・*・ etoile ・*・

🎬映画 🎨美術展 ⛸フィギュアスケート 🎵ミュージカル 🐈猫

【dairy】『ハッピー・デス・デイ』鑑賞(感想は後日)

2019-06-30 00:54:48 | dairy

【dairy】『ハッピー・デス・デイ』鑑賞(感想は後日)

 

 

 

お友達のmigちゃんちに遊びに行く前に、日比谷でホラー見るというので一緒に見ることに。ホラーは積極的に見るジャンルではないけど、怖くて見れないことはない。ネタバレしない程度にレビュー見たら怖くないということだし、見てみることにした😌 ところでTOHOシネマズ日比谷って各シアターの入り口表示にチラシ表示してないんだね😢

 

 

ザックリした感想はTweetどおり。これはなかなかおもしろかった😃 感想は後日UPする予定だけど、何度も書くけど『アベンジャーズ/エンドゲーム』『コレット』『アラジン』『X-MEN:ダーク・フェニックス』書けてない😅 どうする

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【tv】100分de名著「アルプスの少女ハイジ」(第3回)

2019-06-28 00:50:53 | tv

【tv】100分de名著「アルプスの少女ハイジ」(第3回)

小さな伝導者

 

 

1回25分×4回で1つの作品を読み解く番組。6月はヨハンナ・シュピリ(Wikipedia)著「アルプスの少女ハイジ」(Wikipedia)を読み解く。講師はドイツ文学者の松永美穂さん。今回はその第2回。第1回の記事はコチラ。第2回目の記事はコチラ

 

ホームシックで衰弱したハイジはフランクフルトからスイスの山へ帰る。クララは悲しむがハイジのためを思いたくさんの贈り物でハイジを送り出す。クララが準備したお土産の中にはペーターのおばあさんお為の白いパンも! ハイジはまずおばあさんのいるペーターの小屋へ向かう。

 

 朗読意訳:ハイジはデルフリからできるだけ急いで山道を登る。胸の高鳴りはどんどん大きくなり、小屋のドアを開けるのも体が震えて大変。ハイジが息を切らして部屋の中に立っていると、今入ってきたのは誰だい?という声。おばあさんわたしよハイジは叫びながら走り寄り、おばあさんの両手を握りしめた。


おばあさんはうれし涙を流し、2人は再会をよろこんだ。ハイジは白パンをおばあさんにあげる。

 

 朗読意訳:なんてありがたいお土産だろう。でも、いちばんありがたいのはハイジが帰ってきてくれたことだよ。

 

ハイジは下着姿にショールだけ巻き、おじいさんのもとへ向かう。キレイな上着では誰だか気づいてもらえないと思ったため。

 

 朗読意訳:アルムは一面夕焼けで、今まで夢でさえ見たこともない景色だった。喜びと歓喜のあまり明るい涙が頬に転がり落ちた。山の上に向かって駆けていくと、小屋の脇のベンチでおじいさんがパイプをふかしていた。おじいさん!おじいさん!おじいさん!

 

ハイジに抱きしめられたおじいさんは、何も話すことができないまま久しぶりに涙を流した。

 

伊集院光氏:うれしくて感動的。全部入りで良い。


この場面は夏の一番いい季節が選ばれていて、物語の冒頭を思い出す流れになっている。服を脱いで下着姿で登っていくのも同じ。繰り返しの表現で都会から戻って来たハイジがアルムの自然のすばらしさを改めて発見する。


伊集院光氏:帰って来たのだから元どおりの景色が見えてよいわけだが、例のやつだ!と思っていいけどそうではなく、初めて見る景色のように美しいのはちょっとポイントなんですね?


一度離れたのでもっとそれがしみる感じになっている。


この物語のよいところは嫌な人がいないということ。唯一の悪役ともいえるロッテンマイヤーさんですら、今見ると杓子定規な性格なだけで意地悪でやっているわけではないと思えるし。クララも足が悪くて外にも出られず、母を亡くして父親はめったに家にいないって病んでしまってもおかしくないのに、ハイジの幸せのために自分の寂しさをこらえてお土産を持たせてくれるって泣けてくる😢 でも、それもハイジの人柄なんだよね。ハイジの純粋で感受性豊かな性格が周りの人を優しくさせるんだろうな😌 ハイジのこのアルムの山を見て涙を流すシーンは本当にすばらしい✨


ハイジは都会で得たことを皆に還元していく。このことが教育者であったシュピリの伝えたいこと!


【ハイジが都会で得たもの】

①お金:ゼーゼマンさんはことの顛末を書いた手紙と、まとまったお金を持たせてハイジを帰した。ハイジはペーターのおばあさんに毎日白パンを買えることが分かり、自分のためでなく他人のために使うことにする。

 

⇨ハイジの成長、お金は悪いものではないというシュピリの考え。いい人がいい目的のために使えばいいことであるという考え。

 

②教養:ハイジはペーターのおばあさんに古い賛美歌集から詩を読んであげる。家族誰も読んであげられる人がおらず、その朗読を聞き久しぶりに賛美歌に触れたおばあさんは感動する。

 

⇨「お日さまの歌」17世紀ドイツのルター派の牧師/詩人パウル・ゲルハルトによる「朝の恵み」の一部を朗読した。

 

この後、物語はキリスト教的要素が強まるが、押しつけがましくなく子供にも分かるシンプルな内容。

 

伊集院光氏:すごくベタな信仰の文章ではない。自分たちのようにキリスト教徒でなくても普通に取り入れられる話。主よとかキリストがとか入っているわけではない。

 

神を自然になぞらえていて、皆の上に平等に恵が降り注ぐという内容になっている。


この詩も紹介されていたのだけど、ちょっとめんどうだからメモ取らず😅 検索したら出て来ると思うのでここでも割愛。ゼーゼマンさんがお金を持たせたというのは、ハイジのお給金なのかしら? それとも善意? ハイジは本当にペーターのおばあさんのことが好きなんだね。おじいさんは父方で、おばあさんにあたる人については全く不明。母方の祖父母はどうなっているのだろう? デーテはハイジの母の妹なわけだから、その両親のもとにハイジを連れて行かなかったからには亡くなっているのか?🤔 長々何が言いたいかというと、ハイジにとってペーターのおばあさんは、自分のおばあさんのような存在なのかなということ。

 


ハイジがフランクフルトで学んできたお祈りについておじいさんに話す。

 

もし神様がわたしが強くお願いしたことをすぐにかなえてくださっていたら、こんなにすてきなことは起こらなかったわ。わたしはただ直ぐに家に帰って来ただけで、おばあさんに少ししかパンを持ってこれなかったし、本を読んで元気にしてあげることもできなかった。

 

おじいさんは直ぐにはそう考えられず、神様に忘れられた者は一生そのままなんだと言うと、ハイジはクララのおばあさまからもらった絵本「放蕩息子のたとえ」を読んであげる。

 

ハイジがおじいさんに読んだのは放蕩息子が父親に優しく迎え入れられるという聖書のエピソード。いい話だと言うものの、おじいさんは真面目な顔で何かを考え込むばかり。しかし、その晩眠るハイジの姿を見ておじいさんは自分の心の変化に気づく。

 

 朗読意訳:ハイジは両手を組んで寝ていた。お祈りを忘れていなかった。バラ色の顔に平穏と信頼感が表れており、おじいさんの心に語りかけた。おじいさんは長いことそこに立ち、眠っているハイジから目をそらさなかった。おじいさんも両手を組み、頭を垂れ小さな声で言った。自分は天に対してもあなたに対しても罪を犯した。もうあなたの息子と呼ばれる資格はありません。大きな涙がおじいさんのほほを転がり落ちて行った。

 

翌朝、晴れ着を着たおじいさんから一緒に教会に行こうと言われ、ハイジはよろこぶ。村人たちは驚きながらもおじいさんを歓迎した。ハイジへの優しい態度から噂ほど悪い人ではないと思うようになっていた。

 

 朗読意訳:集まっていた人たちはみなおじいさんの方へ行き、一番に手を差し出そうとした。たくさんの手が一度に伸ばされたので、どれを一番に握ったらいいのか分からないほどだった。

 

これまでの非礼を詫びるおじいさんを牧師さんも歓迎する。2人は何度も固い握手を交わした。帰り道ハイジはうれしそうに言う。今日はどんどんすてきになっていく。これまでとはまるで違う。

 

 朗読意訳:そうだね。今日は自分でもわからないが、こんなことがあっていいのかと思うくらいすばらしいことばかりだよ。神様や人間と仲良くすることが、こんなにいい気分だなんて! 神様はわたしによくしようとしてお前をアルムに送ってくださったんだよ。

 

伊集院光氏:こうして解説してもらうとハイジの天使感が際立つ。神様や人間と仲良くすることがこんなにいい気分だなんて! おじいさんの言葉に驚き。

 

大人になって改心するのは簡単なことではない。おじさんはとてもプライドの高い人だったと思うけれど、みなから握手の手を差し伸べられて、その後は牧師さんお助言どおり冬は山のふもとに住み、ハイジを学校に通わせるという約束をする。

 

それまでさんざん村人たちはおじいさんを悪く言っていた。何度もそういうことがあって、最後はみんな本当はいい人だったんだということを受け入れる。

 

伊集院光氏:ここもハイジは媒体となりおじいさんの本当の性格を伝導しに行く。


まぁ最初に悪いうわさが立った時の村人たちの気持ちも分からなくはない。得体のしれない人付き合いの悪い傭兵帰りの人がいたら不安な気持ちにはなると思う。でも、ハイジのお父さんはおじいさんに育てられていい大人になって誰からも愛されていたんだよね? だったらその時点でおじいさんへの評価が変わってもよかったのでは? というツッコミはしちゃダメか😅 イヤ、ここのポイントはおじいさんの側が変わったということがハッキリと示されていたことが大きかったんでしょうね。晴着を着ているということは、キリスト教徒にとっては一目瞭然のことだったのでしょう。ハイジという愛すべき存在を得たおじいさんが、今まで自分は受け入れられないと思っていた神様が、自分にもういちどチャンスを与えてくれたのだと思ったということなのでしょう。そして、それはクララのおばあさまの言葉を借りれば、おじいさんにとって今がその時であり、そのために遣わされたのがハイジなのでしょう。そういう意味では天使として描かれているのかも😌

 

安部みちこアナウンサー「放蕩息子のたとえ」がおじいさんの心に響いたのは何故?

 

おじいさんは殺人のうわさもあり、家の財産を使い果たすといった暗い過去が「放蕩息子」と重なった。

 

実はここまでが第1部の「ハイジの修業時代と遍歴時代」 このヒットをうけて続編が書かれる。匿名だったシュピリが実名で作家活動を配目る。このことを考えても作品全体としてとても重要なところ。

 

伊集院光氏:これはスゴイ! クララ立ってない! 「アルプスの少女ハイジ」の1番のクライマックスは何ですか?と聞かれたら、クララが立ったですと答える。でも「おじいさんが笑った」ですもんね。一部の段階では。

 

しかも戻って来たハイジから聞くというタイミングだったからこそよかった。復活しているという意味ではハイジもおじいさんも復活している。二段構えの流れになっている。

 

伊集院光氏:よくできてる! ハイジに対してもおじいさんは一度あきらめている。それが帰って来るという奇跡をまざまざと見せられた直後であり。よくできてる。


これはビックリ! 第1回でハイジは2部構成と言われていたけど、「ハイジの修業時代と遍歴時代」がヒットしなかったらクララが立ったはなかったということ? ここで完結した可能性もあったということは、シュピリとしてはハイジとおじいさんの物語を書くことで、キリスト教的な考え方や教えを描きたかったということなのかな?

 

第2部は「ハイジは習ったことを役立てることができる」というもの。引き続きハイジが自分が学んだことを周りの人に還元していく。ビルドゥングスロマン(人格形成小説)として成長が見えて来る。例えば朝起きると部屋を掃除するようになったという記述があり、おじいさんがそれを感心して見ている。

 

読み書きをフランクフルトで習ってきたので、それを16歳のペーターに教える。

 

【その際に使用した本の内容】

A・B・Cが今日できないと 明日はみんなの前で叱られる

D・E・F・Gすらすら書けなきゃ たちまち不幸がやってくる

H・I・J・K忘れたら いよいよ罪が下される

Wという字がわからなければ 壁にかかっている鞭を見る

またXを忘れていたら きょうはなんにも食べられない

 

原文は印を踏んでいてリズム感のある言葉だが、罰を与えるとかそういう言葉ばかり。

 

伊集院光氏:ちょっとおかしみはある。かわいいハイジが教えるのに残酷な気はするが、クスっとくる。で、スパルタ。ペーターはマスターできたんですか?

 

脅し文句がきいて文字を覚えることができ家族を感動させて、文字を覚えたペーターがおばあさんに賛美歌の詩を読んであげる。


この本の内容もさることながら、これ出てこないアルファベット半分くらいあるよね? 全文は紹介しなかったってことかな? でも、ペーターが文字を読めるようになってよかった😌 っていうかペーター16歳なの 今後の展開を考えるとちょっとヤバイね😅

 

クララがアルムの山に来る予定だったが、具合がよくないので延期になる。代わりに下見を兼ねてクララの主治医クラッセン先生がやって来る。ゼーゼマンさんの友達でもあるクララの主治医クラッセン先生は妻に先立たれ、数ヶ月前に生きがいだったひとり娘を亡くしている。クラッセン先生のエピソードはアニメや絵本では割愛されてしまうが、是非大人の方に読んで欲しい。

 

突然やって来たクラッセン先生にハイジはよろこぶ。

 

 朗読意訳:こんにちは先生! そして本当にありがとうございました。こんにちはハイジ。でも何にお礼を言っているのかな? わたしがまたうちに帰れたことです。先生の顔が明るくなった。アルムで歓迎されるとは思っていなかった。

 

翌朝、ハイジは先生をお気に入りの場所へ案内した。ところが美しい景色を目にしても先生は物憂げな表情を見せる。励まそうとするとハイジに先生は言う。

 

 朗読意訳:いいかいハイジ。目の上に大きな影がかかっている人がいるとしよう。その人は影のせいで周りの美しい物がぜんぜん見えないんだ。そうしたらその人は悲しくなるんじゃないかな。まわりが美しいからよけいに悲しいんだ。ハイジの明るい心にさっと痛みが差し込んできた。わかります。そういう時にはおばあさんの賛美歌の歌詞を言ってみるの。

 

先生のためにペーターのおばあさんにも聞かせた賛美歌の一節を唱える。

 

 朗読意訳:神様に委ねましょう。神様は賢い君主。あなたを驚かせるようなこともなさるでしょう。

 

手で目をおおっているのでハイジには眠っているようにも見えたが・・・

 

 朗読意訳:先生は何も言わなかったが眠っているわけではなく、昔に引き戻されていた。そこでは小さな男の子の自分が、やさしいお母さんの椅子のそばに立っている。お母さんは男の子の首を抱き寄せて、この賛美歌を口ずさんでいた。今ハイジが聞かせてくれた。長い間耳にしていなかった歌。ようやく顔を上げるとハイジが不思議そうに自分を眺めているのに気づく。先生はハイジの手をとって言った。君の賛美歌はすばらしかった。また一緒にここに来よう。そうしたらまた聞かせてくれるね。

 

伊集院光氏:いいシーンですね。専門家の方が鬱病になると、やり方を全部知っている分、なかなか治すことが難しいと聞いたことがある。その上をハイジが行く。ハイジがその瞬間母親になってクラッセン先生が子供になっちゃうんだからスゴイ。

 

伊集院さんは本当に鋭く言い当ててくださっている。クラッセン先生は自分のことをハイジが覚えていてくれるか自信がなかった。あんなに歓迎されてうれしかったと思うし、たくさんのお土産も持って来たけど、どんなお土産よりも先生に会えたことが一番うれしかったとハイジが言ったことがスゴイ。

 

伊集院光氏:人の優しさが共鳴していく。ハイジの言ったことはペーターのおばあさんがハイジに、一番ありがたいのはハイジが帰って来てくれたことだよと言ったことと同じ。優しさが絡み合っている。芸術。


クラッセン先生のエピソードがアニメや絵本から割愛されたことは理解出来る。子供には難しいしちょっと暗い。クラッセン先生がハイジの詩の朗読で子供の頃に引き戻されて、母親のことを思い出すというのはとても良いシーン。クラッセン先生は医師という立場で人から尊敬される人物。しかも娘もいた父親でもあった。そういう人物が打ちのめされるような辛い出来事があって、そこから抜け出せないでいる時に、母親という自分を守ってくれる頼るべき存在を思い出すことで、少し救われた部分があったんじゃないかな? 上手く言えないけど😅 そうそう! 自分もハイジがクラッセン先生に言ったことは、ペーターのおばあさんから言われたことだと思った! ハイジはそれがとてもうれしかったから、無意識のうちにクラッセン先生にも言ったのだろうし、シュピリとしては優しさの連鎖を描いているのでしょう。

 

そして、クラッセン先生はハイジと仲良くなるだけでなく、おじいさんととても仲良くなっている。一緒に山歩きをしておじいさんがこの地域の薬草は生き物に詳しい知識を持っていることに驚き、おじいさんを尊敬する。クラッセン先生がスイスの山でたくさんの物を与えられて、おじいさんと対等の関係になる。後半のポイント。

 

伊集院光氏:フランクフルトが上でも、アルムが上でもなくて、お互いがいいとこ同士で交流できるという。そういう話なんだ。

 

安部みちこアナウンサー:クラッセン先生がだんだん癒されていく姿に読者も元気になっていく。

 

大人として読むと、とてもそこに励まされるというのがあるし、ハイジが第1部では病むが、大人も辛いことがあって、ハイジの言葉で変えられていく。


ハイジが主役の物語のはずで、第1部の前半はハイジが成長する物語だったのだけど、後半から第2部のここまではハイジにより周りの人たちが変化していく物語なんだね。クラッセン先生とおいじさんが仲良くなったというのもその1つ。クラッセン先生が癒されていくのはもちろん、友達のいなかったおじいさんに親友となるべき人物が現れたというのは大人の読者としてはホッとする部分でもある😌

 

伊集院光氏:もともと深い世界観があって作られているから、こんなに良くできた部分が書けているのか、後から足したのとは違う気がする。

 

登場人物が急に増えるわけでもないし、上手くつながっている。

 

伊集院光氏:ちょっと第3夜は泣くのをがまんしていた。


シュピリとしては描きたい世界観はあったんだろうなと思う。どこまで考えていたのかは分からないけど、第1部のヒットを受けて続編を書くにあたり考えたエピソードだったとしても、根幹となる世界観は変わっていないということなのかなと思う。イヤ、思っていたより深い話でビックリ😲 ヨーロッパの話だからキリスト教が重要なテーマなのだろうとは思うけれど、思っていた以上にキリスト教がベースなんだね。賛美歌の詩という分かりやすいことだけでなく、もっと根っこの部分にキリスト教がある。なかなか興味深い。


残り1回。すでにメモ取りながら見たので、あとは記事にするだけ。自分の記憶違いが発覚して驚愕しているけど、頑張って直ぐ記事書く!

 

100分de名著:毎週月曜日 午後10:25~10:50 Eテレ

100分de名著

コメント (1)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【tv】100分de名著「アルプスの少女ハイジ」(第2回)

2019-06-26 01:31:58 | tv

【tv】100分de名著「アルプスの少女ハイジ」(第2回)

試練が人にもたらすもの


 

1回25分×4回で1つの作品を読み解く番組。6月はヨハンナ・シュピリ(Wikipedia)著「アルプスの少女ハイジ」(Wikipedia)を読み解く。講師はドイツ文学者の松永美穂さん。今回はその第2回。第1回の記事はコチラ

 

山の上に来て3年経ちハイジは8歳に。山羊飼いのペーター一家と山羊だけが遊び相手。村の牧師がハイジを学校に行かせるよう助言に来るがおじいさんは拒否。翌日、叔母デーテがお金持ちのお嬢様の遊び相手としてハイジをフランクフルトへ連れて行くため再訪。

 

おじいさんは反対するがデーテはこの子はもう8歳なのい何もできないし、何も知りません。おじいさんが勉強させないからですと反論。おじいさんは黙れ!と捨てゼリフを残し小屋から出て行ってしまう。デーテはその隙にハイジを連れて行ってしまう。

 

 デーテはハイジをせかし、ハイジが行かないと言うと、フランクフルトは良いところだし、気に入らなければ帰ってくればいいと言う。

 

 朗読意訳:ハイジが嫌ならすぐに帰るれるか聞くと、デーテは汽車なら空を飛ぶように早いから直ぐ帰れると答える。


学校をさぼっていたペーターとすれ違う。どこに行くのか尋ねるペーターに、ハイジは急いでフランクフルトまで行かなきゃならないと答える。ペーターからそのことを聞いたペーターのおばあさんは窓を開けて「デーテその子を連れて行かないで!」と叫ぶ。


 朗読意訳:おばあさんが呼ぶので戻ろうとするハイジに、フランクフルトに行けば気に入るし、帰りたければ直ぐ帰れるし、おばあさんのよろこぶお土産も買えると言う。それを聞くとハイジは安心し、おばあさんに何を買おうかと相談。デーテがやわらかい白いパンなら喜んでもらえると答えると。そうだねとハイジ。


伊集院光氏:このシーンも重要。デーテもだますというより気に入るに決まっていると、自分が良いところだと思っている所に連れて行くわけなので。


デーテが再び現れてハイジを連れて行っちゃうのはもちろん覚えているけど、ペーターのおばあさんがハイジを連れて行かないでと叫んでいたのは覚えてなかった💦 アニメを見ていた時はデーテを悪者のように感じていたし、少し大きくなってから見てもデーテが自分の利益のためにハイジを犠牲にしたと思ってた😅 そういう部分もあるのかもしれないけれど、ハイジのためを思ってのことだったんだね😌


【フランクフルトのゼーゼマン家】

ハイジが遊び相手となる娘:クララ(足が不自由)

クララの父:ゼーゼマン(仕事が忙しく家にいないことが多い)

使用人たち:ロッテンマイヤー、ゼバスチャン、家庭教師など

 

ロッテンマイヤーさんは厳格で杓子定規で子供の立場に立って考える人ではない。初日にハイジの名を尋ねハイジだと答えると、キリスト教の洗礼名ではないと退けるなど、価値観の違いを受け入れられない人。

 

ハイジの洗礼名はアーデルハイド。ロッテンマイヤーさんはアーデルハイドと呼ぶ。使用人たちはお嬢様(Mamsell/マムゼル)と呼ぶ。クララはハイジとアーデルハイドどっちで呼ばれたいか聞く。ハイジとしか呼ばれたことがないと答えると、クララはハイジと呼んでくれる。名前が3つになったと混乱しているシーンがある。

 

伊集院光氏:例えばよしおという名前の子が、よっちゃんと呼ばれているので、自分の名前はよっちゃんだと答えると、それは間違っていると言われてしまう寂しさ。

 

環境だけでなく名前も変わってしまったことで、自分が自分でなくなったかのようなアイデンティティの喪失感がある。


出た! ロッテンマイヤーさん! アーデルハイドって呼んでたね~ アーデルハイドはハイジの洗礼名なのね? あれ? お母さんと同じ名前だけど、お母さんの名前を洗礼名にしたのかな? それともお母さんも洗礼名で呼ばれていたのか?🤔 クララはどう呼ばれたいか聞いてくれていい子😌

 

ハイジは使用人のゼバスチャンを「あんた(du)」と呼びロッテンマイヤーさんに注意される。ロッテンマイヤーさんは"Sie oder Er(あなた もしくは 彼)"と呼ぶように言う。Sieは丁寧な2人称。Erは3人称男性単数。今では彼という意味しか使わない。19世紀頃までは召使などに対する2人称として使用。お前とかそちという感じ。ハイジはよく理解できずゼバスチャンの呼び名が"Sie oder Er(あなた もしくは 彼)"だと思いそう呼んでしまう。

 

伊集院光氏:よくできている。自分の名前が3つになるならゼバスチャンの名前が2つあるのもおかしくない。彼女の中でこういう理由で間違っているということを入れるのは感心する。


出た! ゼバスチャン! アニメではセバスチャンとなっていた気がするけど、ドイツだからゼバスチャンが正解なのかな? これはちょっとユーモアを入れてみた感じなのかな?

 

クララの家庭教師がハイジにABCから授業してくれることになる。しかしハイジはアルムが恋しくて落ち着かない。部屋の窓から外を見ても他の家しか見えない。どうすればアルムが見えるのかと思いゼバスチャンに尋ねると、高い塔に登れば遠くが見えると教えられいきなり外へ飛び出す。

 

苦労して辿り着いた教会には年老いた番人がいた。彼に手を引かれ塔の上まで登りハイジは景色を眺める。しかし見えるのは屋根や塔、煙突ばかり。ガッカリするハイジに番人はネズミ除けに飼っている猫の赤ちゃんを分けてくれた。ハイジが喜ぶと場所があるなら全部持って行ってもいいと言う。ゼーゼマンの屋敷は広いしきっとクララも喜ぶと考える。

 

お屋敷に戻るとロッテンマイヤーさんはカンカンだった。厳しいお説教が始まった時、猫の鳴き声がするとロッテンマイヤーさんはハイジがふざけたと思いますますヒートアップ。クララも何故そんなにハイジがニャアニャア言うのかと尋ねると、ハイジは自分ではなく子猫だと言う。ハイジのポケットで子猫が鳴いていることに気づいたロッテンマイヤーさんはゼバスチャンに子猫を外に出すよう叫び、勉強部屋に駆け込みドアをしっかりカギをかけて閉めた。ロッテンマイヤーさんは猫が代の苦手だったのだった。ゼバスチャンは笑いがおさまらず。なかなか部屋に入れなかった。

 

伊集院光氏:子供の頃アニメを見た記憶では、憎っくきロッテンマイヤーさんがこういう目に遭って痛快だったが、今思うとロッテンマイヤーさんのかわいさや人間性を感じる。

 

大人になってからの見方。


伊集院光氏と同じくロッテンマイヤーさんは敵認識だったし、かなりおばさんだと思い込んでいたけど、実際ロッテンマイヤーさんは何歳くらいの設定なんだろう? ブルーノ・ガンツ出演の映画では30代くらいの女優さんが演じていたけど? そうだとするとロッテンマイヤーさんも一生懸命だったんだろうなと思ったりする😌 しかし猫好きとしては子猫がその後どうなったか気になる!

 

この次の日も少年が亀を連れてやって来たり、子猫がさらに届いて暴れまくる騒動が続く。ハイジにとって辛い日々が続くのでユーモラスなエピソードが楽しく読ませている。

 

しかしハイジはアルムへの思いがますます強くなる。文字を見て動物を思い出したり、今頃草が茂っているかなどアルムの生活ばかり思い出す。ある日ペーターのおばあさんのために取っておいた白パンを持って一人でアルムに帰ろうとするが、玄関でロッテンマイヤーさんとはちあわせし、叱られて白パンも捨てられてしまう。

 

 朗読意訳:ハイジはクララの椅子のそばに身を投げ出し、絶望して泣き始めた。声は大きく痛々しくなり、嘆きながら何度もすすり上げてしまう。「おばあさんのパンがなくなっちゃった。全部なくなっておばあさんに何もあげられない!」

 

伊集院光氏:そもそもはデーテが連れて行くためにとっさについた嘘のようなものだが、実はこれはハイジにとってとても大切なことなんですね。

 

フランクフルトに来た動機はペーターのおばあさんに白パンを買うためだった。そのモチベーションがなくなったのだからいたたまれない気持ち。


ロッテンマイヤーさんとしては雇用主のゼーゼマンさんの許可なくハイジを山に帰すわけにはいかないわけで、まして家出などされてしまっては本当に困る。ハイジが白パンを集めた気持ちをくむことなく一方的に叱って、パンを捨ててしまうのは全く対応を間違ったとは思うけれど😅 ところでロッテンマイヤーさんってどいう立場の人なんだっけ? 召使たちを統率する係り? 家庭教師ではないわけだから、2人を指導する立場ということでもないんだよね? はて?🤔

 

どん底のハイジに救世主が現れる! クララのおばあさま。おばあさまは普段は北ドイツに住んでいるが訪ねて来た。とてもやさしく洞察力がある方で、ハイジは大好きになる。おばあさまが持って来た「緑の牧場の動物たちと羊飼いの絵」の載った絵本にハイジは夢中になる。ハイジはおばあさまに励まされて1週間後に字が読めるようになる。

 

伊集院光氏:飲み込みは早い子!

 

やる気になれば出来る。

 

おばあさまが持って来た本には新約聖書「ルカによる福音書」に登場する「放蕩息子のたとえ」と呼ばれる物語で、今後も重要な役割を果たす。おばあさまはハイジにお祈りの仕方を教えてくれる。神様になら何でも話していいと言ってくれたのでハイジは一生懸命お祈りをするようになる。でも少しするとまたハイジが元気がなくなる。おばあさまがたずねると、お祈りしたが直ぐに叶えられなかったので、祈るのをやめたと答える。するとおばあさまはハイジを諭す。

 

 朗読意訳:神様はあなたに必要なものがちゃんと分かっているから、ハイジにとっていい時期、本当に喜べる時に祈っているものを与えてあげよう、今与えてしまうときっと後になって願いが叶わない方がよかったと気づくだろう。そうしたら神様がわたしの求めたものをお与えにならなければよかったのにと泣くだろう。これはわたしが思ったほどいいものじゃないわと言うだろう。そうやって神様を信頼して、お祈りして足りないものがある時は神様を見上げるか見ておられる。


出た! おばあさま。おばあさまがとっても穏やかで優しかったことは覚えているけど、こんなキリスト教的な発言をしていたのかな? その辺りは子供には難しいから割愛したのかしら? こういう役割ならば、おばあさまの位置づけというのは非常に大切なんだね。

 

【おばあさまの教え】

①神様には何でも話していい

②祈り続ければいつか神様が最善のことをしてくれる

 

①は神様と個人がお祈りによって直接つながるというプロテスタントの教え。②は子供でも分かるシンプルな教え。

 

ハイジはフランクフルトで教育を受け信仰も得るが、成長するためには都会へ来ることも必要だったというシュピリの考えがよく表れている。

 

伊集院光氏:これは深い。ロッテンマイヤーさんに代表するフランクフルトの人たちは嫌な人で、おじいさんに代表されてるアルムの人はいい人みたいな見方を子供だからしてしまったが必ずしもそうではない。

 

フランクフルトで大事なことを学んだのだということ。


フランクルトの人たちが全員嫌な人とは思ってなかったけどな? おばあさまはもちろん、ゼーゼンマンさんもやさしかったと印象だし、ゼバスチャンもやさしくしてくれたと思うけどな🤔 意地悪だったのはロッテンマイヤーさんだけだった気がする。

 

字が読めるようになったハイジはクララに申し出る。これからは自分が読んであげる。

 

 朗読意訳:クララにとっても願ってもないことだったが、ハイジは読み始めるも長く続かない。

 

読んでいた本には死にそうなおばあさんが出て来た。するとハイジはペーターのおばあさんが死んでしまったように思えて泣き叫んだ。

 

 朗読意訳:おばあさんがもう死んでしまった! もうおばあさんのところに行けない! おばあさんは白パンを一つももらえなかった! 自分が遠くにいる間におばあさんやおじいさんが死んでしまうかもしれない。長い時間が経ってアルムに戻るとみんなすでに死んでいて独りぼっちになるのかもしれない。好きだった人にはもう会えないのだ。

 

ロッテンマイヤーさんに大騒ぎするならこの本を永遠に取り上げると言われたハイジは、どんなお話を読んでも泣くようになる。そして食欲をなくし、やせ細っていった。その頃から夜になるとしっかり戸締りしたドアが、朝になると何故か大きく開いているということが続いた。そこでゼバスチャンとヨハンが夜中に見回りに出ると、ヨハンは大きくドアが開いており階段の上に白い影を目撃した。屋敷に幽霊が出てクララが怖がっていると知ったゼーゼマンは帰国。友人でクララの主治医クラッセン先生と共に寝ずの番をする。夜中の1時現れたのは白い寝間着姿のハイジだった。クラッセン先生はハイジを優しくいたわった後、ゼーゼマンさんに言う。

 

 朗読意訳:君が預かっている小さなお嬢さんは夢遊病でホームシックに苦しんでいる。だからすぐに助けてやらなきゃいけない。夢遊病や神経衰弱にきく薬は1つ。つまりあの子を直ちに故郷の山へ戻してあげることだ。ホームシックにも同じ薬しかない。あの子を明日出発させる。それが処方箋だ。

 

夢遊病の描写がリアルだが、作者のシュピリも心を病んだ経験がある。妊娠中から鬱状態になり、何年にもわたり苦しんだ。シュピリ自身が自分が一番辛かった時期をハイジに重ねている? 父親は外科から精神科まで兼ねる医師。自宅が病院という環境で育ったため患者の姿をよく見ていた? 抑圧的な閉鎖空間で本当のことが言えず心を病んでいく過程がよく描けている。

 

クラッケン先生の存在。ハイジの状況を瞬時に見抜く。科学者ではあるが自然に帰すことが大切だと言ってくれる。自然と文明が対立するわけではなく、ハイジを自然に帰す流れを作ってくれる。

 

伊集院光氏:ここもすごく興味深いのは、もともとアルプスの少女ハイジは都会に比べて田舎がいいんだという話だと思い込んでいたが、そんなに単純な話ではなかった。

 

人が人格を形成するにはいろんなものが必要なんだということが読み取れる。


ハイジが心を病んでしまったのは単純に山が恋しいからだと思っていた。もちろんおじいさんやペーターたちのことも恋しいからだとも思っていたけど、そのきっかけとして死にそうなおばあさんというキーワードがあって、それによりペーターのおばあさんやおじいさんの死を連想し、自分が帰るころには死んでしまっているかもしれないとまで思いつめてたとは知らなかった。最初にアニメを見ていた時のことをよく覚えていないので、ハイジが帰れないかもしれないと思って見ていたのか不明。今はもうアルムに帰ることを知ってしまっているから、この時のハイジの不安を追体験することができない。なので、このくだりはとても興味深かった。


シュピリの状況は今でいうマタニティーブルーとか産後鬱ということになるのかな? 当時そいういう病名があったかは別として、父親の患者などを見て、自分の状態が病であるということは分かっていたのかな。第1回でホームシックはスイス病と呼ばれてたという説明があったし、そういう面で神経衰弱に陥る感じにも知識があったのかも。


ハイジは結局どのくらいの期間フランクフルトにいたんだろう? アニメでは数か月で戻って来た印象だったのだけど、数年単位では行ってたのかな? 思っていた以上に深い話で興味深い。第3回もすでに視聴してメモも取ってあるので、直ぐ記事書く予定。でも、第4回も早く見たい!!

 

100分de名著:毎週月曜日 午後10:25~10:50 Eテレ

100分de名著

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【Googleのロゴ】女子ワールドカップ2019 Day-18

2019-06-25 00:27:19 | Google's logo

毎度のGoogleのロゴがこんなことに!

 

 

女子ワールドカップ2019 Day-18

 

ホントに変わるタイミングがつかめない😣💦

 

えーと、ごめんなさい💦

あまり分かってないのだけど、決勝トーナメントに入ってるのかな?

 

大会18日目の対戦は・・・


日本

VS

オランダ


イタリア

VS

中国


検索画面のロゴは変わらずコレ

 

 オランダは背が高いイメージだけど、強いのかな?


 ガンバレなでしこジャパン⚽

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【cinema】『町田くんの世界』

2019-06-23 01:09:36 | cinema

2019.06.12 『町田くんの世界』鑑賞@TOHOシネマズ錦糸町オリナス

 

お友達のmigちゃんの弟さんで、個人的にもファンの映画監督片岡翔さんが脚本を担当した作品ということで、これは絶対見たいと思っていた。試写会やプレミアなど応募しまくったけどハズレ😭 意外に上映館が少なかったけど、TOHOシネマズ錦糸町で上映してくれてうれしい😃 でも、油断してたら6月14日から回数減ってしまうらしい? ということで、健康診断でバリウム飲んだレディースデーのこの日、見に行ってきた~

 

 

ネタバレあり? なし?

 

「町田くんは5人兄弟の長男。父親はアマゾンで研究中のため不在で、母親は6人目を妊娠中のため一家の大黒柱として奮闘中。運動も勉強も苦手だけど、人が大好きで困っている人や一生懸命の人には助けに駆けつける。ある日、ケガをした町田くんは保健室でサボっていた猪原さんに手当てしてもらうことに。その日から猪原さんのことが気になって・・・」という感じかな。これはおもしろかった。ファンタジックな語り口ながら、町田くんという不思議キャラの存在が、人間関係が希薄で、一生懸命になることがかっこ悪いという風潮の世の中に対してのメッセージとなっている。青春モノとしても楽しく見れて、ホロリとしてしまう場面もあった。その後まさかの展開にビックリしたけど😅

 

石井裕也監督作品。監督の作品は『あぜ道のダンディ』と『舟を編む』を鑑賞。『舟を編む』は好きだったけど、大好きな光石研さんや田口トモロヲさんが出ているにも関わらず『あぜ道のダンディ』は自分は合わなかった😣 という感じの熱量。原作は安藤ゆきさんの漫画だそうだけど未読。あらすじを読んでみると猪原さんとの出会い以外は映画オリジナルのストーリーという感じらしい?🤔 毎度のWikipeidaは原作漫画がメインで、映画という項目で紹介さ入れている感じ。記載内容としては、2019年6月7日公開。主演は約1000人によるオーディションで選ばれた新人の細田佳央太と関水渚のダブル主演、監督は石井裕也。 とあるだけで、あとはキャストの紹介のみ。

 

いつもはネタバレで書いているけど、今作は脚本を楽しんでいただきたいのでネタバレ極力なしで書きたいと思う。とはいえついつい書いちゃうからどうかな?😅

 

町田一(細田佳央太)は5人兄弟の長男。後に登場するけど父親の町田あゆた(北村有起哉)は生物学者でアマゾンに行っているらしい。 母親の町田百香(松嶋菜々子)現在6人目を妊娠中で、どうやら町田くんは母親の代わりに晩ごはんを作っているらしい。母親にハンバーグをリクエストされると、初めて作るハンバーグで頭がいっぱいになってしまう。そんな時でも、バスでお年寄りや妊婦さんを見つけると、離れていても席を譲る好青年。

 

町田くんは彫刻の時間もハンバーグのことで頭がいっぱいになり、隣の席の栄りら(前田敦子)に指摘を受けると慌ててケガしてしまう。保健室に行くと同級生の猪原奈々(関水渚)がいた。猪原さんはクラスに馴染まず、教室にいないことが多かった。町田くんとも関わりたくないようだけれど、不在の保健の先生に変わって手当てしてくれる。

 

後に分かることだけれど、猪原さんは家庭に事情があり、そのことが学校中で噂になり、心を閉ざしてしまったという経緯がある。そういう事情は知らない町田くんは猪原さんにお礼をしようと一生懸命。ここから2人の関わりが生まれる。最初は町田くんの存在を迷惑というか、ちょっと怖くも感じていた猪原さんだけど、次第に町田くんのことが気になっていく。

 

前半部分は猪原さんの目を通して"町田くん"の世界が紹介される。町田くんは運動も勉強も苦手だけれど、人間が大好きで、困っている人や一生懸命な人を放っておけない。ポスターを貼ろうと頑張っている男子学生や、たくさんの本を抱えている女子学生を見かけると、駆けつけて助けてくれる。この辺りを少しコミカルに描くの好き。そして、これは後の伏線でもある。

 

主人公はもちろん町田くんで、その相手役の猪原さんも主役ということになるのかな。その他の主要人物としては、前述の栄りら。演じているのが前田敦子ということもあって、ちょっと大人目線というか達観しているところのある女子高生。猪原さんと幼馴染だったりすることもあり、積極的ではないけれど適度な距離感で、町田くんと猪原さんを見守り、アドバイスをくれたりする。この栄さんのキャラはとっても良かったし、演じる前田敦子が良かった✨

 

同級生の主要人物としては、なぜか猪原さんと3人でデートすることになる西原亮太(太賀)や、モデルとして学校では人気者だけれど、行き詰っている氷室雄(岩田剛典)や、その彼女でちょっと町田くんと猪原さんの間に波風を立てる高嶋さくら(高畑充希)などが登場して、町田くんの世界に影響を与えたり、町田くんが彼らに影響を与えたりする。そして、このキャスティングがおもしろいのは、主演2人以外の主要な高校生役が、みなアラサーだということ。これは敢えてのキャスティングなんだと思うけれど、演技経験の少ない主演2人を支える意味もあるのかなとも思うし、それぞれキャラの立った役で、例えばちょっと面倒なタイプのさくらを高畑充希が演じているおかしさみたいなものを感じたりする。

 

一方で、大人たちの配役も結構豪華で、例えば主人公たちとは全く絡まない役で佐藤浩市がキャスティングされていたりするけど、出演場面としてはわずか。母親の松嶋菜々子はそれなりに町田くんとのからみがあるけど、父親の北村有起哉はワンシーン。でも、あくまで経験の少ない主演2人のサポート的な感じだったのが良かったと思う。

 

学生たち以外で1人だけ町田くんたち世代と、大人世代の中間にいる存在がいる。それが吉高洋平(池松壮亮)で、雑誌のライターをしているが、自分の書きたいものは書かせてもらえず、芸能人の不倫ネタばかり。佐藤浩市扮する上司は世間は他人の不幸が見たいんだと言うけれど、本当にそうだろうか?🤔 バスで見かけた町田くんの親切を最初は少しいぶかった目で見ているかのような演出は、後の伏線となっていて良かったと思う。

 

町田くんの中でも、猪原さんの中でもお互いの存在が大きくなっていくけど、そのタイミングが合わなくてヤキモキ😳 町田くんは人が好きだと言っているけど、でも好きってどういうことか分からないとも言う。このセリフはとても深い気がして良かった。2人の間に重大なことがあり、町田くんは"好き"の意味を理解する。そのシーンは、そこまでの流れや風景も含めてとっても好きだった。ちょっと感動して涙を流していたら、なんとその後ビックリ展開に😲

 

この展開は結構長く続くので、もしかしたら合わないと感じる人もいるかもしれない🤔 自分は好きだった。その間にタイトルに絡めたエピソードなどもありつつ、最後までファンタジーで押し切ったのは良かったと思う。自分は俯瞰の画になってからの町田くんのぎこちない動きのアレがとってもツボだった🤣 思い出してもホッコリ😊

 

キャストはみな良かった。大人キャストたちは出しゃばらず要所を締める感じで良かった。吉高の存在が、作品全体を大人が見ても共感できる感じにしていると思うので、池松壮亮はそういう意味で良かった。「行って!行って!!」っいうの笑った。

 

ちょっと年齢層の高い同級生たちも良かった。高畑充希の役はかなりクセがあったけど、なかなかおもしろかった。前田敦子が良かった! 冷めた感じだけど、ちゃんと主人公たちを見てて、さりげなく後押ししてくれる感じ。登場時はビックリしたけど、だんだん女子高生に見えてきた。

 

主演2人が初々しくて良かった。町田くんの細田佳央太は技術的に足りない部分があったとしても、逆にそれが迷走する町田くんにつながっていたと思う。猪原さんの関水渚はとても良かったと思う。

 

ロケ地はどこだったのかな? 駅前の感じとか、学校とか地方っぽくて良かった。2人がよく一緒にいる使われてないプールの感じとか好きだった。町田くんが感情をぶつけて掃除するシーンがあって、それはそれで面白いシーンだったんだけど、まさか伏線だったとわ!😲 脚本は石井監督と共同ってことのようだけと、鴨とか風船とかは片岡翔さんによるものかなと思ったけど、違うかな? 全体的にファンタジックでコミカルだけど、前述の町田くんのセリフとか心に響くセリフがたくさんあった。

 

見てから一週間以上経ってしまったし、上映館数が少な目だったけど、丸の内ピカデリーなどで上映中! じんわり心にしみてくる作品なので是非劇場で見て欲しい!

 

『町田くんの世界』公式サイト

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【diary】『X-MEN:ダーク・フェニックス』鑑賞(感想は後日)

2019-06-22 00:51:47 | dairy

【diary】『X-MEN:ダーク・フェニックス』鑑賞(感想は後日)

 

 

 

『アベンジャーズ』シリーズに続いて、『X-MEN』シリーズも今作で終了😢 ということで、TOHOシネマイレージウィークで会員は1,200円で見れるこの日、既にムビチケ購入済みだったので実質200円損して初日に見て来た😅

 

 

 

ザックリした感想はTweetどおり。感想は後日UPする予定だけど、今『町田くんの世界』書いてて、『アベンジャーズ/エンドゲーム』と、『コレット』と、『アラジン』も書けてないしどうしよう💦 がんばります😅

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【Googleのロゴ】2019年 夏至

2019-06-21 00:14:13 | Google's logo

毎度のGoogleのロゴがこんなことに!



2019年 夏至

毎年書いているけど、Wikipediaから引用!


夏至(げし、summer solstice)は、二十四節気の第10。

北半球ではこのが一年のうちで最も日の出から日没まで)の時間が長い。

南半球では、北半球の夏至の日に最も昼の時間が短くなる(#天文も参照)。

日本における旧暦5月内に発生する。

現在広まっている定気法では太陽黄経90度のときで6月21日ごろ。

ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間を夏至とし、

それを含む日を夏至日(げしび)と呼ぶ。

恒気法では冬至から1/2(約182.62日)後で6月22日ごろ。

期間としての意味もあり、この日から次の節気の小暑前日までである。

西洋占星術では、夏至を巨蟹宮かに座)の始まりとする。

 

とのことで、季節としては・・・

 

日本の大部分では梅雨のさなか。

北半球では一年中で一番が長くが短い日である。

暦便覧』には「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以てなり」と記されている。

 

 2019年の夏至は6月22日


うん?6月21日ではないの? あれ?(o゚ェ゚o)

 

風習としては・・・

 

新小麦で焼餅をつくり神に供える風習がある。

豊作を祈願するもので、田作を手伝ってくれる近所に配る場合もあり、

関東で多いが島根県や熊本県でも同様の行事が行われる。

 

とのこと😌

 

このロゴかわいい! 検索画面のロゴもカワイイ😍

 

晴れるといいね!

 

 よい夏至を~

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【tv】100分de名著「アルプスの少女ハイジ」(第1回)

2019-06-20 21:53:09 | tv

【tv】100分de名著「アルプスの少女ハイジ」(第1回)

山の上に住む幸せ

 

 

1回25分×4回で1つの作品を読み解く番組。6月はヨハンナ・シュピリ(Wikipedia)著「アルプスの少女ハイジ」(Wikipedia)を読み解く。講師はドイツ文学者の松永美穂さん。今回はその第1回。

 

講師の松永さんは、子供の頃に子供向けに書かれた本を読んでいたけれど、学生から卒論のテーマにしたいと言われて改めて読み、是非大人に読んで欲しいと思われたのだそう。アニメ大好きなのでどう違うのか楽しみ😍

 

【ヨハンナ・シュピリについて】

1827年:スイス山村生まれ。父は開業医、母は牧師の娘で詩人。

1852年:弁護士と結婚

1871年:小説「フローニの墓に捧げる一葉」を匿名で出版

1875年:高等女学校の理事になる(~92年まで)

1880年:「ハイジの修業時代と遍歴時代」を匿名で出版

1881年:「ハイジは習ったことを役立てることができる」を実名で出版

 

もとは専業主婦。最初の作品を送った時は、シュピリの文才に気づいた知人から何か書いて欲しいと言われ、イニシャルのみで出版した。有名になろうとかお金を儲けようという野心はなかった。

 

ハイジは「ハイジの修業時代と遍歴時代」と「ハイジは習ったことを役立てることができる」の2部構成。「ハイジの修業時代と遍歴時代」というタイトルは、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Wikipedia)の「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」と「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」の影響。シュピリはゲーテ愛読者で、新婚旅行でゲーテが暮らしたワイマール公国を訪問。相当なゲーテファンだった。

 

「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」はビルドゥングスロマン[Bildungsroman](bilden[動詞]形作る・築く)の基になった作品と言われている。ビルドゥングスロマンは日本語で教養小説と訳されることが多いが、むしろ人格形成小説である。少女ハイジが苦難や教育を通して人格を形成していく。


出た! 100分de名著ビルドゥングスロマンよく取り上げられるんだよね! まぁ、それだけ普遍的で支持されるテーマなのかもしれない😌

 

朗読意訳:6月の朝、マイエンフェルトの山道を背の高いがっしりとした若い女性が、まだ5歳くらいの女の子を連れて歩いていた。

(女優の安達祐実さんが朗読されていましたが、全文書き写すのは大変なので意訳?しました😌)

 

この2人はデーテとハイジ。2人はデルフリ(小さな村)に辿り着く。デーテはこの街出身なので、たくさんの人が声をかけてくる。バルベルという女性は家から出て来ると、一緒に歩きながらデーテに尋ねる。デーテの姉が遺した子のようだが、一緒にどこに行くのか?

 

朗読意訳:おじいさんに預かってもらうつもりだと言う。バルベルは難色をしめし、どこで働くつもりか聞く。デーテはフランクフルトだと答える。

 

大都市フランクフルトで働くことはデーテにとって大きなチャンスだったが、子供を連れて行くことはできない。そこで山の上で暮らすハイジの祖父(アルムのおじさん)に預けに来た。そう聞いてバルベルは驚く。山の上でアルムおじさんがどうやって暮らしているか誰も知らない。おじさんは誰とも関わろうとしない。1年に1度杖をついて山を下りて来ると、みな避けるし怖がっている。風貌はまるで異教徒だ。デーテは、そうだとしてもあの人はおじいちゃんなのだから、子供の世話はしなきゃいけないと答える。

 

伊集院光氏:女性同士の世間話感が良くできている。矢継ぎ早に質問が渋滞する感じ。


ハイジのおじいさん(アルムのおじさん)の息子がハイジの父で、デーテはハイジの母の妹。2人がやって来たマイエンフェルトはスイス東部にある現在でも人口3000人の小さな街。デーテが働いていたのはラガーツ温泉で、マイエンフェルトの隣駅。ラガーツ温泉は19世紀に高級保養地として発展した。デーテはヨーロッパ各地からラガーツ温泉に来た富裕層に誘われてフランクルとでの職を得た。

 

仕事を求めてドイツに行くことはよくあったのか?

 

当時のスイスはそんなに豊かな国ではなかった。19世紀後半だけど20万人以上が出稼ぎに行った。「ハイジ」が書かれた当時は大不況の影響で国外の移民が急増。

 

伊集院光氏:そういう境遇の人もいるだろうと読者も納得する感じなんですね。

 

19世紀は鉄道網が整備されたのでマイエンフェルトにも1858年に鉄道が開通。近代化の影響もあり人々の移動が盛んになった背景がある。


子供の頃アニメを見ていた時には、この物語の舞台がスイスであることは漠然と分かっても、デーテが出稼ぎに行くフランクフルトがドイツであって、スイスからはそれなりに距離があることも分かっていなかった。ましてや、スイスからの出稼ぎは普通のことであったというようなことは知らなかったので、なかなか興味深い😌

 

おじさんの評判が良くない?

 

バルベルは他所からデルフリ村に嫁いできた女性で、おじいさんが嫌われていることは知っていたが、詳しいことは知らないのでデーテから聞き出したいと思っている。実際に聞くと想像以上に暗い過去であった。

 

立派な農園の長男として生まれたおじいさんだが、若い頃に遊びや酒に財産を使い果たすと行方をくらましナポリで傭兵になった。十数年後トビアスという息子を連れて故郷に帰って来るが、村人たちは受け入れなかった。

 

朗読意訳:おじさんは腹を立ててデルフリに移り少年と暮らした。トビアスはきちんとした大人になり村人たちに好かれた。でも、おじさんのことは信用しなかった。人を殴り殺してナポリから逃げて来たと噂した。トビアスはどうなったの?とバルベル。

 

大工になったトビアスはデーテの姉アーデルハイドと結婚しハイジが生まれた。しかし2年後、トビアスは事故死。アーデルハイドも後を追うように亡くなった。

 

朗読意訳:するとみなが、この悲しい運命はおじいさんが神様を信じないで生きてきた罰だと言うようになった。面と向かって言う人もいたし、牧師も悔い改めるように言った。おじさんはますます頑固になり誰とも話さなくなった。みなもおじいさんを避けるようになった。おじいさんはアルムに上がって降りてこないとういう話になり、それ以来そこで暮らしている。

 

伊集院光氏:衝撃的。まさかの人を殺した。殺人事件なのか過失なのかも分からない。


ホントまさかの人殺しでビックリだけど、これは噂の域を出ないのか、本当に殺したのかも分からないね💦 ハイジのおじさんなのだから子供がいたことは間違いないけど、まさかの息子を連れて帰って来たという設定もビックリ😲 母親はどうしたのか? でも、トビアスがきちんとした大人になったのだったら、おじいさんはそんなにダメな人物ではないのでは? たしかに若気の至りで家をつぶしてしまったけれど😅

 

おじいさんの粗暴な一面ばかり列挙しているが、「神様とも人間とも仲たがいしたまま」のおじいさんの変化も物語の軸。

 

若い頃に外国の傭兵だったのはスイスらしいエピソード。資源に乏しいスイスでは貧しい男性が家計のために外国の傭兵となる歴史があった。ホームシック(独語:ハイムヴェー Heimwen)は故郷を離れたスイス人がかかる特別な病気だと思われていた。フランスではスイス病とも言われていた。ホームシックになるためスイスの傭兵は故郷の歌を歌うことも禁じられていた。

 

伊集院光氏:スイスが良いところだという要素もあり、リアリティーがある。


おじいさんが傭兵に行っていたというのもビックリしたけど、そういう背景があるなら納得。しかし、ホームシックというのはスイス人がなる病気だと思われていたというのは知らなかった😲

 

デーテがバルベルと話している間にハイジは重要人物に出会う。

 

ハイジは11歳の山羊飼いの少年ペーターと出会う。お母さんと目の見えない祖母と壊れかけた小さな小屋に住んでいる。父も山羊飼いだったが数年前に事故死している。半ズボンに裸足で山羊たちと飛び跳ねるペーターを見てハイジがしたことが象徴的。

 

 朗読意訳:半ズボンに裸足で駆け回るペーターを見て、ハイジは靴と靴下を脱ぎ捨てて、分厚いショールを脱いだ。

 

荷物を減らすため厚着させられていたハイジは次々に服を脱いでいく

 

 朗読意訳:ハイジはあっという間に普段着を脱いでしまう。そして身軽な下着姿で満足そう。洋服を全部きちんと重ねると、山羊たちの後ろにくっついてペーターと並んで飛び跳ねた。デーテにたしなめられると服はいらないとハイジ。後悔していない。

 

ハイジの服は下の方に置き去りにされていてたため、デーテはペーターに取って来てくれるように頼む。最初は聞き流していたが、デーテが5ラッペン硬貨を差し出すと、直ぐに取に行った。ほんの少しのご褒美を宝物のように喜んだ。

 

伊集院光氏:アニメで有名なシーン。とても得しているのは原作のすごさと、それをああいう風にアニメにしたんだというすごさ両方味わえる。

 

アニメでは山を登りながらどんどん服を脱ぎ散らかしていくが、原作では服をたたんで重ねる。ハイジは躾がなされていることが分かる。

 

伊集院光氏:アニメはつかみの部分で自然児ハイジのような感じを出したかったのでは?


たしかにアニメではとても印象的なシーン。すごく厚着させられていてマトリョーシカのようになっちゃっててかわいかった😳 あと、ペーターがハイジより6歳も年上でビックリ! もう少し年が近いのかと思ってた。

 

ペーターのご褒美5ラッペン硬貨はどれくらいの価値?

 

現在も使われている銅貨で、現在のレートでは5ラッペン硬貨=約5円。当時も少額なものだった。安い硬貨を貰ってペーターが喜んだのは、お金を持ったことがなかったから。ペーターは貧しくて無知な存在として、少し突き放して描かれているが、ハイジと交流し成長するのも物語の見どころになっている。

 

ハイジとデーテはおじいさんの山小屋に到着するが、とても冷たい態度を取られる。デーテに対しては「とっとと帰れ」と言うが、置いて行かれたハイジには優しさを見せる。

 

 朗読意訳:ハイジと2人きりになると、おじいさんは何がしたいか尋ねる。ハイジは小屋の中を見てみたいと答える。

 

ハイジはおじいさんの小屋が気に入る。屋根裏に干し草を積んでベッドにする。

 

 朗読意訳:ハイジは干し草のベッドによろこび今が夜なら直ぐに眠れると言うと、おじいさんはまずは何か食べようと言う。お腹は空いているかね?と聞く。

 

おじいさんはしぼりたての山羊のミルクを用意してくれた。

 

 朗読意訳:こんなにおいしいミルクを飲んだのは初めてとハイジ。それならもっと飲めと注いでくれる。ハイジは焼いてバターのようにやわらかくなったチーズをパンに塗って食べた。ハイジはパンを食べ、合間にミルクを飲んで満足そう。

 

ぐっすり眠った翌朝、ペーターの口笛でハイジは目覚める。おじいさんはパンとチーズのお弁当を作ってハイジに持たせ、ペーターお一緒に山の牧場へ送り出した。ハイジにとって山の上は素敵なことばかり。

(ブルーノ・ガンツ出演の映画『ハイジ アルプスの物語』の映像が使われていた! この映画好きだった😃)

 

伊集院光氏:安達祐実さんの天才っぷり! 一気におじいさんとの距離が縮まる。


安達祐実の朗読はホントにスゴイ! 現在のところ、デーテ、バルベル、ハイジ、おじいさんを演じ分けている。特にハイジのかわいさがスゴイ! そして子供の頃食べたくて仕方がなかったチーズのパン! 美味しそう😋

 

安部みちこアナウンサー:自然の美しさが伝わって来る。


シュピリの自然描写は読みどころの一つ。映画もテレビもない時代、人々は言葉の描写によって見知らぬ土地の風景を味わった。おいじさんやペーターにとって山の自然は見慣れたものだったが、麓の街からやって来たハイジの感受性を通して、風景画再現される。


分かる! そこにいる人には日常だから風景も生活の一部だけど、初めて見る者にとっては全てが新鮮なんだよね。まして、アルプスの山の風景ならばなおさら。5歳のハイジのキラキラした目で見た自然を一緒に見るという感覚はおもしろいと思う!


冬になるとハイジには新たな出会い。ペーターのおばあさん。おじいさんに橇に乗って連れて行ってもらう。おばあさんは目が見えず外出も出来ない。おばあさんとハイジは仲良くなる。ペーターの小屋はガタガタで壊れそうとおばあさんが言うと、ハイジはおじいさんに頼んで小屋を直してもらう。おじいさんは小屋には入らず外側だけを直してあげる。


伊集院光氏:そこもよくできてる。おじいさんの人嫌いは治っているわけではない。ハイジが真ん中に入ると何かしてやろうという感じはよく書けている。


ハイジが人と人をつないでいく。山の上で暮らす人々にも幸せが訪れて来る雰囲気がうかがえる。


もちろんこれはハイジが成長していくビルドゥングスロマンなのでしょうけれど、ハイジという存在がおじいさんを始めとした周りの人々を変えていくという部分でもビルドゥングスロマンなんだね😌 続きが楽しみ!

 

100分de名著:毎週月曜日 午後10:25~10:50 Eテレ

100分de名著

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【tv】ぶらぶら美術博物館「クリムト展 ウィーンと日本1900」

2019-06-19 23:06:26 | tv

【tv】ぶらぶら美術博物館「クリムト展 ウィーンと日本1900」

 

 

開催中の美術展や博物展を紹介する番組。今回は東京都美術館で開催中の「クリムト展 ウィーンと日本1900」を取り上げていた。これも近々見に行く予定なのでメモ取りながら鑑賞。ということで備忘メモとして記事にしておく😌


今回の解説は美術評論家の千足伸行先生(Wikipedia) 千足先生によりますと、グスタフ・クリムト(Wikipedia)は近代の画家でも展覧会を開催するのが難しい画家なのだそう。というのも作品が約200点と少なく、展覧会でもメインとなる人気画家であるため所有者から借りるのが大変だから。そんな中、今回は25点を展示しているそうで、これは最大規模。さらに、前回(記事はコチラ)取り上げた国立新美術館で開催中の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」と併せると、東京にかなりの点数が来ていることになる。これは見なきゃね!


グスタフ・クリムト「レースの襟をつけた少女の肖像」


クリムトは学生時代に友人の画家フランク・マッチュと先生の仕事を手伝っていた。2人はクリムトの弟エルンストと共に芸術家カンパニーを立ち上げる。これはビジネスとして大成功。ブルク劇場の天井画など大きな仕事を手掛けており、この仕事でカンパニーは金十字勲章を受けているのだそう。そして1897年にウィーン分離派(Wikipedia)を立ち上げ、黄金様式と呼ばれる時代に入っていく。

 

グスタフ・クリムト「ヘレーネ・クリムトの肖像」

 

ヘレーネ・クリムトは弟の娘。エミーリエ・フレーゲの姪でもある。顔はとても丁寧に描いているが、首から下は自由な感じ。1898年なので「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「パラス・アテナ」と同じ頃描かれた。転換期。過激派ではないので

急激に作風を変えることはしない。この絵はホントかわいい。きっと姪っ子のことかわいがっていたんだろうな😌

 

グスタフ・クリムト「女ともだちⅠ(姉妹たち)」

 

黄金様式確立。金以外も使用。黒を大胆に使うことで、若い女性の肌が際立つ。顔以外があいまい。平面でベタ塗りだが、これは日本の影響ではないか。1873年のウィーン万国博覧会(Wikipedia)により日本ブームが起きた。画風が変化する左下や右上に描かれている柄は、日本の着物などの柄や文様に見える。クリムトは日本美術のコレクションをしていたことでも有名。日本美術の他にもビザンチン様式の影響も伝えられているけれど、これはやっぱり日本の影響かなと感じる。この作品ポスターみたいで面白い。この縦長の構図は「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「エミーリエ・フレーゲ」の構図にも似ているとのこと。

 

グスタフ・クリムト「17歳のエミーリエ・フレーゲ」

 

絵自体は古典的な作品。でも、額に梅が描かれているのは日本美術の影響が感じられる。額に装飾を施すのはヨーロッパの伝統だが、その場合は左右対称になる。日本美術にはそれはないので、この額の描き方は日本からの影響。「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「エミーリエ・フレーゲ」は28歳のエミーリエを描いているが、これは17歳で知り合った頃。クリムトの愛情を感じるとのこと。エミーリエはとても自立した女性だったそうだけれど、17歳でこの顔立ちは本当に知的でしっかりした女性だったのだと感じる。そして、この額が素敵。琳派(Wikipedia)の影響かな? ちょっと酒井抱一(Wikipedia)を感じる。

 

グスタフ・クリムト「赤子(ゆりかご)」

 

1917年晩年の作品。色彩がフォービズム(Wikipedia) 的。ピラミッド形に積み上がって、その上に赤ちゃんがいる。積み上げるにしたってねぇ的なことを千足先生がおっしゃっていて笑った🤣 これほど積み上げたのは色彩を描くためだろうということで、この柄が日本的。高橋マリコはこの積み上げはひな人形ではないかと指摘。なるほどと納得😌 この作品好き。柄もいいし色合いもいいし、赤ちゃんもかわいい。

 

この赤ちゃんが誰なのかという論争があり、エミーリエとの隠し子ではという説もあるのだそう。クリムトは大変モテてウィーンのドン・ファンと呼ばれていたそうだけれど、エミーリエではないだろうとのことで、誰の子かは不明なのだそう。臨月のモデルを描いた作品もあるので、その子の可能性も? クリムトは14人子供がいたと言われているけれど、当然ながらクリムトの死後に裁判を行い、うち6人がクリムトの子供であると認知されたのだそう。この裁判により全員の名前が判明したけれど、財産があまりなかったので取り下げた人もいたらしい😅 

 

グスタフ・クリムト「哲学」

 

幻の大作ウィーン大学天井絵。1894年32歳の時に国から依頼されて描くが、完成作品が物議をかもしてしまい、返金して取り下げてしまった。その後、個人が保存していたがナチスに没収されてしまった。ナチスはウィーン郊外に疎開させていたけれど、戦況が悪化したため焼き払ってしまったのだそう。酷い! なんてことをするんだ😠 千足先生は最大傑作に人間が火を放つなんて極刑に値するとおっしゃっていたけど、ホントその通り!

 

この展覧会ではサイアノタイプ(青写真)(Wikipedia)を展示。この「哲学」は哲学が解明すべき宇宙の謎を描いているのだそう。ただ、これが不評で「哲学的でない人間が、哲学を描くとは何ごとか!」と言う人までいたのだとか。そう思うのだったらクリムトに依頼してはダメなのでは? 自分には哲学なんてサッパリ分からないけど、ならどういう作品が哲学的なんだろう?

 

グスタフ・クリムト「医学」

 

この真ん中に描かれているのは医学と健康の女神だそうで、死神などクリムトらしい画風ではあるとのことだけど、これも不評だったらしい。大学としては医学の進歩を描いて欲しかったそうだけれど、繰り返すけどそれならクリムトに依頼しちゃダメだよね😅 だってクリムトって主題のものを分かりやすく描く画家ではないと思うのだけど🤔

 

グスタフ・クリムト「法学」

 

大ダコはヨーロッパでは妖怪的って言ってたかな? ちょっと正確な言葉はメモ取れなかったのだけど、ようするに忌み嫌われている存在といことだった。それに巻かれている老人は罪人とのこと。この画像だと分かりにくいのだけど、上の方で女性が持っている四角いものに"LEX"と書かれていて、これは法律と言う意味で、この上の3人は司法のモチーフ。要するに主役が脇に回ってしまっているとのことで、今見ると面白いとのこと。この大ダコは葛飾北斎の春画から着想を得ているのかな?

 

葛飾北斎「蛸と海女」

(展示なし)

 

反対の署名が80人も集まったそうで、これが多いのか少ないのかよく分からないけど、とにかくクリムトとしてはプライドを傷つけられて自分で買い戻したのだそう。そして、前述したような顛末でこれらの作品は失われてしまった😩 こんな悲劇は予想できないし、大学に飾る作品としてどうかという気持ちも分かるけれど、今はもう見れなくなってしまったことは最大の悲劇だと思う。

 

グスタフ・クリムト「ヌーダ・ヴェリタス 裸の真実」

 

「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「パラス・アテナ」の左下に描いたものを拡大した。当時裸の絵はタブーだったのだそう。黄金様式。金箔=黄金様式。これ素敵だな。写実的ではないのに、この裸体は美化していなくてリアル。でもキレイ。


グスタフ・クリムト「ハラス・アテナ」

(「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」で展示中)

 

グスタフ・クリムト「ユディトⅠ」

 

ここから黄金様式! 首飾りなど金箔使用。クリムトは彫金師の家系。弟は彫金師を継いでいる。金箔はヨーロッパにもあり、同じくクリムトが影響を受けたビザンチンにもある。ユディトのこの表情は女性を知り尽くしたクリムトだったから描けたのではないか。左右の目の開き方が違う。恍惚の思い冷めやらずという感じ。顔立ちからアデーレ・ブロッホ・バウアー(Wikipedia)ではないかと言われているそうだけれど、こんな表表は夫以外に見せないハズ。ましてアデーレは上流の女性で噂が立つのは危険。なので違うのではということだったかな? アデーレ・ブロッホ・バウアーといえば「黄金のアデーレ」で、それを取り戻す映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』(記事はコチラ)も良かったな😌

 

ユディト(Wikipedia)とは旧約聖書(Wikipedia)外典(Wikipedia)のヒロインでユダヤ人の未亡人。サロメ(Wikipedia)と題材が同じ。将軍ホロフェルネス(Wikipedia)の首を斬る。なので通常は剣を持って描かれる。剣がないのでサロメではと思うけれど、額にユディトと書いてあるからユディト。とにかくユディトの存在感がすごくて右下の首に目がいかない。たしかに! 言われなければ分からなかった!

 

グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」

 

さて、今回の目玉の1つ「ベートーヴェン・フリーズ」の実寸大の複製。これはウィーン分離派会館(Wikipedia)の地下にある壁画を忠実に再現したそうで、漆喰など同じ材料を使っているのだそう! スゴイ!! 

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Wikipedia)の「交響曲第9番」(Wikipedia)いわゆる第九をテーマとした作品で、発表時にはグスタフ・マーラー(Wikipedia)が指揮して演奏したのかな? ちょっとメモが追いつかなかった💦 詩人フリードリヒ・フォン・シラー(Wikipedia)の詩をもとにしたのが"歓喜の歌"。シラーは様々な人に影響を与えていて、太宰治(Wikipedia)もシラーの詩をもとに「走れメロス」(Wikipedia)を書いたのだそう。なるほど🤨 第九をどうやって絵にするかということで、これはリヒャルト・ヴァーグナー(Wikipedia)の解釈をもとにしているのだそう。

 

前置きが長くなったけれど、この黄金の騎士は本人ともマーラーとも言われているらしい。剣の柄には石がはめ込まれていて立体的。敵対する勢力と戦おうとしており、裸の男女に頼りにされている。この作品は逆コの字型に描かれていて、この騎士の絵は左側に描かれている。騎士が戦いを挑む相手は、これと直角に描かれている。

 

グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」

 

これが戦う相手。真ん中のゴリラっぽい生き物はテュフォン(Wikipedia)はギリシャ神(Wikipedia)話の巨人で全知全能の神ゼウス(Wikipedia)を負かしたことがあるのだそう。"Typhon"と表記して台風の語源になったらしい。左に描かれているのはゴルゴン三姉妹(Wikipedia)でファムファタール(Wikipedia)。死・病・アレゴリーを象徴。

 

右の太めの女性は不摂生を象徴している。装飾や衣装の描き込みがスゴイので、これは怠惰な金持ち皮肉っているのかな? 赤毛の女性は淫蕩や肉欲を象徴。目つきやポーズはクリムトなわでわ。この女性はいいわ。ゾクゾクする!

 

グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」

 

これは向かって右側に描かれている。実際はテュフォンが描かれている壁から2枚分くらい女性が数人描かれていて、あとは空白で描きかけ?と思うような部分が続く。で、最後にコレ! これは"歓喜の歌"を表現しているのだそう。とても力を入れて描いている。背景に描かれているのは合掌する天使たち。これはフェルディナンド・ホドラー(Wikipedia)  の「選ばれし民」の影響ではないかとのこと。

 

 

フェルディナンド・ホドラー「選ばれし民」

(展示なし)

 

抱き合っている男女はシラーの詩の"抱き合え幾百万の人々よ、この接吻を全世界に"を表しているのだそう。まるで湯気が出ているかのようにメラメラした曲線が描かれていて、その両脇に太陽と月が配置されている。これは感動的だわ! この男女を囲んでいる黄金の部分は何だろう? 何だかサッパリ分からないけど、これはとっても素敵✨ 

 

「ベートーヴェン・フリーズ」は以前、千葉のそごうだったかな? 見た気がするのだけど、もちろんコピーだったのでしょう。今回は、かなり再現度が高いということなので楽しみ。どうやら第九が流れているのかな? これは期待大!

 

グスタフ・クリムト「オイゲニア・プリマフェージの肖像」

 

1913年晩年の作品。裕福な銀行家オットー・プリマフェージの妻。顔や肌が見えている部分はきちんと描くが、他はキュビスムやフォービズム的な感じになっている。矢作から肖像画は頼まれて描くのに文句は出なかったのかとの質問があり、千足先生によるとその辺りは相談して進めるとのことだった。右上には鳳凰が描かれている。陶磁器の柄によく使われるため、それを参考にしたのではないかとのこと。これは日本美術の影響かな? 頭の後ろの部分はディエゴ・ベラスケス(Wikipedia)の「王女マリア・テレサ」の髪型を真似したのではないかとのことだった。

 

ディエゴ・ベラスケス「王女マリア・テレサ」

(展示なし)

 

うーん💦 でもこれは髪型だよね? 髪型というわけでもないし、唐突に描かれちゃってるけど。まぁいいか😅 実はクリムトはオイゲニアの娘であるメーダも描いていて、これが大変評判が良かったため、モデルとしても納得したのではないかとのことだった。

 

グスタフ・クリムト「メーダ・プリマフェージの肖像」

(展示なし)

 

これカワイイ😍 まず淡い色使いがいいし、服装や髪型も今見ても全然古くない! これ見たいけど、今回は展示してないんだよね? 残念😭

 

グスタフ・クリムト「アッター湖畔のカンマー城Ⅲ」

 

クリムトというと人物画を思い浮かべるけれど、実は作品の4分の1は風景画なのだそう。この作品はポール・シニャック(Wikipedia)や ジョルジュ・スーラ(Wikipedia)の影響を受けているとの指摘。アッター湖畔はザルツカンマーグートにあるアッターゼーにあって、ウィーンの人々に人気の土地だったのだそう。クリムトはエミーリエと毎年訪れていたとのこと。この作品は正方形だけれど、その理由は望遠鏡を使って見たからなのだそう。

 

①正方形、②点描、③人がいない。この3つがクリムトの風景画の特徴だそうで、肖像画は自意識過剰なモデルから文句を言われてしまうが、風景画は自分の思う通りに描けたので、これは癒しのために自発的に描いたのではないかとのことだった。なるほどね。アッターゼーには行っていないけれど、以前ザルツカンマーグートに行ったことがある。自然がとっても豊かで、静かで、本当に美しい場所だった。また来たいと心から思った場所の1つ。クリムトの気持ちはとっても良く分かる😌

 

グスタフ・クリムト「亡き息子オットー・ツィンマーマン」

 

晩年、クリムトは"生命の円環"を描くようになる。この作品は生後3ヶ月で亡くなった息子のデッサン。どうやら横に棺に横たわる写真が展示されているようだけれど、本当にあどけなくてかわいい。まるで眠っているみたい。こんなかわいい子を亡くして本当に辛かったんだと思う。死に顔をデッサンしている気持ちはどんなだったのだろう。名前からクリムトのモデルとして有名なマリー・ツィンマーマンの息子だろうということだった。 この頃から生と死に関心が高まって行ったのだそう。

 

グスタフ・クリムト「女の三世代」

 

今回の目玉! 日本初公開となる作品。老婆と母と娘。やがて人は死ぬというメメントモリ(Wikipedia)的な思想。母と娘の部分は母性愛を感じる。夢見るような美しさ。老婆は母の数十年後か? 死の後に次の命が生まれる。生命の円環。左右には銀箔。ビーズのような模様。上半分は暗闇? 窓? 壁? 死後の世界は暗闇だととらえたのではないか?

 

この作品は1911年ローマ国際芸術展に出品されたもので、イタリア政府が買い取ったもの。ローマ国立美術館(ローマ国立美術館(ローマこくりつびじゅつかん)とは-コトバンク)所蔵。新しい美術に理解があった。画家の太田喜二郎(太田喜二郎(オオタキジロウ)とは-コトバンク)はローマで今作を見て日本美術だと語ったのだそう。なるほど😌

 

これはかなり大きな作品。これも晩年の作品で、男女の愛とか、母性愛とか、生と死とか、そういうものを全て描いてきて辿り着いた到達点ということなのかなと思う。これは楽しみ過ぎる!😍

 

とにかく情報量が多い! 通常ならば物販の紹介があるのだけど、それもなし。ぎちぎちに詰め込んで紹介。これは見応えがあった。これを踏まえて見に行きたいと思う。楽しみ✨

 

ぶらぶら美術博物館:毎週火曜日 21:00~22:00 @BS日テレ

BS日テレ - 「ぶらぶら美術・博物館」番組サイト

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【動画】浅田真央ちゃん 「エアロ快眠編メイキング」

2019-06-19 21:33:31 | 【動画】MaoAsada

【動画】浅田真央ちゃん 「エアロ快眠編メイキング」

 

 

一つ前の記事(コチラ)で紹介した浅田真央ちゃんが愛犬エアロと共演した新CM。そのメイキング映像がエアウィーヴ公式でWEB限定で公開されてた! 真央ちゃんのエアロに対する愛情がとっても伝わって来るし、エアロも真央ちゃんが大好きなのが分かる。とても心温まる動画。エアウィーヴさん公開ありがとうございます😍

 

ということで、動画をドゥゾ♪(っ'ω')っ))

 

エアウィーヴ公式「浅田真央 エアロ快眠編メイキング」WEB限定

エアロ笑顔😊

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする