細越麟太郎 MOVIE DIARY

最新の映画情報や批評を掲載します。

●『めぐりあう日』に異境の地で・・瞼の老いた母親を探す娘の粘り。

2016年06月30日 | Weblog

6月21日(火)13-00 京橋<テアトル試写室>

M-080『めぐりあう日』" Looking for Her " (2015) Gloria Films / PictanovoCN C  

監督・脚本・ウニー・ルコント 主演・セリーヌ・サレット、アンヌ・ブノア <104分> 配給・クレスト・インターナショナル

フランス語の原タイトルは<あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている・・・>というが、これは別れた母親が娘を想う言葉だ。

つい先日も、同じフランス映画で「ミモザの島に消えた母」という亡き母の死因を探るミステリー映画の傑作があったが、これもまた<消えた母>の映画。

6年前にウニー・ルコント監督の「冬の小鳥」という、やはり離れた母を探す傑作があったが、この新作も内容やロケーションは異なるが、またしても娘と母親の運命を描く。

監督自身が、韓国生まれなのだが、9才のときに、フランスのプロテスタントをしている牧師の父親に引き取られた・・・という複雑な過去があってか、彼女自身のテーマなのだ。

だから当然のように、人間の心の裏側に潜む、隠さねばならないような情愛を求めて、ミステリー映画とはまた別の肌合いを隠し持つ、繊細な情愛のテーマに拘るのだろう。

パリで8才になる息子と住む理学療法士をしているセリーヌは、産みの母親を知らずに育った過去もあって、自分の出生地でもあった西海岸の港町ダンケルクにやってくる。

自分でも一種の調査機関にも通じているので、彼女は記憶を辿って、過去に匿名で出産した老女のデータを探すのだが、その地域の秘密部分もあって作業は難航する。

まさに女性探偵映画のようだし、わたしなどは昔見た名作「心の旅路」を思い出していた。

戦地で頭脳を負傷したロナルド・コールマンは記憶喪失になってしまうが、新婚の時代に住んだ家と妻の記憶が、かすかながら時々見え隠れする・・・という、あの映画。

この作品も、現地で世話になった子供の学校で、偶然に掃除をしている初老のお手伝いさんと知り合い、彼女の声とか、手の感触に、不思議な懐かしさを感じて戸惑う。

もちろん、その老嬢には出産経験も家族もないのだが、手を触れた瞬間とか、戸惑う目の表情に、心の親しみを感じ出す・・・その女性本能の機微を、この映画は見つめるのだ。

おそらくこれが、生みの親だろうと想いつつ、過去のデータも確証もなく、しかし心では肉親だと信じている、というモドカしいセンチメンタリズム。

名女優アリダ・ヴァリが演じた「かくも長き不在」は戦地で脳に負傷した夫が記憶喪失になったが、浮浪者の彼を、彼女は夕食に招待した・・・あの名場面を思い出してしまった。

人間には、それぞれに、語りづらい過去の秘密はつきものだが、この映画でも、その美しい記憶の一部を、些細な人生の風景として実にさりげなく描いて情感が滲む。

 

■センター前の当たりが手前でイレギュラーして野手が後逸。 ★★★☆+

●7月30日より、神保町、岩波ホールでロードショー 


●『健さん』のファンだけには至福のドキュメンタリーなのだ!!!

2016年06月28日 | Weblog

6月17日(金)13-00 六本木<アスミック・エース試写室>

M-079『健さん』(長編ドキュメンタリー作品)ガーデングループ・レスペ、後援・読売新聞社

製作・増田悟司 監督・日比遊一 インタビュー出演・マイケル・ダグラス、ジョン・ウー他、語り・中井貴一 <95分> 配給・レスペ

あの高倉健さんの、貴重なドキュメンタリー・フィルムと友人たちの言葉で綴った、まさに国民的ヒーローで、映画俳優高倉健さんへの鎮魂の、リスペクトの95分。

当然のように試写室には、まさに健さんのファン・クラブの集会のように先客がつめかけて、試写の始まる10分前で満席となり、多くの方々はお気の毒。

ま、普通の新作の試写とは違って、やはり<高倉健さん>には肝いりのファンが多くて、すぐに満席になるのは当然であって、当方は早々に開場と同時に席を確保したのだ。

だから満席の試写室は、実に濃厚な憧憬の吐息に包まれていて、いつもの新作の試写とは違って、どこか告別式のような厳かな気分に包まれていて、これはファンにとっては当然の温度。

一昨年の暮れに健さんが他界したあと、NHKが生前の健さんの長編ドキュメンタリーを2度も放映して、「あなたへ」のDVD初版には、撮影中のインタビューも収録されていた。

わたしは恐れもしない健さんの大ファンであって、「昭和残侠伝」のシリーズ9作品は公開のときに見て、あの花田秀次郎には心酔、ご本人から立派なカラープリントにサインも貰った。

だから、この試写作品には多々心配もあったのだが、かなり豊富な共演証言者たちのインタビューが矢継ぎ早に展開するので、スクリーンから注ぐ熱気には95分の間、圧倒されたのだ。

マーティン・スコセッシや、ポール・シュレイダー、ヤン・デ・ホンなど、多くのガイジンの哀悼メッセージもあるが、やはり同時代に生きた多くのサポートたちからのメッセージも嬉しい。

という訳なので、高倉健さんのファンでないひとには、大してアリガタミのない映画で、ま、昭和のあの時代に、健さんの映画で多くの励ましや勇気を貰ったものたちには、至福の95分という次第。

とくに、ラストで、この映画に参画した映画関係社たちが、それぞれの表情で、「健さん!!!」と声をかけるモンタージュには、ふとホロリとしてしまった。

昭和の裏道の小さな映画館のスクリーンで、「死んで貰うぜ!」という健さんの表情を見て、何か、首筋が寒くなり、ゾゾーっとした追憶に酔わされる・・・・ああ、青春の時間だったのだ。

 

■左中間に痛打が転々する間に、スリーベース。 ★★★☆☆+  

●8月20日より、渋谷シネパレスなどでロードショー 


●『太陽のめざめ』の少年犯罪への暖かい女性視線。

2016年06月26日 | Weblog

6月16日(木)13-00 京橋<テアトル試写室>

M-078『太陽のめざめ』" La Tete Haute < Standing Tale >" ( 2015 ) Les Films Dukiosque / 2 Cinemas / Canal+

監督+脚本・エマニュエル・ベルコ 主演・ロッド・バラド,カトリーヌ・ドヌーブ <119分> 配給・アルバトロス・フルム+セテラ・インターナショナル 

もう気がつけば、75才を越えるフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーブの「神様メール」に次ぐ、久々の本格主演映画の登場は、珍しくベテラン女性判事役。

フランスの地方都市で、10年も前の事件で、当時、手のつけられない不良ガキだった少年の身柄をカトリーヌが預かってから、もう成人になったロッド・バラドは、まだグレている。

父親は早くに亡くした青年は、いまでも母親には度々反抗をしてDVのトラブルで、<児童教育支援>を受けていたが、犯罪ギリギリの行為は、さすがにカトリーヌ判事も手をやいている、という日々。

とうとう盗んだ乗用車で事故を起こしたロッドは、家庭裁判の末に、カトリーヌ判事の恩赦で田園地帯にある青少年更生施設に送られて、多くの青年たちと共同生活での厚生を目指す。

ま、古くはジャン・ギャバン主演の「首輪のない犬」や、フランソワ・トリュフォ監督の名作「大人は判ってくれない」などの、少年犯罪の厚生ドラマの名作はあったが、そのラインだ。

違うのは、監督が女性でもあり、少年犯罪の実態と背景の視点が、やはりきめ細かな女性ならではの視点で見つめて、それをカトリーヌ・ドヌーブが演じているところが、さすがにデリケート。

しかも、主演の不良少年を演じている新人ロッド・バラドが、ちょっと「スタンド・バイ・ミー」のときのリバー・フェニックス」や「マイ・ルーム」のレオナルド・ディカプリオを思わせて注目。

この繊細にして野獣的な不良少年らしい視線は、これまでの上品で優秀エリート風の若手スターよりも、ちょっと、わが綾野剛のようなヤバさもあっていい。

ドラマとしては、カトリーヌ判事の停年仕事としての美談ではあるものの、やはり多感な青年期のフラジルな精神状態の機微を、演出の女性目線で、きめ細かく演出しているのが、さすが。

このような問題は、ややもすると、すぐに犯罪化してしまうドラマは多いが、こうして丁寧な話し合いと、女性判事らしい温情で描かれて行くドラマは、大いに学ばされる部分も多い筈。

多感なハイティーンを家族に持つ母親は、いちど見て勉強になる部分も多いだろうし、古いフランス映画の名曲をバックに使用したベルコ監督のセンスも、さすがに繊細だった。

 

■丁寧な打法で、センター前にゴロのヒット。 ★★★☆

●8月、シネスイッチ銀座などでロードショー


●『ジャングル・ブック』の恐るべき動物たちの演技力のリアリティ。

2016年06月24日 | Weblog

6月16日(木)10-00 虎ノ門<オスワルド試写室>

M-077『ジャングル・ブック』" The Jungle Book " (2016) Walt Disney Production / Fairview Entertainment.

製作・監督・ジョン・ファヴロー 主演・ニール・セディ,ビル・マーレイ(V)<106分> 配給・ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン

たしか中学生の頃に、イギリス映画でゾルタン・コルダ監督の実写映画で見たのが1942年製作「ジャングル・ブック」との出会いで、当時人気のターザン映画の原点だと思った。

アニメーションでは再映画化されたが、実写版としては久しぶりに製作されたこの作品も、一応、原作は有名なノーベル賞作家ラドヤード・キプリングからのエッセンス。

ターザンと同様に、赤ん坊のモーグリは密林の中に取り残されて、狼やクマたちと一緒に育ち、こうして少年期を迎えて、自分は野性動物とは別の種類の遺伝子なのに気がついて行く。

やさしい母親の狼と大きなクマたちは、いろいろと相談した結果、少年を町の人間たちの社会に戻そうとして、密林に住む大蛇やトラの攻撃から守って旅に出る・・・というアドベンチャー。

むかしの映画では、それが前半で、インド奥地の村に着いてからは、モーグリ少年の母親探しと、廃墟の地下の宝庫を守る大蛇との交流などが、語り部の老人のナレーションで展開した。

おそらくキプリングの原作では、そうした野性少年の親探しと、人間社会との違和感が念密に語られていたのだろうが、この新作では、旅に出たモーグリ少年と動物たちの密林での冒険だけが語られる。

それだけでも充分な内容で、まさに<ターザン>の原点の様に、多くの動物たちとのコミュニケーションが描かれるだけで充分で、人間社会との話は、このあとに<パート・2>で、多分、描かれるのかも。

驚くべきは、すべての動物たちとの交流シーンの愉しさで、クマの声を担当したビル・マーレイや、黒豹のベン・キングズレーなどの演技が、恐らくは音声先取りでアニメ化したように素晴らしい。

とくに母親の狼を演じたオスカー女優のルピタ・ニョンゴや、クリストファー・ウォーケン、それに大蛇のスカーレット・ヨハンソンなどの動きが、まったく会話が先行して見事に描かれる。

おそらく映画は全編がモーグリ少年ひとりのスタジオ演技に、動物たちの辛みがCGで追加製作されたのだろうが、大きなクマと河を泳いだり、トラとの追跡アクションなどが、合成とは信じられない精度。

つまり、人間の俳優たちの演技なしで、これだけ素晴らしいアクション・シーンのリアリティを表現できるというのは、もしウォルト・ディズニーが見たら卒倒するのではないか。

映画としてのドラマ的な感動もさることながら、かくも自然に、多くの動物たちや自然の密林の美しさをヴィジュアライズしたスタッフのパワーに、とにかく最敬礼の映画的表現力だった。

 

■大きな左中間のライナーが、そのままスタンド中段に刺さる。 ★★★★☆+

●8月11日より、全国ロードショー 


●『探偵ミタライの事件簿・星籠の海』の謎解き古典ミステリーのドラッグ味。

2016年06月22日 | Weblog

6月14日(火)11-20 二子玉川<109シネマズ・4スクリーン>

M-076『探偵ミタライの事件簿・星籠の海』(2016)東映映画+<星籠の海製作委員会>

監督・和泉聖治 主演・玉木宏 吉田栄作 <107分> 配給・東映

ミステリー映画好きとしては、<探偵さん>の出る映画は見逃したくないが、都合で試写で見逃すのも焦らずに、その点で近所にシネコンが出来たので重宝している。

このところ「64」とか「クリーピー」とか、ミステリー風の邦画が連続して公開されているが、この「ミタライくんの事件簿」は、一番本格謎解きミステリー色が強い。

というか、名探偵金田一耕助や明智小五郎などの知的なシャーロック・ホームズ系の謎解き名探偵と違って、このミタライくんは、島田荘司の原作の、ちょっと昭和な大学教授風の脳科学者。

なぜか玉木宏の演じるミタライ君は、よれよれのレインコートのような、大学の研究員か、医者のインターンのような一張羅で事件の起きた四国に、刑事コロンボのように飄々とやってくる。

瀬戸内海の美しい海岸に、この半年の間に、6体もの違法入国外国人の遺体が流れ着くが、これは密入国船の遭難ではなく、薬物投与による連続殺人事件のようなのだ。

ちょっと松本清張の、あの国内での地方の連続殺人事件のような雰囲気が、大きなシネコンのビッグな快適スクリーンで見ていると、引き込まれるような気分になるのは、試写室とは違う。

で、脳内学者のミタライ君は、すべての遺体遺棄事件は、瀬戸内海の潮流の流れで、広島県の福山市から投棄されて漂着したのだ、と睨み、そこの新興の薬品工場の吉田社長に面会。

あの名作「砂の器」や「飢餓海峡」のような大事件には発展しないが、それでも青天白日の瀬戸内海の美景は、不気味な事件の血なまぐささとは対照的に眩しく風を感じさせる。

という訳で、ナゾの真相は違法薬物の製造販売の裏側を覗かせて、社長の国外逃亡を阻止したりして、ちょっと奇作「スパニッシュ・プリズナー」の思い出を追想させたりして、愉しい。

ま、とにかくミステリーのネタバレは避けたいので、これ以上は書けないが、当節話題の<薬害ドラッグ>の製造販売経路の捜索は当局に任せるとして、大いにロケーションは旅心を魅了させてくれる。

せっかく、ミタライ君は、<コロンボ>の気分なのだが、ワキの助っ人女性には、その遊び気分は伝わっていない様子で、終始、苦笑しているのがお気の毒だった。

 

■ボテボテのゴロがサードでイレギュラーして、かろうじてセーフ。 ★★★?

●全国東映系で公開中。 


●『秘密・The Top Secret』の脳内記憶からの難解捜査の果てに・・。

2016年06月20日 | Weblog

6月13日(月)12-30 築地<松竹本社3F試写室>

M-075『秘密・The Top Secrets』(2016)松竹映画、WOWOW FILMS 

監督・大友啓史 主演・生田斗真 岡田将生 <148分> 配給・松竹

大ヒット・3部作シリーズの「るろうに剣心」の大友啓史監督の新作は、またしてもコミックの映画化で清水玲子の全12巻にも及ぶSF人気作品とか。

監督は、わたしと同郷の盛岡一高の卒業生で、いちおうは後輩に当たるので、もちろん「るろうに剣心」3部作は大いに楽しみ、同郷の後輩には拍手をおくった。

という次第で、製作中から、この新作の完成は楽しみにしていて、原作コミックのことは無知だったが、とにかく苦手の3時間近い長時間の試写にも駆けつけたという次第。

発想は、あのフィリップ・K・ディックの原作をスピルバーグが映画化した「マイノリティ・リポート」に似ていて、予知能力というよりは、過去の記憶を再生して捜査するという犯罪もの。

「マイノリティ・・」では、犯罪発生の5分前に警察の心霊捜査官が察知して、犯罪を未然に防止していたが、この作品では目撃者の死後の脳細胞によって、真相を解明しようとする。

生田は警察の、その先端捜査専門セクション「第九」のリーダーで、実は一家3人殺しで死刑になった父親の記憶を脳の摘出手術によって、記憶細胞から目撃した部分を引き出すのだ。

というのも、その事件のあとに長女だけが行方不明になっていて、その死刑囚の脳に残されていた最期の視覚のなかに、刃物を持った彼女の姿が確認できたので、事件は再捜査となる。

ま、かなりホラー色の濃い事件の真相は、この先端科学捜査によって、思わぬ新事実が確認できて、事件はまたも再捜査になるという、まさに「64・ロクヨン」のような難事件。

しかし、こまったことに、その捜査担当の生田が、なぜかいつもギチギチのハイネックのタウン・ファッションで、えらい緊張した演技で通すので、見ているこちらも息苦しいのだ。

おまけにアシスタントにつく岡田が、どうも似たようなイケメンで、しかも同様にスリー・ピースのおしゃれ族メンズのせいで、女性ファンにはいいかもしれないが、当方は混乱するのだ。

死刑だった事件に新事実が発覚したとなると、当然、警察内部にも混乱が生じるわけで、その消えた長女を捜索して、やっと逮捕したのだが、彼女の記憶もまた、事件の衝撃で消滅していたのだ。

従って、この事件の真相はまたしても脳内捜査という、かなりやっかいな<ノー・ミステリー?>となってきて、やたら多用する記憶再現の魚眼レンズによるような映像にも疲れてしまった。

その複雑怪奇なコミック発想を、懸命に映像化する大友監督の尽力には恐れ入るが、やはり事件がこうも複雑に記憶を行き来すると、こちらの能力も限界を越えてしまいそうだ。

 

■高く上がりすぎた打球が、ドームの天井に当たってファールグラウンドに落下。 ★★★

●8月6日より、松竹系でロードショー 


●『64<ロクヨン>後編で事件は複雑な模倣犯の出現に混乱。

2016年06月18日 | Weblog

6月11日(土)11-30 二子玉川<109シネマズ・5スクリーン>

M-074『64<ロクヨン>・後編』(2016)東宝映画・TBSテレビ・文藝春秋 

監督・瀬々敬久 原作・横山秀夫 主演・佐藤浩市・綾野 剛 <119分> 配給・東宝映画

昭和が平成の時代に称号が一新される、あの昭和64年の最期の7日の間に発生した女子誘拐殺人事件は、この映画の前編で怒濤の山場を迎えた。

埼玉らしい地方都市で起こった事件だが、時代が急変するタイミングが運悪く、県警の必死の追跡捜査でも、誘拐犯は少女を殺害遺棄して身代金を奪った。

横山秀夫の原作も長編だったが、わたしはもう小説を読破する気力もなく、こうして映画化の作品でその背景やテンポや気迫は、前編でもかなり圧倒されて、いざ後編を愉しんだ。

事件そのものの悲劇性と逃走経路の素早さに、地方警察はミスを連発したが、その捜索状況を報道機関に発表する警察内部の広報部と、各紙事件記者団との睨み合いが迫力だった。

だから、あの<前編>はかなり迫力に満ちた集団ドラマ展開で楽しめたのだったが、さて、この<後編>では、一気に事件解決と思いきや、どうもモタツキが目立って苛ついてしまった。

というのも、もともとは単純な誘拐殺人事件だけのストーリー展開が、広報官佐藤浩市の一家の、長女の精神傷害DVトラブルやら、殺人被害者である父親の永瀬正敏による模倣事件の発生による混乱。

警察当局の捜査していた事件の真相も、広報部と本部の関係が鮮明でないので、どうもドラマの中盤で複雑に混乱する上に、怪しい吉岡秀隆の電話による行動が、過去形なのか現在なのか・・・。

つまり同様な誘拐模倣事件の描写が、映画的な回想モンタージュなのか、それとも新しい事件の描写なのかに焦っているときに、佐藤浩市広報官も自身で捜査を進めるという複雑なイタチごっこ。

という次第で、これはまた<前編>を見直して事件の本質を理解しないと、とても収拾がつかないのは、またしても混乱激怒している瑛太らの記者団のイラダチと同じ気分になってしまう。

結局は、かなり疲労しきって感傷的な佐藤浩市の苦悶の表情に共感し、小田和正のテーマソングが被さってエンディングとなるのだが、わたしはどこかで肝心の部分を見逃したのかもしれない。

とにかく模倣犯罪というのは、ごくアリガチなテーマなのだが、ここでやられてしまうとアタマが混乱してフォローしきれないのが、オールドタイマーの苦悶なのだろうか。

 

■大きなファールを連発して、フルカウントでセフティ・バント強行。 ★★★

●全国東宝系で公開中。 


●『ティエリー・トグルドーの憂鬱』に漂うようなノワールな匂い。

2016年06月16日 | Weblog

6月10日(金)13-00 虎ノ門<トーゲン試写室>

M-073『ティエリー・トグルドーの憂鬱』" The Measure of Man " (2015) Nord Quest Films / Arte France Cinema 仏

監督・ステファヌ・ブリゼ 主演・ヴァンサン・ランドン イヴ・オリー <92分・シネマスコープ> 配給・熱帯美術館

ひとりの中年男の人生の屈折と挫折を抉って、非常にリアリティと知性を内蔵した、久しぶりにフランス映画らしい、飾りのない筋の通った秀作だ。

いまや、ジャン・ルイ・トランティニアンや、ジャン・ロシュフォールに代わって、壮年の男の不甲斐ない人生の無情を顔に滲ませたヴァンサンが、圧倒的一人芝居。

人生の後半期でリストラされたヴァンサンは、もう1年半も仕事がなく、いろいろな職業訓練を受けても若者のような吸収力もなく、徒労のハローワーク通いが続く。

彼には従順な妻はいるが、高校生の息子は精神障害を抱えていて、ひとりでは外出もできず、狭いアパートのローンもまだ停滞気味で、彼の人生は、まさにお先真っ暗なのだ。

職安で紹介される仕事は若向けのIT関係が多く、工事用のクレーン操縦の資格は取ったものの、建設現場では経験不足ですぐに解雇される日々に、<憂鬱>は募るばかり。

ま、昨日首になった贅沢趣味の、どこかのおエラさんと違って、この失業男は知性も教養もあり好人物なのだが、この都市生活と急速な変化の時代には、振り落とされたのだ。

映画は、まさにドキュメンタリー感覚のキャメラワークで、執拗にランドンの表情を追いかけて、まさにノワールの秀作「街の野獣」のリチャード・ウィドマークのように、当てもなく徘徊する。

しかし基本的には善良で健全な男なので、街の誘惑には目もくれず、ひたすらに堅実に、この不運な家族のために動き、やっとスーパー・マーケットの警備員の仕事につく。

監督は、つい最近の12年に傑作「母の身終い」で、老い行く母の最期を淡々と見つめた演出力のブリゼで、またしてもあのヴァンサン・ランドンを起用しての堅実な人間ドラマにしている。

多くの不満や怒りを飲み込んだような彼の顔のシワは深く、しかし感情はつねに冷静に、ジェントルに生き抜く姿を執拗に追いかけるカメラは、この作品の知性を維持していく。

スーパーの警備といっても、窃盗不審者ばかりでなく、認知症の老人の、つまみ食い程度のコソ泥も摘発しては、奥の事務所で攻め上げる日常は、軽犯罪とはいえ心が傷む。

ま、そのような彩りのない日常を、この映画では執拗に、しかしどこか暖かい視線で傍観するという視線が、いかにも映画的な根性を臭わせて、飽きさせない。

ほとんど全編に出ずっぱりのヴァンサンの疲れたような視線は、<憂鬱>というよりは、もっと哀しみが込められていて、すごく印象に残る・・・傑作ノワールだ。

 

■うまくレフト線に流した打球が、フェンスを転々。 ★★★☆☆

●8月27日より、ヒューマントラストシネマ渋谷などでロードショー 


●『ハイ・ライズ』超高級マンションに住むクリーピーたち。

2016年06月14日 | Weblog

6月8日(水)13-00 渋谷<映画美学校B-1試写室>

M-072『ハイ・ライズ』" High-Rise " ( 2015 ) Han Way Films / Film 4 / The British Film Institute / Channel Four UK

原作・J・G・バラード 監督・ベン・ウィートリー 主演・トム・ヒドルストン ジェレミー・アイアンズ <119分・シネマスコープ> 配給・トランスフォーマー

近未来のロンドン郊外に新設された高層マンション<ハイ・ライズ>は、かなり屈折した設計デザインで、都会の超高級エリートのための理想的な居住空間だが、かなり異様だ。

次期007役の候補にもなっているという噂の好感トムは、独身エリートで、この高層マンションに住む事になったが、その新しいスペースはクールで超合理的にデザインされていて快適。

ま、いまや我が東京都も、どんどん湾岸エリアなどには高層新築マンションが林立されていて、この<ハイ・ライズ>のモダーンな建築デザインや内装の清潔さは驚くに当たらない。

SF小説として有名なJ・G・バラードの小説は、奇才デヴィッド・クローネンバーグ監督によって「コンクリー・アイランド」などが映画化されていて、これもその一連の新作だという。

アルマーニ風のグレイのスーツを着込んだエリート医師のトムは、その25階に住む事になったが、スーパーマーケットやスパやジムなどもビルの中にあるので、エレベーター一本の生活。

たしかに独身高給エリートでスポーツ好きの独身男性にとっては、まさにパラダイスのように理想的な居住スペースなので、最初の数日はこの快適空間に慣れる迄に新鮮な日々なのだ。

ところが案の上、この快適居住スペースでもアリガチな隣人たちとの交流や、施設内での不具合などで、日が経つにつれて些細なトラブルが生じて来て、そのための隣人関係も複雑になる。

われわれだって、マンション生活での共同の礼儀は守っていて、協定違反なゴミ出しなどや、騒音トラブルがあれば、定例の理事会などで問題が是正されていくシステムだが、ここでも同様だ。

しかし、次第に見えて来るシーンでは、何しろ屋上には庭園やプールはもちろん、馬までが駆け回る農園や造林スペースもあって、何だコリャー・・・のクレイジーなエリアは、オーナーの独占パラダイス。

それも超エリート達の住む、この<ハイ・ライズ>では、デザイナーのジェレミー・アイアンズが40Fのペントハウスに住んでいて、ときどきは住民へのクレームも出すという、独占世界の様相。

たしか最近見たイタリア映画の「これが私の人生設計」でも、実際にローマ郊外にあった超巨大スペース・エリアのマーケット跡に、移住難民などホームレスが住みついてトラブルを起こしたっけ・・・。

ああ・・・これはヤバい展開だな・・・と思っていると、案の上、このエリート・マンションの中でも住民間のトラブルから、異様な地獄へと転落していく後半は、まるで<ゾンビ映画>のようになる。

有名らしい原作の中に書き込まれた異常さなのかは、未読の当方には呆れた展開になるのだが、ま、ジェレミー・アイアンズのキャリアから察すれば、この地獄の展開は予測できるのだろう・・が。

わたしは、家賃はただでも、この<ハイ・ライズ>には、住みたくない。

 

■かなり高く上がった左中間のフライだが、風に戻されてセカンドフライ。 ★★☆☆

●8月6日より、ヒューマントラストシネマ渋谷でロードショー

  

●『ソング・オブ・ザ・シー*海のうた』のアイルランドの素朴さと残酷。

2016年06月12日 | Weblog

6月8日(水)10-30 渋谷<ショウゲート試写室>

M-071『ソング・オブ・ザ・シー:海のうた』" Song of the Sea " ( 2014 ) Cartoon Saloon / The Big Farm / Melusine Productions アイルランド

製作・監督・トム・ムーア アート・ディレクター・エイドリアン・ミリガウ <93分・アニメーション> 配給・チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス

ほとんどディズニー・ブランドと、ミニオンズ・グループの独占市場のようなアニメーションの業界にも、このような古典的な子供向けの絵本のような、素朴な作品もある。

という意味では「ズートピア」や「・・ドリー」やら「ペット」のような映像技術の粋をつくした都会家族向けのスーパー・アニメの氾濫に対抗したような、この古典的な絵本ものもいい。

やはりアイルランドという、ちょっとマイナーな土壌から生まれたような、古典的で、まさに手書きの絵本を手で捲って見るような古風なアニメーションの存在も心強い。

しかしアニメーションというのは、実にその国の風土や歴史を感じさせるもので、あの「ロッタちゃん」の意地悪な感覚や「ムーミン」はいいとして、やはりこれもアイルランドの感触でダーク。

お話も、海岸に住む家族の話で、イアーシャという少女がヒロインのために、その視線で語られる家族の悲劇と不思議な動物たちや、伝説の魔女や妖精達との出会いが、かなりに複雑に絡む。

発端は先日見た「ミモザの島に消えた母」のように、母親が海に消えたために生じて行く少女と家族のエピソードに、語り部の精霊やら、多くのワケありの妖精たちが絡むので、アタマは困乱。

だから見た目は少女漫画のようでいて、話の背景はかなり複雑に絡んでくるので、とうとうわたしなどはこの手のファミリー・クライシスに弱いので、どうもお手上げなのだった。

いかにもフラットで、今の3Dアニメなどに比較すると、この手法は昔ながらのシンプルな手法で懐かしいのだが、それにしてはストーリーが複雑で深刻な悲劇色が濃くて、どうも少女向けにはクラい。

ただ少女と魚たちとの海底でのファンタジーは、まさにタイトルのように、<ソング・オブ・ザ・シー>として、幻想的な歌のようにイメージを広げて行く発想は、さすがな土地柄を感じてしまった。

ディズニーの感覚に洗脳されてしまったアニメーションの表現方法にも、こうしたプリミティブな感性が残っているという意味では、たしかにユニークな作品であろう。

各国のアニメーション映画祭で、多くの受賞をしている事実も、さすがの実績の証明だろう。

 

■粘った末のドラック・バントで、駆け込みセーフ。 ★★★+

●8月、恵比寿ガーデンシネマでロードショー