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【cinema】『ぼくとママの黄色い自転車』(試写会)

2009-08-18 02:34:18 | cinema
'09.08.12 『ぼくとママの黄色い自転車』(試写会)@九段会館

yaplogで当選。実はこの日やっぱりyaplogで『里山』の試写会も当選してた。どっちにしようか悩んだんだけど、『里山』はドキュメンタリーなので、やっぱりストーリーのある映画の方がいいかなと思いこちらにした。

「父親と2人暮らしの大志。パリに留学中の母から届く手紙を楽しみにしている。ある日、母がパリにいるのではなく、実は小豆島にいることに気づく。父には内緒で、従姉に協力してもらい、母を尋ねて旅に出るが…」という話。これはなかなか良かった。事情があって離れて暮らす親に、家族に内緒で会いに行き、その途中様々な人に出会い、彼らの心をほぐして行くって感じは、今まで何度も見てきた印象。どのシーンも特別目新しくはなく、見たことある感じ。つまり王道。だけどやっぱり、王道ゆえに感動してしまう。そして、多分親ならきっと泣いてしまうと思う。

全体的にテンポがよかった。冒頭、パリから届いた手紙に喜ぶ大志。無邪気ながらするどい質問をして父親を慌てさせる。見ている側は、手紙は本物ではないことを知っているので、ここはちょっと切なくもおかしい部分。父親が遅くなる時には叔母の家で帰りを待つらしく、少し年上の従姉と姉弟のように過ごす感じもほほえましい。でも、偶然母と叔母がパリの凱旋門で並んで写っている写真を見つけてしまう。それは今朝届いた母からの手紙に同封されていた写真と同じ日に撮られたものだった。

ここから大志の調査が始まる。幼いながら結構しっかり調査は進む。とにかく主役の武井証くんが上手くてかわいい。この辺りは大志もお母さんに会いたいとういう気持ちよりむしろ、謎が1つ1つ解けていく感じがおもしろい側面はあるのかも。例えば、郵便局へ行って消印から発送された郵便局を教えてもらうとか、子供でも出来る方法でちゃんと見せているところがいい。ところどころご都合主義的な部分もあったけれど、テンポを崩さないってことでは良かったかも。

自転車に乗って小豆島へ向かうとチラシなどに書いてあったので、何と無謀な と思ったけれど、当初の予定ではガール・スカウトに参加している、しっかり者の従姉が新幹線のチケットなどを手配。この辺りも岡山までのチケット代はどう調達したんだ?というツッコミは、記事を書いてて今気づいた(笑) というくらい、大志くんと一緒にドキドキ、ワクワクしてた。紆余曲折あって、最終的に黄色い自転車で旅することになるけれど、この紆余曲折も自然な流れ。

チャリで行くことになったのは、愛犬アンが少なからず関係しているけど、このアンがかわいい! 後に大活躍シーンがあって、このシーン自体はありがちではあるけれど、よくこの犬種を選んだなというくらいかわいいので、ベタながらも感動してしまう。猫派なので犬にはあまり詳しくないからアンちゃん(くん?)が何という種類なのか不明だけど、小学校3~4年生くらいと思われる大志のチャリのカゴにすっぽり入ってしまう大きさ。もこもこの毛並で短い手足。前足をちょこんとカゴにかけて、おじいちゃんみたいな顔で乗っているのがかわいい。大活躍後に座布団にちょこんと座っている姿はもうぬいぐるみです。かわいすぎ! そして、しっかり演技してた。

電車に乗れなかったことから大志の大冒険が始まるわけで、ここからはロード・ムービーのお約束、出会った人達に助けられ、逆に助けてという感じ。でも、テンポ良く進むし、役者さん達の演技がいいので、すんなり入ってきた。途方に暮れていた大志は"岡山運送"と書かれたトラックを見つけ、その荷台に乗り込む。この運転手の彼女が現れ痴話ゲンカの末、車を奪って走り出してしまう。この辺りは、ありがちな若い女の子の大袈裟でガサガサした感じが苦手なので、ちょっとあざといかなと思っていたけれど、この役を演じていた女優さんがわりと良くてギリギリOK。

明石に辿り着いた大志は警官に見つかって保護されそうになる。この警官がほっしゃん。このシーンなんかもあざとくなりがちだけど、ほっしゃん。のとぼけた感じがおかしくていい。「ぼくぅ~」と言いながら追いかける姿が、やる気があるのかないのか分からない感じでいい(笑) このピンチを救うのが大志と同じくらいの女の子。コテコテの関西弁でパキパキとほっしゃん。警官を煙に巻く、ちょっと生意気な感じの女の子。だけど、この子の演技が良くてこのエピソードは好きだった。女を作って出て行ってしまった父を思い寂しい思いをしているけれど、明石焼屋をきりもり自分を育てている母親を思って強がっている。素直に母親に会いに行くと語る大志に、いじわるを言ってしまう気持ちは良く分かる。ここの2人のシーンはすごく好き。

台風に遭遇してしまった大志はアンの大活躍で、自殺しようとしていた老人に救われる。そして大志は結果的にこの老人を救うことになる。ここで初めて大志の父は、彼の無事を知る事になる。この2人のエピソード自体もありがちではあるし、柄本明の演技をもってしても、明石の少女とのシーンにはかなわなかったかなと思うけれど、この老人が父親に対して言う「男と男の約束だから」とういうセリフはベタだけどいい。父親の一志は大志の母琴美との約束を守ったのだけれど、それは自分がその約束にすがっていたという側面もあるわけで、結果大志にきちんと向き合えていなかったということにもなる。幼くても大志を男と認めたこの言葉はいい。そして老人は全てを知った上で、大志を送り出す。このシーンもいい。

チラシなどにも書いてあるので、ネタバレではないと思うけれど、大志の母が嘘をついてまで、彼の元から去ったのは、記憶障害になってしまったから。この病気のことは詳しく知らないけれど、要するに『私の頭の中の消しゴム』と同じだと思う。未見だけど(笑) 母親がこの病気になってしまったということは、重要な要素ではあるけれど、物語の主軸は少年が遠く離れたところに居る母親に会いに行くということなので、この母のエピソードは父の回想シーンとして描かれる。父は回想することで、改めて現実と向き合うことになる感じもいい。断片的に描かれるシーンは、はっきりとした時間経過などの説明はないけれど、着実に進行していくのが分かる。大志を連れて散歩に出かけて帰り道が分からなくなってしまうシーンが印象的。琴美は帰り道が分からなくなってしまったことは分かったけれど、大志をどこかに置いてきてしまったことは忘れてしまっていた。それに気づき愕然とする。これは辛い。病気とはいえ自分を許せないと思う。そして、この後さらに事件を起こし、彼女は大志の元から去る決心をする。1つ1つは少ないシーンながら、徐々に進む病状と、病気に対する不安、こんな事になってしまった自分を責める気持ちなど、鈴木京香はきちんと表現していたと思う。

ついに大志は小豆島へ。この島へ来てからも冒険は少し続くのだけど、最終的に彼が母の元に辿り着いたのは"記録"と"記憶"のおかげ。記録は記憶のサポートだとすれば、今は母の中からは失われた"記憶"は、大志の"記憶"となって生きているということ。これは良かった。大志が母を認められないシーンなんかは、いらないかもと思ったけれど、ずっといい子だった大志が急にわがままになるのは現実逃避と甘え。それは母親ゆえ。母からのメッセージは泣けた。このメッセージ親だったら絶対泣くと思う。琴美は自ら運命を知っていたからこんな形で残したけれど、内容的には多分親なら普段意識していなくても、普通に思っているであろうことが語られている。人は皆いずれ死ぬ。たいていの場合、親は子を残してこの世を去ることになる。子供が何歳になっていても、親はきっとこんな気持ちになるんじゃないだろうか。なんて親になったこともないのにえらそうだけど、MJのご両親も最近電話で話した時、の●ピー事件をふまえて「あんたは麻薬やったらあかんで!」と言っていたそうだし、間違ってないと思う(笑) このシーンでボロボロ泣いて感動もMAXだったので、この後の奇跡のシーンはやり過ぎかなとは思う。それが無くても十分伝わってた。でも、王道ゆえ見ている側は奇跡を期待してしまうので、映画としてはありだと思う。

感想の中にも書いてきたけど、役者さん達はみんな良かったと思う。鈴木京香についてはすでに書いたとおり、老人役柄本明も映画をしめていたし、明石焼屋の鈴木砂羽も良かった。大志に嘘をついていることに1人反対していた叔父、甲本雅裕もいい。反対理由は柄本老人とはちょっと違う気がするけれど(笑) 父親の阿部サダヲはちょっと演技が舞台調で大袈裟なところもあったけれど、琴美との約束を自分も信じたかったって気持ちはすごく分かる。それは逃げてるって思わなくもないけど、親だからって完璧なわけじゃない。その辺りは良かったと思う。大志の武井証くんは奇跡シーンが少しやり過ぎちゃったかなと思うけれど、全体的に上手い。すごく自然だった。そして、とにかく健気でかわいい。

30代半ばくらいと思われる父は建築士のようで、建築士の収入具合が分からないけれど、いくら保険が降りたとはいえ、もう建て直したのか?とか、入居費用や治療費は?なんてツッコミも見ている間は全く気にならなかったくらいテンポが良くて、ベタではありながら自然に進むので、ツッコミどころも気にならず。良かったと思う。

とにかくアンがかわいい! 大志くんとアンのかわいさだけでも見る価値あり(笑)


追伸:エンド・クレジットでそれぞれのその後が描かれるので、終了後もお楽しみに。

『ぼくとママの黄色い自転車』Official site

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【MJ】「みうらじゅんのDSショー」

2009-08-17 00:49:55 | MJ
'09.08.11 「みうらじゅんのDSショー」@PARCO劇場

TBSサービスより出版されたMJことみうらじゅんの本「十五歳」 その本の帯についてる応募券をハガキに貼り、本の感想を書いて送付。抽選で400名をご招待という企画イベント。こうして記事を書いているということは見事当選したわけです! しかもbaruも当選! 素晴らしい!!

今回出版の「十五歳」、CSで放送中(?)の「みうらじゅんDS」、そして8月15日公開の映画『色即ぜねれいしょん』(22日鑑賞予定)の合同イベント。今回出版された「十五歳」は、MJがまさに十五歳だった頃、編集長となって自ら設定した締め切りに毎日追われながら書き溜めた詩やエッセイをまとめたもの。ちょうどそんな詩やエッセイを書いているDT(童貞)をこじらせていた青春時代を描いた自伝的小説の映画化したのが『色即ぜねれいしょん』 そして、この詩やエッセイを声優の羽佐間道夫とドラゴンボール野沢雅子が朗読し、MJが解説する番組「みうらじゅんDS」と、まさにMJの青春時代てんこ盛り企画(笑)

第1部は『色即ぜねれいしょん』の監督田口トモロヲを迎えてのトーク。まずは映画の予告編を鑑賞。主演の渡辺大知は高校時代のMJに似ているとのこと。たしかにそうかも。MJは今でも太ってはいないけれど、やはり顔の輪郭などが・・・ だけど、少年時代のMJはホントに細くて、目もキラキラしてて、わりとかわいい顔をしている。残念ながらその年頃の女子にモテるタイプではないけれど・・・ もちろん世代が違うのでよく分からないけれど、フォーク・ブームの中、ボブ・ディランや吉田拓郎に憧れてギター片手に曲を作り、女子にモテたい一心でバカなことをする。彼女を作ろうと友達とユースホステルに行く夏休みを中心に描かれるらしい。これは良さそう。青春時代って後から振り返ると楽しかったりするけれど、その当時は結構辛かったりする。まぁ、青春時代に限らず、人生の大半はわりとそんな感じだったりするけど。その、青春時代本人は真面目にやっていることが、後から振り返るとバカだったという感じが良さそう。MJ&田口トモロヲ監督は前作『アイデン&ティティ』がすごく良くて好きだったので、これは期待大。すでにbaruから誕生日プレゼントとして、本人達が映画の見どころを紹介したカセット・テープつき前売券をゲットしている!

予告編の後、田口トモロヲ登場。光沢あるグレーのスーツの中にはブロンソンTシャツ! カッコイイ! トモロヲさんとMJはチャールズ・ブロンソン好きとしてブロンソンズというユニットを組んでいる。たしかCSで放送していた「なまはげ兄弟」(KKKの岩手県のご当地ソング。旅館の一室のようなセットで浴衣姿のKKKがゆるく進行する番組)だったと思うけど、『大脱走』のテーマに直訳したような日本語歌詞を乗せてゆるく歌っているPVを見た。スゴイ好きだった。ということで、ブロンソンTシャツを着てきたにもかかわらず、全然気づかないMJ。素敵です。まぁ確かに分かりずらかったけれど(笑) トモロヲ監督は現在、全国キャンペーン中とのこと。行く先々で、主演の現役高校生渡辺大知の秘密を暴露してしまい、最初はおもしろがっていたけれど、ちょっとヒドイことしたかもと反省してやめたのに、お父さん役のリリー・フランキーが別の記者会見で言ってしまったのだそう。話としてはとっても楽しかったのだけど、かわいそうなのでここでは伏せておきますが、まぁ勘の良い人ならお気づきかと(笑) MJの地元京都では先行公開されている。その舞台挨拶にはMJとリリー・フランキーも出席。リリーさんと飲んでいたMJは急に実父に会わせようと思いついたらしく、夜の11時過ぎに実家に電話し寝ていたお父さんを起こし、父親役リリーと対面させたのだそう。お父さん同士話していたとMJはおもしろがっていたけれど、2人とも困っただろうな(笑)

記者会見で渡辺大知が映画のことを「僕の青春時代そのものという感じです」と語るのを聞き、これは俺の青春なのにとカチンときたMJが、予告編を編集。純役の部分を自ら出演。オトンとオカンの出演シーンは両親の写真処理で対応。映像を作る際、最も安い手法が写真処理だそうで、トモロヲ監督にはバカにされていたけれど、両親に出演してもらう時間がなかったらしい。この予告編はよかった。ユースホステルのシーンでは、安齋さんも登場。急に純がMJになってしまうことに違和感ありなのがすごくおもしろいし、あえてのチープさがいい。そしてラストMJのジャンプで終わるけれど、ジャンプ力がないなぁと思いツッコミながら笑っていたら、トモロヲ監督も同じツッコミを入れていたので、うれしかった(笑) ということで、この予告編をもって第1部は終了。

第2部は「みうらじゅんDS」 通常番組では羽佐間道夫と野沢雅子お二人の朗読は別録りで、セットにはMJしかおらず、今読まれた詩もしくはエッセイについて解説している。今回はこれを全て舞台上で行われる。イスが3つ並べられ、真ん中にMJ、客席側から見て右手が野沢さん、左手に羽佐間さんが座る。観客が知らされるのはタイトルと書かれた日付、その当時のMJの学年のみ。基本、朗読は1本ずつ交代で読む。野沢さんか羽佐間さんのどちらかが朗読している間、他の2人の席は暗転。読み終わると照明がつき、MJが解説したり、後ろのスクリーンに映し出されるスタッフからの質問に答えるというもの。書いた当時、中学生~高校生なのだから、やっぱり圧倒的に知識は不足しているし、何しろDTである当時のMJが女とはこういうものじゃないかと想像して書いたりしているのだから、ものすごくおかしな内容となっている。ちなみにDSとはどうかしているという意味。だから、もちろん読まれる詩もどうかしているものばかり。そもそも番組の主旨としては、スタッフ選りすぐりのどうかしている作品を紹介していくというものだった(笑)

トータルで10本くらい紹介したかな・・・。すべてDSだった(笑) でも、それが素晴らしいわけです! しかもほとんどの作品は試験前に勉強もしないで書かれている。現実逃避だった部分もあったりするのかも(笑) いろいろあったけど、とってもおもしろかったのは、元スケ番だった女子中学生が男の先生の愛情ある指導で立ち直ったものの、先生が別の女性と結婚してしまい失恋、そして卒業と2つの別れを経験するという小説。主人公目線で書かれているので、もちろん女性です(笑) お母さんの再婚相手にいたずらされそうになったりと、かなり辛い生い立ちの美和子。そんな美和子を映画や絵を描きに連れ出してくれた先生。彼に恋心を抱くも、先生は別の人と結婚してしまう。卒業式の日、先生は美和子に落合恵子の小説を手渡す。その中に先生からの手紙が入ってた。というこの小説、元スケ番であるという部分を除くと、MJの実体験なのだそう。完全な文科系男子で、体育会系の爽やかな男子にもなれず、家ではMJを一切否定しない両親に反抗することもない青春時代をすごしたMJは、いじめられていたわけでも孤立していたわけでもないけれど、教室で1人締め切りに追われている詩やエッセイを書いている事が多かったとのことで、多分先生はそれを心配したのではないかと・・・。中学から6年間男子校で過ごし、リアルな女性は学食のおばちゃんと、母親くらいだったMJにとって、憧れの対象はこの先生だった部分もあるらしい。

全てがこんな感じで、その時々MJが感じていたことを、時には架空の彼女を登場させたりしつつエッセイにしていく。文科系男子であったMJにとってそれは青春時代のおかしなエネルギーの発散場所だったんだなぁと思ったりする。そして、当時のMJはそんなことを意識してはいなかったと思うけれど、それが現在のMJの土台となっていることは間違いない。発想とか思ったことを素直に表現することとか・・・。単純にテレビ番組になったり、本になったりしているだけでも立派な糧ですが(笑) でも、そういうことじゃなくて、その時には単にモテたい一心でしていた事が、大きく軌道をずれていたけれど、今もMJがモテたいと思ってやっていることにも繋がっているというか・・・。何を言ってるのか分からなくなってきた(笑) でも、仏像にしてもMJが小学生の頃から続けてきた趣味。それが今仕事になっているわけだし、そう考えると子供の頃に興味を持つことって大切なんだと思う。そして、自分の好きな事は誰に何と言われても貫くべきなんだと思う。

第2部は「勇気」という詩を朗読。それに当時のMJが曲をつけ高い声で歌っている音源に、大人になったMJが描いたイラストのPVを流して終了。頭にパーマをあてて剃り込みを入れたヤンキー目線で語られるこの詩は、このヤンキーがこんな悪い事をしてやるという描写が続いた後、実はそんな人達を遠くから離れて見て、母親相手に凄んでいる"勇気凛々みうらくん"というオチで終わるという、なかなか良くできた詩?だったりする。かなりのワルであるこの男は、ふわふわした男が連れている女性をSEX、強姦、愛撫してやると言うわけですが、当時DTだったMJは、愛撫がとっても悪いことだと思っていたため、順番を間違ってしまっているわけです(笑) そのことが、オチ以上におもしろかったりする。そこをあえて皆で笑っちゃおうというのが素晴らしい! この曲とPVは以前見た事があるけれど、MJの絵が昔のアニメのようにカクカクしたコマ割で動く感じがいい。

第3部は歌。ホントはもう少し時間を取って何曲か披露する予定だったみたいだけれど、全体的に話しすぎたとのことで、2曲のみとなってしまった。もちろんこれもDT期に作られた曲。MJはこの時期、実は詩人、エッセイストだけではなく、漫画家、ミュージシャンとしても活動し、締め切りに追われる毎日だったのだとか(笑) 「冬から春へ」というフォークというかちょっと演歌調でもあるこの曲のテーマは、おなじみの試験。さっきチラリと触れたけれど、MJは試験前になるとよりいっそう締め切りに追われていたようで、そんな時作られた作品のテーマの多くは試験だった。この曲はMJのお気に入りなのか、何度かイベントなどで聴いたことがある。いろいろな事が自分の思う通りには行かない感じを、季節の移り変わりに乗せて歌うちょっと切ない感じの曲ですが、結局歌っている事は期末試験のことであるというのがいい(笑) まぁ、よく考えれば15歳くらいの少年の世界なんてそんなものなんじゃないかと。それを"自分探し"なんてタイトルつけて頭でっかちになっているから余計辛いわけで、自分なんて30過ぎたって見つからない。そして、別に見つけなくてもいいと思う。DSな曲を真剣に作ってきたMJだって、こうして立派にDSな大人になれたわけだし(笑)

応募の際の感想にも書いたけれど、とにかく中学、高校時代にこんなに作品を書いたという事実もすごいし、それをきちんと取ってあるということもスゴイ。だけど、MJの素晴らしさはそのDSな事を、50歳過ぎた今何の迷いもなく世間に向けて発表できるということなんだと改めて思った。やっぱりMJは偉大です!


「みうらじゅんDS」(TBSチャンネル)
miurajun.net

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【MJ】「勝手に観光協会ポスター展」

2009-08-14 00:29:05 | MJ
'09.08.07 勝手に観光協会ポスター展@原宿LAPNET SHIP

当blogに何度も登場しているKKKこと勝手に観光協会。そのポスター展が開かれるってことで気になってた。急に思い立って行ってきた。

KKKについてはすでに何度か書いたので、簡単にご紹介。MJことみうらじゅんと、AHこと空耳スト安齊肇2人のユニット。視察と称して勝手に観光し、ご当地ソングと観光ポスターを作るという活動。CSにて番組も企画も継続中だけど、2008年末にすでに1度全国視察コンプリート。今年3月には2DAYSでご当地ソングを全曲披露するというライブ・イベントも開催済み。もちろん2日とも行って、個人的にも全曲コンプリート(笑) そして、この夏!ポスター48枚を一挙に展示! と、いうことだと思う(笑)

実はこの日、すごい寝坊してしまって天気予報を見るヒマがなかった。まさか、夕立にあってしまうなんて(涙) 地下鉄から外へ出たらスゴイ真っ黒な雲。とりあえず行ってしまえと、慌てて歩いていたら曲がるべきとこを通り過ぎてた… 気づいたらFOREVER 21の前まで来てしまってた! HPの地図分かりにくいです(涙) とりあえず戻ろうとウロウロしてたら大粒の雨。急いでFOREVER 21に駆け込み。30分くらい雨宿り。話題のファストファッションは安いけれど、原宿という土地柄、品揃えが若い

小降りになってきたのでFOREVER 21を出て、来た道を戻る。すぐまた雨が強くなり出したので諦めて帰ろうかと思ったら、ビニ傘が売ってたので購入。せっかく来たので行ってみることに。小さい。そして周りが暗い。ちょっと想像していたのと違う… ガラス張りの入口からは、確かにKKKのポスターが見えるけれど、よく知らない人は、観光案内所と思うかも(笑)

中に入ると誰もいない… いるのは受付のおねえさんのみ。気まずい… でも、夕立の中頑張って来たのだから見る! 想像してたのは、ある程度の広さのスペースで、壁に1枚1枚ポスターが展示されている感じ。実際は左右の壁一面にビッシリ(笑) これはスゴイ。鑑賞するというより。見る! というか… 囲まれてる(笑) これはスゴイ。

どれも素晴らしいけど、とにかく全国分あるので、ここにすべての感想を書くのはムリ。だから印象に残ったものを何点かをご紹介。まずは青森県の「斜陽の恋」は青森にあるモーゼの墓(ホントにあります)に因んで『十戒』の有名な海を割るシーンを表現。魚やMJやAHが緑や黄色、紫などの蛍光色に塗られている。サイケでいい! サイケといえば、山梨県の富士山をテーマにした「恋はGO!GO!ME!!」の"Love is go! go! ME"の文字デザインがちょっとポップでいい。この文字は間違いなく安齊さんのデザインだと思う。

怪獣映画のポスターみたいでカッコイイのが福井県の「アドベンチャー越前」 展望台のあるタワーのようなものの上にカニ! もちろん越前蟹でしょう(笑) 恐竜の顔の前でギタレレとオカリナを奏でるKKK。ハートモチーフの枠もいい。この枠と下から見上げた展望台の裏側の紫が効いている。こう考えると紫、特に赤紫を使うと一気にサイケになることが判明。観光地よくある顔を出してご当地キャラになって写真を撮るアレ。お二人がアレで道祖神になっているのが長野県の「愛の双体道祖神」 これはカワイイ! お二人の中途半端な表情がいい(笑) 黒地に白と濃いピンクのドットの背景に太陽の塔を中央に配置。画面下半分は黒地にピンクで地下穴を描き、その中にお二人やいろんなキャラがいる大阪府の「大阪ベンチャーズ」 白抜き文字の"OSAKA BENTURES"もカワイイ。'60年代っぽい感じがカワイイ。

レトロな感じの愛媛県「野球坊ちゃん」もカワイイ。野球拳がテーマなので昔っぽい絵のグー、チョキ、パーの図柄がサイコロのようにデザインされているのがレトロでいい。私の地元千葉県「バチバチ★チバチバ」は、海女の陶器の人形が左右に大きく配置され、貝細工の船が行く海には落花生の雨。そして海女の足元でヤンキー座りのお二人。やっぱり千葉=ヤンキーなのでしょうか(涙)

モアイ像みたいな西郷どんの石像の鹿児島県「ヘルシー音頭」や、飛び出し坊やと一緒に飛び出している滋賀県「びわ湖一円」など、まだまだ紹介したいポスターがいっぱい! MJもジャケット・デザインするし、安齊さんはプロだから、さすがバカな中にもかっこよさがある。さすがという感じ。

小さな物販コーナーでKKKステッカー、絵葉書セット(春)、全ポスターがプリントされたクリアファイルを購入。baruのお土産はステッカーにしてしまったけど、開催中来れないらしいのでクリアファイルにすればよかったと後悔…(涙) MJが大好きな各地タワー系によく置いてある記念メダルを買いたかったのだけど、後から来たカップルがずっとやっていたので諦め(涙) 受付のおねえさんに断ってなんとか股旅安斎さんのパネルは激写。

というわけで、わざわざ休みの日に行ってたら、その規模に少々拍子抜けしたかもしれないけど、夕立の中辿り着いたことでテンションが上がり、スゴイ楽しかった。もちろんポスターも素晴らしかったですが(笑)


★勝手に観光協会ポスター展:7月28日~8月16日 入場無料
★LAPNET SHIP:渋谷区神宮前1-9-11 tel:03-5411-3330


勝手に観光協会Official site
LAPNET SHIPS

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【cinema】『ノーボーイズ、ノークライ』(試写会)

2009-08-09 16:23:52 | cinema
'09.08.04 『ノーボーイズ、ノークライ』(試写会)@一ツ橋ホール

yaplogで当選。いつもありがとうございます! 妻夫木くん主演の日韓合作映画。韓国と日本をボートで行き来するっていうのが、おもしろそうだと思い応募。

*少々、辛口。若干ネタバレありです

「韓国からボートに乗って日本に住む叔父へ"荷物"を運ぶヒョング。叔父の仕事がまともでないことは分かっているけれど、母親に捨てられた自分を息子だと言ってくれる叔父を信じ、自分はそれなり幸せだと思っていた。そんな彼を毎回迎える無口で愛想の無い男、亨。ある日、何者かに襲われ"荷物"が消えてしまう。困ったヒョングは亨に助けを求めるが・・・」という話。これは、まぁ・・・。おもしろかったかな、という感じ(笑) ちょっと想像していたのとは違っていたかも。男同士の友情ロード・ムービーみたいのを想像していた。友情モノではあるのだけどちょっと違うかな。

う~ん。初めに書いてしまうと、この役妻夫木くんに合ってない気がする。男好きの妹はヒョングの叔父ボギョンの息子、隆司と結婚しているけど別居状態で、父親のハッキリしない3人の子供のうち1人は難病。認知症の祖母の面倒も見ている。1家6人の生活を支えるため、まともな職にもつけず、クズだと思っているボギョンの下で闇組織の仕事をしている。本当はまともな仕事をして普通の家庭を築くのが夢という、実は好青年なので、その辺りは合っていると思うし、肝心なところで悪くなり切れない感じは良かった。最終的にはいい人なので、結局見終わった後には妻夫木くんでよかったのかなとも思うけど・・・。亨にはボギョンを手玉に取る一面もあるし、凄んでみせる場面もある。でも、そういう感じがしないし、凄んでも迫力がなかった気がする。

亨のキャラに説得力が無かったことの1つは家族。確かに6人の生活を抱え、しかも難病の子供がいるのは大変な状況。妹に売春まがい(立派な売春か)のことをさせたりもしている。狭い家で6人が暮らす生活を見てヒョングは亨の境遇を理解するようだけど、だから悪の道を行くとか、ボスであるボギョンを裏切ってまでお金を手に入れたいというような、切羽詰った感じがしないのは何故だろう? まず、その生活ぶりがそんなに悲惨に見えなかった。難病の子供も鼻にチューブをされているだけで、どんな病状なのか不明。「あの狭いボロ家」って表現があるけど、たしかに狭いしボロいけどそこまででもない気がするし・・・。そして、その家族と共にいる妻夫木くんが全然しっくりこない。何となくとってつけたような印象。チビッコたちに「風呂入れ」というセリフが板についていない。ヒョングを連れてきた日、立てヒザついてビールをだらしなく飲む姿も似合ってないかも(笑) 演技が下手というわけでもないんだけど・・・。

前半、亨はほとんど喋らない。調子のいいヒョングは愚鈍なヤツだとバカにしていた。"荷物"を見失って亨を頼るのは、ヒョングの孤独感と、亨の本質を表しているんだと思うし、後に友人になる2人が何か感じ合っているということでもあるんだと思う。多分、狙いだと思うんだけど、最初の方は画面が暗くて妻夫木くんの顔があんまり見えない。そして、ほとんど喋らない。実は妻夫木くんの演技で1番良かったのはこの辺り。ほとんど喋らず、ほとんど顔が見えないのにかっこよかった。

ヒョングは調子のいい男。冒頭、木製の汚いボートの上で昼寝しているシーンから始まる。いくつも並ぶケータイのうち1つが鳴るけれど、寝ぼけていて間に合わない。しばらくすると、年長の男が両手に荷物を持って現れて、電話に出ないから結局1人で運ぶことになったと怒っている。後はお前が運べと言われたヒョングは、ダラダラと起き上がり、やる気なさそうに荷物を放り投げるようにボートに積む。ちょっと苦手なタイプ(笑) あんまりテキパキしたり、ガツガツしてる人も苦手だけど、ダラダラやる気のない人は苦手。まぁ、私の好みは関係ないけど(笑) でも、このままこの人を見るのかと思って、正直不安になった。でも、ハ・ジョンウの演技が良くて、ヒョングがすごく純粋で味のある人になってた。

韓国映画って、わりとシリアスなものでも必ずと言っていいほどドタバタが入っていて、それが実は苦手。この映画でももちろんドタバタするけど、そんなに嫌じゃなかったのは、ハ・ジョンウのとぼけているけど実は良い人っていうヒョングと、めずらしく汚れ役に挑戦しているけれど、結局育ちの良さがにじみ出てしまう妻夫木くんによるものかと思う。そう考えるとこのキャスティングは良かったのかな。ドタバタでおもしろかったのは"荷物"の正体が分かり、襲われたヒョングがとっさの機転で逃げるところと、"荷物"を無事見つけるまでの部分。実はそこからはずっとドタバタしていると言える。亨の事情が分かる部分なんかは、実はそういうドタバタとの緩急と思うけど、前にも書いたけれど悲壮感があまりないので、亨がお金に固執する感じに説得力がないのは、このドタバタ部分のせいもあるかも。

"荷物"はいろんな意味で重要アイテム。"荷物"自体よりもそれに絡んでいる事が重要なんだけど、この"荷物"については勘がいい人なら気付いていると思うし、すでに書かれている紹介記事なんかもあったりするので、思い切って書いてしまうと女性です。そして、個人的にこのキャラがダメだった。まず、イマドキ・・・と、思うようなパンク・ロッカー風のいでたち。ファミレスでのがさつな食べ方。そしてホテルでの大騒ぎ。全てが大袈裟でわざとらしい。あえてのキャラ作りで狙いなのも分かるのですが、このドタバタ感はダメだった。ちょっと気付いたけれど『おと・な・り』の茜がダメだったように、個人的に女の子の押しが強くて、がさつでドタバタするキャラが苦手らしい(笑) そういう意味ではヤリ○ン(映画の表記どおり)の妹もギリギリ。『フラガール』でも好演していた徳永えりが、どこか悲しさを表現していて良かったからだと思う。ただ、前半部分の人魚が・・・っていうのは、ちょっとやり過ぎかなぁ。

この人魚っていうのは実はいろいろ意味を持っている。ヒョングは前半と後半で人魚に遭遇する。前半についてはバラしてしまったけど、ストーリー的にそれほど重要じゃないのでOKかと。でも、ここで何故"人魚"と思ったのかは、ラストになって現れる人魚を思うと切ない。その辺りは上手いかも。そして、人魚=マーメイドはヒョングの悲しい生い立ちの象徴でもある。何故、自分が選ばれなかったのかは、別の形で亨のセリフから知る事になる。実は選ばれたのだということ。おそらく彼はそれに気付いていたんだと思う。そして亨は彼の期待に応えたのかもしれない。このシーンは良かった。

亨と元カノのエピソードが急に出てくる。たぶん彼女は亨の普通の夢の一部だった。そんな感じのこと言っていたし。ちょっと不思議キャラの元カノを演じるのは貫地谷しほり。不思議ちゃん故に思わせぶりなことを言ってしまう部分も含め、イライラしたりせずに見れたのは貫地谷しほりのおかげだけど、このシーン必要かなぁ。リズムを崩すということはないけど、亨が家族のために、この彼女のとの幸せも犠牲にしたというような切なさは感じず。後に、この彼女のためにぶっきー号泣シーンありで、そのシーンの純粋さというか、ちょっと間抜けな感じ(失礼)は良かった。このシーンはぶっきー本領発揮という感じ。ほめてます! 素直にきちんと育ったゆえの、打たれ弱さみたいな感じ。まぁ、この役ホントは違うからダメだけど(笑)

脚本は『ジョゼと虎と魚たち』『メゾンドヒミコ』の渡辺あや。韓国側の熱烈ラブコールに応えてこの企画が実現したとのこと。監督はキム・ヨンナム。役者さんたちも日韓の俳優が共演し、エンドロールではスタッフさんたちも両国の名前が並ぶなど、まさに日韓合作という感じ。そういう意味では韓国のアクの強さと、日本のアクを抜いた感じが上手く作用したかなとは思うけど、個人的になんとなく乗り切れず。何故なんだろうか。ドタバタ感かな。ちょっとあざとかったのかもしれない。『メゾンドヒミコ』では、ドタバタやどぎつさの中に、切なさやその人の隠している真実なんかが感じられてよかったのだけど。そいうシーンがあるにもかかわらず、説得力がなかった気がする。

キャストについてはすでに結構書いているけど、妻夫木くんは自分のイメージを破ろうとしているのは伝わった。でも、残念ながらそれには至らずかなぁ・・・。亨の自己犠牲的覚悟も切羽詰った感じがしなかったし。でも、逆に彼の本質である部分に助けられたような気がする。って、よくも知らないくせにエラそう。すみません・・・

ヒョングのハ・ジョンウが良かった。あえて反応を少し遅らせて、背の高い人の鷹揚な感じを出そうとしたとのことだけど、それがヒョングの純粋さを表していて、ラストに繋がって良かった。無理にはしゃぐ亨の姿に、ある決心をするシーンにも説得力があった。ひょっとこのお面を頭の後ろにつけてたのも、わざとらしくなかったし(笑) 一緒に見たBちゃんがイケメンじゃないのに時々スゴイかっこよく見えたと言っていたけど同感(笑) ボギョン叔父さんのイ・デヨンは『ペパーミント・キャンディ』『JSA』『悪い男』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』に出ているとのこと。全部、見たけど全く覚えてなかった・・・。漢方薬屋のあがた森魚がいい! ずっと飄々としてたのに、急に凄む感じがいい。そしてなによりキモイのがいい。ほめてます!

好きだったのはカラオケ・シーン。カラオケ・シーンは2度出てくる。1度目は始まって直ぐ。日本に大事な"キムチ"を運んできたヒョングは接待を受ける。そこでカラオケを気持ちよく歌い、この頃はバカにしていた亨を誘うけれど、亨は歌わない。2度目は潜伏している部屋の近くでカラオケ大会が催されており、買物帰りに何故かひょっとこのお面を頭の後ろにつけたヒョングが通りかかり、子供が寝ているから静かにしてくれと韓国語で訴える。ちょっとあざといシーンではあるけれど、ハ・ジョンウのとぼけた演技のおかげでコミカルなシーンになっている。後日、再び両手に買物袋をぶらさげた、ひょっとこヒョングが通りかかると、カラオケに飛び入り参加の客が出場することが告げられる。何気なく目を向けおどろくヒョング。上の方から映し出されると、ステージ上に頭が見える。亨だ(笑) そして、なぜか「アジアの純真」を熱唱する。そこへ、ふらふらと近づき、買物袋を置いて参加するヒョング。その姿を遠景で映す。その感じがすごく良かった。2人が友達になった瞬間。ここの2人は良かった。特にハ・ジョンウのダラダラした感じが良かった。ダラダラした人はあんまり好きじゃないけど(笑)

原題は『The Boat』 前半部分はこのボートが重要アイテム。ヒョングは韓国と日本の間をまさにボートで行き来する。間違いなく密航だし、いくら近いとはいえ、そんな事が可能なのか分からないけど、この設定はおもしろかった。もう少し生かしても良かった気もするけど、ヒョングの何も持っていない、そして何が起こるか、どこへ行くのか分からない不安定な人生を象徴している。そして、それを毎回待っている亨は、彼を受け入れる唯一の人物。彼は背負うものが多過ぎて、行く先が見えない。その感じはいい。

ぶっきー目当てで行くとどうなのかな・・・。でも、前半はちょっとハードな感じでよかったし。迫力には欠けたけど頑張っていたと思う。そして、それでもにじみ出ちゃう育ちのいい感じはファンの人にはいいんじゃないかと思う。


『ノーボーイズ、ノークライ』Official site

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【cinema】『縞模様のパジャマの少年』(試写会)

2009-08-03 03:21:11 | cinema
'09.07.27 『縞模様のパジャマの少年』(試写会)@サイエンスホール

yaplogで当選。縞模様のパジャマが意味するところや、少年の境遇については、チラシや試写会の案内で理解していた。重い内容だろうとは思っていたけれど、有刺鉄線越しに少年2人が向き合う姿が微笑ましくて応募。しかし、これは・・・。

「ナチス将校の父を持つ8歳の少年ブルーノ。大きな屋敷に住み、友達に囲まれて何不自由ない生活。無邪気に暮らしていた。父の昇進にともない一家は田舎へ移り住むことになる。大きいけれど陰気な屋敷には兵士達が常に出入りする。学校へも通えず外出も許されない毎日。ブルーノは自分の部屋の窓から見える農場で、縞模様のパジャマの農夫達が働いているのを見つける。隙を見て屋敷を抜け出したブルーノは農場へ向かう。そこで彼はシュムエルという縞模様のパジャマ姿の少年と出会うが・・・」という話。これは重い・・・。衝撃のラストと言うわりに、そうでもない作品は多いけれど、これは本当に衝撃。その結末へ向かう最初の場面から、見ている側には2人の少年の無邪気な行動が、とんでもない悲劇を生んでしまうのではないかと、ある程度予想している。予想していたにもかかわらず、あまりの事に涙も出ない。

冒頭、カメラが引くとナチスの鉤十字ハーケン・クロイツの画になる。さらに引くと旗となり、そして戦時下のベルリンへ。4人の少年が両腕を広げて戦闘機のマネをしながら駆け抜ける。この無邪気なオープニングから約1時間半一気に見てしまった。街中に鉤十字があふれていることと、時々戦闘機が飛んで行くこと以外、半ズボンにハイソックスと革靴、半袖シャツにベスト、髪型もきれいに整っている身なりの良い少年達の無邪気な姿だけ見ていれば、戦争なんて起きていないかのよう。でも、彼らが走り抜けた広場では大勢の人々がトラックの荷台に乗せられている。そんなに知識がなくても、彼らが誰であって、どこへ連れて行かれるのか分かる。でも、8歳のブルーノには彼らのことは見えていない。目には映っていたとしても意識に入ってこない。そういう、見ている側に考えさせたり、想像させたりするシーンが多い。そして、それが逆に残虐行為を見せられるより辛い。

ブルーノが友達と別れて家に帰るとパーティーの準備が進んでいる。父が昇進したお祝いであり、一家は田舎に越すという。その意味するところもだいたい分かる。誰もが祝福する中、会場に来ていた祖母は意に染まない様子。こういう人もいたのかと思ったりする。そして彼女の息子の任務は強制収容所の所長であることが分かってくる。誰もハッキリとは言わないし、明確な描写もないのに、そういうのを伝えるのがすごく上手い。おそらく祖母のような人も他に大勢いたんだろうとも思う。でも、誰も何も言えなかった。と、同時に大勢の人が正しいことをしていると思っていたという側面もある。父の昇進を讃える人の中には心から喜んでいる人もいるし、父に迎合している人もいる。この映画で描きたいのはそういう部分。上手くいえないけれど普通の人々の無意識下での罪。

ブルーノはあまりにも無知で無邪気。あえて言ってしまうと彼の罪は無知であること。8歳の少年に無知であることの罪の報いを、あんな形で問わなければならないのかと思ってしまうけれど、その彼の罪の報いが、周りの人々の罪の報いとなる側面もある。それにしてもブルーノはあまりにも無知。今、目の前で起きてる事すら正しく判断できない。それは彼が幼いこともあるけれど、あくまで自分に都合のいいように解釈している節もある。無邪気でいられるということも罪であるということなんだろうか? これが8歳の少年でなく、18歳の青年だったら見ている側は彼の無知を責めることができて、もう少し楽だったかもしれない。8歳のお坊ちゃま育ちの少年が、父の部下の詰問に友達を裏切ってしまうことは、彼のその行動が友達の命に関わることだと見ている側は知っているけれど、それにしてもその報いはあまりに厳しいと思ってしまう。

パジャマ姿の農夫達が気になって仕方がないブルーノは、母から彼らに関心を持つことを禁じられるにもかかわらず、森を抜け"農場"へ行ってしまう。そこで彼は同じ年頃の少年シュムエルと出会う。収容所にいる少年がこんな所で見つからずにサボっていることが出来るんだろうか? とか、有刺鉄線があるとはいえ、脱走する可能性もあるのに監視もせず、こんなにずさんな管理だったりするんだろうか? と思ったりもしたけど、これは後の伏線となっている。だけど美しい森を抜けた先に現れる有刺鉄線と、その向こうの広漠とした収容所。それがブルーノとシュムエルの境遇の隔たりを感じさせて辛い。以前、ポーランドを旅した時、アウシュビッツを見た。アウシュビッツといえばホロコーストの代名詞。負の遺産として世界遺産になっている。その統制化された施設よりも、運転手さんのご好意で行った第2アウシュビッツことビルケナウの、見渡す限り何もない平原に粗末な小屋が並ぶ光景の方が辛かった。監視塔から森の中に真っ直ぐ進む1本の線路の先を思うと胸が苦しくなった覚えがある。何故、この情景を見てもブルーノはまだシュムエルを農夫だと思えるのか・・・。ブルーノがシュムエルを裏切ってしまったのは、父の部下が怖かったから。でも、彼はもしかしたら本当は事の本質を無意識ながら分かっていたんじゃないかと思う。ハッキリ言葉や形にならないけれど、少なくともそれが良いことではないことは、何となく感じていたんだと思う。だからこそ、父がナチス幹部と思われる人達に見せるブロパガンダ映像を見てホッとしたのだと思う。父に抱きつく彼の姿を見ると、父が良い人であるということを喜んでいるようにも見えるけれど、シュムエルが辛い目に合っているんではない事にホッとしている部分は絶対にある。そしてそれはシュムエルのためだけではない。例え8歳の少年であってもそういう部分はあると思う・・・。

一家の住む家には何人かの使用人がいるけれど、その中に初老のユダヤ人男性がいて、食材の運搬など雑用をしている。ブルーノのケガを手当てする彼は元医者だった。何故、今は医者じゃないのかと尋ねるブルーノに苦笑する姿が切ない。そして、ここでもブルーノの無邪気さの中に、下働きである彼を卑下する部分が見えたりする。このユダヤ人の男性はブルーノの祖父が一家を尋ねてきた日の夕食の席で、ワインを給仕し粗相してしまう。そして悲劇。父の部下は自分の父が逃亡者であることを隠している。そこに後ろめたさがあるから弱いものを徹底的に攻撃してしまう。初めはナチス=悪の象徴は父ではなく、この冷酷な部下なのかと思っていた。彼こそは本当の"悪"なのかと・・・。でも、彼は弱いから攻撃的になる普通の人だった。だからこそ辛い。この夕食会ではいろんなことが分かる。この部下だけでなく、息子がナチで出世した為に得た暮らしを失いたくないため、息子に迎合する祖父。初めは夫の昇進をよろこんでいたけれど、収容所の真の目的を知り、夫を嫌悪しながら正しい行動を起こせない母。父の部下に性的な興味を持ち、彼に近づこうとナチズムに傾倒していく姉。そして目の前で起きている悲劇すら理解しようとしないブルーノ。自分の中に同じ要素を見てしまう。それが辛い。

ブルーノは友達を裏切った後ろ暗さからプロパガンダ映像を信じ込もうとする。だけど本当は違う事は本能で知ってたんだと思う。だから彼は別の仕事に行ったきり戻らないというシュムエルの父を探そうと提案してしまったのではないだろうか。もちろん友達の役に立ちたいという気持ちもあったに違いないけれど・・・。そしてシュムエルも裏切った報いに助けてもらおうというだけでなく、ブルーノに本当の事を知ってもらいたかったのかも。その代償はあまりに大きい・・・。お互い8歳の少年。大人から見ると後ろ暗い考えや、深い考えがあるとも思えない子供。自分が8歳だった時、何をどう考えて、どの程度理解していたのかハッキリ覚えていない。きちんと腑に落ちていたのか不明だけど、後ろめたさや後ろ暗さみたいな感情はあったように思う。その代償を払ってチャラにしようみたいな発想も・・・。そして逆に代償を求めたこともあったように思う。

話の主軸はホロコーストの少年と、その所長を父に持つ少年の友情だけれど、友情から奇跡が生まれるには2人は幼過ぎたし、ホロコーストの実情を知るには2人はあまりに無知だった。でも、これは人間の本質的な罪の話なんだと思う。本当に描きたいのはナチスの実態でも、ホロコーストの真実でもない。ホロコーストについて知らない人はほとんどいないと思う。特別熱心に学んでいなくても、収容所内に立つ煙突の意味も、シュムエルの父が戻らない理由も知っている。だからホロコーストやユダヤ人について詳しい説明はない。でも、知っている。そこが多分重要なのかも。600万人が虐殺されたというデータや、どのように殺害されたかをより詳しく伝えることが目的ではなく、何故それが起きたのかが問題なのだと言っているんだと思う。それはきっと、無知であること、保身、後ろめたさの裏返し、洗脳などの、法律では裁けない本質的な悪によるものなんだということ。そして、それはきっと誰もが持っている感情。ナチズムが悪だったのは皆知っている、でもそれはヒトラー1人だけが悪かったわけではないということ。そして、もしかしたらキリスト教の7つの大罪なのかもしれない。

役者さんたちはほとんど知らなかった。父親役のデヴィッド・シュリースは『ハリポタ シリーズ』に出ているそうだけど、1・2作目は見たけど覚えていない・・・ 良き家庭人でありたいと願いつつ、そのために出世しようとまい進してきた結果、家庭は崩壊する。それはナチズムの過ちを体現すると共に、仕事人間である父親達も体現しているのかも。家族の為と思っているのは自分の思い込みで、本当に家族が望んでいるのは豊かな暮らしではないこともある。それを正しいことをしていると思い込んで、ナチズムを遂行している人々の姿と重ねてしまったら乱暴だし、ちょっと酷いか・・・ でも、父があの夕食の席で部下を責めたててしまうのは、実の母親にすら認めてもらえないということの後ろめたさの裏返し。その辺り見事に表現していたと思う。母のヴェラ・ファーミガは夫を誇りに思っていた貞淑な妻が、夫の新しい任務の本当の目的を知り、真実に目覚め精神のバランスを崩していく感じを自然に演じていたと思う。真実を知らずにいるのは罪かもしれないけれど、知らない方が幸せなこともある。真実を知ろうとしていないのに、その無邪気な好奇心で重大な真実に近づいてしまい、でもそれを正しく理解できないばかりに悲劇に向かってしまうブルーノは、エイサ・バーフィールド。彼の少しおどおどしつつも好奇心旺盛な美しい瞳のおかげで、ブルーノの罪をイライラせずに受け止められた。そしてラスト・・・。彼を助けたいと思うのは彼のおかげ。

多分、このブルーノを助けたいと思うのも狙いで、ブルーノの側だけ見ていれば、彼の辿る運命の重さに打ちひしがれてしまう。彼は確かに無知という本質的な罪はあったかもしれないけれど、悪ではない。罪なき人が傷つけられるのは理不尽だし、怒りを感じる。だから何とかして救ってあげたいと思う。ならばユダヤ人達はどうなのか? 映画の中で声高に問われているわけではないけれど、見終わって衝撃のラストのショックが去ると、その事がズッシリ心に響いてきた。1個人を見ればかけがえの無い命だけど"ユダヤ人"とくくってしまえば、600万人は単なる数字になってしまう。そのことに気づき恐ろしくなる。この作品のスゴイところは、そういう事を明確には語らないところ。だから見ている側は自分の知識や記憶、そして想像力で、その答えを知ることになる。例えばあの夕食会の日、ワインをこぼしたユダヤ人医師は部屋から引っ張り出され、父親の件で責めたてられていた部下に殴られる。でも、暴行の様子は映し出されない。そして翌日、メイドが床を洗っているシーンで、何が起きたのか知ることになる。実は結果まで見せられてしまったほうが、見ている側はむしろ楽だったりする。そのいちいち「あぁ・・・」となってしまう感じがすごく辛い。それは知っているから。だから辛い。辛すぎて涙も出ない。

知っている事を責められてもいないし、だから何か行動しろとも言われていない。でも、きっとこの映画を見て、登場人物達の本質的な罪に気づいたなら、見ている側にもそういう要素があるということなんだと思う。そしてそれを内包しているのが人間なのであれば、そのことをきちんと自覚しないと罪を犯してしまいますよということなのかなと思う。そう考えると、ユダヤ人虐殺だって、いじめの延長線上にあることなのかも知れないと思う。

とにかくかなり重い。知らないことや知っているけど無視する事が"無知"という罪なのであれば、見なくてはならない映画ということになる気もしますが・・・。


『縞模様のパジャマの少年』Offical site

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