礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

雑誌『ことがら』の終刊と小阪修平

2012-08-17 05:45:38 | 日記

◎雑誌『ことがら』の終刊と小阪修平

 一九八〇年代に発行されていた雑誌『ことがら』については、先月末のコラムで触れた。この雑誌は、一九八六年一一月発行の第8号を以て終刊した。その第8号(終刊号)の末尾には、「『ことがら』終刊にあたって」というコーナーがあり、そこには、青木茂雄・長野政利・小阪修平の三氏が寄稿している。
 そこで、最も「思い入れ」の強い、最も長い文章を書いているのは、小阪氏である。少し引用してみよう。

『ことがら』編集委員会の組織は、最初に規約を討議すること、わたしが高円寺に借りていたアパートを編集委員会の所有に移すことと、和文タイプを編集委員が金を出し合って買うことからはじまった。恣意性を重んずる組織が規約の討議から出発したことをいぶかしがる読者もいるかもしれないが、規約の主な提案者であったわたしの考えていたことは、いくつかの組織の離合集散を見てきた経験からいって、規約によって機械的に判断できる枠組み(それがどういう枠組みかは規約を読んでもらいたい)をつくっておくほうが得策だということであった。恣意性に立脚する組織は、かならず各人の恣意性がはらむ過剰さによって崩壊する。恣意性の空間を確保するためには、内容的な枠ではなく形式的な枠をはめていたほうがよいというのがわたしの考えだった。もうひとつの理由は思想的な同人誌が陥りがちな、イデオロギー的な対立が党派的な対立に拡大していって三号雑誌に終わるという可能性をあらかじめ除去しておきたい、ということだった。編集委員会が分裂した場合には『ことがら』という名前を継承しない、という条項を提案したのは、わたしとしては「本家争い」はしたくないという理由からだったのだ。だが、この条項のために結局『ことがら』は終刊することになる。
『ことがら』はその創刊時点では、各人が書きたいものを発表するための場であり、もっとも原始的な手作業雑誌であった。その創刊時のイメージは1号にもっともよくあらわれている。『ことがら』の手作業時代は3号までつづくが、その当時の光景をちょっと紹介しておこう。まず、青木が6号の編集後記に埃〈ホコリ〉をかぶっていると書いた和文タイプが十全に機能したのは1号どまりであった。1号ではわたしと青木が自分の原稿を慣れないタイプで打った。はじめてのことで、わたしはたかだか三十何枚かの原稿をタイプで打つのに高円寺の暑苦しいアパートに二週間ぐらい通った。妻子を(全面的にとはいわないが)養いながらやれることではない。2号以降、わたしは編集後記と研究会のお知らぜなどの雑記事を打つぐらいに後退したが、最後まで自分の原稿を自分で打つというフェティッシュな情熱をつらぬいたのは青木であった。一人が七万という高い金を出し合って買った中古のタイプも、青木の手で成仏できただろう。 

 先日、久しぶりに、青木茂雄氏とゆっくり話す機会があったので、『ことがら』の創刊から終刊までについて、いくつか質問してみた。小阪修平氏亡きあと、『ことがら』の内情を語れる関係者は、ごく少数になっているはずである。
 まず、「和文タイプを編集委員が金を出し合って買う」とあったので、創刊当時の編集委員のメンバーを確認したところ、青木茂雄・木畑〈キバタ〉壽信・黒須仁〈ジン〉・小阪修平・西研〈ニシ・ケン〉・万本〈マンモト〉学の六名であったという。草野尚詩氏も、創刊当時からの編集委員ではなかったのかと聞いたが、そのあたりは、記憶がさだかでないという。
 この「六名」が、ひとり七万円ずつ出資して四二万円。これで、中古の電動和文タイプライターを購入したという。当時、電動和文タイプライターは、中古でも四〇万円を越える値段だったという。青木氏は、電動和文タイプライターのメーカー名を記憶していなかったが、「電動」ということになると、シルバー精工の「和文10v」あたりではなかったか。
「最後まで自分の原稿を自分で打つというフェティッシュな情熱をつらぬいたのは青木であった」とあるが、これについても青木氏本人に確認した。青木氏は、最後まで(第6号まで)、高円寺のアパートに通い、自分の原稿を自分で打ったという。
 タイプライターは、青木氏が交渉し、印刷業者に無償で引き取ってもらった。これが「青木の手で成仏できた」の意味だという。

今日の名言 2012・8・17

◎発行しつづけるということが、『ことがら』の唯一の目的であった

 小阪修平の言葉。『ことがら』第8号(1986)所載、「『ことがら』終刊にあたって」に出てくる。上記コラム参照。

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