打越通信

日記ふういろいろ

気持ちの変化

2018-07-27 21:44:15 | 日記ふう
眠れない夜もあるもので、とうとう一睡もしないで朝を迎える。
いったんは寝床に入ったものの、ガンガンと目が覚め、夜の公園に出かけたのが午前3時頃だった。
それからだんだんと明るくなりセミが鳴き始める頃まで公園のベンチで過ごした。
ここ一か月ばかり気持ちに変化が出てきていることは何となく感じていた。
それが何なのかはわからなかったが、暗いイメージではなく透明感のあるものだった。



そんなわけで何年かぶりの徹夜(自分都合の)で仕事に出かける。
朝の通勤は時間的に早いので暑さをそんなに感じることはない。
しかしデスクワークの仕事も辛いので、なぜか現場に出かけることになる。
降り注ぐ日差しに街路樹がきらめいているが5月頃の新緑の輝きではない。
時より吹く風に少し秋の感じすらする。



丸刈りだった銀杏の木々も青々と茂り、木の根元からも黙々と葉っぱが伸びていた。
今年は異常気候なのか、たしか3月頃まではこれでもかというような寒さだった。
「この寒さが本来の冬というものだ」などとのたまっておられたのだから。
あれから梅雨に入り、梅雨の末期の豪雨があり台風と重なり合って広い範囲で被害が出た。
「かつて経験したことがない」というのが数年前に起きた豪雨だった。
あの時は目の前の白川が今にもあふれんばかりの光景を目にした。
去年からは線状降水帯という言葉が聞かれ、福岡の東峰村や朝倉で大きな被害が出た。
そして今回の被害、「不要不急の外出」や「身の危険が迫る」といった言葉が聞かれた。
数日前のものすごい雷やら竜巻の発生、そしてあと2,3日で来る台風12号もいつものコースとは逆向きで来る台風だ。



あまりに暑いので休日は近くの海に行く。
海に入るわけではなく、ただ海を見に行くだけだ。
水上バイクの連中が博多湾を滑走していた。
親子なのだろうかお父さんとお嬢さんがシーカヤックで海に漕ぎ出していた。



異常気象と言ってはいるが、ただ人々があまりにも騒ぎ過ぎているだけでこれが当たり前なのかもしれない。
淡々と物事が過ぎているだけなのかもしれない。

夏祭り

2018-07-22 21:03:02 | イベント
この数か月、平日は朝7時半に出社している。
月に一度の土曜出社の日はさらに早く7時には事務所の机に座っている。
朝が早い仕事なので必然的に事務所も早く出て各現場からの連絡の取次などがある。
その分早く帰れるので、早起きが苦にならない私にとってはありがたい。
しかし夕方の4時というと、まだ日も高く灼熱の時間帯というのが辛い。
仕事場から自宅までは歩いて20分程度、ムッとする中を自宅近くまで来ると通行止めの看板が出ていた。
狭いがクルマや人通りの多い道が今日に限ってはガランとしていた。
エレベータで8階の廊下まで来ると商店街から賑やかなバンドの演奏が聞こえる。
部屋に戻りしばらくクラーにあたり熱気をとってから商店街に出かけてみた。



美野島商店街の交差点を中心に四方が交通止めで歩行者天国になっていた。
角のステージではロックバンドの演奏があっていて威勢のいい音楽が流れていた。



四方の路地(商店街)にはいつもはない出店が出ていて賑やかだった。
みんな手作りの店で、飲み物や焼肉、焼き鳥、たこ焼きや焼きそばといった食のブースが並んでいる。
いつもは割とガランとした商店街だがこの日ばかりは人であふれている。



路地のさらに細い路地にもテーブルなどが並べられそこにも人がいる。
ちょっとした夏祭りなのだがこれだけの人であふれるのだからすごい。
ここに来て3年目の夏祭り、やはり人の多さには驚かされる。



この美野島も古い家が何件も残っており路地も人がひとり通れるような道が入り組んでいる。
それと対照的に10階建て以上のマンションが何件も立ち並ぶ所、新旧が入り乱れている。
私のマンションも部屋数は200は超えるのではないだろうか、そんなマンションが立ち並んでいるわけだから一体住民は何人くらい住んでいるのだろうか。
こんな祭りでもない限り実感できないだろう。
いざ地震だ大規模な火災だといったら一体どんなことになるのだろう。
そんなことをふと考えさせられた。

猛暑の中の展示会

2018-07-16 22:05:00 | 日記ふう
チケットはすでに4月に買っていたのだがついつい行きそびれていた。
ハッと気付くとこの連休までで終わってしまう。
あわてて大宰府に向かった。
電車で行くかクルマで行くか迷ったけれど、この暑さではクルマの方がいいだろうとクルマで出かけたのだが九州国立博物館への道はかなり混んでいた。
幹線道路から九州国立博物館の駐車場への入り口は長いクルマの列が出来ていて、それを避けようとウロウロしていたが天満宮付近に空車の駐車場を見つけそこに駐車した。



外はかなりの暑さで日差しがかなり強い。
参道は多くの人で、相変わらず人気の観光地のようだ。
日陰を選んで参道を抜け九州国立博物館への入り口に向かう。
長い長いエスカレータと動く歩道で九州国立博物館に着く。
山の中に巨大で近代的な建物には何度来ても驚かされる。
中に入るとこれまた人混みだった。
ここには何度か来ているがフェルメールの時と同じような人混みだ。
こんなことが無いようにと早めにチケットを買って、振替休日でも利用して平日に来ようと思っていたのだが・・・。
入り口で係員の人から2つの展示品だけはカメラがOKだと言う。
ただしフラッシュは絶対にダメだと念を押された。
印象派のドラクロワ、マネ、ドガ、ゴッホ、ルノワール、ピカソ、ゴーギャン、モネといった有名作家の展覧だ。





目玉は何と言ってもルノワールの(可愛いイレーヌ)だろう。
絵画については全く感心がなかったのだが印象派の展覧会に数回行きすっかり気に入ってしまった。



会場に入り絵を見ているうちにその時代の雰囲気にすっかり入り込んでしまう、そんな感覚が好きになったようだ。
絵の良し悪しは全くわからないが、絵を見ているとなぜか虜になってしまう。
ルノワールの(イレーヌ嬢)の絵は写真撮影が許されていた。
教科書の中でしか見たことのない絵だった。
色の色彩やコントラスト、それにタッチなどはやはり本物でないとみることはできない。
人混みの多さには嫌気がさすが、会場を出てからもしばらくは感動が続くのだ。

平成最後の追山

2018-07-15 21:09:30 | イベント
ワールドカップ3位決定戦が始まり開始早々にベルギーが先制、しばらく見ていたがイングランドは攻めあぐんでいた。
これは決まりだな、と思って眠りに就いた。
結局、起きたのは4時過ぎだった。
あわてて着替えて住吉神社、キャナルの横を通り櫛田神社入り口付近に着く。



道路は完全に封鎖され櫛田神社から出て来る山を見ようと多くの人だかりができていた。
みんなスマホを頭上に挙げ撮っている。
去年は櫛田神社の中に入り込み身動きできなかったことを思った。
山鉾が次々と出て行っている。
思い切って集団の中に入ってみたもののこれまた身動きができなくなった。
満員電車の中にいるような状態で周りは酒の匂いがする。
これでは気分が悪くなる、そう思い大博通り方面への人の流れの中に入った。
しかしこれもまた大渋滞のようで少しずつしか進まない。



おまけに自転車を押したおばあちゃんの後ろだったのでなかなか進まない。



やっと大博通りに出たが、これまたここも大勢の人の行列ができていた。
呉服町の細い路地まで行けば良いかなと思い大博通りを横切り山が進む方に行ってみた。
しばらくは進んだが人の流れが止まってしまった。
ここは山がいったん細い路地に入り、博多祇園山笠発祥之地へ挨拶を行う場所のようで流れがいったんこの場所に入り、再び出て行くところだった。
人垣は二重三重になってはいるがすぐ横を山が過ぎていく。
流れの先頭を走っている勢子たちもかなり神経を使っているようで、人垣の最前列にいる人たちに注意をしていた。



見る方は入ってくる山と出て行く山を二度見ることができる。
結局そこで身動きができないまま最後の流れが過ぎて行き追山は終わってしまった。
去年もそうだったが薄暗い(夜明け前)のでなかなか早いシャッターが切れないのでピンボケの写真ばかりだった。
それよりも沿道に大勢の見物人が出るため撮影できる場所が無い事だ。
そしてフットワークをよくしたいと思うのだがやはり人が多すぎて身動きできないし、山笠のコースを横切ることができないので制限されてしまう。
なかなか難しいものだ。
そういうわけで平成最後の追山は終わった。

明日の追い山へ

2018-07-14 22:44:57 | イベント
台風7号の通過そしてそれに伴う西日本の豪雨、広範囲にわたり被害が出ている。
梅雨末期の豪雨は、今までも何度も経験しているがこんなに広範囲な被害は初めての経験だと思う。
これが一週間前の出来事で、梅雨が明けたと思ったら一気に気温が上がり灼熱の夏に突入してしまった。
自然の前にはなすすべもない。



博多の町は博多祇園山笠で一色に染まっている。
駅前には16番山笠の飾り山が出ていた。



その当時の流行りを取り入れ、今年は大河ドラマの「西郷どん」が表だった。
篤姫、斉彬、糸、大久保利光といった大河ドラマそのままのキャスティングだ。
鹿児島が舞台の「西郷どん」がなぜ博多の祭りにと思ったが、まあ良いではないか今では新幹線に乗れば1.5時間(隣町に行く感覚だ)、それに鹿児島の良い宣伝だ。
博多の街も今日は35度近くまで気温が上がったようだ。
しかし常に浜風が吹いていて熊本の暑さからすれば体感はそれほどでもない。
博多の町は連日の山笠(追山ならしや集団山見せなど)で盛り上がりを見せている。
そしていよいよ明日は最大の見せ場の追山となる。
自然の前になすすべもないが、吹き飛ばすような心意気がここにある。
さてさて明日は追山で早いので
「今日はここらでよかろかい」
となるのだ。

たまにはコンサート

2018-07-08 21:10:11 | イベント
台風7号が通過し、その後の豪雨の影響で福岡でも川の氾濫や道路陥没の被害が出ている。
熊本に帰る時によく利用する筑紫野ICも付近が道路陥没の影響で利用できなくなっていると聞く。
今日も午前中は食料品の買い出しやいろいろな事務手続き(ほとんどが支払ばかり)で時間が過ぎた。
平日はなぜか疲れていて、そんな書類(おもに請求書)に目も通したくなく溜まってしまっているのだ。
午後3時からは待ちに待ったコンサートだったので出かけることにした。
雨が降る可能性もあり、コンサート後もちょっとした用事があったのでクルマで出かけることにした。
会場のアクロス福岡の駐車場まで来てみたが満車の赤い電光掲示板が目に入る。
付近の駐車場も何件か探してみたが空いていない。
自宅まで戻ってバスで出直そうと思ったが、それでは時間が間に合いそうになかった。
渡辺通りから日赤方面に向かうとすぐに駐車場が見つかったのでそこにクルマを置いた。



そこからテクテクと歩いていると飾り山笠があった。
台風の影響も大雨の影響もなかったようで周りにはたくさんの人が集まり写真を撮っていた。
「第十四番山笠 渡辺通一丁目」の山笠だった。
クライマックスの追い山は15日なのであと一週間となる。
博多の町は山笠祭りの真っ最中だった。
雨も降りそうだったので地下街を通り会場を目指した。
開演まであと5分というギリギリで滑り込んだ。
席は今や指定席となりつつある3階の左側、一度は一階正面の席で聞きたいものだが裕福でない私には倍以上のお金を払う勇気はないわけだ。
席に着くなり演奏が始まった。



今日はドヴォルザークで統一された内容だ。
スラブ舞曲が始まり、次はバイオリン協奏曲と続く。
そして今日のメインの交響曲9番だった。
バイオリンの高く細い音はしびれるほど最高だったし、もっともポピュラーな交響曲の9番は迫力ある演奏だった。
久しぶりの「新世界」の生演奏に思わずスタンディングオベーションだった。



退屈な日常にたまにはこういった感動で刺激をもらうのも良いものだ。

気分新たに

2018-07-08 02:30:40 | 日記ふう
ものすごい豪雨で雨戸に激しい雨が叩きつけられている。
窓を少し開ければテレビの音も聞こえない、緊急車両のサイレンの音が轟音の中にも聞こえる。
ワールドカップも準々決勝の2試合を続けざまに見てしまい、すっかりと午前様だった。
目が覚めたのが正午前というとんでもない時間だった。
雨はすっかり止み、静かで涼しい朝(いやいや昼まえ)、テレビでは大雨の災害情報がテロップをはさみながら流れていた。
雨とワールドカップの影響で今週はすっかりと寝不足気味だったので良い休養になった。
昼過ぎから朝飯なのか昼飯なのかわからない食事をして退屈だったので部屋の模様替えをした。
福岡に出てきてまる二年、掃除もかねていろいろと家具の配置を変えてみた。
家具と言っても小さなタンスが2つと2人掛けの小さなテーブルとイスなので模様替えといってもそうは大きくは変えられない。
2Kの部屋なので片方は寝室兼テレビや電子ピアノなどがあり手が付けようがない。
模様替えをしたのは台所兼パソコンや事務処理をする方の部屋だ。
角部屋なので一方には窓があり、そこにピタリと付けていたテーブルを真ん中に出し、壁際に置いていたタンスを窓側に配置した。
いやいや、たったそれだけのことだが部屋の雰囲気はすっかり変わり、気分も新たになるのだから面白い。

模様替えと部屋の掃除をして久しぶりに読書タイムだった。
村上春樹の音楽に関する短編集「意味がなければスイングはない」だ。
二人のピアニストに関するエッセイで、時代は少し(16年ほど)違うが生まれた境遇も育った背景も似た2人が音楽(ピアノ)に向かう姿勢というのか考え方というのかアプローチが違うわけだ。
練習はあまり好きではないが豊かな才能と技術で不思議な音楽を作り上げる、一方の方は練習はするが派手さもなくコツコツと作り上げるタイプだという。
簡単な旋律でも何度も何度も繰り返し妥協を許さないような音を作り上げるといったものだった。
いずれにしてもピアニストとして名を残した偉大な演奏家だから並みの才能ではない。
明日から再び大雨の予想が出ているし夕方からCDショップとレンタルショップに出かけ探してみたが前者のルービンシュタインのCDは何枚かあったが、聞きたかったほうのぜルキンのCDはなかった。
ダウンロードで探せばあるかも知れないが今日はそこまでだった。

ワールドカップもいよいよ準々決勝のあと2試合と準決勝、決勝となる。
上記二人のピアニストの相違と各チームの相違が重なってくる。
何の世界も一流といわれるにはそれなりの技術は当然だが、紙一重の何かを持っていないといけないようだ。
当然、凡人の私にはわかるすべすらない。
でも、その相違が感動を生むのかもしれないな、などと思う。

古いアルバム

2018-07-03 21:16:21 | 写真投稿
家の倉庫に置いてあった本やアルバムがシロアリにやられてしまった。
横置きに置いてたあったアルバム数冊がすっかりと茶色に変色しボロボロになっていたのだ。
あわてて掃除機とヘラを持ってきて丁寧にはがしてみたが、下から4,5冊が完全にやられてしまった。
本棚の底から侵入してきているようで大騒動になった。
被害に会わなかったアルバムはすぐに別の場所に移し、被害にあったアルバムの大丈夫だった写真は一枚一枚丁寧にはがした。
被害にあわなかったアルバムも一冊ずつ確認をしていった。
親父が写真好きだったこともあって白黒写真のアルバムが何冊も出てくる。
とてもすべては見ることはできなかったが、あるアルバムを開けてみて写真を確認していくと、どうも親父のアルバムではないものが3冊ほど見つかった。



白黒の写真が並んでいて、その下には英語で表記がしてあった。
その中の一冊は中学時代の写真なのか修学旅行の様子が記されていた。



もう一冊は大学時代の写真のようで何かのサークルの集合写真、野球のユニフォーム姿の写真などがあった。
そしてもう一冊は家庭の様子を記録してあるようで、祖母の若いころの写真やその当時の実家の写真があった。
兄妹が多かったので叔父叔母の若いころの写真も随分と貼ってあった。



その中に私が幼いころ叔父に抱き上げられた写真があった。
当時私は阿蘇で生まれ、叔父は大分の大学に進んでいたのでよく阿蘇に途中下車して泊まっ行ったのだろう。
叔父(親父の弟)のアルバムには阿蘇の写真が多いのもそのせいだろう。
ぱらぱらとめくっていると現像したネガが出てきた。
透かして見たが何が移っているのかわからない。
写真屋に行きCDに複写してもらいプリントしてみた。
白黒の写真で奥さんと息子の写真だった。
大学を卒業して有名商社に勤務し、長い間世界各国に赴任してきた。
今回の法事にもわざわざ出席してくれたのだ。
もう80歳になる。
だからこのアルバムも60年以上前のアルバムということになる。
だから親父が保管していたものでは無いわけだ。
祖父母たちが保管していたモノを親父たちが大事に引き継いでいたわけだ。



さっそくホームセンターに行き緩衝剤を買ってきた。
アルバムの表面は乾いたタオルで丁寧に拭いた。
緩衝剤できれいにくるんでダンボールに詰めた。
焼いたCDとプリントも一緒に入れた。
郵便局に行き手紙を添えて送った。
手紙には「シロアリに食われないうちに送る」と書いたと思う。