県庁方面の「1番」、天神→明治通り→博多駅の「3番」、天神→昭和通り→博多駅の「2番」、天神→タワー方面の「305番」、天神→渡辺通り→住吉通り→博多駅の「5番」、
そして、
天神→国体道路→博多駅の「8番」
などで行われてきており(厳密には、行先番号が変わるのは天神よりも少し前)、これらは基本的に
「天神“から”○○方面“へ”」
というある種の“指向性”を持ったものだった(ただし、「1番」「2番」「3番」は逆方向にも走っており、この詰めの甘さについては過去の記事で触れました)。
これに対し今回の「W」にはこのような“指向性”がなく、渡辺通り~日赤通りを走るバスには両方向ともに「W」が付く。
この“指向性がない”ことは、かなり根本的な問題であるような気がする。
「どの通りを通るか」だけがわかっても、「天神からどこに行けるのか」がわからなければ、すなわち、目的地へのベクトルがイメージできなければ、実はあまり意味がないのではないだろうか(渡辺通りに限らず、他の通りでも同様)。

また、渡辺通り~日赤通りを通ることを意味する「W」なのに、それ以外の場所にも「W」のバスが走ることも問題点として挙げられる。
従来、「305番」「307番」が担っていた天神→福岡タワー間の統一番号の役割を、新たに「W」(西公園ランプ経由がW1、百道ランプ経由がW2)が引き継ぐため、「W」に「渡辺通り」以外の意味合いが出てくる。
また、都市高速経由との直通運行との兼ね合いで、明治通りの蓮池→天神間にも「W」が登場することになる。
「W」を名乗るのは、原則として日赤通り~渡辺通り上のみ…というルールを事前に作っておかないと、今後、「M」など他のアルファベット系統が出てきたときに混乱が起きると思われ、早くも“火種”を抱えた印象がある。
天神からタワー行きの統一番号は、現時点では従来通りにしておいて、将来的に「T」などに移行させるほうがよかったのでは?。

さらに、W1、W2などアルファベットの後に付く数字のチョイスも大丈夫なの?という気がしている。
今後、明治通り~博多駅が「M1」、明治通り~県庁が「M2」になったりして、数字の整合がとれなくなり混乱を招く…という状況も容易に予測され、これも“火種”と言えそうだ。

新たに登場する「W」の意味を、一般の利用者がごくごくシンプルなカタチで理解できなければ、やや厳しい言い方だが、導入の意味がないような気もする。

その他、
郊外向けは大橋駅まで行かなければ「W」ではなく、清水町までしか行かない「61番」「151番」などは「W」を名乗らないため、「渡辺通り~日赤通りならW」とは言えない点、
その逆方向、野間四角方面からやってきて清水町から日赤通りに合流する都心行きのバスは、「151番」などのタワー行きは「W1」「W2」となる一方で、天神から呉服町方面に向かう「61番」は番号が変わって「W4」にはならない点、
この整合を図るため、清水町から合流する路線にも「W」を適用しようとすると、福浜が「W5」、博多ふ頭が「W6」、中央ふ頭が「W7」…みたいに早くもグダグダになってしまいそうな点、

郊外行きで、大橋駅を跨いで運行されるものも完全になくなるわけではないが、大橋駅から先、片縄方面、警弥郷方面、曰佐方面、どこに行こうと大橋駅より手前の区間では「W」としてやってくる点、
…など、もう少し詰めてほしかった点がかなりあるのだが、あくまで今回はまだスタート(過渡期の始まりというか実験段階)であり、場合によっては「後戻り」もありますよ、ということなのかも。
Wの悲劇、黒歴史にならなければよいのですが…。

なお、那の津四丁目行きの番号統一の可能性及び現状の問題点は以前の記事でも触れたが、それは今回一応解決をみることになる。

また、那珂川ハイツからの「急行」が「162-1番」ではなく「162番」となり、過去の記事で指摘した“条件面での制約”が露呈してしまったカタチ。

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次に、「1番」や「41番」から見る、行先番号の「体系」について
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西鉄のサイトの「にしてつ時刻表」において、「行先番号別の運行路線地図から選択」で任意の地区を選び、「1番」を選んで表示された地図を「広域」にすると、画像のような地図が出てくる。

前回の「エンギモノ」で、飯塚地区の「1番」は"福岡、北九州、久留米など、他地区の「1番」と比べるとかなり地味な印象"と書いた。
このブログを読んでいただいている方の大半はおわかりのこととは思うが、ひとくちに、「西鉄の1番のバス」と言っても、福岡県内至る所に「1番」が走っていることがわかる。
そして、これら「1番」の相互間にはほとんど関連がなく、それぞれの地区の「代表」として活躍している(「代表」とは呼べない例外のケースもあり)。

同じことを「41番」でやってみると、福岡県を斜めに横切る、途中が少しだけ切れた直線が表示される。
福岡市中心部から雑餉隈までの「41番」と、二日市から杷木までの「41番」である。
これらの2路線にも、直接的な関係はない。
ただ、元をたどれば「天神~博多駅~二日市~甘木~杷木方面」を結んでいた「40番」がベースとなっているという点では「つながり」がある。

県内至る所に「1番」が走っているとはいうものの、西鉄バスの行先番号は「1から順に番号を付けた体系がいくつか存在する」というだけでは説明しきれない部分が多々ある。
その「体系」の外縁部や、2以上の「体系」がクロスオーバーするようなエリアにおいては、どの「体系」に属するかを一概には判断しづらい番号も多くなっている。

現在、二日市~杷木を走っている「40番」は、もともとは福岡都市圏の「体系」に属していたが、福岡市中心部に乗り入れなくなっても「40番」のままであり、福岡市内には新たに全く別の「40番」(博多駅~板付7丁目)が登場しており、もともとの「40番」は、宙に浮いたような状態にある(あくまで「体系」という観点から見た場合の話)。
二日市~上西山を走る「24番」も、番号としては異質であり、もともとは飯塚地区の「体系」に属していたのではないかという推測もできる。
宇美~太宰府の「4番」も、もともとは二日市地区の「体系」に属していたが、今や、宇美地区の「体系」(空港循環線など)の一構成員としたほうがよさそうな気もする。

結局のところ何が言いたいのかがわからなくなってきたが、西鉄バスの行先番号は、単なる「番号」ではなく、その数字が持つ意味を直接・間接に伝えている「名前」的な側面が多分にあって、それが面白いなぁと思うのである(いつもぼやーっと考えていることを文章化しようと試みたが、いまいち伝わりづらいですかね…?)。

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最後に、福岡市西部の行先番号の「法則」について
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福岡市の西南部(主に早良区と西区)と福岡市中心部を結ぶバスの番号は、通る道路によって「大まかに」以下のように分類できる(アルファベット部分に何らかの数字が入る)。

 (あ)都市高速経由 … 「30X番」「50X番」「31X番」「51X番」
 (い)明治通りまたは昭和通り経由 … 「Y番」
 (う)国体道路経由 … 「20Z番」
 (え)城南線経由 … 「1W番」

(あ)の中を見ると、郊外で西公園ランプか百道ランプを経由するものは百の位が「3」、それより西のランプ(愛宕、姪浜、福重・石丸)を経由するものは百の位が「5」というのが原則だが、愛宕ランプを通る「304番」という例外もある。
また、十の位が「0」であれば都心では天神北ランプ経由、「1」であれば呉服町ランプ経由が原則だが、呉服町ランプを通る「306番」という例外もある。

(い)は、具体的には「1番」「2番」「3番」を指しており、これ以外の番号(「4番」「5番」「6番」など)は、とりあえずここでは考慮外とする(ただ、「4番」「6番」などは全く関係ないとは言い切れない面がある)。
なお、ここでいう「1番」「2番」「3番」は、「天神→博多駅」や「天神→県庁・九大方面」の「統一番号」としてではなく、「市内貫線」「金武線」「脇山線」としての「1番」「2番」「3番」である。

(う)は、(あ)(い)(え)と比較すると例外はなく、全て六本松~国体道路を経由する。

(え)については、「主に早良区と西区」に限らず、城南区にまで適用範囲が広がる(「16番」及び廃止された「18番」)。 
逆に、西区と都心部を城南線経由で結ぶ路線であっても、「1W番」という番号が空いていなくて(う)をアレンジした「214番」がついたケースもある。

例えば、四箇田団地から都心に向かうメイン路線である昭和通り経由(い)の「2番」をベースとして、都市高速経由(あ)は「502番」、国体道路経由(う)は「202番」、城南線経由(え)は「12番」というふうに、末尾の数字「2」が固定されていたならば、体系的でかなりわかりやすいといえる(←実際にやろうと思ったら相当難しそうだということはわかったうえで敢えて書いています)。
でも実際はそうなっていなくて、四箇田団地から都市高速経由(あ)は「501番」と「502番」、国体道路経由(う)は「201番」、城南線経由(え)は「19番」であり、アルファベットの「X」「Y」「Z」「W」は、郊外部の行先に対応して固定されているという訳ではない。

ただし、(あ)のうちの「500番台」と(う)については、連続運行されるケースが多いことから、末尾の数字も概ね対応(X=Z)している(201番と501番、203番と503番、204番と504番など)。
また、(あ)のうちの「300番台」については、新設当時に限っていえば、(い)と対応(X=Y)していた(1番と301番[都心~都市高速~姪浜~橋本・拾六町団地~野方]、2番と302番[都心~都市高速~藤崎~原~室住団地・西高下]。301番と302番は、いずれも現在走っているものとは別モノ)。

「502番」の末尾は「2」であり、「2番」に対応しているようにも見えるが、実際は、ルート的に「501」と「503」の間に位置するので「502」を付けてみたところ、それが昭和通り経由の「2」とたまたま一致したので、「なんだかうまく収まったように見えている」だけ(X≠Y)である。

「姪浜駅東」を通る「7番」は、過去の歴史を全く無視すれば、「天神から蓮池の間で明治通りを通るから7番なのだ」と言うこともできるかもしれないが、実際は、(い)と(う)を組み合わせて作られた循環路線(鳥飼循環)に対して付けられた番号「7番」が原型となっている(ただしこの場合の(う)は「20Z番」ではなく「9V番」。「Y≒V」という関係は何となく成立しそう。詳しくはこちらを)。
「7番」と同時に「8番」(荒江循環)も登場したが、現在の「8番」(西新~むろみ団地~室住団地)とは直接関係はない。

というわけで、ここ「姪浜駅東」を通る「7番」と「507番」は、末尾の「7」が共通しているが、特に関連はない。
…結局はこのことを言いたかっただけなのだが、相当回りくどくなってしまった。

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以上です。
(つづく)

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続・ひっそりと(46)

2016年10月30日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
平日の昼間に一日一本だけの、


「四箇田団地入口」。


一日一本だけなのは、左から来て上に行くルートがメインになったため。


「四箇田団地入口」だが、


時刻表では「四箇田団地口」。


停車するバスが多いほうの乗り場では「四箇田団地入口」。

 
隣りのバス停の案内では「四箇田団地口」。
11年前から変わっていません。
(つづく)
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続・ひっそりと(45)

2016年09月25日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
「京町三丁目」。


小倉駅バスセンター近くの片側のみのバス停


停車するバスのラインナップ。


「三萩野方面」とはいうものの、三萩野に行かない路線も停車。

6年前の記事で、

“「砂津」と「小倉駅バスセンター」の間は直線距離で1キロも離れておらず、その間にバス停は2つほどあるのだが、この案内に出てくる路線が全部同じバス停を通るという訳ではなく、「砂津→小倉駅バスセンター」を走る路線については以下の4つものバリエーションがある。

・「浅香通り」のみに停車する
 「22番」「25番」「27番」「28番」「45番」

・「京町三丁目」のみに停車する
 「34番」「38番」

・「浅香通り」と「京町三丁目」に停車する
 「12番」「21番」

・どこにも停車しない
 「110番」「134番」「138番」「田川快速」「日豊急行」

これらの違いは、バスの行先表示を見ただけでは全くわからないし、バス停に特に案内が出ている訳でもない。
砂津から乗って、小倉駅バスセンターより前のバス停で降りる人は多くないし、「浅香通り」や「京町三丁目」を利用したい人だけが番号を覚えればよい訳で、そう考えると「どうでもいい」話なのかもしれない。
しかし、このような状態が日々普通に成立していることが、北九州が地元ではない私にとってはとても不思議に映る”


と書いた。

当時から現在の間に、路線もいろいろと変わり、また、浅香通り~京町三丁目間で合流していた路線の起点のひとつ「浅野営業所」がなくなるなど、状況もいろいろと変わっていて上記の引用は実態とは異なる部分もあるが、砂津~小倉駅バスセンター間の停車パターンの多様性は相変わらずである(反対方向も)。

「わかりにくいなぁ」「覚えにくいなぁ」といつも思うのだが、特に手が付けられるわけでもなく、ずっとひっそりと温存されている感がある。


バス停と小倉駅の間には、27階建の再開発ビルが建つ。
(つづく)
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趣に赴く(74)

2016年09月23日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
「大蔵」の「44番」用乗り場。


「戸畑方面」とあるものの、


戸畑方面だけでなく、反対の猪倉方面も、一本の標柱で対応
「総合センター」とは、「八幡製鉄所総合センター」のこと。
かつては「戸畑渡場行き」でした。


坂道での離合


坂道を上るバス。


坂道の下の大通りにも乗り場。


福岡は「おおぞう」だが、北九州では「おおくら」。


主に小倉方面の時刻表と、路面電車代替バス




2つの道路の高低差が、いつ来ても素敵な場所。
(つづく)
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趣に赴く(73)

2016年09月09日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
田園風景。


「城の原」。


焼肉屋と交差点の名前は「大門」


那珂川方面と、板屋椎原方面の分岐。


脇山小学校前への道路は直線


都心方面の乗り場。


西鉄バスの“代名詞”である「3番 脇山線」のお膝元であり、人口密度とバスの本数の関係でいくと、このご時世、かなり恵まれているほうかも。


郊外行きの乗り場。
ここの時点で既にじゅうぶん郊外なのですが。


椎原に直通するものは平日6本だけ。
(つづく)
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趣に赴く(72)

2016年09月01日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
博多千年門と西鉄バス。

ただし、残念ながら、現在ここを通る路線はなく、やって来るのは回送のみ。
(つづく)
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続・ひっそりと(44)

2016年08月27日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
「西南杜の湖畔公園西」。

  
福大方面が平日3本、

  
西新方面が平日2本で、ラインナップは「干隈一丁目」と全く同じ。


旧名称は「西南分校前」で、現在の名称に変わったのは2011年4月


バス停の名称が変わっても交差点名はしばらく「西南分校前」だったと思うのだが、現在はバス停名にアジャスト。

福岡市青果市場のアイランドシティへの集約で、これまで「東部市場前」だった交差点は「下原中央」という名に変更されている。
バス停の「東部青果市場前」は何か他の名称に変わるでしょうか。


福大通りと交差するのは、早良街道の旧道
(つづく)
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趣に赴く(71)

2016年08月16日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
「青柳四ツ角」


唐津街道の青柳宿。


現在、バスが通っているのはまん中から少し下の左右に貫くラインだが、つい最近までは、縦のラインにもバスが走っていた。


広いほうが横のライン、狭いほうが縦のライン。


私が子供の頃と比べると、格段に広くなっています。


古賀駅方面と、


薬王寺、こもの(薦野)方面。

先日読んだ本によると、この地区では大正10年に「古賀駅~青柳町~薦野」の乗合馬車が開通し、大正12年には「博多~青柳町~薦野」、大正13年に「古賀~青柳町」のバス路線が開通したとのこと。
大正時代は、青柳町に登記所(現在の法務局)があり、古賀駅~青柳の利用者が多かったとのこと。
さらに、昭和3年になると薦野に車庫ができ「薦野~千代町」「薦野~米多比~青柳町~古賀駅」「薦野~米多比~筵内~古賀駅」のバス路線が運行されるようになったとのことで、福岡市との間の路線は消滅したものの、それ以外は、現在の路線網にほぼそのままの形で受け継がれている。


青柳四ツ角バス停の南東側にある町川原交差点から久山方面に向かう下山田行きのバスは、昭和39年11月24日に運行開始した…と以前の記事で書いたが、その際に触れた「薦野~原上~福間のバス路線」というのは、「薦野~原上~福岡のバス路線」が正しいのでは?と思われる。
(つづく)
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続・ひっそりと(43)

2016年05月24日 |    ┣ ひっそりと趣に赴く
(つづき)
福岡市城南区の「干隈一丁目」バス停。


東に向けて福大前行きが一日3本、


西に向けて西新方面行きが一日2本(いずれも平日のみ)であり、とてもひっそりとしているが、かつては、「14番」の干隈一丁目経由の便(早良営業所~干隈一丁目~七隈四角~茶山~六本松~天神方面)が数多く運行されており、一時期「3番」の支線(椎原・曲渕~福大病院)がここを走っていたこともあった。

「干隈一丁目」は、過去の記事で、

“干隈一丁目と干隈は現在は別の停留所だが、以前はどちらも「干隈」であり、飯倉営業所があった頃(廃止後しばらくの間も)は、飯倉行きもあった。
飯倉発着のバスが早良街道上の「干隈」のみに止まり、福大通り上のバス停に止まらないのが不便なことから、福大通り上の「干隈」を「干隈一丁目」として、どちらにも止まるようにした経緯があったと思う。
ただ現在では、「干隈一丁目」には平日2.5往復しか走っておらず、便利も不便もあったものではないのだが…。”


と書いた通り、福大通り経由の「14番」に、(飯倉ではなく)野芥方面に向かうものができた際に設置されたものである(当初は「干隈」の乗り場の一つとしてスタート)。


バス停前の商業施設は、もともと「干隈ショッピングセンター」としてスタートし、その後、寿屋系の「キッド」などを経て、現在は「レッドキャベツ」。


福大通りは、この先の干隈三差路で、早良街道に突き当る。
反対に行くと、福岡空港国際線ターミナルまで一直線(通りの名前は、福大通り→大池通り→きよみ通りと変わっていきますが)。

外環状道路に対して、この「干隈~福岡空港国際線」のラインは“中環状道路”という感じ(“内環状道路”は 城南線住吉通りでしょうか)。
「軸」として見た場合、非常に重要な役割を果たしている道路なので、「干隈で突き当たって終わり」というのは非常にもったいなぁと昔から思っている。
次郎丸中学校付近、もしくは、長尾橋本線につなげるなどすれば、早良街道の渋滞緩和にもつながるのでは?と思うのだが、そのような計画は特になし。


こちらは、早良街道上の「干隈」。


都心方面行きの乗り場と、


郊外行きの乗り場が、


ほぼ正対


英字表記は“HOSHIGUMA”だが、


交差点は“Hoshikuma”と違いがある
ちなみに、バス車内の自動アナウンスでは“ほしぐま”。

なお、この付近には、他にも「七隈」「田隈」と、「隈」が付く町があるが、そちらでは「ななぐま」「たくま」という読み方はされていない。

本日で「INSIDE SORAMAME」は11周年を迎えました。
これまでは、毎年それを記念した記事を書いてきましたが、やや面倒になってきたので(笑)、これからはひっそりといかせていただきます。
(つづく)
コメント (2)
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