「BALLAD」公開記念に、「クレヨンしんちゃん」の“あの二作”をおさらいしてみよう。今回は「オトナ帝国の逆襲」。わたしが息子と娘といっしょに観たのは酒田シネマ旭2において。時代だなあ。
泣いた。不覚にも本当に泣いてしまった。子ども向け映画で泣くのは、例の「ドラえもん」にしても二人の子どもの手前、むちゃくちゃにカッコわるいのだが、今回のこれは、監督の原恵一が本気で付き添いの親の方を泣かせようとしたフシがある。その罠に簡単にはまってしまった。くやしい。くやしいが……。
オープニングからして大阪万博会場である。太陽の塔が立っていて、ソ連館が空を刺すようにそびえ、アメリカ館の前で客たちは月の石のために延々と行列している。まさしく、1970年の情景だ。三波春夫(合掌)の歌が聞こえて来ないのが不思議なくらい。しかしこれはもちろんセットで、世界を20世紀に戻してしまおうという後ろ向きな陰謀を企むケンとチャコ(この名前で30代以上は早やクスクス)が作り上げたもの。
ここで怪獣を倒すコスチュームに身を包んだ野原ひろしの股間が、キチンともっこりしているのに気づいたあたりから原の本気ぶりがビシビシ伝わってくる。これはオトナ向けに作りましたよ、と。
ケン(声が津嘉山正種……NHK-FMクロスオーバーイレブンのあの人だ。きっと意識したキャスティングだと思う)とチャコがどうして20世紀に回帰したいかというと、どうやら未来に対する圧倒的な絶望感が根底にある。
ヒーローものに常に存在する《悪の帝王は世界征服までして一体何がしたいのか》という根源的な疑問には無縁で、なかなかに説得力のある二人だ。ルックスがマッシュルームカットだったり、住んでいるアパート(おそらく悪役が住む住居としては史上最もショボい)がまるで同棲時代だったり、つぶやくセリフがことごとく名言だったり↓
「夕焼けは人を振り返させる」
「近ごろ、走っていないな」
……するので、大人は必ずシンパシーを抱くはず。
実際、春日部の大人たちはその陰謀に加担し、心が子供時代に帰っていく。私だってそうするだろう。(この二人の造形がチャチではなかったおかげで、ラストの家族万歳というメッセージに鼻白むこともなかった)
この映画の素晴らしいところは、それでもなお、人は未来に向けて生きていかなければならないのだ、と含羞と共に語っている点にある。ある方法(笑える)でしんのすけが父親を一種の催眠から覚醒させ、現実に戻そうとするシーンでは、回想として秋田の田舎道を親父の自転車にしがみついて乗っているひろしの少年時代から、初恋、上京、長男(しんのすけ)の誕生、会社での苦悩、そして埼玉の道をしんのすけを乗せて自転車を漕ぐ現在までを走馬灯のように見せる。はやウルウルである。そして最後の
「おれの人生はつまらなくなんかなかったぞー!」
という決め台詞にいたって、息子と娘に隠れて私は涙をぬぐった。
ただ、上質なアクションシーン(凄い)で子どもを納得させ、それ以外ではプライベートフィルムのようなこだわりを見せる原の姿勢は、娯楽作家としてはいかがなものかと思ったのも確かだ。劇場には娘の同級生の母親も来ていて「ちょっと子どもには難しかったんじゃないでしょうか」と語っていたし。
だが、しんのすけが全力疾走し、自分は成長したいんだ!と宣言するシーンで、小1の娘が
「お父さん、ひなこ、涙がでてきた」
と言っているのを聞いて、あ、子どもをなめてはいけないんだ、原の方がはるかにそのことを知っているんだな、と感じ入った。おそるべし原恵一。おそるべし、クレヨンしんちゃん。
それでも子ども映画だからなあ、と遠慮する向きには、今回使われた曲名を挙げて、その本気振りをわかっていただこう。
「今日までそして明日から」よしだたくろう(平仮名の時代ね)
「白い色は恋人の色」ベッツィ&クリス
……つかんでるよなあ。
(2001年4月23日/酒田シネマ旭2)
「戦国大合戦」につづく。