打越通信

日記ふういろいろ

釣りバカ

2018-12-19 22:24:17 | 釣り
年の瀬も迫り、休みのどこかで実家の後片付けというか大掃除というか整理もしなければならないなと思っていた。
平成も最後という事で、ありがたいことに天皇誕生日(最後なるのかな)があり3連休になる、と思っていたら、出ました「土曜出社の日」だった。
それで一週間早めに月曜日に有休をとって3連休にして実家に向かった。
庭は相変わらず草が茫々で庭木も思いっきり伸びていて、着くなりそんな先制パンチを食らった。
それでも先に進めなければ整理はつかない。
家の中の整理も、親父やお袋の思い出があるものはできるだけ消してしまいたい気持ちと、残したい気持ちが半々でなかなか進まないでいたが、この際に整理(捨ててしまう)してしまおうと決心していた。
整理した遺品を廃棄するにはどうしてもごみ処理場は平日しか空いていなかったのでわざわざ平日に休みを取ったのだ。
運ぶ軽トラも近所に住むオジから借りる手はずだった。
初日は実家に着いたのが午後過ぎてからだったので3時間ばかりしか作業は進まなかった。
ところが翌日は平素からLINEのやり取りをしている先輩(小学、中学、高校と)から連絡が入り実家に遊びに来ることになった。



何しろ釣り好きでLINEでは釣果はもちろんの事、仕掛けの写真や、釣り場の航空写真でどのポイントが良いのかなどの情報を半ば一方的に送って来ていた。
会うのは10年ぶりくらいになるだろうか、家に上がるなりいきなり釣りの話になった。
ちょうど昼飯時という事もあって外食すると同時に釣り場を見て回ろうとなった。
場所は隣の県(鹿児島)になるが長島という島だった。



まだ寝ていた甥っ子のジュン(現在この実家に住んでいる)をたたき起こし一緒に連れ出した。
ジュンも幼いころから釣り好きでこの長島がホームグラウンドになっているようだ。
黒の瀬戸大橋を渡り、ジュンとこの先輩、なかなか話が合うようでお互いにどの釣り場でどんな魚が釣れるのか話は盛り上がっていた。



ジュンが良く行く釣り場、先輩が良く行く釣り場を雨の中ポイントまで行ってみた。
ある堤防では海の底に大きなチヌらしき魚が3,4匹確認できた。
私も親父に連れられて何度もこの場所には来ているが、青物釣りはしたことがなかったのでポイントもいまいち違う、しかしジュンとは話が合うようだった。
半島になった長島の来た道とは違う海岸線を何度かクルマを停め、ポイントを見て回った。
広い干拓地のような所に来るとツルの大群と出会った。
出水平野は日本有数のツルの越冬地で一万羽を優に超えるツルがいる。



クルマを停め外に出てツルのすぐ近くまで行くことが出来る。
ツル独特の低く響く声も大量にいるのでものすごい音量だった。
ところで食事はどうするという事になったが、すでにランチタイムとやらはとっくに過ぎていて、やっと食事にありつけたのは午後もかなり過ぎた3時ころだった。
それから実家に戻り、再び釣り談議で話は尽きない。
クルマの中でも家に帰ってきてからも釣りの話で一日が終わってしまった。
結局、3日連休の一番フルに作業ができるなか日の一日はそんなことで終わってしまったのだ。
釣り好きもここまでくるともうバカがついてもおかしくないな。
一大決心で臨んだこの大掃除(というか遺品整理)も進まなかったことはいうまでもない。

釣り日和

2015-12-01 20:42:22 | 釣り
暦の上ではディセンバー、なのだけど、暖かいし天気も良い。
明日からは再び雨の天気になっている。
今日しかない、と思い釣り道具をクルマに積み込み天草を目指した。
いかにもフル装備って感じだけど、釣竿とリールとバケツにちょっとした道具箱を持って出かけた。
釣りに行きたい思っていたが、右手の痛みがあってそれで行けなかった。
幼い頃から竿は右手、リールは左手で巻く癖というか、親父にそう仕込まれた。
だから右手の負担が大きいわけで、まあそれが理由だ。
それに前回釣りに行ったとき、仕掛けを作るのに視力が衰えてまったく作れなかった事もある。
古い竿もリールも使えるのか、それもある。
釣具屋で最小限のえさとまきえを買い釣り場に向った。
行き先は天草パールマラソン10Kmのコースの方向で、鳩の釜(野釜島)の堤防だ。
釣り場に着きまきえを撒くと、小魚が一斉に浮き上がってくる。
まきえを撒きながら仕掛けを作る。
ふかせの基本的な仕掛けで、飛ばし浮きに2Bの固定浮き、餌はオキアミの小、しかしハリがチヌの1号だった。
ハリスは0.8号だったがハリの一番小さいのがそれしかなかった。
竿はチヌの0号、リールは何番だっけ一番小さいやつだ。
一投目から入れ食い状態が続く。
仕掛けが馴染むと同時にウキが勢い良く沈んでいく。



しかし釣れるのは可愛いフグばかりだ。
狙いはクロなのだが、遠めに仕掛けを入れ手前にまきえを入れてみるがかかるのはフグだった。
それでも何も反応が無い釣りより、釣りの動作テストには良いだろう。
2時間ばかりフグを相手に遊んでいたが飽きて来て場所を変えた。
鳩の釜の先の堤防に行ってみた。
すぐ近くに雲仙普賢岳が見える。
こんなに近かったっけと驚くばかりだ。
まきえだけを持って堤防の端に行ってみた。



まきを撒くと水面一面に小魚(ボラの子)が浮いてくる。
しかたなくそこで釣りは終了。
妻の包丁を持った姿が目に浮かぶ。
物産館さんぱーるで安い魚があったのでそれを買って帰路に着く。



新一号橋も巨大な鉄塔が建っていていよいよ橋の工事が今から始まるようだ。
釣れなくてもやっぱり海は良いものだ。

柿原養鱒場

2013-05-09 16:58:50 | 釣り
息子が帰ってきて
「暇だ!釣りに行こう」
と言う。
時計を見るともう昼近くだった。
家族で出かけた先は、花園にある「柿原養鱒場」だ。
何年ぶりだろう、久しぶりの訪問だった。
鱒の釣堀は連休なので人で一杯だった。
竹で出来たチャチな竿にウキもついていない仕掛け。



ダンゴのエサをもらい釣ってみるがなかなかつれない。
ウキが無いので鱒がエサをくわえる瞬間を見計らって引っ掛けるがなかなか釣れない。



やっと息子にアタリが出て一匹ゲットした。



それから娘が一匹、妻が一匹、結局釣れなかったのは私だけだった。
新緑がまぶしいくらいの山奥で、こんな釣りも良いもんだ。
熊本の湧水で養殖していると言うのだからさすがは熊本だ。
これでも熊本市内なのだから、熊本も捨てたものではない。



釣った魚は塩焼きか何かにして食べられるというが料理の待ち時間は1時間30分。
とても待ちきれず後にした。

羊角湾

2013-05-02 06:42:56 | 釣り
翌日は潮騒の音で目が覚めた。
時計を見ると5時だった。
昨夜は雰囲気のあるテントの中でビーナッツをほおばりながら9時近くまで酒を飲んで話をしていた。



妻を起こしてテントの撤去、その間に妻は海べりまで行ってはしゃいでいた。
相変わらずテンションが高い。
妻が用意したゆでたまごを食いながらの缶コーヒー。
6時前には次の目的地を目指す。
西海岸の綺麗な海を見ながら、昔はクネクネだった道が今は良くなっている。
しかしコンビニやガソリンスタンドは無い。
20分くらいだろうか、羊角湾にある堤防に到着した。
ここは父がこよなく愛した釣り場で、私も幼い頃から何十回も通った所。
妻に撒き餌を作って、撒いてもらう、その間に仕掛け作り。
道具も古く、ネジが取れかかったリールなどもあり、リールや釣竿選びも必要だ。
妻にはサビキ仕掛け、私はクロ狙いの仕掛けを作る。



撒き餌に小魚が集まっていて、妻がいきなり2匹釣った。
手のひらより小さいバリ(アイゴ)だった。
とげに刺されないように針を外してクーラーに入れていた。
妻もうれしいようで、釣り上げた魚に話しかけながら楽しんでいる。
毎回、毎回釣れるようで非常にテンションが高い。
私もクロ狙いだったが棚を変えても餌を変えても釣れるのは小さなバリばかりだった。
先に来ていた釣り人も場所変えで居なくなってしまった。
風も出てきて釣りは終了、時計を見ると10時前だった。
つまり3時間近く釣ったのだ。
釣果は5,60匹くらいは釣れていた。
道具をまとめ河浦までガソリンを補給に行った。
再び西海岸を下田まで戻る。





食事をして温泉に入り帰宅路に着いた。
帰り道あれだけテンションの高かった妻、ビールを飲んで温泉に入り良い気分で寝ている。
下島を抜け快調にクルマは進む、しかし2号橋を過ぎると大渋滞。



やはり大矢野の大渋滞は予想通りだった。
すぐにUターンしてパールで走る道を進む。
しかしそのまま行けばパールのゴール。
それからさらに裏道を進めば旧国道の裏道。
三角からは松橋への道を選んだ。
途中道の駅(不知火)に寄ったら近所の人と遭遇。
やっぱり海を見に天草に行ったと言われた。
海は人をよせつける何かを持っているようだ。

老猟師、そしてチヌ(2)

2012-12-26 08:23:16 | 釣り
 十八番の銅線に木切れを直角に結びつけ、釣ったチヌのエラから刺して泳がせ、数が増せば、さらにひもをつけて大きな石にくくりつける等、色んな工夫をしたものである。
 食いが立っている時は、岸に戻る途中でアタる事があり、釣ったチヌ共々泳ぎながら岸にたどり着くこともしばしばあった。とにかく、この方法で面白いように型の良いチヌを数多く釣り上げたが、さらに大きなチヌを求めて沖目を狙うようになった。
 入り江の南側に小川があって、その打ち出しの沖を「徳爺や」の舟で通った時『ここには太かチヌのおるバイ』と「徳爺や」が言った言葉がしばらく私の頭から離れなかった。
 ある日曜日、ボラ釣りに連れて行ってもらった。舟からのボラ釣りはイカリを打って舟を固定し、ハリをたくさんつけた仕掛けに練りエサを盛ったいわゆる「吸い込み釣り」である。
 「徳爺や」にこの練エサの作り方を教えて欲しいと言ったら
 『これは秘密じゃかなナ、どうしても教えられんばい』
 と堅く拒否された。
 その夜、夕食を済ませてから、ソッと「徳爺や」の家をのぞいたら、エサを練っているところであった。
 『お前、何に使うんじゃ』
 と聞くので
 『これでチヌを釣ろうと思うとる』
 と答えた。
 『これじゃチヌは食わんゾ』
 と打ち出しの事を相談すると
 『そんならやってみい』
 ということになり、やっと練りエサの材料とその配分の仕方を教えてもらい、出来上がった練りエサを半分もらう事に成功した。
 翌日、それを使って、例の打ち出しを攻めてみたが、以外に水深があり思うようにいかない。何度やっても、練りエサのダンゴを落とした位置と、仕掛けを落とした位置が大きくずれてうまくいかないのだ。最後には潜ってダンゴのそばに仕掛けを落としてみたが、流れのためにどうしても駄目だった。


 
 その夜、「徳爺や」に再び教えを乞うた。
 『仕掛けをダンゴで包めばどうじゃろう』
 練りエサを野球ボール大のダンゴにして、ヤドカリをつけたハリを包み込み、水中メガネで確認しながら落としてみた。かなりの水深であるが、小さな濁りを出して、かけ上がりの根にうまく着底したようである。
 しかし、岸に上がってアタリを待ったが、なかなかアタリは来ない。
 ボラのように、うまく練りエサを吸い込むのか、あるいはこのダンゴにチヌが寄るのか、迷っていたところに、不意を突く大きなアタリが来た。チヌの二段引きなんてものではなかった。
 立ち上がって取り込みにかかるが、引きが強くて寄ってこない。そうこうするうちにパッと軽くなってしまった。かけ上がりの石に擦れて、道糸が切られたのだ。
 夜、いろいろと考えた。
 結論はウキを中通しのフリーにして、道糸を浮かせたらということになった。
 早速、ウキを作り、この方法で挑戦した。何度も失敗を繰り返し、キロを超えるチヌを仕留めた時の感激は、格別のものであった。



 春、海辺の桜の開花は早い。早朝の浜を歩いていたら、「徳爺や」が舟を出そうとしていた。
 『今からハエナワを上げに行くが、お前も一緒に行かんか』
 と誘うので、ついていく事にした。
 ハエナワ漁は数百メートルもある幹糸に多くの枝バリを付け、シャコやエビ等の餌を刺して、海底に仕掛けを這わせる方法であり、夕方遅くに仕掛けを入れて、朝早くに取り込みをする。
 漁場に着くと、私がろをこぎ、「徳爺や」が次々に取り込んでいく。その朝は大チヌが数えきれないほどヒットしていた。
 『ウーン、今日は大漁じゃネ』
 と言うと、大きくうなずきながら、満面クシャクシャである。
 取り込みを終えて、舵先をわが家の方に向け、こぎ出そうとすると、大きな声で
 『ちょっと待たんかい』
 と言う。
 『今から何ばするとネ』
 と聞き返したら、一方のイケスからチヌを一匹出して
 『ここに来てみろ。このチヌは何か分かるかい、よう見てみい。腹太チヌじゃ。この海に卵ば生みに来た大事なからだじゃゾ。うんと良か卵ば産んでもらわにゃいかんとタイ』
 と説明する。
 ろを操りながら気がついていたのだが、魚を取り込む時に魚体を見ながら、二つのイケスに仕分けをするように入れていた理由がこの時初めて分かった。
 タモでチヌを一匹一匹すくっては
 『こいつは一貫メなしじゃナ』
 『おーっ、こいつは一貫メあるぞうー』
 と独り言をブツブツ言いながら、いたわるように腹太チヌを海に返している「徳爺や」の姿を見て、少年期後半に差しかかっていた私は、いい知れぬ感動を覚え、胸が熱くなっていた。



 進学のため、その年に村を離れた私は、父の転勤もあって、その後再び「徳爺や」に合う事はなかった。しかし、今自分がその年齢に達し「徳爺や」のことがたまらなく懐かしく思い出され、今年八月末、車を走らせて久ぶりにその地を訪れてみた。
 当時、自動車一台もなかった村は三号線が村の中央を走り、車があふれていた。わらぶきのとま屋は跡形もなく、敷地は埋められ、海岸線は高いコンクリート擁壁で固められて、広々とした道を大型車が唸りをあげて走っていた。
 松の緑はすでになく、ただ昔と変らぬ渚だけをヒタヒタとさざ波が濡らしていた。
 階段を降りて波打ち際を歩いてみたが、小魚が波と戯れる姿は全くなく、ズボンを脱いで海に入り、底を濁してみたものの、チヌゴ一匹も寄ってこなかった。
 台風が九州西岸をかすめた後であったが、浜には水イカの代わりに無数のゴミが打ち上げられ、寂寥(せきりょう)の風景がそこにあった。

1992年   寿々木 誠吾 

寿々木誠吾とはもちろんペンネームだ。魚のスズキとセイゴから名前をもらったといっていた。
1992年というとちょうど20年前だ。親父も定年退職して釣りに没頭していた時代だ。そんな父も今年7月16日に他界した。海の日だった。潮が引くように亡くなった。そして今日は、生きていれば85回目の誕生日。

老猟師、そしてチヌ(1)

2012-12-25 07:04:08 | 釣り
 ゴマシオ頭にしゃくれたアゴ。八の字眉が細い目に垂れ下がり、時折、小柄な体を大きく揺すりながら笑うと、真っ黒に日焼けした顔がクシャクシャになる。ねじり鉢巻き姿で、刻み煙草を長いキセルに詰め、手のひらに落とした火を器用に着け、いかにもうまそうに煙をくゆらすがさまになっていた。
 善良でちょっと間の抜けたお人よしのこの老漁師を人々は、親しみを込めて「徳ドン」と呼んでいた。
 この「徳ドン」実は私にとってはとても大切なお人であったのだ。
なぜならば、当時小学校生であった私に、釣り鈎の結び方から、小舟の操り方まで、まさに文字通り手取り足取り海釣りに関するノウハウ一切を、教えてもらった「お師匠様」であって、私は畏敬の念をもって「徳爺や」と呼び、慕っていたのである。

 熊本県南、芦北郡から水俣へ至る海岸は典型的なリアス式海岸で、複雑に入りくんだ入り江が多くなっている。
 その海岸線の中ほどに、U字の下方を大きく膨らましたような、大きな入り江がある。三方を切り立った山に完全に囲まれ、ほとんど平地はなく、隣の集落とは山で遮断されており、村人は鉄道のトンネルを利用して行き来をしていた。
U字の下辺の当たるところが美しいなぎさになっていて、山懐にへばりつくように二百戸ばかりの家が建ち並んでいた。正面には不知火海をはさんで天草の島々が遠望された、風光明媚で長閑なゆっくりとした村のたたずまいであった。
 「徳爺や」の家は、村の中央部の最も山が海にせりだした海と山の狭間にあった。
 六畳三間古びたわらぶきのとま屋で、土間や庭には所狭しと色んな漁具が積んであり、家の前にはリヤカーがやっと通れる位の細い道で、道下には小石混じりの砂浜が広がり、緑の松とともに美しい渚が弓状に走っていた。
 村人の話によると、この海はすり鉢状のドン深で、藻場が多く、色々な魚の産卵場所になっているとのことだった。
 事実、秋近くになるとヒタヒタと波打つ渚には、五~十センチ位のチヌゴやタイゴが無数に群れており、腰まで海に入り、足で砂をかき混ぜて濁りを出せば、チヌ独特のツーツーとした泳ぎで、手の平を超す四、五匹のチヌがすぐに寄って来るといった状態が日常的に見られた。時にはクロの集団がワーッと湧きあがって乱舞するも良く見られ、海が時化た後では大型のミズイカが生きたまま浜に打ち上げられており、それを朝早く拾いに行ったものである。



 小学校に勤める父の転勤で、この村に住むようになったのは、日米開戦の前年であった。それまで山村地区に住み、川釣りばかりをやっていた私にとって、海の風景はとても新鮮で、海釣りの技を磨く恰好のステージとなったのである。
 家が近い関係で「徳爺や」とはすぐ仲良しになり、いつも家に呼ばれては囲炉裏を囲みながら、鈎談議をしてもらったものである。道具の作り方や仕掛け、海に関するあらゆる知識、潮の読み方、ポイントの選定、実際海に出ての実技指導など、学校の勉強よりはるかに面白く、次第にのめり込んでいったのである。
 チヌ釣りもその中の一つであった。
 この海で多くのチヌを釣ったが、竿釣りの記憶は全くない。すべて海に入りながらのニゴシ釣りである。
 仕掛けは至って簡単。今様に言えば、ハリス一~二号を約一ヒロ、渋柿で染めた道糸を木製の糸巻き、
鈎は二~三号、エサは渚で採れるヤドカリを使った。パンツ一つで海に入り、腰から胸までの深さで、両足または片足を使い海底をかき混ぜて濁りを出し、仕掛けを確実にその中に落とした後、糸を送りながら岸に引き返し、右の人指し指で糸をもち、アタリを待つのである。

 アタリは指先にジワーッと来るので、そのときは抵抗のないように糸を送り、次のアタリでピシャとアワせる。それが唯一のコツであった。かけた後は、チヌの大きさにもよって両手の弾力をうまく使いながら、取り込みをするのであるが、キロ近くになるとスリリングなやり取りにになる。最初の頃は取り込みを焦り、かなりのバラシがあった。

続く・・・。

上記の文は、釣りが大好きだった親父が1992年の1月号の釣り雑誌「釣春秋」に投稿した文章。
何度も投稿し掲載されているうちの一つだ。
親父の釣りの原点だろう。
親父が小学生時代に「徳爺や」と暮らした海辺の町(芦北町海浦)に行ってみた。
写真を撮った。
その頃の風景とはずいぶん変わったのだろうが、不知火海の先に見える天草諸島の風景は変わっていないはずだ。

魚釣り(2)

2012-05-06 17:27:53 | 釣り

先客がいるかと思ったが誰もいなかった。
クルマを停めてさっそく仕掛けつくりになる。



風浦の釣り場を選んだがなかなか風が強い。
妻と娘の仕掛けを作るのだが、道具が無い。
テグスの糸が無いし、ガン球が糸を通すところが詰まってしまってどうしようもない。
やっと仕掛けを作って投げてみるが風が強いし、1時間も釣れば娘も妻も飽きてしまったようでクルマでお休みだ。
「わあ!気持ちいいね!」
と騒いでいても、結局は海をみに来ただけなのだ。
まあそれでもいいのかなと2時間ばかりウキを見つめた。
引いてはあわせるがなかなかな掛からない。
一度、掛かったと思ってがダメだった。
牛深方面から釣り人が見に来る。
やはり風が強くて釣りにならないようだ。



風浦のこちらを探しまわっているようだ。
そのオヤジたち
「赤潮じゃない」
という。
確かに海の色が違うし、数年前の状況とは違う。



竿をたたんで場所を変えることにした。
数箇所行ったが今は防波堤の釣りは禁止の所が多い。



結局3箇所釣り場を変えたが、一匹も連れなかった。



いやいや、妻がかろうじて一匹釣った。
釣ったというより背びれにひっかって来たのだ。
優しくリリースして今日の魚釣りは終了した。



帰りはとんでもない所から渋滞にはまってしまった。
それでも娘は嬉しそうでGWの一日満足だったのかもしれない。


魚釣り

2012-05-06 07:07:17 | 釣り

帰省中の娘が
「魚釣りしたい」
と言う。
娘の言うことは絶対なのだ。
妻と3人で天草を目指すことにした。
朝、5時出発ということにしたが実際は7時半出発だった。
一応、キャンプ道具も積み込んで一路天草を目指す。



天草街道の57号線を三角まで行き、天草パールラインの266号線へ右折する。



天草5橋の1号橋(天門橋)、GWの中日なんだけど、そんなにクルマは多くない。



2号橋(大矢野橋)、3号橋(中の橋)、4号橋(前島橋)と順調に流れた。



日本三大松島のひとつ、きれいな景観が続く。
5号橋(松島橋)をわたり、松島有料道路に入る。
順調にクルマは進むのだが、ついうっかり、降りる場所を間違えて終点まで来てしまった。
最初の釣り場を通り越してしまった。
しょうがない、324号線で牛深を目指そう。



天草市本渡を通過、以前私が1年半ばかし暮らした街だ。
ほとんど渋滞も無く順調に進むのだが、ガソリンのランプが点く、おまけにエンジンオイルのランプまで点灯する。
しかしこの牛深線(再び266号線)、なかなかガソリンスタンドが無い。
亀川ダムを通過し、宮地岳付近だったろうかやっとJAのスタンドが見つかった。
ガソリン3000円分とエンジンオイルを見てもらった。



エンジンオイルがカラカラで2リットル分補充した。
再び牛深線を牛深方面へ進む。
風が強い日だったので風浦の場所を目指す。
河浦町を過ぎてしばらく進むと、深海の看板が見えたのでそこで左折だ。
細いクネクネ道を登っていくと、小さな漁村に出た。
そこを右折して牛深方面へクルマを進める。
その昔、足うらサイズのクロが良く釣れた場所なのだ。

続く・・・。


結局釣れず

2011-09-27 07:37:07 | 釣り
まあ、毎回の事だけど木っ端グロとガラカブにベラぐらいか!
あるおっさんは真鯛を釣ったと喜んでいた、手のひらの半分ぐらいの鯛なのだ。
それでも嬉しかったようで
「俺が一番先に釣ったぞ、ケンは口ばっかりでなんも釣っとらん」
となるのだから困ったもんだ。



夜はたいじさんが作ってくれた鍋で食事だった。
豚肉2kg、大量の豚汁といったところか、しかしそれが旨いのなんの。
結局、一升炊いたおにぎりはその夜でなくなってしまった。
だから朝飯はこの豚汁でまかなった、そういえばゆでたまごもあった。
朝飯食って場所を変えることにした。



マーのオヤジ喜んで砂浜でグッチと相撲を取っていた。



元気良いよなあ!



津奈木町の平国というところにある赤灯台だ。
しかしここも小魚ばかりで早々と引き上げて帰路に着いた。
芦北から県道27号線を大野温泉センターの田舎料理のバイキングに向かった。
600円の田舎料理にみんな満足していた。



しかし食うよな、バイキングなのでみんな食いほうだい。
そのまま国道219号線に出て球磨川沿いを八代まで行き、国道3号線を帰った。
自宅には午後3時のちょっと前だった、さっそくグッチが大量の魚を料理した。
「ケンちゃん、小魚は難しいとバイ」
などと言ってそのたびに妻がチェックに行く。



やっと料理が出来てみんな集まって今回の反省会だ。
もう次の釣行の話が出た。
しかし、もっと釣りを極めないと思ったが、自分も釣りよりこんな雰囲気に流されているので、なんとも言葉が出なかった。

釣りキャンプ

2011-09-26 06:22:47 | 釣り
釣りキャンプ前日の午後3時、我が家に集合して打ち合わせ。
庭にテーブルを出しての打ち合わせなのだ。



買い物リストを作成、料理も決まり、買うものをリストアップしていく。
何だが知らないが、キャンプに行くメンバー以外のテラちゃんや、セイちゃんまでどこから聞いてきたのか知らないが参加なのだ。
そして今回、特別参加で「熊本にて心機一転」のたいじさんが参加した。



事前の打ち合わせ(飲み会)から参加してもらい、公民館の炊き出しから、おにぎり作りまで手伝って頂いた。
行きはクルマ2台で出発、ノボルのオヤジのクルマと、たいじさんのクルマで出かけた。



途中、ディスカウントストアーで買い出し。
酒や食糧、水などを調達。
今回は県南の芦北を目指した。



結構持っていく荷物も多く、ノボルのオヤジのクルマに積み込むがギリギリだった。



現地に到着しさっそく釣り開始、キャンプする場所を探し、ノボルのオヤジとマーのオヤジがある建設会社の敷地を確保した。
地元の人と話をしていて、建設会社の敷地を見つけ、その会社の関係の人の家まで行って了解をもらったのだ。



だからその敷地をお借りして2張りのテントを張った。
ケイのオヤジがその人にといって焼酎を1本、その方の家に届けに行ったのだ。
・・・続く。

朝飯だ

2011-09-25 06:59:51 | 釣り
穏やかな朝になった。
寒くも無く、グッチのイビキで寝れなかったが、なんとか生きている 。
結局、男6人(と犬一匹)の釣りキャンプ、今のところ釣果なし。
朝飯食って今からが勝負なのだ。
詳しくは後日として、現在の速報なのだ 。

キャンプの準備

2011-09-23 08:08:06 | 釣り
オッサンたち5名とひょっとするともう1名で合計6人で釣りキャンプに行く。
それで色々と持っていくものをピックアップする。
テント2張り、私のテントが6人用でマーのオヤジが3人用。
それにマットがいる。
キャンプ用のイスにランタン(マーのオヤジが持っていた)、毛布(これはいらないか)。
釣竿(磯竿と投げようの竿)、タモに釣り道具一式にクーラー。
ガスコンロと鍋はグッチが持ってくる。
こんなもんか、あとは現地で調達するもの。
ビール(第三のビール6缶入り×5=30本)で3,500円。
酒(黒霧20℃)×2本=約3,000円(2本で足りるだろうか?)
食料(主に肉類になるのか、そうだつまみがいる)5,000円見積りをすれば良いだろう。
ガソリン代(これもどこに行くかによる)が4,000円くらいかな。
しかし6人といえばクルマは2台になるので8,000円必要になるかも知れない。
あとは餌代(撒き餌用のアミ、オキアミ、虫餌、パン粉、氷)で5,000円で十分だろう。
これくらいかな、そうすると25,500円也。
ケイのオヤジが10,000円出すそうだから、残り15,500円。
それを5名で割るとお一人様3,100円になる。
一人4,000円徴収しよう、他に何があるかわからない。

去年の会計報告をみると一人当たり5000円出しだった。

ちなみにおにぎりはグッチとマーのオヤジが当日公民館でご飯から炊いて作るそうなので、食費が少し安くなるかな。
そんな感じで準備は進んでいる、天気も悪くないようで、あとはどこに出かけるかを決めなくてはならない。

釣具屋

2011-09-22 08:26:45 | 釣り
釣りは幼い頃からしていた。
親父が大のつり好きで幼い頃から、川だ海だと連れて行ってもらった。
だから針と糸の結び方も、サルカン結びも結構幼い頃から自分で出来た。
川ではハエを狙い、海釣りは船釣りもしていたが主に磯や防波堤が釣り場だった。
社会人になって結婚して義理の弟と3人で毎週のように天草に行っていた。
ポイントはいくつかあったが、主に羊角湾の軍ヶ浦というのが主な釣り場だった。
しかし風が強い日などは釣りにならないので、浅海や深海といった風うらの場所に移動していたもんだ。
そんな事を思い出しながら、久しぶりに釣具屋に行ってみた。



ウキや針など見てまわったが随分と道具も変ってしまっている。
ウキは一個1000円以上もするのだ。
随分と高くなった感じがする、そして釣り針やハリスなども以前からすると高い。
ふかせ用のウキと、サビキ用の仕掛け、投げ用のL字天秤などの値段を見て回った。



ついでにと思いシェラフの値段もしらべてみた。
以前使っていたシェラフは今娘のアパートに置いてあるのだ。
ここ2,3日いきなり寒くなったのでキャンプの時必要かも知れない。
安いものは1980円で売ってあった。



そしてマット、今はクルクルと巻くヤツと、折りたたむモノがあるのだ。
両方とも1,000円前後で買える。
とりあえず今日の所は下見という事でしっかりと値段の確認をした。

限定回覧板

2010-10-05 07:44:05 | 釣り
ジローちゃんから前回の釣りの会計報告が限定回覧板として回って来た。
内容としては食料品が約16,000円、えさ代が4、930円、ガソリン代が2、008円と通行料が400円。
合計で約24,000円。
一人5,000円出しだったので繰越が焼く1,000円ばかし出たことになる。
5,000円で4回分の食事と釣りえさ、それに移動を考えれば安いもんだ。
ああそうそう!
ビールの焼酎も入れての値段だ。
見事な会計に認めではなく、実印を押してしまった。