打越通信

日記ふういろいろ

祭り前

2019-06-27 21:16:15 | 写真投稿
令和に入りすでに2か月が過ぎようとしている。
今年もすでに半年が過ぎ折り返しの時期になった。
梅雨だというのに雨は降らず、秋風のような北寄りの風が吹き、いったいどうなっているのだろう。
それでもハナミズキは咲き、アジサイも咲くのだから不思議なものだ。
街中では6月から山笠の準備が始まっている。



川端商店街ではハッピを来た男たちをよく見かけるようになった。
腰の赤い手拭(てのごい)を巻いた人たちが川端商店街や櫛田神社に集まり、何事か始めている。
飾り山笠の定位置には櫓(というのか?)が建ち、今から飾られていく。

そういうなか、学生時代の友人から連絡をもらった。
熊本出身なのだが、わけがあり今京都に住んでいる。
会うのはもう何十年にもなるわけだが、それ以来だった。
家人も知っている奴なので一緒に連れて行った。
待合場所に行くとすぐに奴だと分かった。
街中の居酒屋では酒に酔った酔っ払いたちの声がうるさくて落ち着いて話が出来ないと思い、ちょっとした料理屋に向かった。

進路に悩み今からどう生きていくか、お互い夜更けまで話し合った仲だった。
彼は熊本から千葉に出て行った。
就職先が半公務員のような職場でそれに乗ったようだ。
私にも東京での就職の話があり、地元に残るか、学生時代に過ごした東京に行くか迷っていた時期だった。
彼は長男にもかかわらず東京の職場を選んだ。
今ではその半公務員的職場を辞め、オジが経営する会社には入り会社を取り仕切っているようだった。
あの当時の分岐点が夜更けまでの話だったことを思い出す。
彼は首都圏にに就職し、今は京都に居を構えている。
私のほうは何とか地元に残ったが、今では福岡で浮かれた浮き草生活というわけだ。
あの頃を思うと今は想像もつかない。
でもそれぞれ、その時その時を真剣に考えた結果なので認め合うしかない。
そんな話をしながら懐かしい時間を過ごした。



博多の街は今から山笠一色になるといっていい。
博多に来て4年目の夏だ。
楽しもうと思う。

祝い

2019-06-24 21:15:17 | 日記ふう
今年の正月は酒を飲んでいなかったから、飲み始めはたぶん3月か4月頃からだろう。
アルコール性肝炎で酒を断ってまるまる4年間酒を一滴も飲まずに過ごした。
飲み始めて最初に思ったのは解放感だった。
意固地になっていたところもあり、別にそんなに頑なになることはない、もっと自由で良いような気がした。
しかし酒の怖さは十分に分かっているつもりだ。
最初に飲んだのは日本酒だった。
やはり日本人なのだろうか、春の月を見ながらしみじみと飲んだ。
飲んでいたころはビールに焼酎だったが、ただ酔えば良いといった感じで飲んでいたので、今思えば無駄な酒だったようだ。
今はビールはノンアルコール(これが定番になった)、ウイスキーに日本酒だけしか飲まない。

熊本地震から3年を迎えた。
義理の弟の実家は半壊の被害を受けた。
3年たってやっと新築の家が建った。
新築祝いに何が良いか考えたが、やはり祝い酒が良いと思った。

会社で福岡にうまい酒はあるのかと聞いて回ったが、あまりいい返事は返ってこない。
女性たちは「獺祭」が良いですよという。
それでさっそくデパート周りをしてうまい酒を探すことにした。
博多駅のデパートの酒売り場で酒を見ていると
「お酒を探しておられるのなら、ぜひうちの酒を飲んでみていた頂けないでしょうか」
と声をかけられた。
酒を仕込んいるその方の写真があり、どうも杜氏(蔵人?)の方のようで誠実な方だった。
日本酒の作り方に詳しい(そりゃそうだ)この酒が出来るまでを詳しく説明していただいた。
飲んでみると雑味のないストレートで繊細な酒だった。
味にうるさい家人もこの酒には飛びついてきた。
しかし最初の酒で決めれるものではないので、天神のデパートに出た。
会社の女性陣が進める酒の専門ショップがある。
しかし専門店の売り場に行く前に、そのデパートの酒売り場で売り子のおばさんにつかまってしまった。
「福山雅治がステージで酔いつぶれたとき握っていたのがこの酒です」
石川の酒だった。
さっき飲んだのも石川の酒だったので、それを聞いたがわかっていなかったようだ。
試飲ではそこそこの感じだったが、このおばちゃんの話はちょっとという感じだった。



会社女性陣が進める専門ショップに行き、試飲をしてみた。
何せ香りがすごいし、飲んでみてフルーティ感がすごかった。
安倍総理がプーチンを地元長門に招待したときに送ったとされる地元山口の酒とのことだった。
飲みやすかったし飲んだ後の切れ(口に残らない)が良い酒だった。
次に行ったデパートでは灘の酒があった。



飲んでみると深いコクと口中に広がる旨味があり、これはと思った。
さすが灘の酒って感じだったが決めきれなかった。
最後に行ったところの酒は福岡地元の酒だったが、まったくだめだった。
しかしその販売員(女性だった)と話をしていて、最初に行った博多駅のデパートの酒の話をしていると、その人もファンのようでこれが終わったら買いに行くようなことを言っていた。



試飲でふらふらになりながら博多駅まで戻り酒を確保した。
黒の雫が欲しかったが一升瓶は売り切れていたようだ。
しょうが無いので朱の吟を一升瓶一本(贈答用)と自宅用に四合瓶を1本買った。
自宅に帰りさっそく開封して飲んでみた。
繊細な味でうまい。
翌日、会社の仲間たちにもと思い再び行ってみると、朱の吟の一升瓶はもうなく、四合瓶も最後の一本だけだった。
酒蔵の杜氏の人も職人といった感じでとても好感が持てる人だった。
買って、お世話になった先輩社員に送ったのだ。

猫の島へ

2019-06-16 20:50:00 | 小旅行
このたびいろいろと福津に用事があり福津、宗像あたりに興味を持ち始めた。
特に沖に浮かぶ島々に興味を持ち始め、いろいろな離島をネットで見ていた。
世界遺産になった大島や沖ノ島、遠見が鼻から見えた女島や男島(これは島の半分が人工建物で異様な風景だった)、その他にも離島がある。
たまたま週末からの雨がやみ娘にも連絡を入れ出かけることにした。
新宮漁港に向かうが次の船までは2時間近くある。
漁港には釣り人がたくさんいて家族連れが多く、本格的な釣り人ではなく、レジャーでのんびりと釣りらしき格好をしている人たちだった。
大きな堤防がありそれを登ってみる、
沖に相島(あいのしま)がすぐ近くに見える。



福岡方面を眺めると海の中道(砂浜が続いている)が見え、その先に志賀島が見える。
北九州方面を眺めると宮地嶽(津屋埼)の海岸線や大島が見える。



堤防のテトラの上にさっそく猫が出迎えてくれた。
相島をバックに記念写真だ。
そうこうしていると相島から渡船が来た。
いよいよ渡船に乗り込み相島を目指す。
風が強く波が出ていたが20分もすれば島に着く。
釣り客(といっても本格的な釣り人はいない)、若いカップルと若い女性たちのグループ、それとインバウンド(ここまで来るかってかんじだ)と地の人たち。
島に着きさっそく腹ごしらえだった。
島に飯を食い来たわけではないのだが、なぜか腹が減ってしょうが無かった。





島で唯一の食堂でちゃんぽんだった。
食ってさっそく眼鏡岩とやらを見るため海岸線から山道を歩く。
途中に看板があり相島積石塚方面に出る。
岩が積み上げられていて古墳群になっているという。



その場所に立つと目の前に眼鏡岩が見える。
大きな岩の中が侵食され巨大な穴があいている。
これがこの島のシンボルなのかな、岩がゴロゴロしている海岸、しかしそのすぐ横は湿地帯が続き、その横は切り立った山がある。
港にいる娘から連絡が入る。
「船に乗る人が多くて乗れない。臨時便が3時に出るのでそれまでゆっくりいいよ」
しかし1時50分の船に乗るため急ぎ港に向かっていたのだ。



港に着き一時間ばかりある。
島からは志賀島、その間に能古島、糸島半島や沖に目をやると壱岐の島がかすかに見える。
香椎浜の高層ビルや福岡タワーや金色に輝くドームまで見える。



民家が連なる路地をを歩くと、まあ猫が至る所にいる。



その中で島一番の美人(いやいや美猫)を見つけた。
それでもなかなかうまい写真は撮れない。
午後3時の臨時便に乗り新宮に向かった。

泳げない海人さん来たる

2019-06-12 21:00:09 | 日記ふう
先週末から沖縄のシンヤさんが来ていた。
九州沖縄の物産展が福津のショッピングモールで開かれていて、沖縄の代表として参加するためだ。
沖縄代表として沖縄の代表的なモズクや海ブドウの販売(というより宣伝が主かな)で一週間滞在するという。
週末(土曜日)に熊本からジローさん夫婦がやってきて博多駅で落ち合ってクルマで福津に向かった。
催事があっていることは会社でも話をしていて、隣町(古賀)に住む同僚にも話をしたら、ぜひ行きたいと云っていたのでシンヤさんと写った写真をLINEで送っていたのだ。
「同僚の女性の方が来られましたよ」
という話から始まった。
見知らぬ街で見ず知らずの人から声を掛けられ、少し戸惑いもあったのだろうがうれしかったようだった。
催事が終わるのを待ってホテルの近くで食事をすることになった。
国道沿いにあるホテルの近くは何件かの食事処があるのだけど、一歩国道を外れると田んぼが並ぶ田舎だった。
下見でここかなと思っていた店は2,3組まちの状態で、スマホで探しているとすぐ近くの温泉施設で食事が出来る店があったのでそちらに移動することにした。
少し高台になっていて駐車場はすでに満杯のような感じだった。



温泉への客で施設内は混みあっていたが食事処は席が空いていた。
シンヤさんとは2年ぶりだったろうか、しかしそんな感じではなかった。
年に数回、日本全国を回っているという。
今回は一人で来ていて、何から何まで一人でしなければならないので大変そうだった。
そんな中
「8月に子供が生まれるですよ」
と言う。
それはそれで何気ない言葉なのだが、ジローさん夫婦と顔を見合わせてしまった。
なんと8人目の子供なのだ。
夫婦が昭和生まれで、平成生まれが7人そして令和に生まれてくる子供がいるのだ。
親子で昭和、平成、令和というので、これまたすごいことになっていた。
いやはや沖縄パワーが全開といったところだ。
会食は明日の事もあり早めに切り上げたが、9月にまた福岡にやってくるという事だったのでその時を再び約束してその日は別れた。
ジローさん夫婦が我が家の狭いマンションに泊まることになり、翌日はG20などで市内は混雑するだろうと博多の街を街歩きした。
その翌日は有休をとっていたので北九州あたりをクルマで回り、再びシンヤさんのところに寄ってみた。



最終日だったようで沖縄から来ている人たちと軽い打ち上げをして翌日はプロ野球を観戦するようだ。
お土産に海ブドウを頂いて、会いに行ってくれた同僚にもお土産として配り、喜んでもらったようだ。
沖縄のさわやかな風が吹いた日々だった。

変わり行く美野島

2019-06-07 20:08:30 | 写真投稿
今住んでいる福岡市博多区美野島は天神や中州に近いとあって、そういった歓楽街で働く人々が多く住んでいいた場所だと聞いている。
そこで働く芸者さんたちのため、着物屋や三味線、琴などの用品店なども今でも残っている。
近くには紡績工場(今はキャナルシティになっている)もあり、賑わっていたと聞く。
古い町並みや、商店街など古き良き時代の面影が少し残っている場所だ。
博多駅にも遠くはなく、天神や中州にも歩いて行ける場所である。
古い家屋とマンションや企業のビルが同居している。
そんな美野島が今変わりつつある。



古い家の解体が始まっていて、いつの間にか空き地が増えている。
そういえば解体費用が今高騰しているという話も聞く。
以前は普通の家の解体は大体100万円前後という事だったが、今ではその4,5倍はかかるという。
そういえば実家の祖父たちが建てた家を解体するとき大体そういう解体費用だったように思う。
あの頃からすれば400万円から500万円の解体費が必要となるという事だ。
いやはや。
それはいずれ我が身にもふりかかってくるくることだ。
家は建てたときは良いが、いずれ建て替えやリフォームなど必ず来るもので、それを考えると、ちょっとね。





福岡市は駅前のビルの建て替えを促進するようなことを言っている。
確かに博多駅が今の場所に移転して60年近く経つ、その当時立っていたビルもそれだけ経つわけで、グリーンホテルや都ホテルなどはすでに建て替えが進んでいる。
天神ビックバンやインバンドの大幅な増加で解体や建設などが進んでいる福岡市だ。
ホテルの需要が足らないと、美野島付近でも古い建物を壊し、ちょっとした民宿風のホテルが出来始めている。





我がマンションの通りの前も古い家を解体し9階建てのホテルが出いるという。
この狭い場所に9階建てのホテルなのかと、そして古い建物が次々を解体されて行っている。
この場所に住んで4年目を迎えるが、どこまで変わるのだろうか。

道の駅 むなかた

2019-06-03 20:03:18 | 食事
ちょっと用事があり福津に向かう。
気分転換に狭いマンションの部屋の整理をしていて、何せ狭いので収納が大変になっている。
縦の空間を使うか部屋の死角を使うかといろいろと考えていた。
狭いテーブルになんでも置いてしまうためパソコンを広げるのも食事をするのも、片付けから始めなければならない。
そんなこともあって福津に向かうついでにIKEAに立ち寄った。
相変わらずにぎわっていたがが今回は収納に関する小物を見て回る。
しかしここの収納は壁に取り付けたモノが多く、賃貸のマンションでは壁に穴をあけることはできない。
なかなか良いものは見つからなかったが、小物整理によさそうな2段になったボックス(?)を買った。
買ったのは良いのだがレジに長蛇の列が出来ていた。
レジはずらりと並んでいたが開いているレジは半分もない状態だ。
ケイのオヤジなら
「客を並ばせるとは何事か!レジを開けろ!」
と怒り出すだろうな。
セルフレジが割と空いていたが、清算をしている人を見ているとなんともおぼつかない。
「クレジット専用レジが空いてます」
と係員が言うのでそちらに向かう。
たかが700円にも満たない品をクレジットカードで決済することになる。

初っ端から話がずいぶんと違った方向に行ってしまったが、福津に向かったのは理由があり、来週から沖縄のシンヤさんが来ることになっている。
それで我がジロー夫婦と応援(飲み会)をしようとなりその下見だった。
ホテルの近くを写真に撮りLINEでジローさんに送る。
居酒屋らしきものは見当たらなかったが、4,5名くらいで飲めそうな店は見つけた。
店の玄関、メニューなどを写真に撮り再びジローさんにメールする。

ひと仕事終えてクルマのナビに
「道の駅 むなかた」
と入力しナビに案内してもらう。
途中、宗像大社の前を過ぎ、10分くらいで道の駅に着いた。
ここは2,3回来たことがあるが何せ人気のようで、駐車場への長蛇の列に嫌気をさしてパスしていた。
それでも会社の連中と話をしていると、ここの海鮮丼は素晴らしいと評判が良いのだ。



昼飯時もちょっと過ぎていて、駐車場へはすんなりと入れた。
タイミングよく出ていこうとするクルマがいてすぐに駐車できた。





食堂はさすがに列が出来ていて20分くらい並んだが鯛とブリの海鮮丼(1100円)を手に入れることが出来た。
ブリも鯛も刺身が分厚くて歯ごたえがあり、おまけに甘みがあり最高だった。
食事の後、物産館に向かい地魚を見て回る。
クロ(メジナ)の鮮魚が2匹で500~700円、チヌ(クロダイ)より値段が高いのには驚いた。



世界遺産に登録された宗像大社とその関連である。
それに関する商品も多く置いてあった。
自宅から1時間から1時間半といった場所だが、なかなか良いところだ。