礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

第二次大戦直前の東欧における反ユダヤ主義の動向

2013-02-08 07:08:06 | 日記

◎第二次大戦直前の東欧における反ユダヤ主義の動向

 昨日の続きである。ハーバート・J・セリグマンの論文「ユダヤ人問題の将来」(一九三七)のうち、昨日紹介した部分に続く部分を紹介する。

〇世界最初の犠牲者
 併し、此の問題はヨーロツパの何の国でも様々の形で主要問題となつてゐる。例へばラトヴイア、此の国は現在、嘗つての農民運動の指導者であり現大統領兼首相であるカリルス・ウルマニスの独裁下に万端円滑に進み、出版物に就いてもそれ程注目的のものはないのであるが、それでもユダヤ人排斥、ユダヤ人追放運動が展開されてゐるのである。此の国では、ユダヤ人なる故に大学教授になれないのである。首都にあるユダヤ人病院は、病床二百を持ち、その設備及び清潔さに於て世界屈指の一流病院なのであるが、二十五人の若き医者――内五人は国内から他は国外から志願して来たのである――は、既に此の病院に勤めたと云ふ理由のもとに、最早何処へも転ずることが出来なくなつた。二十五人の中、ラトヴイア政府の免許を持つてゐる者は、僅か二人であるが、このことは彼等が医者として能力なきことを物語るものではない。彼等の多くが無免許である理由は、如上の如き一寸した口実によるものである。成る程、彼等は最早外国へ勉強に行つて来たとしても、所詮ラトヴイアの免許は得られないであらう。而も彼等は立派に医者としての任務を果してゐるのである。
 一方産業界に眼を転じてみれば、此の国では輸出も輸入も凡て政府当局の特許が必要となつてゐる。而も大抵は政府によつて認定された特許会社の統制下に置かれ、斯くて自給の大道からユダヤ人閉め出しの計画は完全且つ急速に遂行されつつある。併し、かうした経済上の独裁、統制経済はその基礎に確たる支払能力がある訳ではない。昨年十月にはリガ〔ラトヴィアの首都〕の消息界では平価切下げの噂が専らだつたのである。
 以上ラトヴイア共和国の反ユダヤ主義も、要するにリスアニア〔Lithuania〕、ポーランド、ルーマニアその他に於けると同様に、やはり自国の行き詰つた経済問題解決のための売薬的地位を占めるものである。唯この問題が此の段階に迄発展して来たことば、今日世界が決して容易でない事態に到達してゐることを示し、その相喰む〈アイハム〉如き緊張は単にこの群小国に関するばかりでなく、全てのヨーロツパ人が生き甲斐あり、好ましく生きんとした名残りでもある。
 誠に、彼等の伝播〈デンパ〉の故に、また、僧院が創造し伝へた反ユダヤ精神の伝統の故に、将たまた〈ハタマタ〉彼等自らの利益を守るために確固たる国家を持たざるが故に、而して彼等は独特の性格を以て彼等の教義に従ひ、利潤追求の間に、独楽〈コマ〉廻し少年や犠牲の小羊を尋ね歩いてゐたが故に、ユダヤ人は、今日世界の全ての弱小国以上に世界不安の犠牲に供されてゐるのである。
〇反ユダヤ主義のエピゴーネン
 然し乍ら、犀利な人々や今日のヨーロツパを体験してゐる集団が理解し出してゐるやうに、犠牲を要求してゐる今日の世界不安は恐らくは止むところを知らぬであらう。ユダヤ人の剿滅〈ソウメツ〉も左ることながら仮令〈タトイ〉若し彼等が一掃されたとしても、権利の為めの恫喝的闘争は残るのである。而して、その残忍さ、無惨さ、非人道的な野蛮さは、かの中世と呼ばれる暗黒時代でさへ遠く思ひも及ばぬものがある。来るべき闘争の性質に就いては、我々はスペインや当方に於て行はれてゐるものから暗示をうける。而して是等の展開されてゐる騒擾は、現在ヨーロツパ大陸で約六七百万と号せられてゐるユダヤ人迫害と不安な点に於て相通ずるものである。嘗つてポーランドから三百五十万のユダヤ人を追放した或る指導者がかう云ふ難問を発した。彼等、ユダヤ人は一体何処へ行くのだらうか? そして彼はかう解決した。俺の知つたことではない、と。諸君は間なく、亦、八十万のユダヤ人を持ったルーマニアの或る指導者の口から再び同様の口上を聞くであらう。
 然し幸ひなことには、かうした疑問に対する答へ、即ち、今日の世界現勢力に対する解決は、単に一煽動家や政治家に一任されてゐないのである。下劣な宣伝と歪曲された政治体制に属しない労働者、農民――非良心的な煽動家や挑発的な暴動に嫌悪を感じてゐる労働者、農民――は来るべき自分等の地位の自覚に到達しつあるのである。例へば、ルーマニアに於ける農民指導者ミハラヘは、ユダヤ人問題は「解決」せねばならぬと云ふ理由に拠つて、反ユダヤ運動の嵐に屈従したと云はれる名が、併しこれは、彼の国に於て、如何に反ユダヤ宣伝が偶々〈スミズミ〉迄徹底してゐるかを物語る証左であるに過ぎないのである。今日ルーマニアではかうした洗礼を受けないで存立し得る政党、結社はあり得ないのである。さればこそ、前保安大臣、現合法国家労農党の党首、グリゴール・ユニアンでさへ、他の政治家と同様ユダヤ人問題に関してしかく〔このように〕積極的態度を持してゐるのである。【以下略】

 かなり貴重な情報が含まれているようだが、当方には、これについてコメントするだけの力量がない。特に、「嘗つてポーランドから三百五十万のユダヤ人を追放した或る指導者」が誰であるのか、具体的に、いつのどういう措置を指すのかが気になる。博雅のご教示を乞う。論文はこのあとも続くが、紹介はここまで。なお、論文の末尾に、「ヨーロッパにおけるユダヤ人の地位」という表がある。これは、かなり貴重な資料なので、このあと数日をおいた後に、紹介する予定である。

今日のクイズ 2013・2・8

◎ラトビアについて、次のうちから正しいものを選んでください。

1 第一次大戦後の1918年に独立し、その後、今日にいたるまで独立国としての地位を保ってきた。
2 第一次大戦後の1918年に独立し、第二次大戦中、ナチスドイツに占領された時期を除き、今日にいたるまで独立国としての地位を保ってきた。
3 第一次大戦後の1918年に独立したが、第二次大戦中はソ連やナチスドイツに占領され、戦後もソ連領だった時代が長かった。

【昨日のクイズの正解】 1 ポーランド ■セリグマン論文の付表「ヨーロッパにおけるユダヤ人の地位」には、1937年時点で把握できた国別のユダヤ人口が載っている。それによれば、ポーランド315万人、ルーマニア105万人、フランス23万人である。

今日の名言 2013・2・8

◎犠牲を要求してゐる今日の世界不安は恐らくは止むところを知らぬであらう

 ハーバート・J・セリグマンの言葉。「ユダヤ人問題の将来」(1937)に出てくる。セリグマンは、反ユダヤ主義の背景に「世界不安」を見出している。上記コラム参照。

コメント (3)
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