打越通信

日記ふういろいろ

長崎の夜

2019-02-11 17:28:14 | 小旅行
3連休の初日は疲れがたまっていたのか体調が良くなかったのか、朝飯を食って横になっていたらそのまま寝てしまった。
気づいた時には午後3時を回っていた。
こんなこともあるもんだと自分でもびっくりするくらい眠りこけてしまった。
結局、翌日も午前のゆっくり目に目が覚めた。
コーヒーを飲みながら時計を見るともう午後になろうかとしている。
自宅を出て博多駅に向かった。
途中のチケットショップで格安切符(博多長崎)を買い、弁当を買って、12時55分発のかもめ21号に飛び乗った。
長崎駅には午後3時頃に到着、市電に乗ろうかと思ったが駅前の歩道橋を渡るのがめんどくさいのと、市電の駅に多くの人がいたのでやめにした。
てくてくと歩いて海岸べりの遊歩道らしき道を歩く。
夢彩都という看板と展望デッキという案内板に惹かれ階段を上ってゆく。
広い板張りの広場が表れ、スケボーをする若者とダンスの自撮りをしている女の子たちのグループがいた。
大きなボールを抱えた展望デッキに出たがこれはいったい何だったんだろうか。
商業施設に通じる道があったのでそれを渡って店内に入った。
港の待合室に行ってみると乗船を待つ乗客たちでにぎわっていた。
近くの離島への連絡船や軍艦島クルーズといった切符売り場があり、いろいろな航路があるようだ。
出島ワーフで一休みして公園らしき遊歩道を歩く。
県立美術館などがあり広々とした公園だった。
そこを抜けるとグラバー園の看板が見える。
えっと思って行き過ぎていることに気が付いた。
長崎市内の地図は頭に入っているつもりでいたが、海岸線を歩くのは今回が初めてだった。
電車通りから新中華街を目指して歩いていると湊公園に着いた。
会場は人であふれんばかり、中国民族踊や太極拳などをやっていた。
新中華街までの道はとても歩くという状態ではないくらい人であふれていた。
ゆっくりゆっくりと人の波に合わせて何とか中華街をやり過ごした。
浜んまち商店街を抜け眼鏡橋に向かった。





しかしまだ時間的に少し早かったので近くの喫茶店らしき店に入り時間調整をした。
30分ばかり時間をつぶし、商店街を少し散歩しながら眼鏡橋に向かった。
例年のように暗くなりかけた眼鏡橋周辺にはランタンの火が映えていた。
例年と比べ暖かいが人は多い。
眼鏡橋周辺で写真を撮り、中央公園に向かった。





ここでは胡弓の演奏があっていた。



ステージが変わり沖縄からのエイサーのステージが始まった。
時計を見ると8時近くになっていたのでその場を離れ、夕食をとるところを探すことにした。
中華街はとても人が多いのでだめだろうと思い、思案橋に行ってみた。



横丁に入れば何とか食う場所は見つかるだろうと思ったがとんでもなかった。
どの店の前でも人だかりが出来ていてとても無理のようだった。
新中華街まで戻ってもここも同じ状況だった。
市電に乗って駅に向かうことにした。
しかし市電の駅にも多くの人だし、通り過ぎていく電車も満員の状況だった。



仕方なく出島の横をすり抜けて海岸べりの道を歩く事にした。
はっと海のほうを見ると稲佐山が輝いて見える海べりに出た。
手持ちではぶれるのでISOを高めに設定して塀にカメラを押し付けるようにして夜景を狙った。
例年のランタンフェスタであまり良い写真は撮れてなかったが今回はこの夜景がお土産になるぞ、とその時は思った。
駅に着き弁当やを探すがもう閉店まじかだった。
過去にもこんなことになったような気がするが、弁当はほとんど売り切れで、サボテン(とんかつ屋)に何とかロースカツとチキンカツが残っていた。
弁当にしてもらい何とか夕食は確保できた。
午後9時52分のかもめ48号で博多駅にはちょうど午前0時に着いた。
歩数は24000歩を超えていた。
駅から自宅までの歩数は日付が変わったので翌日分にカウントされていた。
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違いが分かるか

2019-02-04 19:51:30 | 写真投稿
宅配便の状況をスマホを見ながら待っている。
娘が
「福岡営業所まで来て、今配達中になっている」
朝から連絡があり、娘に出荷メールのところに宅配状況が確認できるサイトがある事、そして配達番号のような番号をそれに入力すれば配達状況が分かることを知らせた、それを受けての事だ。
娘の部屋は同じマンションの棟違いの最上階、行って一緒に待っていた(というかパソコンでの写真の加工方法などレクチャー)が昼飯時になってもまだ来ない。
妻と駅横のヨドバシカメラに付属品を買いに出た。
というより昼飯を食いに出た。



プロテクトレンズにSDカード(64GB)、そしてこのブログにコメント頂いた予備のバッテリーを買った。
なんだかんだと2.5万円ばかりだった。
買って(昼めし食って)娘の部屋に戻ると、しばらくして宅配便がやってきた。
開封してさっそくプロテクトレンズをつけ、液晶フィルムを貼り、SDカードを差していろいろとやっている。
しばらく充電して散歩がてらに美野島商店街に出た。
娘もわくわくで手当たり次第に撮っていた。

娘が撮った写真(無修正)↓











その写真頂戴ねというとWi-Fiで自分のスマホに読み込んでメールでくれた。
まあ、このWebくらいの画像ではそんなに違いはわからないが、コンデジで撮った写真と見比べると、特に拡大すれば一目瞭然の違いがある。
まあそんなこともあるが一番は写真としても落ち着きというのか、味というのか、違う。
スマホの写真が良くなったといってもこの違いがあるので、やはりカメラの存在ある。
そこそこじゃなくて、正当なこれ一枚みたいな感じだ。
音楽でいうとスマホのプレイヤーと専用のプレイヤーの違い。
MP3とFLACやWAV、DSDの違いのようなもの。
そこそこで良いと思えばそれで良いし、その先をと思えばきりのない世界だ。
でもある程度の水準までは、そんな非常にあいまいな感想だった。
昔、そんなCMがあったような気がする。
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ミラーレス一眼

2019-01-30 20:36:19 | 写真投稿
あれは何年前だったかかなと思ってブログ内を探してみた。

https://blog.goo.ne.jp/air-sky_k/e/bc4afbca182904059f9d36dee2e53b5f

オリンパスOM-D E-M10という機種でちょうど消費税が5%から8%にあがる頃の事だから何かシチュエーションがにている。
実は娘が
「ミラーレスカメラが欲しいからどれが良いか一緒に選んでくれ」
と言ってきた。
何機種か候補をあげていて軽くネットで調査してみたが良くわからない。
ミラーレスカメラに関しては、当然ミラーレスというくらいだから電子ファインダーになるくらいの認識しかないわけで、商品説明に出てくる言葉もほとんどわからい言葉が多い。
休日に娘と家電量販店に行き商品の説明を受ける。
キャノン、ソニー、オリンパスといった機種が並んでいて、女性をターゲットにしたモノが多いのにはびっくりした。



価格帯は5,6万円台、8,9万円台とそれ以上の価格の大まか3つのグループに分かれているようで、標準ズームがセットになっていたりダブルズームセット(標準と望遠の両ズーム)になっていたりしている。
価格帯はできれば5万円くらいというのでそれに見合った機種に絞って説明を求めた。
背面の液晶がいろいろな角度に変えられるモノがほとんどで、自分撮り用に液晶をひっくり返せるモノまである。
ファインダーも付いていなく液晶で画像を確認して撮影するのが大部分のようだ。
レンズも12-32mmなどと表示されていてえらく広角なので店員に聞く。
この表示はフルサイズの表示なのかと聞くと、どうもそのようで、じゃあ1.6倍かければ良いのかと聞くとそうでも無いようだ。
APS-CではなくマイクロフォーサーズというAPS-Cよりさらに小さいセンサーらしい。
だから約2倍というからわけが分からなくなるのだ。
だったらマイクロフォーサーズのレンズの表示を35mm(フル)換算で表示すれば良いのにと思うけど・・・。
で結局、パナソニックのDMC-GX7MK2Kという機種に絞った。
価格が一番に来て、操作性にスタイルというのが娘の感想だった。
私としてはライカのレンズ(15mm f1,7)に魅力を感じたし、ファインダーがついていることもあった。
その日はそれでいったん帰り検討となった。
娘もライカレンズにかなり入れ込んだようでそれを外せないようだった。
検討の結果、その機種に絞り込み店員と価格交渉となった。
ライカレンズとのセットは無いのかと聞くが無いという。
ダブルズームセットしかなく、じゃあこれで最終価格を出してくれというと10分くらいしてから店員がやってきた。
値引き額は数千円程度、ポイント分を考えてもネット価格からは大きく離れていた。
最終価格ですねと念を押して断った。
さてさてと自宅に戻っていると娘からメールが入った。
本体だけの価格と標準ズームセットが付いたセットとあまり価格差が無いようで、標準ズームセットを買うようだ。
とりあえずそれを買ってライカレンズはその後でも良いのかも知れない、という結果になったようだ。
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ひょこりひょうたん島

2019-01-20 21:02:11 | 旅行
瀬戸内海の大三島と生口島の間に浮かぶ島は「ひょこりひょうたん島」のモデルといわれている島だ。
「ひょこりひょうたん島」というと、もう50年も前に放送された人形劇でドン・ガバチョやトラヒゲ、サンデー先生にガンマンなどユニークなキャラクタが繰り広げる番組だった。
オープニングは灯台を突き立てたひょうたん島がグイグイと進むアニメだった(オープニングはアニメでなかみは人形劇)。
よく観ていたものだ。
目の前にそのモデルといわれる島が表れてびっくり、ひょうたんの小さいほうが広島県で大きい方が愛媛県というこれまたユニークなプロフィールを持つ島だ。

すこし間があいてしまったが、お遍路さんの島の続きになる。
翌日はうってかわっての晴天だった。
開門前の松山城向かう。
なんとロープウェイで城に向かうの初めて事だ。



天守閣の前にはもうすでに梅が咲きかけていた。
中国からなのか台湾からなのか外国人観光客に混ざって天守閣に向かう。
江戸時代以前に建造された天守を今でも有する城郭の一つといわれている。



姿は美しく石垣の積み方もどこか熊本城の武者返しと似ている。
天守までは急で狭い階段(というより梯子)を登る。



天守からの眺めは見晴らしがよく、遠くに瀬戸内を見渡せる。
宿泊先だった道後温泉の街並みも見えるが、お城とは程遠くない距離だった。
街の一角に温泉街があるといった感じで溶け込んでいるようだ。
後方には山々が迫り、海に向かって開けた町のようだ。
街中には坊っちゃん列車という路面電車が走り、はかま姿の人々が暖かく向かい入れてくれる町だ。
天守を降り再びロープウェイの駅に戻る。
10分間隔の運航のようだがどうも遅刻しそうな時間のようで、急いでくださいという言葉にリフトを指さしていた。
「高いところは大丈ですよね」
という言葉に反応する暇はない。



するりと座りあとは夢心地の世界だ。
下を見ないようにと目をつぶると鳥の声が盛んに聞こえた。
目を開けると何事もなく静かに降りていた。



昨日はくすんでいたしまなみ海道がくっきりと見える場所に来た。
後ろを見ると四国の山々が見える。
ガイドの話を聞いているとその山々の上に雲がかかっているようだがその上にまた山があるという。
良く目を見開くとその雲の上に山が見える。
伊予の高嶺といわれる石鎚山だった。
四国は割と平坦で瀬戸内海という内海を持ちわりと穏やかなところというイメージだったが、そうでは無いようだ。
近くて遠い島、がぜん興味がわいてきた。
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お遍路さんの島だった

2019-01-16 21:11:08 | 旅行
年末から旅行を計画していたが、入金上の手違いやら休日だと思っていた日が出社になったりと計画は2度ばかり流れてしまった。
地図を見てはため息をついていた。
ジローさんとの四国旅行(結局これも流れてしまった)の事を思い出し、四国に渡るにはどうしたら良いのかを考えた。
九州と本州は1本の道(橋とトンネル)で繋がっているが、本州と四国は3本の橋で繋がっている。
九州からはいったん本州に渡ってその3本のどれかの橋で渡る方法と、直接フェリーで渡る方法だ。
いずれにしても移動には半日以上の時間が必要で、北海道や沖縄より遠いところのような気がする。
実はまだ四国の地を踏んだことが無い。
一体どんなところか気になっている矢先に家人が四国ツアーの話を持ち掛けてきた。
パンフには「しまなみ海道」や「道後温泉」というちょっとロマン溢れる響きの言葉が並んでいた。
即決しネットで申し込み、完全に入金を確認して流れてしまわないようにと固めたのだ。
未知の地なのでクルマで行くには時間的にまた体力的にもわからいので無難なツアーとなった。
土曜の朝8時半に博多駅集合だった。
新幹線で新尾道駅まで行き、あとは観光バスで道後温泉まで行くという日程なのだが、その観光バスに海坊主のような大きな躯体のスキンヘッドが乗り込んできた。
一体何が始まるのかと思いきや、ガイドでも無いようだし、博多から添乗員も同行していたので添乗員でもない。
自己紹介があり始めて正体が分かった。
この人はお遍路さん達ちの間では「先達」と呼ばれている人だった。
話を聞いていても良くはわからなかったが、どうも四国88か所のどこかのお寺の住職(かな?)の人で四国八十八ヶ所霊場会の公認先達の人のようだ。
それからバスの中ではお遍路のさんの話が絶えなく続いた。
改めてパンフを見ると「しまなみ海道 新春参拝」と書いてあるだ。
まあ、仕方ない、あこがれの四国に渡れるのであれば。
前回来た尾道の街並みをしまなみ海道の橋の上から眺め最初の島に渡る。
あいにくの雨で視界は悪いが何本か橋を渡り、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)というところに着いた。
何かの総本山という由緒ある神社のようで樹齢2600年といわれる大楠があった。
大きなつり橋を渡りやっと四国の地を踏むことになった。



しかし次の行先は金剛院南光坊(第五十五番札所)というお寺だった。



初めて来た四国で初めにあった人たちがお遍路さんという、いかにも四国らしい。
真言宗のお寺という事で説法を聴くことになったが、真言を唱えるという不思議な体験をすることになった。
プロのお遍路さん(というと変だけど)に交じって霊場回りがどういうものなのか体験できたわけだ。



道後温泉に着いたのは薄暗くなりかけた5時ころだった。
ホテルの部屋はかなり広い部屋だった。
夕食を済ませ道後温泉街に繰り出した。
割と背の高い温泉旅館が立ち並び、温泉街の雰囲気がある。



道後温泉といえばこの建物、日本最古の温泉といわれるだけあり、その雰囲気には神の世界があるような佇まいで、ここも神社仏閣なのかと思わせる。



道後商店街をブラブラ歩き、カラクリ時計にやってきた。
ちょうど夜の7時前だったのでカラクリを見ることにした。



あまり派手ではないが坊ちゃんゆかりの地なので大正昭和の雰囲気のあるカラクリだった。
宿に帰り温泉に向かう。
少し風邪気味だったのであまり長くは浸からなかったが、割とあっさりとした湯だった。
旅行前のイメージとずいぶんとかけ離れた一日で、まるでミステリーツアーのような日だったけど、四国=お遍路さん、このイメージが出来上がったようだ。
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ツービートの生活

2019-01-11 22:19:02 | 日記ふう
正月を過ぎ、職場の周りはゴホン、ゴホンとあちらこちらから咳が聞こえる。
年末にインフルの予防注射を何年かぶりに受けたこともあり、まあこのくらいなら大丈夫だろうと思っていたが・・・考えが甘かった。
平時の時でも自宅に戻るとイソジンで丁寧にうがいと手洗いは欠かしていない。
こんな時期はなおさら丁寧にうがいはしていたが、ついに咳が出始めてしまった。
朝起きると喉はガラガラで唾を飲み込むにも喉が痛い。
先日はついにアレルギーと重なってしまって、咳と鼻水と涙とついにシャックリまで出てしまいクシャクシャの状態まで悪化した。
別に体がだるいとか、熱があるとか、頭が痛いだとかという事はなかったのだが、悪寒が走った。
こんな時は睡眠が一番大事なことは分かっているのだが、特に寝つきが良くないほうなのでこればかりは自分ではどうしようもない。
それでできるだけ日中はデスクワークを減らし動き回るようにすることにした。
朝の徒歩通勤も少しだけ早く自宅を出て、遠回りをするとか、エレベータを無くし階段を使うとかいろいろやっている。
それで寝つきが良くなる時もあれば、そうでない時もあるわけで決して絶対では無いようだ。
早めに眠りに就きぐっすりと眠れた朝は良いのだが、その日の夜は午前様まで目がパッチと冴えてしまうのだ。
だから2日ビートのシーソーのような生活になってきた。
咳も少しはやわらぎ寝込むまでは至らなかったのでこのまま回復してくれれば良いのだが。



1月14日のWindows7のサポート終了に向け残り3台というところまで来た。
アップグレード(クリーンインストールではない)という事でいろいろとあるだろうなと思っていたが、あるといえばある、無いといえば無いといった感じだ。
早くから状況を見ながらやってきたのでそのあたりは対応できるつもりでいたが、アプリとの組み合わせで何があるかわからないのが怖いところで、現場の他業者のソフト(特に現場の計測器がらみのソフト)に関してはこちらで管理していないのでこればかりはどうしよもない。

風邪もウイルスもこればかりは防ぎようが無いようだけど、注意深く受け止めているかどうかが分かれ道かもしれないなあ。
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新春初詣博多ウォーク

2019-01-04 21:59:13 | てくてく
正月三が日に博多にいることは初めての事になる。
二日目に熊本から佐世保経由で福岡に戻り、かなりの距離を運転した疲れもあったが朝起きてみるといい天気だった。
博多の街で三社参りというとどこになるのか考えた。
一番近いのは住吉神社、櫛田神社となるが筥崎宮、宗像神社に宮地嶽神社もある。
太宰府天満宮もあるが、あそこは学問の神様と外国人観光客の観光地化しているので今日はパスしよう、などと考えていて、せっかく天気も良いし、とりあえず一番近い住吉神社に行くことにした。
距離的には1kmあるか無いかなので10分も歩けば着いてしまう。



住吉通りから境内に入ると、いきなり長蛇の列ができていた。
三日恵比須に並ぶ行列だった。
本殿に回るとパラパラと行列ができている程度でそれほど混んではいなかった。
参拝を終えどこに行こうか考えた。
櫛田神社は例年会社で参拝するので、まだ参拝したことのない筥崎宮に行くことにした。
住吉神社から博多駅に向かって歩いた。
筥崎駅で電車を降り筥崎宮まで住宅街を歩く。



途中で祭りの準備にような雰囲気になっていて、何があるのかと思っていると「玉せせり」という祭りがあるようだ。
時間的にはまだまだ(13時から)のようだったので先に本殿に参拝することにした。



鳥居をくぐり中に入るとかなり広い境内だった。
かなり広いので人数は多いのだろうが混んでいる様子には見えなかった。
しかしいざ参拝となると行列ができていて並ぶ羽目になる。
国道までのかなり長い参道には出店がずらりと並んでいて、話に聞いてきた放生会の事を思い出した。
国道に出て、さてと思い天神まで歩いてみることにした。
巨大なショッピングモールがあり、そこで一休みして那の津通りを天神方向に向かう。
途中で横道に入ると古い町並みがあった。



電信柱の住所を確認すると「神屋町」とある。
歴史を感じる街並みだったが正月という事もあり人の姿はなかった。



がらんとした通りを抜け那珂川沿いを天神に向かう。
昼飯時だったのでいつも行く福ビルの地下に入った。
いつも行くレストラン「EST」はついに閉店してしまっていた。
天神ビックバンとやらでこのビルも取り壊しになるのだろう。
仕方ないので立ち食いすし屋に入り寿司をつまむ。
再び福ビルに戻りCDを10枚ばかり借りた。
眠気が出てきたのでコーヒーでも飲もうとジャズ喫茶に行ってみたが開いていなかった。
渡辺通りのすぐ横の細い路地を歩いて自宅を目指す。
大通りから一歩入っただけだがそこは古い店が軒を連ねたところだった。
大通りの賑やかさとは裏腹に、一歩中に入ればこんなに違うのかと驚きだった。
やっと自宅に戻った時には夕方5時近くになっていた。
歩数はなんと1万9千歩をこえていた。
正月早々から日々かなり動き回っているような気がする。
まあ、それだけ元気になったってことだろう。
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年末年始

2019-01-02 23:02:34 | 日記ふう
年末からバタバタと年を越してしまった。
29日の仕事納めはシャンシャンと手打ちで終わるのかと思いきや、完全フルタイムできっちりと仕事を終え、その後の納会は失礼して熊本に向かった。
帰省ラッシュのピークかなと午後からネットで情報を確認していたが大きな渋滞は無いようだった。



そういう事ならばと、アパートを6時過ぎに出て太宰府インターを目指すのだが、インターまでの道に渋滞が出来ていた。
しかし高速に乗るとクルマは多いが意外とスムースに流れ一時間ちょっとで自宅に着いた。
そういえばその日の早朝に新幹線で帰省した家人も割とゆるかったようなことを言っていた。
帰省ラッシュの状況も変わりつつあるのかと意外だった。
ちょっとした家の改装をしているのでその状況確認、大掃除、買い物など、それでも時間を見つけ部活納めもきっちりと行いバタバタと年末は過ぎたのだ。



紅白のあとは除夜の鐘を聞きながら(そういえば今年初めて除夜の鐘が鳴っていた)近くの打越神社に初もうでに向かった。



ジローさんから甘酒をもらい、グッチにテラちゃんなど町内会の連中とも例年と変わらない新年の挨拶ではじまった。
その朝というか初日の出を見に行くというので6時には起きてラジオ体操に出かけた。
言い出しっぺの家族は皆起ききれず一人でてくてくと遊水池公園に向かった。



まだうす暗く、空には半月と宵の明星が輝いていた。
しかしそのあと雲が広がって初日の出は拝めなかった。
ラジオ体操の皆さんとも新年の挨拶をして元旦の朝は始まった。
おせちを食べ家族そろって藤崎宮に初詣に向かったが大変な人出にびっくりしたのだ。
例年そうだったっけと思うほどだった(一番多い時間帯だったのかも知れないな)。
その後、近所に住むオジの家に新年の挨拶に行き、そこでつかまってしまい、それまでだった。
翌日(今日)は7時半に自宅を出て佐世保に向かった。
高速で行くかなと思ったが、そういえば有明湾岸道路があるではないか、荒尾から大川までは湾岸道路で行き、多久からも新しい自動車専用道路が伊万里までできていた。
佐世保からの帰りは伊万里経由でこれまた自動車専用道路(西九州自動車道)が完全ではないが出来ていて割とすんなりと福岡に戻ってきたわけだ。
明日はゆっくりと過ごし、再び仕事が始まる。
まあ、ちょっとバタついた年末年始だが無事に年越しが出来たわけだ。
今年も健康で過ごせるようにと願うばかりだ。
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冬の月

2018-12-25 20:33:10 | 日記ふう
土曜出社の朝は早く、終業もそれに合わせて早めの午後4時に終わり、ビルを出てタクシーを捕まえた。
病院の受付が午後4時半までなので乗るなりその旨を運転手に伝える。
病院名を言うが理解できないようで、住所か電話番号を教えろというので信号待ちをしている間に電話番号を伝えた。
ナビに入力したようですぐに場所はわかったようだった。
「大博通りの一本千代寄りに一方通行の道がある」
と云うと年末の混雑している博多駅前から大博通りと出て、その道に入りなんとか時間内に病院に着くことが出来た。
いつもは混雑している病院もこの日だけは患者は私一人だった。
1時間や1時間半は当たり前のように待たされるのでいつもは休みを取らなければならないのだが、その日は15分ほどですべてが終わった。
帰り道、今日は家人がいないことを思い出した。
アパートに帰っても夕食は無いのでどうしようか考え、娘に連絡した。
ちょうど娘も帰宅途中だったらしく待ち合わせて一緒に夕食を共にした。



翌日は朝から雨が降っていて、午前中は音楽を聴きながら本を読んで過ごした。
昼からは散歩がてら天神までぶらりと歩いた。
クリスマスイブの前日という事もありいつもの休日より人が多いように思ったがどうだろう。
イヤホンで音楽を鳴らしていたので決まったように流れるクリスマスソングはきけなかった。
天神までぶらぶらと歩いて来たものの行先はいつもの本屋とレンタルショップだった。
この日は時間もたっぷりあったのでメモを見ながら探した。
クラシックも探したがなかなか探し物はないものだ。
ビルエバンスとレッドガーランド、チャリーパーカーをそれぞれ3枚ずつと、なんとビッグバンドを3枚も借りた。
白黒の画像に雨が降っているような、そしてそれこそターンテーブルと真空管アンプが似合いそうなディーク・エリトン、カウント・ベイシーにグレーン・ミラーなどだ。
一度は聞いたことのある名曲が連なっているが、一度聞けば聞くことはないかもしれないと思いながらも借りたのだ。
本屋にも久しぶりに長い時間いたような気がする。



4冊ほど買い込んで細い路地にあるジャズ喫茶に入った。
博多の街にもこういう古い喫茶店がまだあるようで懐かしい。
どでかいスピーカーが並べて置いてあり程よい音量で重量感のあるピアノトリオの音楽が流れていた。
それが終わり、女性ボーカル(たぶんエタ・ジョーンズ?)のバラードが流れていた。
買ってきた本をパラパラと読み、2枚目のアルバムが終わると同時に店を出ててくてく歩いて帰った。



中州の広場ではバザーのような催しがあっていた。
クリスマスで賑わう雰囲気の中、なんか場違いのような気がするが、何せこんな催しがあちらこちらであっているのがこの街の特徴のようなのでしょうがない。
てくてく歩いているとビルの陰から満月に近い月が出ていた。
母が好きだった冬の月だ。
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釣りバカ

2018-12-19 22:24:17 | 釣り
年の瀬も迫り、休みのどこかで実家の後片付けというか大掃除というか整理もしなければならないなと思っていた。
平成も最後という事で、ありがたいことに天皇誕生日(最後なるのかな)があり3連休になる、と思っていたら、出ました「土曜出社の日」だった。
それで一週間早めに月曜日に有休をとって3連休にして実家に向かった。
庭は相変わらず草が茫々で庭木も思いっきり伸びていて、着くなりそんな先制パンチを食らった。
それでも先に進めなければ整理はつかない。
家の中の整理も、親父やお袋の思い出があるものはできるだけ消してしまいたい気持ちと、残したい気持ちが半々でなかなか進まないでいたが、この際に整理(捨ててしまう)してしまおうと決心していた。
整理した遺品を廃棄するにはどうしてもごみ処理場は平日しか空いていなかったのでわざわざ平日に休みを取ったのだ。
運ぶ軽トラも近所に住むオジから借りる手はずだった。
初日は実家に着いたのが午後過ぎてからだったので3時間ばかりしか作業は進まなかった。
ところが翌日は平素からLINEのやり取りをしている先輩(小学、中学、高校と)から連絡が入り実家に遊びに来ることになった。



何しろ釣り好きでLINEでは釣果はもちろんの事、仕掛けの写真や、釣り場の航空写真でどのポイントが良いのかなどの情報を半ば一方的に送って来ていた。
会うのは10年ぶりくらいになるだろうか、家に上がるなりいきなり釣りの話になった。
ちょうど昼飯時という事もあって外食すると同時に釣り場を見て回ろうとなった。
場所は隣の県(鹿児島)になるが長島という島だった。



まだ寝ていた甥っ子のジュン(現在この実家に住んでいる)をたたき起こし一緒に連れ出した。
ジュンも幼いころから釣り好きでこの長島がホームグラウンドになっているようだ。
黒の瀬戸大橋を渡り、ジュンとこの先輩、なかなか話が合うようでお互いにどの釣り場でどんな魚が釣れるのか話は盛り上がっていた。



ジュンが良く行く釣り場、先輩が良く行く釣り場を雨の中ポイントまで行ってみた。
ある堤防では海の底に大きなチヌらしき魚が3,4匹確認できた。
私も親父に連れられて何度もこの場所には来ているが、青物釣りはしたことがなかったのでポイントもいまいち違う、しかしジュンとは話が合うようだった。
半島になった長島の来た道とは違う海岸線を何度かクルマを停め、ポイントを見て回った。
広い干拓地のような所に来るとツルの大群と出会った。
出水平野は日本有数のツルの越冬地で一万羽を優に超えるツルがいる。



クルマを停め外に出てツルのすぐ近くまで行くことが出来る。
ツル独特の低く響く声も大量にいるのでものすごい音量だった。
ところで食事はどうするという事になったが、すでにランチタイムとやらはとっくに過ぎていて、やっと食事にありつけたのは午後もかなり過ぎた3時ころだった。
それから実家に戻り、再び釣り談議で話は尽きない。
クルマの中でも家に帰ってきてからも釣りの話で一日が終わってしまった。
結局、3日連休の一番フルに作業ができるなか日の一日はそんなことで終わってしまったのだ。
釣り好きもここまでくるともうバカがついてもおかしくないな。
一大決心で臨んだこの大掃除(というか遺品整理)も進まなかったことはいうまでもない。
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