打越通信

日記ふういろいろ

10年ぶりの奥武島

2019-09-27 21:26:15 | 島からの便り
うるま市から南城市に入る。
東海岸の派手なリゾート地と違い沖縄の古き良き面影を残している、そんな雰囲気を感じた。
佐敷という熊本南部で小学校時代を過ごした地名と同じところを走る。
海の反対側を見ると結構高い山が続いている。
その山に奇岩のような場所が目に入ってきた。
世界遺産の斎場御嶽なのだろうか、急な坂を上り看板を見つけた。
しかし駐車場は満車のようでその先に知念岬公園の看板を見つけた。



行ってみると目の前が180°開ける岬に出た。
海の色が全く違うしこれはすごいところに来てしまった。
一日中いても良いような絶景に感動だった。
斎場御嶽は今度でも良いわけで、ニライカナイ橋を渡り奥武島を目指す。
前回来た時にはなかった道路のようでトンネルを抜けると夕日に輝いた奥武島が見えた。
今回の最終目的地の奥武島、10年ぶりの訪問だ。
丘の上から見た奥武島は輝いて見えた。
道路わきにクルマを停め写真を何枚も撮った。
ジローさんとシンヤさんがいる島だ。
さっそく連絡を入れ、くんなとぅ(もずくそば:シンヤさんが経営する店)の駐車場にクルマと入れ、ジローさんとシンヤ(泳げない海人)さんと再会だった。
台風の後片付けで忙しいところにこんな感じ(観光と遊び)でお邪魔してしまった。
ジローさんが島を案内してくれた(同伴の妻のためだ)。



昔彼が住んでいた家まで行く、風景は同じ風景だった。
観音堂にもお参りした。
島を一周するのに5分とかからないが想いは深いのだ。
くんなとぅに戻りもずくそばを頂いた。
今回の弾丸ツアーでこれが1,2を争う目的だったからだ。
10年前にはまったく知らなかった友人の店、そしてふたたび奥武島に来ていたジローさんとの再会。







もずくそばは出汁がしっかりした味で、もずくも太くて食べ応えがある。
麺にももずくが練りこまれていて独特な沖縄そばだった。
ジローさんの部屋にも招待され、3LDKのこれまた素晴らしいマンションだった。
台風対策のサッシは上下にカギがあり中央のカギだけだったら下のほうから雨風が吹き出してくるとのことだった。
ジローさんはわくわくだったようで私たちの訪問を喜んでくれた。
話し込んでいるとシンヤさんが来た。
「けんちゃん、ホテルは壷川だったよね」
と言ってクルマに乗り込んだ。
シンヤさんのナビでクルマは30分ほどで那覇市街地のホテルに着いた。
タクシーに乗り換えシンヤさんの店(ステーキハウス:サム)に着いた。
ステーキと島酒、店員さんのジャグリング(というのかな、香辛料入った筒を手品のように振り回す)で盛り上がった。



食事を終え、記念写真を撮るというので(シンヤさんの声かけ)で店員さんたちも出てきてくれた。
水兵帽のようなモノを渡されみんなでそれをかぶり記念写真を撮った。
台風の後片付けで忙しい中私たちのためにこうやって時間を割いてくれたことに、心遣いが痛いほど胸に刺さった。
そういうわけで心に残る旅だった。
妻も何十年ぶりの沖縄、学生時代に沖縄出身の友と回ったようだが、すべてが変わっていたようだ。
私も10年ぶりの沖縄だった。
活気あふれる沖縄に大いに元気をもらった。

沖縄ドライブ

2019-09-26 19:51:46 | 旅行
7時にホテルを出て西海岸から北上し名護を目指すことにした。
沖縄は4回目の訪問だったが北部には行ったことが無かったのでわくわくだ
那覇市内の道路が全くわからないため前日に買ったガイドブックの地図を見ながらの運転になる。
ナビはあるのだが目的地を設定すると西側の国道58号線でなく中央付近の330号線を案内する。
ナビの切り方もわからない(というかサイドブレーキを引かないと設定ができない仕様になっていた)のでナビを無視して東海岸側にハンドルを切る。
ナビは元に戻すため右折だ左折だとうるさい。
仕方なく国道330号線を走ることにした。
北谷町付近でやっと国道58号線に入った。
どでかい観覧車が見えたので左折して中に入ってみた。
アメリカンビレッジだった。
しかし時間はまだ8時を少し過ぎた頃だったのでビレッジ自体は閑散としていた。
しばらく国道を走っているときれいなビーチ(冨著ビーチ)で休憩した。
台風の影響か波は高かったがキレイな海とまだ夏雲が出ていていかにも沖縄といった海だった。
「琉球村」の看板が見えたのでひき返す方向になるが行ってみた。
まだ時間は9時前だったので門は閉じられていた。
写真だけ取って先を急ぐ。
海岸線の片道2車線の国道を走っていると、次々と砂浜が現れ、そのビーチに一つ一つ名前がつけられている。
リゾートホテルなのかマンションなのか立ち並んでいる。
万座毛の看板が出ていたので立ち寄ることにした。





切り立った像のような岩に台風影響の高い波が襲いかかっていた。
ここは有名なところのようでインバウンドの人や本島からの観光客でにぎわっていた。
再び海岸線を北に向けて走る。
いろいろな観光地があるようで立ち寄りたいが最終目的地の奥武島には午後6時頃には着きたい。
できるだけ海岸線をガイドブックを手に走るが、見どころが多くてとてもすべては見れない。
やっと名護に入るがバイパスがあり長いトンネルを抜け古宇利島を目指した。
大きな湖のような海(羽地内海)に出た。
少し大型の船が多数停泊していて、海に突き出た奇岩があちこちに見える。
ナビに任せ走っていると展望所のようなところから古宇利島が見える。





長い橋が架かっていて。
橋のすぐそばにも展望所のような所があり皆さん写真を撮っていた。
島に渡り島を一周することにした。
ハートロックの看板があり立ち寄ってみることにした。



ティーヌ浜に降り、ハート形の奇岩があるそれだけだった。
さて時間的にもここが最北端という事になる。
美ら海水族館や海洋博公園は時間的に無理のようで名護市街地まで引き返し今度は東海岸をドライブすることにした。
こちらの道はクルマの往来が少なく、ストレスなく走れた。
山を越えると辺野古だった。
キャンプシュワブのあるところで普天間基地の移転先で有名なところ、道沿いは少しだけ異様な雰囲気を感じる。
国道329号線で宜野座を抜けうるまを目指した。



少し寄り道をして海中道路を走った。
長い長い海中道路を渡り、道の駅のような所で一休み。
ナビに南城市を登録していよいよ奥武島を目指した。

沖縄へ

2019-09-25 19:23:15 | 旅行
福岡では台風17号の影響はほとんどなく、嵐の前の静けさというのか不気味な気候のなか空港に向かった。
午後の遅い便は欠航になるのは間違いないがとりあえず昼食をとりに行く感覚で地下鉄に乗った。
ANAやJAL関係の沖縄便は早々に欠航が決定していたがスカイマークだけは出ていなかった。
機材(飛行機)の調達が出来ずに欠航が出ているのだろう。
私たちが乗る予定の便も欠航のアナウンスは出ていないが注意点としてそのような記載があっていた。
欠航にならずとも悪天候の中のフライトはいやなものだ。
空港に着いて早速スカイマークのグランドスタッフ(若い女性スタッフ)にチケットを見せると首を傾げながら14時40分の便の空席待ちの対応をしてくれた。
ツアー会社のデスクに便の変更の話をすると、航空会社に従ってくださいとのことだった。
昼食を食っているとき沖縄便の空席待ちの呼び出しがあった。
2名分だったが1名分の呼び出しだった。
とりあえず1名は飛べることになった。
そして搭乗手続きが締め切られあとの1名分が呼び出され無事に飛べることになった。
かなり揺れる覚悟はしていたがほとんど影響のないフライトで那覇空港に着いた。
空港を出てレンタカー会社が用意したバスに乗り込みレンタカー会社に向かう。
到着するとすでに多くの人でごった返ししていた。
借りるための書類や保険の話などでかなりの時間がかかる。
やっとクルマに乗るまでに1時間以上もかかった。
早速ナビにホテルの名前を入れるが操作がわからない。
係りの人に再度教えてもらい何とかセットできた。



それでも那覇の街は初めてに近いとあって同じ場所をぐるぐると回ることになった。
やっとホテルの駐車場にクルマを入れチェックイン、もう薄暗くなり始めの6時を過ぎていた。
ホテルはダブルベッドのツイン仕様(のように)になった部屋で、福岡で住んでいるマンションの部屋より広い感じだった。
ホテルを出てモノレールの壷川駅に向かう。
モノレールで国際通りを目指した。
交通系のICカードは使用出来ないようで切符を買う。
切符もQRコードをかざすタイプのようで少しだけ戸惑ってしまった。
駅員に教えてもらった牧志で降りて国際通りに出る。





いかにも沖縄といった活気にあふれた場所だ。
わくわく感覚で県庁前駅まで歩いた。



引き返して、いかにも沖縄料理屋という店に入りゴーヤチャンプルとラフティーチャーハンを頼んだ。
当然、ビール((オリオン)と島酒だった。
やっと空腹も落ち着き、おまけにほろ酔い気分になり今日一日を振り返る。
今沖縄にいるのが不思議な感覚だった。
そりゃそうだよね、大型台風の中こうやって沖縄にこれたのだから。
不思議な感覚で国際通りからホテルまで歩いて帰った。

台風17号

2019-09-22 11:00:26 | 日記ふう
さてさて、今日から沖縄へ行く予定だったけど、台風17号が来ている。
ツアーの予約を入れたのが9月の2週目だった。
その時は全く熱帯低気圧も発生していなかったし、まさかまさかの展開になってしまった。
そういえば去年の沖縄行きも台風で中止になってしまい、今年も同じ状況になってしまった。
朝起きてテレビのニュースでは航空便の欠航のニュースが流れていて、だんだん増えて今では324便の欠航が決定したと報じている。
ツアー会社に電話を入れ早い時間への変更は可能か確認するが、予定の便より早めの便への変更はできないが遅い便はできるとのことだった。



ネットでフライト状況を確認すると、沖縄便の午後の便はANAは早々に欠航を出しているが、搭乗予定のスカイマークは「搭乗手続き受付中」になっている。
台風の状況を見ると速度が落ちているようで、福岡が暴風域に入る時間帯が20時前後のようだ。
福岡の今(11時)は雨も降ってなく風もふいていない(嵐の前の静けさなのかな)。
沖縄からも今回の台風のすごさを動画で送られてきた。
昼過ぎまで様子を見て空港に行ってみることにするか。
さてさてどうなることやら・・・

熊本の新しいシンボル

2019-09-16 19:16:26 | 写真投稿
3連休はちょっとした祝い事があり、朝早くから熊本に移動した。
昼前に市内に着き昼食をとるため駐車場にクルマを入れ下通りアーケードに出た。



えっ、いつもより人が多いのにびっくり。
いつもは人通りの少ない新市街アーケード方面に人の流れが出来ていたのでついて行ってみた。
人の流れは「サクラマチ クマモト」に向かっていたのだ。
クルマで通るときちらりとその姿は何度か見ていたが、こうやって辛島町電停近くから見るとなかなか風格のある姿だった。
人混みに流されビルの入り口付近にたどり着いたが、人が多すぎてどこが入り口なのかさっぱりわからない。
階段を上って2階から館内に入った。
入ったは良いがこちらも人でごった返していた。
何とか流れを見つけそこに入り込み登りエスカレータで最上階まで上がってみた。
屋上は広場になっていて芝生の広場や池が作られていて、近くに熊本城が見える。
なかなか洒落たビルで150店近いテナントが入り「熊本城ホール」やホテル、駐車場などの複合施設だった。
いやいやそれが目的ではなくバスの発着が目的のバスセンターが主な目的。
九州一といわれたその前の旧交通センターを引き継ぐものだ。





屋上から4階3階と降りていくと巨大な熊本のキャラクター「クマモン」がバンザイをしていた。
その昔、産文会館があった広場ではラグビーワールドカップの催しが行われるのだろう準備をしていた。
3階2階とビルの中は人がいっぱいで入る気さえしない。
地下に行ってみた。
辛島町への地下通路で人混みを避けて出るつもりだった。
探していると方向的にこちらかなというところに出た。
テレビカメラが来ていて、熊本城おもてなし隊のメンバーがいた。



白い観音様がいて、かつてセンタープラザ内にあった「泉の広場」にあった泉観音様だった。
あのCMソングが流れていると良いなと思ったがそれはなかった。
バスセンターにも行ってみたが建物の1階部分の奥のほうだった。
かつての交通センターとほぼ同じ位置のようだがホームドアのようなモノで仕切られていてあまり良く見れなかった。
それにしてもこのOPENの日にたまたまくることが出来て良かった。
後日、このニュースを調べていると熊本県内(県内ですよ)の路線バスと市電の料金が無料だったそうだ。
熊本地震から3年半になるのかな、復興のシンボルとして大きい。
「サクラマチ クマモト」を出て、街なかの下通り、上通り商店街(アーケード)を歩く。



藤崎宮秋の例大祭を翌々日に控え、ラッパと太鼓と掛け声で盛り上がっていた。
活気ある熊本にうれしい感動と誇りと故郷愛に「早く帰りて~」と心の中で叫ぶのだ。

友よ

2019-09-12 20:51:04 | 島からの便り
9月が始まるとしているときだったか、9月に入ってからだったかよく覚えていないが、親友のジローさんからショートメールが入った。
最初は良く意味が分からなかったが、どうも沖縄に行くようだった。
えっと思ったが、あれだけ沖縄(奥武島に以前3年ほど住んでいた)に思いを寄せていたので、それも仕方ないようだ。
段取りやどういう風に決まったのか詳細はわからないが、そうなったとふたたびLINEが入った。
ふたたび、えっと思ったが行くようだ。
いやいや(永住のための突破口をひらくため?)単身で行ってしまった。
その彼から何枚かの写真が送られてきた。
LINEで送られてきた写真(2枚とも彼から)とLINEの文章は弾んだ言葉が並んでいた。
いやはやものすごい行動力だ。



彼のパワーを感じる。
でもね、熊本にジローさんがいなくなることは私にとって熊本に帰る楽しみみたいなモノが無くなってしまうわけで、少々寂しさもあるわけだ。
まあ、そうはいっても仕事の流れでこうして私たちも福岡に出てきているわけで苦言は言えないわけだ。
福岡、熊本、沖縄、京都(同郷の友が居る)とだんだんと広がる交際範囲になってきた。
今、ある記念旅行として沖縄行きの安いツアーを計画している。



海老津駅へ

2019-09-09 19:51:24 | てくてく
福岡に引っ越してきてから、間もないある日、北九州にJR在来線で向かった。
その時に海老津駅に停車した車窓から見た風景に何かを感じた。
きれいな街並み、海老津という独特な名前だったからなのだろうか、興味を持っていた。
福津から宗像と割と何もないところをJRは走る。
海老津付近になると一気に町が開けて、えっという雰囲気だった。
それが引っかかっていたのだろう。
クルマで出かけた。
国道3号線でナビが案内する方向に向かうと山の中腹あたりにこじんまりとした海老津駅があった。
この付近の地理のあまり詳しくないので(まあこれが良いのかも)興味しんしんと言ったところだ。
新興住宅地のようで街並みがきれいだった。
この辺りは福岡市と北九州市のちょうど真ん中(北九州に近いかな)でようするにベットタウンといったところかもしれない。



駅に行き「岡垣町」のパンフレットをもらってきた。
フルーツが特産のようで季節の果実が旬カレンダーで描かれていた。
駅は山の中腹にあるが海岸線がきれいなようで海水浴場など観光名所があるようだ。
いちど国道3号に出てうろうろするうちに、となり町の宗像に来てしまった。
ナビに海老津港を入力してクルマを走らせた。
海岸線に出るとツーリングのバイクがずらりと並び並んだ海岸線に出た。
ちょうど昼飯時で何か食いたいとホテルのロビーに行ってみた。
満員のようで昼食にありつけるまでは1時間ほど待たなくてはいけないようだ。
しょうがないので海岸線をドライブした。
やはり美しい国「日本」それを実感する。
沖に島が見える。
割と近い島なのだがナビには島が出ていない。
きれいな海岸線を走っているとその島がだんだんと近づいてきた。
なんと世界遺産(宗像神社とその周辺というのかな)の大島だった。
へぇーとその道を進むと前回昼食を頂いた「駅の道むなかた」だった。
この付近の地図が少しづつ実感としてわかってきた。


秋梅雨の合間

2019-09-02 21:38:46 | 日記ふう
久しぶりの晴天、もうすでに10日以上傘が必要な日が続いている。
おまけに大雨が出ていて、NHKのトップニュースでは妻の実家がある佐世保市のニュースが出ていた。
連絡を入れるとニュースで流れているほど地元では反応はなかった。
まあ実家は高台にあるし川の氾濫の影響はないと思ったが、土砂災害の危険がある。
雨はかなりすごかったようだが無事であることにひとまず安心だった。
福岡市内もかなり激しい雨と雷に見舞われたが特に目立った被害はなかった。
メディアの報道もやはり人命にかかわることなので報道が少し大きくなるようだ。
しかしここ数年、大雨に見舞われる場所がころころと変わりどこが主人公(こう言ってはならないか)になってもおかしくない。
これは熊本地震の時にも思った事なのだが日本全国どこに被害が出てもおかしくない状況のようだ。
自然災害に対して人は成すすべもないと思われるが、防災に関する基盤は日本はかなり進んでいるような気がする。

8月の終わりとは言え梅雨の時期のような長期の雨のおかげで、暑いというよりは寒い(仕事でずぶぬれになり作業をしたおかげ)夏だった。
梅雨の合間の8月末の休日、久しぶりに晴天の朝だった。
雲が取れるともう秋の空だった。
マンションを出てドアを開けると秋の空が待っていた。
風も秋風、久しぶりの散歩でベイサイドまで歩いてみた。
自宅から7500歩を超える距離だ。



ここで食える海鮮丼は安くて(880円)近ごろ確かにうまくなっている。
「アンニョンハセヨ」と店の人は叫んでいるがずいぶんと少なくなってしまった。
昼飯時前という事もあるのだろうが一時期のとてつもなくざわついていたころとは違っていた。
旨い昼飯を食って渡船の切符売り場に行ってみた。



海の中道で遊ぶのも良いかなと思い、西戸崎までの切符を買った。
志賀島行きの渡船に乗るのはもう数十年ぶりの事だった。
社会人になった時、つま恋(静岡県)で1か月の研修を終え、福岡での3か月の研修があり、その志賀島の青年の家でオリエンテーション的な研修があってその時乗って以来だった。
船は静かで15分程度で西戸崎の港に着いた。





海の中道公園の入り口で空を眺めると雲が広がっていた。
今日は雨は降らないだろうと傘を持ってきていなかった。
今から入園してもたぶん雨になる。
西戸崎駅まで引き返し西戸崎線(香椎線)に乗り自宅に引き返した。